【53】異世界にプライバシーという言葉はないようです
「うぅ……頭痛い」
「頼むオーガスト。ゲテルの魔法をかけてくれ……二日酔いがキツイ」
オウガと一緒にお酒を飲んだ次の日、私とイクシスはぐったりとしていた。
「嫌だ。お前ら二人はちょっと反省した方がいい。確かに朝まで付き合えと酒に誘ったのはオレだが、ペースを考えて飲め。この馬鹿共が」
オウガはそんな事をいいながら、私達二人に水を用意してくれる。
昨日私とイクシスは酔ったあげく、オウガの服に嘔吐物をぶちまけてしまったらしい。
……全く記憶がない。
というか、お酒飲んで四杯目くらいから覚えてない。
イクシスの方は相当ハイペースで飲んでいたけど、顔色は全く変わってなかったから酔ってたのがわかり辛かった。
ただ妙にスキンシップが多くなって。少し言動がおかしかったから、もしかしてあの時すでに酔っていたのかもしれない。
私と同じく途中からの記憶がないようだ。
一方、オウガの方はピンピンしてる。
そういえば、飲み会の時も大抵私はオウガに介抱されていた。
飲み会の次の日、起きたらオウガの家にいたりして、その度に悪い事をしたなぁと思ったものだ。
「二日酔いなんて初めて……頭痛いよぅ」
頭がガンガンして、眼球の裏が痛い。
酒を飲むと二日酔いになるとは聞いていたけれど、今までなったことはなかった。
「そりゃそうだろうな。メイコには飲み会のたびに、オレがゲテルをかけてたからな。本当感謝しろよ」
オウガは第一属性が水で、第二属性が闇らしい。
水属性の、特に回復系の魔法の腕が相当いいとのことだ。
回復系最強の呪文を使い、オウガは向こうの世界で即死状態だった私の体を救ってくれた。
本当、感謝しても感謝しきれない。
しかし、今日のオウガは意地悪だ。
軽い状態異常を回復させるゲテルの魔法さえかけてもらえれば、この辛さから解放される。
なのにさっきからイクシスと二人でいくら頼んでも、使ってくれない。
低い声で淡々と喋るオウガは、かなりお怒りの様子だった。
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しかし、なんだかんだでオウガは甘い。
イクシスと二人でお願いしつづけ、どんなに反省してるかを訴えれば、ゲテルの魔法をかけてくれた。
完全回復したところで、屋敷内をうろついてエリオットを探す。
オウガの件があってからエリオットを放置してしまっていた。
人見知りがところがあるから、心細い思いをしているはずだ。
エリオットに当てられた部屋へ行ったけれど、そこにはいなかった。
色んな人に聞いたけれど、どこにいるかよくわからなくて困っていたら、目の前にニコルが現れた。
「ご機嫌いかがかな、花嫁。オレの息子たちと昨晩はたっぷり楽しんだか?」
初っ端から含みのある下世話な事を聞かれる。
花街の子たちよりも性質が悪い。
「くくっ、そう怒るな。この時間まで、三人でオーガストの部屋から出なかったみたいだが……一人で二人の相手は身体が大変だっただろう?」
「そういうのじゃありません! 三人でお酒を飲んでいただけですから!」
「そういうのとはどういうののことだ? 赤くなって何を想像したのか。いやらしい花嫁だ」
ムキになって答えれば、くくくと赤い瞳を細めてニコルは笑う。
どうやらからかわれたようだ。
ニコルくん……かなり性格が悪いな。
イクシスのお父さんじゃなければ、拳骨制裁しているところだ。
「少々オレにも付き合え。茶くらいは入れてやる」
そう言って、ニコルが指を弾くとまわりの景色が変わった。
落ち着いた黒に金がところどころ混ぜ込まれた調度品。
重厚感のある部屋にいつの間にか私はいた。
ここはおそらくニコルの部屋だろう。
あの一瞬で空間を飛び越えたらしいと、理解する。
すでにこれくらいでは驚かなくなってきたあたり、この世界になじんできたなぁと思った。
「座れ」
ニコルに指示されて、目の前の椅子に座る。
テーブルにはすでに二人分のお茶がほかほかと湯気を立てて置かれていた。
「しかし驚いたな。あのイクシスが誓約を結ばされるとは。そのヒルダとかいう女、只者ではないな」
茶を一口のんで、ニコルが感心したように口にする。
そんな事、ニコルに言った覚えはない。
オウガには話したけれど、他の家族には内緒にしているはずだった。
「……なんで知ってるんですか?」
目をむく私の反応を楽しむように、にやりとニコルが笑う。
「この屋敷内の空間はオレの管理下にある。話は聞かせてもらっていた。もう少し色気のある展開になることを望んでいたんだが……残念だ」
「それプライバシーの侵害って言うんですよ!」
さらりと言ってくれるニコルに思わずツッコミを入れる。
出会った頃のイクシスも、空間から私を観察していたようだけれど、ニコルも同じ手口で私達を観察していたらしい。
「ぷらいばしーとは何だ。それがお前の世界の言葉か?」
そうかそもそも、プライバシーという言葉自体がないのか。
だから全く悪びれた様子がないのかな?
