【49】嫉妬と確認のキスと
「ここなら落ち着いて話し合いができるな」
案内されたオウガの部屋は、白を貴重とした洋風の部屋でかなりセンスがいい。システムキッチンに、和室に広々としたお風呂場。
まるでよくあるニホンの一軒屋のようなつくりになっていた。とても馴染み深くて落ち着く感じだ。
中華風のこの屋敷で、かなり浮いた印象を受ける。
「……あまりオウガの部屋らしくないね。もっとあっちの部屋みたいに、シックな部屋だと思ってた」
出会った当初ホテル住まいだったオウガだけれど、その後マンションに移り住んでいた。
白や黒を貴重としたカッコいい部屋は、とてもオウガに似合っていると思っていたのだけれど。
いつの間にこういう趣味になったんだろう。
「こっちの方がメイコが落ち着けるかと思って、それで準備してみた。キッチンもこだわってみたんだぜ? まぁあっちみたいに電気とかガスとかあるわけじゃないから、そこは魔道具を使って改造したんだけどな」
もしかしなくても、いつか私と暮らす前提で部屋を改造したらしい。
自慢げに言うだけあって、オウガの部屋はかなり過ごしやすそうだ。
「オーガストの部屋に入ったことがあるのか」
イクシスが眉を寄せる。
もしかしたら、異空間にあるオウガの部屋に私が入ったと思っているのかもしれない。
異空間にある部屋は、作り出したものの心を投影していて。
あまり人を入れる場所じゃないと、イクシスが言っていたことを思い出す。
「まぁね。とは言っても、異空間の部屋じゃないよ? マンション……あっちにオウガが借りてる宿みたいな場所なんだけど、そこに何度か行ったことあるの」
「……本当、お前は無用心だな」
説明すれば、イクシスは余計に不機嫌になった。
ここ最近のイクシスは、よくわからない事で怒る。
一体なんだというんだ。
――もやもやとしたものを感じる。
苛立ってイクシスから視線を逸らす。
オウガを見れば、イクシスの顔を見て何か考え込んでいるようだった。
「どうかしたの、オウガ?」
「……もしかしてメイコは、イクシスの異空間に招待されたことがあるのか?」
尋ねればそんな事を聞かれた。
「うん? 観葉植物があって、過ごしやすいアースカラーの部屋だよね」
答えれば、オウガが目を見開く。
それからふっと肩の力を抜いて、くくっと笑った。
オウガの笑い方は、父親のニコルに似たんだなとそんなことを思う。
「これは驚いた。お前がオレ以外を部屋に入れるなんて、初めてだなイクシス? お前にそういう相手ができたことは嬉しいが、メイコなのが複雑な気分だ」
「……あのな、オーガスト」
イクシスはオウガに対して、何か言いたそうな顔をしたけれど結局やめる。
たぶんそんなんじゃないと言おうと思ったんだろう。
いつものイクシスなら、そう言うところだ。
けど、今は私と恋人の設定。
それを思い出して、口をつぐんだ感じだった。
「そんな事よりオーガスト。この薄い黒い板はなんだ?」
イクシスが話を変えるように、リビングにおいてあるテレビを指差す。
「あぁそれはテレビだ。ちゃんと番組も見れるように空間を繋いである」
オウガがスイッチを押せばテレビの電源が入って、懐かしいニホンのテレビ番組が映し出された。
「凄い! 異世界でテレビが見られるなんて!」
思わず感動すれば、オウガがえっへんと胸を張る。
「オレは竜族の中でも飛びぬけて空間を操る才があるからな。異世界を行き来して、モノを持ち込むなんていう芸当、朝飯まえだ」
