【48】双子竜の花嫁
宴会は大皿にのった料理の中から、好きなものをとる形式のようだ。
皆で輪になって食べる食卓はにぎやか。
イクシスの兄弟たちの中には、すでに子供がいるところもあって、パタパタと走り回っている子もいた。
一年に一度、秋の名月の日に竜族は集まる。
このイベントはいわゆるお盆に近いモノらしく、ばらばらに過ごしている竜族も集まって、名月の日まで里で過ごすと決まっているらしい。
九人いるイクシスの兄弟のうち、七人は結婚して里に住んでいるため、今日の宴会の主役は普段外に出ているイクシスとその双子の兄オーガストだ。
その主役二人ときたら折角久々の帰宅だというのに、家族との会話もそこそこに私にべったりだった。
右側にイクシス、左側にオーガスト。
体格のいい二人に挟まれ、その上私の頭上で二人が険悪な空気を振りまいているため、居心地が悪いことこの上ない。
まさかのオーガストが、前世の会社の同僚だった。
高校時代に出会った謎の外国人で、腐れ縁。
私によく絡んでくる、目つきは悪いけれどいいお兄さん。
そんな認識だったオーガストもとい、桜河なのだけれど。
……どうやらオウガは私のことが好きだったらしい。
オウガが実は竜族だったとか、オウガの作った空間に私が巻き込まれただとか。
色々気になる発言はあったけれど、とりあえずはご飯を食べてから話し合おうということになった。
「メイコ、これ食べろ。お前の作る料理には負けるが、好きな味付けのはずだ」
「ありがとうオウガ」
オウガが皿に色々盛って私に手渡してくれる。
さすがというべきか、ちゃんと私の好みを押さえていた。
「料理って……メイコは料理が作れるのか」
「こいつ料理うまいんだぞ? あっちではずっと愛妻弁当を作ってもらっていた。お前食べた事ないのか。愛されてないんだな」
「愛妻弁当じゃなくて、普通の弁当ね。私と弟たちの分を作るついでに、オウガのも作ってただけでしょ。イクシスに変なこと吹き込まないで」
驚いたイクシスにオウガが自慢気に答えたので、釘を刺しておく。
「しかし驚いたな。オーガストの選んだつがいが、イクシスの花嫁候補だったとは」
くくくとイクシスの父であるニコルが笑う。
八歳にしか見えないけれど、彼はすでに二千歳を軽く越える古竜らしい。髪も翼も尻尾も角さえも漆黒で、その瞳だけが紅い。
その幼い顔立ちはイクシスそっくりなのだけれど、ちょっと悪そうな笑みがよく似合う。
イクシスは間違いなく父親似だ。
「笑い事じゃないわよニコル。ようやくイクシスが帰ってきて花嫁候補つれてきたと思ったら、まさかオーガストが探してたメイコちゃんと同一人物だなんて」
イクシスの母親であるオリヴィアさんが、ニコルを叱る。
がっしりとした体躯をしていて、やや目つきの鋭い彼女は迫力のある大柄美人で、縦巻きロールヘアーの赤い竜だ。
オウガは確実にお母さん似だなぁとそんな事を思う。
「オーガストのつがいがメイコちゃんで、イクシスの花嫁候補もメイコちゃん。これどうしたらいいのかしら?」
「最初にメイコを見つけたのはオレだ。ちゃんと逆鱗も染まって、いつだって花嫁にできる。だからメイコはオレのものだ」
オリヴィアさんの言葉に、オウガがそう言って私の肩をぐいっと掴んでくる。
