【51】まさかの選択肢
「オーガスト!」
私の頬にキスをしたオウガに対して、イクシスが怒りの声をあげて立ち上がる。
オウガは敵意はないというように手を軽く上げて、立ち上がった。
「イクシス、先にメイコを見つけたのはオレだ。これくらいは許せ」
妥協して頬にしてやったろというように、オウガは淡々と呟く。
「それと一つ聞いていいか、イクシス。お前が好きなのはこの体の方か? それとも中にいるメイコ自身か?」
「メイコだ」
オウガの質問に、イクシスは即答した。
それもそうだ。イクシスはヒルダが嫌いなのだから。
「そうか。体だけならあげてもいいと思ったんだがな。残念だ」
「……卑怯だぞ、オーガスト。元の体を盾にメイコの気持ちを手に入れるつもりか」
イクシスがオウガに、見損なったと呟く。
「オレはオレがお買い得だってことを、メイコに伝えただけだ。メイコの異世界の場所はすでに記憶済みだ。あっちの生活に慣れてて、自由に行き来できるオレなら、メイコにそういう未来を与えてやれる。それにイクシス。オレと違ってお前は、メイコに元の体に戻られると困るんじゃないのか?」
オウガはイクシスから視線を外さずに、眉間にシワを寄せてそんな事を口にした。
「それはどういう意味だ?」
「メイコを元の体に戻せば、そこに本来の持ち主が戻ってくる可能性がある。そしたらお前はまたそいつに縛られることになるんだ。お前が今自由なのは、メイコがこのヒルダという女だからだろ」
そのオウガの言葉に、はっとさせられる。
ただ単に元の体に戻れると喜ぶには、早かった。
ヒルダが戻ってきてしまえば、イクシスがまた縛り付けられてしまう。
それに、よい方向へと変わり始めた少年たちや領土が、元通りになる可能性があった。
「ヒルダがかけた誓約を、メイコに解いてもらえば……」
「誓約を簡単に考えすぎだイクシス。誓約は命をかけたものだからな。かけた本人にしか解けない。この本人っていうのは、体も魂もそろってこその本人だ」
オウガがそう言えば、イクシスが悔しそうな顔になった。
黒竜であるオウガは、古い竜の知識を持っているためこういう事に詳しいようだった。
「ヒルダ本人を体に戻して、誓約を解くのは可能そうかイクシス?」
「……できればすでにやってる。そんなことを許すような女じゃない」
イクシスの言葉に、オウガはだろうなと呟く。
予想はしていたらしい。
「それでどうするメイコ。イクシスを想うなら、ここでヒルダを続けるか。それともオレと一緒に元の体で暮らすか。まぁ……どっちも選べないっていうなら、第三の選択肢を考えてやらなくもない。一番目よりは大分マシだしな」
簡単には答えが出ない問題を、オウガは突きつけてくる。
ここでやりのこした事が、私にはあった。
例え死亡フラグがいっぱいだろうと、折角道が見えてきた少年たちや領土を放っていくなんてできなかった。
いつの間にこんな風になってしまってたんだろう。
そもそも私の世界はあちらで、こっちの世界に対して責任なんてなかったはずだ。
何より、イクシスをヒルダの元へ戻すのは嫌だと思った。
この世界で私がここまで頑張ってこれていたのは、イクシスがいたからだ。
それなのに、見捨てて自分だけが助かるなんてできるわけがない。
でも、元の世界にだって帰りたい気持ちは強い。
母さんに弟達、友達がいる。
恋しいし、私の住むべき場所はあっちだとやっぱり思う。
オウガのことだって嫌いじゃないし、あっちの世界で一番仲がいい異性は間違いなくオウガだ。
きっと一緒にいれば大切にしてくれる。
けどそういう好きかと言われるとわからない。
「メイコが選べ。俺のことは……気にしなくていい」
側にいるイクシスを見れば、俯いて辛そうな顔をしている。
それを見ると……胸が締め付けられるように苦しくなった。
「……第三の選択肢は?」
「メイコが白竜になることだ。白竜は全ての頂点に立つ存在。誓約の解除も容易いし、何だって望みのままだ」
尋ねれば、ただしとオウガは付け加えてくる。
「白竜になるには、オレとイクシスの染まった逆鱗が必要だ。受け取るからにはオレたち二人の花嫁になってもらう。本当はメイコを独り占めしたいんだが……イクシスも大切だしな。これがおそらくベストだろ」
一番目以外なら、素直に受け入れてやるとオウガは口にした。
その顔は曇っていて、本心では嫌なんだろうなというのがわかる。
「後はメイコとイクシス次第だ。相手がイクシスじゃなければ、選択肢なんて与える余地もなく既成事実作って終わりなんだがな」
オウガは深い溜息を吐いて、どうしたらいいかわからないというように、くしゃっと前髪を握る。
オウガの困ったときにやる癖のようなものだった。
まさかの夫が二人で、しかもどちらも竜族。
この世界でずっと支えてくれたイクシスと、元の世界にいる時に一緒にいたオウガ。
私が白い竜になれば、イクシスを簡単に助けることはできるみたいだけど。
夫が二人って、モラル的にどうなのか。
第一、イクシスの気持ちはどうなるんだろう。
本当は私とイクシスは恋人なんかじゃない。
イクシスはマリアさんが好きなのだ。
そもそもの問題で……好きな相手でもない私に対して、逆鱗は染まらないんじゃないだろうか。
口には出さないけれどオウガが出した提案のうち、三番目はありえないと思った。
「暗い話はこれで終わりな。悩むのは明日からでもできる。酒飲むぞ、酒。ずっと探してたお前達二人に会えたのに、こんな風に暗い顔でギスギスしたくはないんだ」
空になっている自分のコップに並々と酒をついで、オウガがそんなことを言う。
「酒を飲みたい気分じゃないんだが」
「私も」
どよーんとした私とイクシスの前にくると、オウガが頭を叩く。
「何するのオウガ!」
「痛いだろうが!」
叫んだ私とイクシスを、オウガがぐっと抱き寄せた。
「お前ら二人はどれだけオレに心配をかけたかわかってない。イクシスは勝手に引きこもるし、メイコは車に跳ねられた上魂だけでどこかに行くし。ずっと、ずっと探してたオレの身にも……なれ。馬鹿どもが」
オウガの手は震えていて。
必死に探してくれていたんだというのが伝わってきた。
オウガは基本的に容赦ない性格をしているが、懐に入れたものにはとことん甘い。
情に厚くて実は涙もろい。
映画へ一緒に行けば、子供用のものでも感動シーンではボロ泣きだ。
オウガのそういうところが、私は結構好きだった。
そうやって私のことを思ってくれてたってことが嬉しくて、おもわず笑みがこぼれる。
横にいるイクシスを見れば、優しい顔をしていた。
きっと私もこんな顔をしていたんだろうと思う。
目が合うとイクシスが、しかたないやつだよなというように微笑んできて。
私に共感を示してくる。
それだけでイクシスも、オウガのことが好きなんだなとわかった。
「心配かけて悪かった」
「ごめんねオウガ。ありがとう」
そう言って、イクシスと一緒に抱きつけば。
わかればいいとオウガは涙声でそう言った。
「あー本当、ようやく再会できたのになんでこうなるんだ! 全部お前ら二人のせいだからな! 今日は朝まで付き合え!」
「まっかせてよオウガ!」
目頭をぬぐってコップを掲げたオウガに、ノリノリで答えて乾杯する。
「わかった、俺も付き合う」
イクシスも立ち上がってコップを寄せてきて。
それから朝まで三人で飲み明かした。