「しかしこの箱、小さな人が入ってるが……どこからとりだすんだ?」
自慢気なオウガの横で、イクシスががテレビの画面を叩いて中の人を引きずり出そうとする。
慌ててそれを止めて、中に人は入ってないんだと説明した。
「メイコの世界に魔法はないと言ってなかったか?」
「これは魔法じゃなくて、科学で出来たものだ。画面を割るなんてとんでもないことをしようとするな、お前」
尋ねるイクシスに対して、オウガがしかたないヤツだというように呟く。
初めて出会った時、今のイクシスと全く同じことをしようとしていたのを、忘れているようだ。
「カガク? 魔法だろ、どうみても」
首を傾げるイクシスは、テレビが不思議でしかたないらしい。
角度を変えて、テレビを覗き込もうとするその行動もオウガと一緒で。
この後掴んでシェイクしだすんじゃないかと思ったら、やっぱりオウガと同じようにテレビを持ち上げたので止める。
二人は本当に双子なんだなぁと、そんな事を思った。
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「とりあえず座れ。オレたちには話合いが必要だ。そうだろ?」
オウガに言われ、私もイクシスも異存はなかったのでソファーに座る。
「何がどうなってその体に辿りついて、イクシスと恋人同士ってことになってるのか、説明してくれるよな?」
「……俺が話す」
オウガがそんな事を言って、イクシスが語りだした。
引きこもっていたイクシスが、ヒルダによって真名を掌握され守護竜となったこと。
死を共にする誓約を結ばされ、宝玉を奪われ、ヒルダに従うしかなかったことを言えば、オウガの顔が曇った。
「おい冗談だろイクシス。異空間に侵入されることもそうだが、金の目の竜であるお前が誰かに従わされるなんてありえない。しかも相手は人間とエルフのハーフで、八歳の子供って……」
「俺も何の冗談かと思ったさ。あいつが規格外すぎるんだ」
オウガはかなり驚いていた。
イクシスの顔も渋い。
それほどに信じられない出来事なんだろう。
「それで年明けくらいに、ヒルダが誰かに階段から突き落とされる事件があったんだ。目を覚ましたヒルダは行動がおかしかった。俺のことも忘れているみたいだったから、存在を明かさずに観察してるうちに、別人だと気付いたんだ」
イクシスは続けて、ここが私がニホンでやっていた乙女ゲームに似ていることを話した。
そのゲーム内でヒルダがすでに死んでいること、それを回避するため手を貸す事にしたということ。
鳥族の国を半壊させたことや、領土内で起こった奇病騒動の際、私が誰も知らなかったコケについて知識を持っていたことまで話した。
「鳥族の国を破壊した金目の赤竜は、やっぱりお前だったかイクシス」
予想はついてたというように言うオウガに、イクシスは悪戯が見つかった子供のような顔をしていた。
どうやら、赤い竜は多いらしいがイクシスのように金色の目は珍しいらしく、その特徴でイクシスなんじゃないかとオウガは当たりをつけていたようだ。
「しかも花嫁として連れてったメイコを奪われそうになって、半壊で済ましたのか……温いな。父さんが聞いたら怒るぞ」
「わかってるから言わないでおいてくれ。鳥族はどうなってもいいが、さすがにあの場所が跡形もなく消えたら、里へ帰り易いポイントが減るだろ」
オウガにイクシスが頼み込む。
壊したことを怒られるんじゃなくて、壊さなかったことを怒られるんだ?