「人の部屋をのぞいたりするの、趣味が悪いです。例え家族といえど、干渉されたくないこともあると思うんですけど」
「そうだな。だから家の主であるオレが、一括でこの屋敷の空間を管理している。竜族は空間を扱えるから、そうしないと個人の部屋に他の兄弟が転移し放題だ。他の竜族の侵入を拒む意味もある、当然の処置と言える」
注意すれば、個人の尊厳を守るつもりはあるようで、ニコルはそんな事を言った。
この屋敷の中では、空間を裂いて別の場所に移動することができないよう制限がかけられているとのことだった。
空間を屋敷内で使いたければ、ニコルの許可が必要らしい。
ちなみに個人がそれぞれの異空間へ出入りはするのは可能とのことだ。
それでいて、空間を管理してるニコルのみ、屋敷内で空間を自由に行き来できるとのこと。
一番制限つけなきゃいけない危険人物が野放しになってる気がするよ……?
「そこまでわかってて、覗いたんですか?」
「そう怒るな。息子たちが心配だったんだ」
むっとする私に、ニコルが溜息を吐く。
その顔は親の顔をしていた。
「オーガストは異世界へ、イクシスは異空間に閉じこもり。もう会えないかもしれないと覚悟していたんだ。それが帰ってきたのだから、もう二度とどこにも行って欲しくないと思うのが親心だろう?」
ただの生意気なエロショタ……もとい、とんでも発言をするお父さんだとばかり思っていたが、裏にはそういう気持ちがあったらしい。
「花嫁さえいれば、二人はどこにもいかない。俺の目の前から消えるなんて真似は……もうさせない」
二人の花嫁になれと私に言ったのは。
イクシスとオウガを失いたくなくて、ここに留めておきたいが故の発言だったんだと気付く。
二人を失いかけたことに対して、何も手を打てなかったことをニコルは後悔していたのかもしれない。
声に滲む決意みたいなものを感じて、そう思った。
「ヒルダとかいう女を見つけて、誓約を解くように迫るとしてもだ。イクシスを従えることができる女だと、逆にこっちが誓約をかけられる危険性がある」
それにしてもと、ニコルが話を変えた。
昨日の私たちの話を聞いて、ニコルは色々考えていたようだ。
「イクシスを盾にされれば、戦うことも難しい上、殺すこともできない……苛立たしいな」
冷ややかな色がニコルの瞳に宿り、見つめられて心臓が凍ったように苦しくなる。
ピリピリとした空気に肌が泡立った。
圧倒的な存在に、押し潰されてしまいそうだ。
「……あぁ悪い。お前自身に殺気を向けたわけじゃないんだ」
私の体が強張ったのに気付いたのか、ニコルがふっと気配を和らげる。
そこでようやく息をしていなかったことに気付いた。
目の前の子供が、ただの子供じゃないってことを、思い知らされた気分だ。
「イクシスはこの先、ヒルダに縛られ続ける。そいつが殺されなくても、寿命が尽きれば一緒に死ぬ。ハーフエルフは人より少し寿命が長いが、イクシスの命を削られたのと同等だ」
ニコルは怒りを必死に抑えているみたいだった。
「それとオーガストは、お前が元の体に戻ればヒルダが戻るかもしれないという前提で話を進めていたがな。おそらくアレのことだから、お前が元の体に戻ってもそうならないよう手を打つはずだ。アレは絶対にイクシスを見捨てられない」
そう言って、ニコルはイクシスとオウガの子供の頃の話を少ししてくれた。
黒竜であるオウガは、先祖の知識と高い魔力、それと空間を操る能力を幼い頃から持っていた。
しかし魔力が高すぎて幼い竜の頃には、それが暴走しがちだったのだという。
ぶっきらぼうで感情を内に溜め込むタイプだったオウガは、まわりとのコミュニケーションも上手く取れず暴れ者扱いされていた。
そんなオウガが魔力を暴走させるたび、イクシスがその魔法を打ち消し、孤立するオウガの側に寄り添っていたらしい。
何をするにも常に一緒で、他の家族では入れない絆が二人にはあるのだとニコルは口にした。
「あの二人は対となる双子竜だ。互いがいればそれで満たされるところがある。だからこそ、花嫁を得るのがここまで遅れたとも言えるんだがな」
仲がよすぎるのも考えものだとニコルは呟く。
二人が特別に仲がいいのは昨日で気づいていたけれど。
そこには、そういう事情もあったらしい。
「ヒルダをこの体に戻さない方法って、あるんですか」
ふいに気になって尋ねてみる。