「馬鹿言うな。メイコがこの世界に紛れ込んだ原因がお前だとしても、メイコが恋人として選んだのは俺だ。お前はメイコに選ばれてないだろうが」
イクシスが私をオウガの手から取り戻すように、腕で体を引き寄せてくる。
「……今の恋人は確かにイクシスかもしれないが、そんなの後からどうにでもなる。ようやく見つけたんだ。オレを怖がらない、最高の女をな。オレに気持ちが向くまで、手を出さずにずっと待ってたんだ。今更誰かに渡すと思ってるのかよ?」
オウガの声に険が混じる。
威圧する空気を放っていたけれど、兄弟だけあってイクシスは慣れてるんだろう。全く動じたりしない。
それどころかイクシスもその金色の目を細め、冷たい空気を放ってオウガを威嚇しているように見えた。
「それにイクシス。お前の逆鱗はどうせ染まってないんだろ。相手に期待させて、また振られるのを待つのか? 人間は竜族と違って早く老いるんだ。染まりもしないお前のために、メイコの短い人生を使わせる気はねぇよ」
「くっ……」
明らかにイクシスを攻撃するような言葉を、オウガが吐く。
イクシスが顔を歪めた。
それはイクシスがもっとも言われたくないことのはずだ。
「オウガ」
ちょいちょいと手招きする。
「ん? どうしたメイコ?」
オウガが顔を寄せてきたところで、思いっきり頭突きをかましてやる。
「痛ッ! いきなり何するんだよ!」
「オウガの馬鹿がイクシスの嫌がる事いうからでしょ! 逆鱗が染まるかどうかなんて、試してみないとわからない。それに、私が誰を選ぶのかは、オウガじゃなくて私が決めることでしょうが!」
睨み付けてくるオウガに、きっぱりと言ってやる。
オウガは昔から暴走気味なところがあり、そのたびに叱ってやるのが私の役目になっていた。
「ほら、イクシスに謝る!」
「……悪かったな」
促せばオウガは面白くなさそうな顔で、私に向かってぼそりと呟く。
「私じゃなくて、イクシスに!」
「あーもう! 悪かったなイクシス!」
「あ、あぁ……」
半ばやけ気味でオウガがそういえば、イクシスは面食らったような顔をしていた。
全くオウガときたら世話が焼ける。
そう思いながら、ご飯を食べるのを再開することにする。
竜族はお箸文化のようで、しかもなんと白いご飯がある。
ヒルダの住んでいる国は前世でいうと西洋の国に近く、パンが主食だったため米が恋しくてしかたなかった。
後でこの米持って帰れないかな。
というか、絶対持って帰る!
イクシスにお願いすること決定。
大量に買い占めて、イクシスの異空間にしまわせてもらおう。
嫌がるとは思うけど、イクシスだって屋敷でお米が食べられるなら、嬉しいはずだ。
今のうちにイクシスの家の味を覚えておけば、後で再現もできる。
そうだ。オリヴィアさんからイクシスの好物の作り方でも習っておこうかな。
それを盾にすれば、きっとイクシスもうなづくはず。
食べ物の力は抗い難いし、故郷の味なら尚更だ。
この煮魚美味しい。
もう一口と摘んで、口に入れようとして。
周りが全員こっちに注目していたことに気付く。
皆一様に驚いたような顔をしていた。
えっ、何この雰囲気。
まるで、ありえないものを見たような感じで固まってるんですけど?