竜族の基準はよくわからないが、中々にバイオレンスだ。
それでいてオウガも、確かにそれは困るなというあたり、何かずれている。
「あと、メイコがニホンでやってた乙女ゲーム作った奴は、おそらく『ゲンガー』と呼ばれる精霊の一種だと思う」
オウガによれば、空間の向こう側には世界がいくつも存在しているらしい。
同じようで微妙に異なる世界もあれば、全く違う世界もある。
ゲンガーは色んな世界に同じ姿で存在し、別の世界の自分の記憶を共有しているらしい。
「この世界では預言者、なんて呼ばれたりする存在だがな。やつらは気に入った者の未来の可能性を色々見て、面白いと思ったら誰かに見せたがる癖があるんだ。一度出会ったことがあるんだが、やっかいな奴だった。たぶん、あっちの世界で欲求を満たすために、ゲームという形にして世に出したんだろ」
オウガはゲンガーに出くわしたことがあるらしく、嫌そうな顔をしていた。
「ゲンガーは世界も時も関係なく、記憶を共有するよくわからない生き物だ。関わらない方がいい……とは言え、予言は的中する可能性が高い。内容は無視できないな」
大きくオウガは溜息を吐いた。
「大体の事情はわかった。その乙女ゲームの内容通りに行けば、ヒルダが死に、イクシスも死ぬ。だから手を組んでたってわけだな。それで助け合っているうちに、恋が芽生えたとそういうわけか」
「まぁそんなところだ」
まとめたオウガに対して、イクシスが頷く。
結局説明の中で、私が偽の恋人だということをイクシスは明かさなかった。
イクシスが設定を守ってくれてることにほっとする。
この設定がなければ、オウガががっついてきて面倒なことになるのは間違いなかった。
ヘタすれば、そのまま私の意志関係なく、オウガの花嫁になんて展開がありえそうで怖すぎる。
ニコルくんあたりが、強引に推し進めてきそうだった。
「好きになったのはどっちからだ?」
「俺からだ。側にいて守ってるうちに、メイコが好きになってた」
オウガが鋭い視線を向けてくる中、イクシスがそんな言葉を紡ぐ。
誰かに馴れ初めを突っ込まれた時用に、色々打ち合わせしておいてよかったと心底思う。
ちなみに家族の人には、イクシスと守護竜の契約を結んで守ってもらい、そこから恋が発生したと伝えてある。
ヒルダがイクシスに無理やり誓約を結んだことは内緒だ。
竜にとって大変な不名誉だし、何よりイクシスは家族を心配させたくないようだった。
「告白もイクシスからか?」
「まぁな」
オウガに尋ねられて、間を入れずにイクシスは答える。
イクシスは結構演技派だ。
全く動じないその様子に、まるでイクシスの言葉が本物のように聞こえて、少し照れてしまう。
「それでメイコはそれを受けたのか。付き合い始めてどれくらいだ?」
「三ヶ月かな」
確認されて答えれば、オウガは私の反応を窺うような視線を向けていた。
「……そのわりには甘い雰囲気がないよな。なんかひっかかる。イクシスは、今まで自分から告白したことないよな。なのにメイコにはしたのか? それに、あの色気より食い気で、オレの気持ちになんか全然気付かなかったメイコが、冷静に誰かとお付き合いっていうのが信じられないな」
やばい。オウガが疑っている。
ここは一つイチャついて見せた方がいいかもしれない。
けど、イチャつくってどうやればいいのか。
とりあえず腕絡めてイクシスに密着するべき?
それともやっぱり、さっきのニコルくんとオリヴィアさんみたいに濃厚なキスを……って、人前であれはムリだよ!
しかもあまり知らない人に見せるのもあれだけど、相手がオウガっていうのが尚更無理だ。
「イクシスの方は、異空間の部屋に入れてるくらいだ。嫉妬もしてるからメイコの事を好きなんだろうよ? けど、メイコの方が怪しい。メイコは夢みがちで、イケメンにも恋愛ごとにも耐性がないからな。告白されて付き合ったなら、もっといっぱいいっぱいになってるはずだ。落ち着きすぎてないか?」
脳内で葛藤していたら、オウガがじっと私を見つめてくる。
会ったことのないイクシスの家族ならどうにか騙せる自信があったけれど、オウガ相手だとそうも行かない。
私という人間の事を、オウガはよく知っていた。
「なっ、俺がいつ嫉妬したって言うんだオーガスト!」
オウガの視線に思わず怯んでしまいそうになったとき、イクシスがそう叫んで立ち上がった。
「食事中もオレとメイコしか知らない話をしてるとき、凄い顔でこっち睨んでた癖に。オレにメイコを取られるのが嫌なんだろ?」
何を今更と、オウガが不思議そうに首を傾げる。
「俺がメイコに対して嫉妬……? ありえない」
指摘したオウガに対して、イクシスは本気で戸惑っているようだった。
「……まさかお前無意識か。さっきだって、メイコがオレの部屋に行ったって知った時だって、あからさまに不機嫌になっただろうが」
あれが嫉妬以外の何だっていうんだと呆れたようにオウガが呟く。
確かにイクシスは不機嫌になったけど、あれは嫉妬……だった?