「お前がその体から出れば、空っぽになった体は本来の魂を強く求める。オーガストはヒルダが戻らないよう、そこに別の魂を入れるだろう。イクシスの命を握ってもいいような人間を探して殺してから、魂だけを使うはずだ」
ニコルはうなづいてそんなことを口にした。
「オウガはそんな残酷な事しません」
仮定の話とは言え、オウガが人殺しをするみたいな言い方をされて嫌な気持ちになる。
むっとしてそう言えば、ニコルは馬鹿にしたように笑った。
「お前はオーガストという竜をわかってないな。アレは俺と似て唯一と決めたもののためなら、残酷な事ができる竜だ。イクシスのようなお人よしとは違う。心は痛めても、大切なもののためならあっさり実行する」
懐に入っているお前達二人には、決して見せない面だ。
そうニコルは口にした。
私が何と言おうと、それは事実だというように。
「だが、イクシスの命を握ってもいいようなお人よしをその体に入れたとしてだ。そんな奴が、命を狙われ続ける生活に耐えられると思うか? あっさり殺されしまったり、精神を病んで自ら命を絶ちかねない。逆に死んでも死なないような生にしがみつく者をいれたとして、今度は竜であるイクシスをいいように利用する可能性がある」
つまりそれでは、結局イクシスを救えないのだとニコルは断言した。
「イクシスの命を握っているのがお前でよかったと、オレは思っている。お人よしではあるが図太くて、真っ直ぐで物怖じしない。竜の好む性質を持っている」
お前だからこそ今の状態があるんだと、ニコルはまるで感謝するような口ぶりでそんな事を言う。
強気で自信満々の表情の中で、私に好感を示すように瞳が優しい色を帯びた。
「イクシスが好きなら、オーガストも一緒に受け入れてくれ。オーガストが言っていたように、お前が白い竜になれば全て丸く収まる。イクシスのためだ」
この通りだと、ニコルが頭を下げてくる。
プライドが高そうで、そんなことをすると思ってなかったから面食らう。
「……でも、私は」
「二人も夫を持つのが嫌か。なら妥協案だな。オーガストには悪いが、その体のまま竜の花嫁になってもらう。そしてイクシスの寿命を延ばせ」
言いよどめば、しかたないというようにニコルは口にした。
「半分は人間の体だから竜族になるのは可能だ。出生率が落ちるからあまりよろしくはないが、お前がその道を選ぶなら体に魂を定着させてやる。本物が帰ってきても、入れないようにな」
ヒルダが帰ってくることに怯えずに過ごせるようにしてやると、ニコルは提案してくる。
けれど魂を定着させれば、二度と元の体に戻ることはできないとのことだった。
「元の体に戻り、二人を夫として竜の花嫁になるか。その体のまま、イクシスの花嫁になるか。二つに一つだ。これ以外は認めない」
どちらかを選べと、ニコルは言ってくる。
「少し強引じゃないですか」
イクシスを心配する気持ちはわかる。
けれど、まるで私の意志なんて関係ないというようなニコルの口調が気になって、口答えするようにそう呟いた。
「オレはお前の気持ちより、息子達が大切だ」
いさぎよいほどきっぱりと、ニコルは口にする。
イクシスを見捨てる事は許さないと、その視線が私を射抜いていた。
選択肢を与えただけましだと思えというような、尊大な態度。
けどそこにはイクシスやオウガを思う気持ちがあって、ぶれない強さみたいなものが見える。
意見を押し付けられていると思うのに、ニコルを嫌いにはなれなかった。
「まぁこの案のどちらにも、大きな欠点があるんだがな」
そこまで言ってニコルは肩の力を抜くように、お茶を一口飲む。
「欠点?」
「そうだ。どちらもイクシスの逆鱗が染まらないと実行できない」
そもそもの問題なんだと、ニコルは悩ましげな顔をした。
「知っての通り、イクシスの逆鱗は一度も染まった事がない。まぁおそらくアレの付き合い方に問題があるんだろうがな。付き合って恋人になれば、誰とでもつがいになれるわけではないというのに……あいつの行動には好きが欠けている」
はっきり言ってアレは恋愛音痴だと、ばっさりニコルはイクシスを切った。
「普通は好きで手に入れたい、独占したいと思うから付き合って恋人になるものだ。その気持ちがあれば、勝手に逆鱗は染まる。まぁオレはその過程をぶっとばして花嫁にしたが、アレは何もわかってない」
オレもオリヴィアも困っているんだと、ニコルは呟く。