「ぷっ……ははっ、あははは!」
盛大に笑い出したのは、ニコルだ。
おかしくてしかたないというように、腹を抱えて笑い出す。
思わずぽかんとしていたら、ひとしきり笑って後、私に視線を向けてきた。
「あのオーガストが形無しだな。しかもこの状況で平然と飯を食べるとは。怖くないのか、お前は」
「怖い……何がです? 確かにオウガは目つき悪いけど、いや悪いですけども、怖くはないですよ。プリンが好きっていう意外と可愛いとこもありますし」
ニコルに尋ねられたので、素直に答える。
確かに顔つきの怖いオウガだけれど、慣れればどうってことない。
怒ると手がつけられないけれど、基本的には気のいいお兄さんだ。
「オーガストを叱った上、可愛いだと。聞いたかオリヴィア。生きていると面白いことが起きるものだな!」
「そうねぇ……あの暴れ者のオーガストに、言う事を聞かせちゃうなんて。さすがに驚いたわ」
ニコルは楽しくてしかたないというように笑い、その妻であるオリヴィアさんも目を丸くしていた。
どうやらオウガが素直に謝ることは、とても珍しいことらしいと、この空気で察する。
「オーガストは相当、メイコに惚れこんでいるらしい。逆鱗の方も今までになく濃い色をしていて、熟している。花嫁を待ち焦がれているよい色だな」
「父さん! ですがメイコは!」
ニコルの言葉に、イクシスが焦ったように声をあげる。
まぁ待てと、ニコルが手でイクシスを制した。
「どうだ、メイコ。いっそ二人を夫にしてみないか?」
「はっ?」
ニコルの提案に、思わずお箸から煮魚か零れ落ちる。
どうにか持っていたご飯茶碗の上に落ちたからセーフだ。
いや、そんなことよりも、何だかとんでもないことを言われた気がする。
「夫って、イクシスとオウガ……オーガストをですか?」
「そうだ。竜族は生涯で一人にしか逆鱗を与えられない。逆鱗を宿したつがいのみが、竜に変化し花嫁になれる。花嫁になれば子を生める。二人と結婚すれば、例えイクシスの逆鱗が染まらずとも、イクシスも子が持てるだろう?」
確認した私に、にっこりと微笑んでニコルがそんな事を言った。
まるでナイスアイディアだろうというように。
「イクシスの逆鱗が染まったら、それはそれで飲み込めばいい。黒竜と金の眼の竜の逆鱗、しかも双子竜だ。竜族の宝を手に入れたお前は、伝説の白き竜になれる」
何をいってるんだろうこのショタは。
自分の子供に二股をかけることを推奨してくるなんて。
しかもうっとりとした様子ですらある。
そっか、からかわれてるのか。
真面目に受け取りそうになり、その可能性に気付く。
危ない危ない。
もう少しで、イクシスのお父さん相手に口答えするところだった。
「からかわないでください。私にはイクシスだけですから」
「……メイコ」
落ち着いた対応をすれば、隣でイクシスがほっとしたような息を吐いたのが聞こえた。
「ふむ……そうか、つまらんな」
チッとニコルが舌打ちする。
あれ、この反応まさかとは思うけどさっきの話本気だったり……するんだろうか。
「一応教えといてやるが、竜族の男が選ぶ花嫁は必ず一人だ。だが、花嫁の方は特殊な場合のみ夫を複数持つことが許されている。まだ逆鱗を得てない女に、複数の竜族のつがいがいるとそれが可能になる。まぁイクシスの逆鱗の方は、まだお前をつがいと認めてないらしいが、この状況は似たようなものだろう」
ニコルはそう言って、杯を煽る。
「竜族はいちどつがいと決めると、それ以外に染まらないヤツの方が多い。オーガストのように惚れっぽいやつもいることにはいるが、大抵は初めて染まったつがいを花嫁に選ぶ。だから花嫁側には、そうなったら複数人だろうと受け入れてもらうしかない。まれにあることだ。はじまりの双子竜も、二人で一人の花嫁だったしな」
淡々と告げるニコルの目は、真剣そのものだった。
隣に座るオリヴィアさんが何も口出ししないところからすると、本当の事なんだろう。
思い出すのはイクシスに読んでもらった、絵本のお話。
お姫様が金の瞳の赤い竜と、黒い竜の力を借りて国を助けて。
最後は二匹の竜の花嫁となって、白の竜へと姿を変える。
まさかあれを再現しようとしてるんじゃないかと、そんな事を思う。
