【52】酒は飲んでも飲まれるな
リバースシーンがあります。
苦手な方はご注意を!
「おい、メイコ。飲みすぎだ」
「にゃに言ってるのオウガ! もっとよこすの!」
全くオウガときたら、人を子供扱いしてくれる。
二十歳を越えてる私は、もう立派な成人でお酒を飲んでも問題ないというのに。
背の高いオウガがビンを持って上に上げてしまうと、ジャンプしても届かない。
私を相手するオウガの後ろに、そっとイクシスが回りこんだ。
視線で合図を受け、しゃがみこむ。
「うぅ……気持ち悪い」
「おい大丈夫かメイコ」
オウガが動揺してしゃがんだところに、イクシスが後ろから忍びよってビンを奪う。
「作戦成功だ。酒手にいれたぞ、メイコ」
「イクシスやったね!」
イクシスに抱きついてこの喜びを分かち合う。
オウガが、額に手を当てて弱ったようにこの酔っ払いどもがと呟いた。
何を言ってるんだろうね、オウガは?
全然私たちは酔っ払ってなんかいない。
むしろまだまだ飲み足りないくらいなのだから。
「ほらメイコ、果実酒の最後の一杯だ」
「ありがとうイクシス!」
奪った酒をコップについで、イクシスが手渡してくれる。
ちょっと零れたけど気にしない。
「それが最後だからなお前ら! ちょっとまってろ。気付けの魔法水作ってくるから!」
大人しくしてろよ、酒取り合って喧嘩はするなよと言い残して、オウガが台所へ行ってしまった。
オウガのお許しも出たことだしと、ソファーに座るイクシスの足の間に座り、美味しいなとこくこく全部飲み干す。
「おい、この酒ほとんどお前が飲んでたのに、最後の一杯まで全部飲んだのか。まだ俺は一口もこの酒を飲んでない」
イクシスが不機嫌な声を出した。
「あっごめん」
渡されたイコール自分のものだと、無意識に思い込んでいた。
悪い事をしたなぁと一瞬思う。
けど、まっいっか! とばかりに、気持ちよくなってきた。
なので、イクシスの胸にもたれることにする。
イクシスはいい香りがする。
この香りは好きだ。落ち着く。
首のところにでも香水をつけてるんだろうか。
ちょっと嗅いでみようかなとくるりと体勢を変えたところで、イクシスの金色の瞳と目が合う。
今日のイクシスの目は猫というよりライオンみたいだなと思う。
少しギラギラとして熱を帯びてるのは、お酒のせいだろうか。
艶っぽく細められた眼に見つめられると、捕食される小動物のような気分になってきてちょっとドキドキしてしまう。
「メイコ」
イクシスが私の髪に指を差し込んでくる。
酒のせいで敏感になった地肌に、ごつごつと節ばった指の感触が熱い。
「せめて酒の味見させろ……ん」
「ふぁ……んぅ、あ……」
イクシスが私の口の中を味わい始める。
ただでさえぼーっとしていた頭が、白くなってふわふわとしてくる。
とても気持ちいい。
イクシスはこのお酒の呑み方が好きなのか、すでに何度かこうして味われていた。
「甘いな……」
イクシスが唇を離してくすりと笑う。
「もうちょっと味あわせろ」
「おい、イクシス! やめろ馬鹿!」
またイクシスの唇が近づいてきたところで、オウガがソファーの後ろからそれを止めた。
「今日は飲み過ぎだ! 酔うとキス魔になるなんて、父さんと一緒か!」
「なんだ、オーガストも飲みたかったのか。少しくらいなら味合わせてもいい」
イクシスがオウガの服を掴んでグイッと引き寄せる。
「イクシス! お前顔色変わってないが、相当酔ってるな!?」
首の後ろに手を回され、オウガがイクシスに抵抗する。
珍しい焦り顔だった。
「遠慮するな」
そう言って、イクシスがオウガに口付けをしようとした。
しかし、オウガはそれを間一髪避け、イクシスの唇が触れた頬をゴシゴシとこする。
「アホか! このキス魔が! 大体味わうならメイコの方から味わうに決まってるだろ!」
「それは駄目だ」
叫んだオウガに、イクシスが眉を寄せてむっとした顔になる。
ちょっと子供っぽい拗ねた顔だ。
「こいつにキスするのは俺だけでいい」
私を渡さないというようにぎゅっと抱きしめ、イクシスがそんなことを言う。
