【4】夢オチとかそういうわけにはいかなかったようです
目覚めたら、見慣れない天井がそこにあって、一瞬「ん?」と思う。
伸びをして寝心地のいいベッドから上半身を起こす。
そこには広々とした部屋が広がっていて。
……やっぱり目が覚めたら元の世界ってわけにはいかないよね。
実は夢でした!
なんてオチを、少し期待してたんですけどね。
そんな甘い話はなかったようです。
胸に手を当てて確認する。
元の世界の私にはなかった、このたっぷりとした質量。温かなぬくもり。
やっぱり私はヒルダのままみたいだ。
確かめてから、夢かどうか調べるなら頬抓る方が一般的じゃないかと思ったけど、爪が痛そうなんでやめました。
アホなことをやっている場合じゃないので、早速行動開始。
まず事情の把握が最優先。
なので、私の専属執事であるらしいクロードに、少年たちのことを聞きまくる。
いつからここにいるかとか、ヒルダとの出会いとか。家族の情報や本人に関するデータをを書類にして紙にまとめてみた。
幸運なことにヒルダの体が覚えているのか、一般的な文字の読み書きはできるのがありがたい。
どうやら十三人の少年たちは、ヒルダがこの家にやってきて三年の間で集められたらしい。
皆親元に帰せば解決だよね! と、簡単にいくはずもなく。
少年達は、ベティのように男娼をしていた花街出身の子もちらほらいる。
そんなところに帰すなんてできるはずもない。
身寄りのない子や、特殊な事情を持つ子。
この屋敷にいる少年たちの大部分は、複雑な過去を持った子みたいだ。
単純に金にものを言わせて、アベルのように一般家庭から買われてきた子もいるのだけど。
どんなに高いお金を積まれたとしても、それで自分の子を手放しちゃうような親に、子供を返すのは論外だ。
買ったの私というかヒルダさんなんで、お前言うなって感じだけどね!
まぁそれはともかく、ここはよく身辺調査をして。
帰してもいいかどうかを見極めなくては。
少年たちにヒルダが与えていた仕事は、主にヒルダの身の回りの世話。
当番制でヒルダにご飯を食べさせたり、風呂に一緒に入ったり。
あとはヒルダの気まぐれで遊びの相手をさせたりしていたらしい。
夜の相手は、聞く限りでは花街出身の子にしかさせてはいなかったようで、少し安心した。
見た目的には完全アウトだけど年齢的には問題ないよって、どこのエロゲー……げふんげふん。
それでも十分モラル的にアウトです。
そんな事ばっかりしてるから、アベルに将来殺されちゃうんですよ。
もぅやだなぁ、ヒルダ様ったら! 泣いていいかな?
――とまぁ、そういうわけで。
子供の教育上よくなさそうな当番は全て廃止しました。
それで、少年たちをこれからどうするか。
それを考えるには、彼らを知っていく必要がある。
とりあえずは一日に一人、私の補佐をさせてみることにした。
相手を知るには、まず接触からってね! 当然夜のお世話的な意味じゃありません。
それと、朝ご飯と夜ご飯は毎日全員一緒を義務付けてみました。
使用人を同じ席に座らせるなんてとクロードは止めてきたけれど、ここではヒルダが法律。無理やり押し通した上、クロードも同席を強制してみた。
少年たちを知るためにお茶の時間を設けたりして。
なんとなく全員のおおまかなデータがつかめてきたのだけど。
親元に帰せそうだと判断ができたのは、十三人いてたった一人。
妹が病気で手術にお金が必要なため、自分からヒルダの元へ行くことを決めた子だ。
面談をしてクロードを家まで差し向け。
親の性格に問題はなさそうだと判断した。
けど、妹はまだ薬が必要で、彼の家にはこれまた体の弱い母親しかいない。
今はまだヒルダから貰ったお金があったけれど、そのうち尽きる。
幼い彼が働きに出たところで、稼ぎは知れていた。
なので、彼の母親には屋敷にきてもらい住み込みで働いてもらう事に。妹も屋敷に住まわせて、治療を施すことに決定。
彼のほうにはとりあえず、基礎的な教育をほどこして、将来安定した職に就けるようにサポートしていこう。
とりあえず少年たち全員に教育が必要そう。
読み書きできない子とかいるしね。
基礎的な学力を身に付けてもらって、将来手に職が付くようにしてあげればオッケーのはずだ。
そして彼以外、残り十二人は家庭の環境に問題あり、もしくは家がない。
彼らに共通するのは、幸せな家庭を知らないという点だった。
アベルの事も調べたのだけれど。
母親はかなりの美女で男の間を歩き回り、アベルを連れてあなたの子供なのよと色んな貴族に迫っては、愛人に納まったり脅して金をむしりとったりするような悪女だったようだ。
クロードによると、ヒルダはアベルの母親に普通に暮らせば一生困らないような額の小切手を目の前に差し出したらしい。
母親は、喜んでアベルを引き渡したのだとか。
その時のアベルの顔は、絶望の色が濃くて。
母親に半狂乱で捨てないでと懇願していたという。
「あんたを生まなきゃよかったと思いながら過ごしてきたけど、こんなお金になるなら生んでよかったわ。これからはヒルダ様の元で、ちゃんとご奉仕するのよ?」
アベルの母親は、幼い彼にそう言い放って。
嬉しくてしかたないと言う様子で、じゃあねと振り向きもせずに去っていったらしい。
そんな悪女でも、アベルにとってはたった一つの心のよりどころだったんだろう。
母親と引き離されたことを、相当に恨んでいる様子だ。
でもだからと言って、彼女の元に返すなんてことはできるはずもない。
そうなると、この先アベルをどうするかという事なんだけど。
ゲーム内でアベルは魔法学園に入学することになっている。
魔法に興味があるというよりは彼の場合、勉強やそこに来ている貴族の子息と仲良くしたりコネを作るために来ているという印象があった。
つまりは権力とかそういう事に興味があるんだろう。
アベルを親元に帰せなくても、恨まれさえしなければよし。
ヒルダと仲のよい状態で、五年後魔法学園に送り出してしまえば私は生きられる。
あの学園全寮制だし一度入れてしまって、主人公とでも恋しちゃえば、ヒルダの事なんてどうでもよくなるに違いない。
この少年たちを、全員立派な大人に育ててみせる。
そしてアベルに軽蔑されることなく、五年間を生き抜いてやるんだ!
目指せ死亡回避!
そんな決意が私の胸には生まれていた。
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