いやでも、私たち本物の恋人じゃないし。
そんなの……イクシスが本当に私を好きみたいじゃない。
そこまで考えたとこで、妙にふわっとした感覚が胸のうちに広がる。
「なるほどな。お前恋人に対して、今まで嫉妬すらしたことなかっただろ。恋人に別の男ができても、はいさよならってやってたもんな。それだけ、本気ってことか? でも、何かひっかかるんだよな……」
オウガはイクシスの態度を見ながら、その気持ちを量りかねているようだった。
私だけでなく、イクシスのこともオウガは知り尽くしていて、そこにも引っかかりを感じているみたいだ。
「付き合ってるっていうの、嘘なんじゃないか? 里に帰り辛いから、メイコに協力して貰って恋人のふりをしてる……とか」
うっ、オウガ鋭い。
さすがはイクシスの双子というべきか。
顔に出さないようにしなきゃ。
どうやってオウガの疑惑を打ち消せばいい?
私を花嫁にっていうのがなければ、気の知れたオウガに全て話して協力してもらうところだけど、そうもいかない。
ここは演技を押し通すしかない。
「……」
そう決心していたら、ずっと黙って何か考え込んでいる様子だったイクシスが、私との距離を詰めて座り直した。
近い。
腰に手を回され、密着させられる。
「メイコ」
私の名前を呼ぶイクシスの瞳は揺れていて、戸惑いが見えた。
「……悪い。ちょっと確認に付き合え」
抱きしめられたかと思うと、耳元で囁かれる。
その直後にキスをされた。
「ふ、んぁ……んぅ!」
頭を抑えられ、舌を絡められて吸われる。
オウガが見てるというのにイクシスは容赦なく舌を絡めてきた。
恥ずかしくて嫌だと思うけれど、イクシスが動きを封じるように体を密着させてくるから何もできない。
我慢しようと思うのに、甘ったるい声が出るのが、羞恥心を余計に煽った。
「は……」
イクシスが一息ついて。
一瞬見つめてきたイクシスは、切ないような苦しいような、色んな感情が混じった表情をしていた。
イクシスのそんな顔を見たことがない。
視線を外せずにいたら、口付けられて。
しっとりとした舌がまた口内に入ってきた。
「ん、んぅ……!」
イクシスの金色の目が私を見ていて。
それを見て、少しだけ正気に返る。
そっか、オウガに恋人だってわかってもらうにはこれが早いものね。
見られていると思うと耳まで赤くなるけれど、覚悟を決める。
キスなら何度かしてるし、これは必要なことだとイクシスの背中に手を伸ばして。
恐る恐る、自分から舌を絡めた。
「……っ!」
イクシスときたら、自分から付き合えと言っておいて、私が舌を絡ませるような動きをすれば驚いたように目を見開いた。
それからそれでいいという意味なのか、顔を優しく綻ばせて、口の中の気持ちいい部分をくすぐってくる。
何度かイクシスとキスをしたことはあるけれど、こういう激しいのは二度目で……慣れない。
前にしたときよりも深くて、くらくらとする。
私を見るイクシスの瞳が甘く熱を帯びている気がして、ドキドキとした。
こんな風に自分からなんて、ありえないと思うのに。
気付けば夢中になっている自分がいて、困惑する。
「ん……ふぅ」
長かったような短かったような時間が終わって、ちゅ……とイクシスの唇が私の唇を解放した。
くったりとした私の肩をイクシスが引き寄せる。
「……メイコもちゃんと応えてくれる。これでも証明にならないなら、これ以上が見たいか?」
どこか嬉しそうなイクシスの声に、オウガを見れば。
「わかった……もういい」
オウガは唇を噛み締めて、苦い顔をしていた。