「……酔ってもそういう事いう奴だとは思ってなかったんだがな、イクシス。実はお前、逆鱗染まってるんじゃないのか。ちょっと見せてみろ」
前の方にまわってきたオウガが、イクシスの横に座り、その首元に手を伸ばす。
イクシスはビクッとして、その手を勢いよく払いのけた。
「なんだ見せられないのか」
「……」
見上げたイクシスは、唇を噛み締めて苦しそうな顔をしていた。
「……イクシス、お前自分の逆鱗をいつから見てない?」
「どうだっていいだろ……見たって染まってないのがわかるだけなんだから」
オウガの言葉に、イクシスは眼を逸らす。
「オレはメイコに求婚してる。お前の逆鱗を見ておく必要もあると思うんだが?」
「……見せたくない」
尋ねたオウガに、イクシスは苦しそうな顔で短く答えた。
「確認するのが怖いのかイクシス」
「そんなんじゃない……そろそろ俺は寝る」
問い詰めるオウガに、イクシスは嫌そうな顔になって。
膝に座る私を、オウガとは反対側に下ろし、席を立とうとした。
けど、オウガは逃げるのを許さずに、イクシスの手首を掴んだ。
「逆鱗が染まってなかったら。自分の気持ちが否定されたことになる。メイコを本当は好きじゃないってわかってしまうのが怖いんだろ」
イクシスは、オウガの言葉に目を見開く。
まるで図星を突かれたかのような顔をしていた。
「一度も染まったことがないから、また今度も染まらないんじゃないか。これで染まらなかったら、どうすればいいかわからない。オレにメイコを獲られてしまう。怯える気持ちはわからなくないが、確認しないことにはオレも先に進めない」
「――っ、嫌なものは嫌なんだ!」
無理やり引き寄せ首元の服を捲ろうとしたオウガに、イクシスが叫んで抵抗する。
ばっと距離をとって、まるで手負いの獣のようにオウガを警戒していた。
「相当、根深いらしいな。まぁ異空間に引きこもるくらいだから、当然か」
「……」
オウガがお兄ちゃんの顔をして、イクシスを見ていた。
黙り込むイクシスは少し泣きそうにも見える。
喧嘩の内容はよく頭に入ってこなかったけど、わかることは一つ。
仲良し兄弟で喧嘩しちゃ駄目ということだ。
「オウガ、お兄ちゃんなんらから、イクシスいじめちゃらめでしょ。あやまって、仲直りしなきゃだよ!」
ソファーの端に座っているオウガの側に這いよっていく。
「いや喧嘩してないだろ」
全くオウガは言い訳ばかりだ。
それはいいとして、ちょっとここ暑い。
クーラーが効いてない。
触れてるオウガも体温が高く、ぽかぽかとしている。
しかたないので、服を脱ぐことにする。
「っておい! なんでいきなり服のヒモを解こうとしてるんだ」
「あついから」
オウガの焦った声が聞こえる。
暑いなら服を脱げばいい。
簡単なことなのに、オウガは酔っ払ってるのか思いつかないみたいだ。
今日の服はおめかし仕様なので、ドレスが脱ぎにくい。
いつもの簡単なブラウスとズボンにしてこればよかった。
「オウガ、脱がして?」
「……っ! おいイクシス、この馬鹿どうにかしろ! 一応恋人お前だろうが!」
手を広げてそう言えば、オウガが真っ赤な顔になってイクシスに怒鳴る。
イクシスの方を見れば、いつの間にか床にしゃがみこんでいた。
「おい……イクシス!? 気分が悪いのか!」
慌ててオウガがイクシスに駆け寄る。
私もその後を追いかけた。
しかしうまく立てない。
ちょっとこけたので、そのままはいはいするようにイクシスのところへ行った。
オウガの背中によじ登るようにして、イクシスを見れば気分が相当悪そうだ。
顔が青白い。
「吐く……」
「ちょ、ちょっと待てイクシス!」
オウガが焦った声を出す。
そんなオウガの服に、イクシスが色々とぶちまけてしまった。
「あぁお前、オレの服を……っ」
絶望的な声を出すオウガ。
それを見ていたら、なんか私も気分が悪くなってくる。
「うっ……」
「おいメイコ、まさかだろ……やめろっ!」
オウガの悲鳴にも似た声が聞こえて。
その背中に、私もイクシスと同じように色々吐き出した。
5/30 誤字修正しました!