「けれど、お前ならイクシスの逆鱗を染めることができるんじゃないかとオレは思っている。いや……むしろ染まっていると考えている」
にっとニコルは笑って、面白そうに目を細める。
けど……それはないんじゃないかなと思う。
本物ならまだしも、私とイクシスは偽の恋人だ。
ニコルがそう思ってくれるくらいに、恋人同士の演技ができていたのかと、むしろ驚く気持ちの方が大きい。
あまり気張らずに、自然体で私はここにいた。
昨日オウガに言われて、恋人っぽくなかったかなと反省していたところだ。
「アレは逆鱗が染まらない事を、誰よりも気にしている。逆鱗は自分で見えない位置にあるからな。意図的に見ないようにして、いつも隠している。だから自分で気付いてないだけで、おそらくはもう熟しているはずだ」
「……どこでそう思ったんですか」
しかし、ニコルは確信を持っているみたいで。
気になって尋ねてみる。
「確信したのは、昨日のオーガストとのやり取りだな。オーガストの前で、イクシスとキスをしていただろう? あの時のイクシスは男の顔をしていた」
くすくすとニコルはからかうように笑う。
「それも見てたんですか」
オウガに見せ付けるだけでもアレだったのに、イクシスの父親にまで見られていたなんて最悪だ。
顔から火が出そうだった。
「あぁ。酒に酔ったイクシスが、お前に何度も口付けしてるところも見てた。本番に入るところでオーガストが止めたのが惜しいな。あそこは混ざるべきところだったろうに」
ふがいないというように、ニコルは首を振る。
「……それは、私をからかってるんですよね?」
「なんだ、覚えてないのか? オーガストに聞けばわかる。あいつも好きな女が服を脱がしてくれと言ってるのに、何を躊躇う必要があるのか。教育を間違えたか」
真っ赤になって尋ねた私に、ニコルは肩をすくめている。
「顔が赤いな。まさかあの程度のキスで恥らっているのか。むしろキスとは、コレは自分のモノだとまわりに見せ付けるものだろう?」
「違うと思います!」
ニコルくんの常識で言われても困る。
こっちはつつしみ深いニホン人なんですよと、声を大にして言ってやりたかった。
「とにかく、イクシスの逆鱗は染まっているはずだ。アレはオレたちに逆鱗を見せようとしない。無理やり見ようとしてまた引きこもられても厄介だ。恋人であるお前がそれとなく確認して、自覚させろ」
お願いというよりは、命令という口調で。
ニコルはそう言って笑った。
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「そう言えば、エリオット知りませんか?」
ニコルとの話がひと段落して、当初の目的を思い出して尋ねる。
「あの馬の獣人ならオレの孫と遊んでいる。子供の竜は狙われやすいから、大人になるまで外にはでられない。ここには竜族ばかりで獣人は珍しいからな」
どうやら、ニコルはエリオットの居場所を知っているようだった。
「そこまで連れて行ってやろう。掴まってろ」
ぐっと腰をつかまれパチンとニコルが指を弾くと、一瞬にして場所が変わる。
下の方を見れば、庭でエリオットが子供達と遊んでいた。
竜族の子供たちは三歳や四歳くらいで、エリオットにべったりだ。
「エリー、抱っこ!」
「ぼくと葉っぱ拾ってあそぼー」
あまりそうやって小さい子から構われたことがないんだろう。
無表情ではあるけれど、戸惑っているようにも見える。
それでも、こけそうになってる竜族の子に手を貸したり、背中にのっかってくる竜族の子たちをあやしたり。
なんだかエリオットの新たな一面を見たみたいで、嬉しくなる。
「昨日の夜、お前達の元へ行こうとしていたので、孫たちの部屋に放り込んでみた。仲良くなったようで何よりだ」
「……エリオットのこと気遣ってくれたんですか?」
ちょっと違うような気もしたけれど、ニコルにそう聞いてみればふっと笑う。
「いや? 折角三人でしっぽりと楽しんでいるのに……大人の時間を邪魔するのはよくないだろう?」
艶っぽい口調で、ニコルがからかうように告げる。
何となくそんな理由だろうとは思ってました。
そして本当このショタは、いちいち言い方がいやらしいというかエロい。
幼い顔立ちに漂うこの色気は花街の子たち以上だ。
しかも顔がイクシスに似てるから、何だかこう……変な気分になった。
5/21 微修正しました。