「白の竜はオレの代でお眼にかかったことはない。我が家からでれば、相当な名誉だな?」
ニコルくんの鋭い赤い瞳が。
私に拒否権はないと言っている気がした。
「イクシス以外選ぶ気はありません」
オウガには悪いけど、今の私はイクシスの恋人役ということでここに来ている。
ここははっきりさせといた方が、のちのちの私のためにいい気がした。
というか、この状況。
もし私が本物のイクシスの恋人じゃないとばれたら、強引にオウガの花嫁にされそうな流れだ。
オウガのことは嫌いじゃないけれど、そんな展開はとても困る。
「オーガストはいい男だぞ? 竜族の中でも特別な黒竜だ。メイコの方も嫌いではないんだろう?」
「嫌いじゃないです。でも、そういう対象としてみたことはありません」
ニコルと私のやりとりに、全員の意識が集中してるのがわかる。
誰も口を挟まないところか見て、この家でのニコルの発言力はとても大きいのがわかった。
「それで十分だ。オレの息子たちはオレに似て全員愛情深い。絶対にお前を幸せにすると親のオレから保障しよう。祝福されし金眼の竜と、いずれ竜族の長になる黒竜。どちらも竜族の宝物だ。幸せものだな、お前は?」
すっとニコルの瞳に、鋭い光が宿る。
頭を垂れたくなるような、圧倒的な存在感を放って、ニコルがそこに立っていた。
まさか断るなんて言ったりしないよなと、くつくつと笑う。
首を縦に振らなければ、殺されてしまうかもしれないと、冗談じゃなくそう思った。
「……そんなの二人に対して失礼です」
「愛の形は様々だ。最後に全員が幸せになれればそれでいいだろう? なに、体からでも思い知れば、いつかはそれに染まる。癖になるぞ?」
震える声でどうにか言えば、ニコルは空気を和らげた。
どっと汗が吹き出て、力が抜ける。
ニコルくん、とんでもないこと言い放ったよ!
それ二人に私を襲うのを推奨してませんか!?
そして無駄にニコルくんから、色気が垂れ流されているんですけど!?
思わず呆然とする私の前で、ニコルがオリヴィアさんの方を向いた。
「オレもそれでオリヴィアを手に入れたしな?」
ふっと幼い顔立ちに不釣合いな壮絶に艶っぽい顔で、ニコルがそんな事を言う。
「オリヴィアはオレを倒しにきた大国の女勇者だった。相当嫌われていたが、運命を感じて無理やり竜の花嫁にしたんだ。不幸せか? オリヴィア」
ニコルがオリヴィアさんの顎をくいっとあげる。
「……いいえ幸せよ。最初は死んでやると思ったけど、今はこれでよかったと思ってる。あなたの花嫁でよかったわニコル」
オリヴィアさんが熱のこもる口調で、ニコルに答えた。
なんだか二人の周りに桃色の空気が漂ってるなと思った次の瞬間、イクシスとオウガが同時に目隠ししてくる。
「メイコは見なくていい」
「……悪いなメイコ。うちの両親、年中こんな感じだ」
オウガがあきれ果てたように大きく溜息を吐いて、イクシスが謝ってきた。
すぐに濡れた水音と吐息が聞こえて……二人が何で目隠ししたのか悟る。
かぁっと赤くなった私の耳を、どちらかの手が塞いできた。
二人が手を離してくれたところで、前を見ればニコルくんとオリヴィアさんがいちゃいちゃしてました。
見てなかったけど、おそらくこの二人濃厚なキスしてたよねさっき。
なんとなく、イクシスがキスに抵抗ないのもわかるような気がした。
幼い頃から両親がこの調子だと、そりゃキス程度で動じなくなるよ……。
それでいて、ニコルの話はもう終わったようで。
すでに二人の世界が出来上がっていた。
「移動するぞメイコ。この後さらに目の毒なことになる前にな」
オウガが適当に皿に食べ物を盛って立ち上がる。
「オーガスト、酒は必要か?」
「一応持ってろ。とりあえずオレの部屋へ行くぞ」
イクシスの言葉にオウガが頷く。
二人のてきぱきとした手際に、慣れを感じた。
他の竜族の皆も、当たり前のように移動の準備をはじめていた。
……一体、この後ここで何がはじまるというんだろう。
ちょっと予想はできたけれど、気になって二人に尋ねてみる。
「メイコは知らなくていい!」
さすが双子だなというハモリ具合で、二人は答えてくれた。