【45】竜族の里で両親とご対面です
「ここが竜族の里!」
大きな赤い鳥居のようなものがあって。
そこを抜ければ竜族の里があった。
奥には塔のようなものが見え、建物は西洋の屋敷というより東洋のものに近い。
三角の屋根には瓦。何重にも重なる塔が多く、まるで歴史物の世界に迷い込んだ気分になる。
それでいて、空にはいくつもぷかぷかと島が浮かび、小さな小島には家々が建っていた。
この広場は竜族が最初に辿りつく場所らしく、多くの竜族たちが再会を懐かしんでいる様子だった。
皆背中に竜の翼があって、くるりと巻いた羊のような角とトカゲのような尻尾がある。
青に緑に茶色に、黄色。翼の色は様々で、それでいて男の方は美形ばかりだ。
竜族はイケメンが多いらしい。
「イクシス! イクシスじゃないの!」
そう言って駆け寄ってきたのは、ゴージャスな赤色の髪をたて巻きロールにした、二十代後半くらいの女の人だった。
迫力の大柄美人。女騎士と言われても納得してしまいそうなその体躯に、涼やかで鋭い眼光。
同じ女でも格好いいと見惚れてしまうようなその女性は、イクシスと同じ色の翼と尻尾を持っていた。
「おかえり、イクシスっ!」
「苦しい! 苦しいって!」
イクシスがギブアップだというように、女の人の背を叩く。
抱擁というよりは、イクシスが技をかけられて締め上げられているように見えたけれど、女の人はとても喜んでいるようだ。
「もしかしてイクシスのお姉さんですか? はじめまして!」
声をかければ、私に気付いた女の人がきょとんという顔をする。
それからじーっと見つめてきて。
私をぎゅーっと抱きしめてきた。
やばい、苦しい。
「お姉さんだなんていい子捕まえてきたじゃないのイクシス! 長い間帰ってこないと思ったら、この子といちゃいちゃしてたわけね!」
谷間に顔がうずもれて苦しい。
胸の開いたセクシーなドレスを着ていたため、その感触はダイレクト。
しかし柔らかいというよりは筋肉のような……息が出来ない。
「……まぁそんなところだ。母さん、そろそろ窒息するから離してやってくれ」
ぐいっとイクシスに肩を引かれ、ようやく息を吐く。
「この人、イクシスのお母さんなの? こんなに若いのに? お姉さんじゃないの?」
「なんていい子! 母さん気に入っちゃった!」
竜族の見た目年齢どうなってるんだと思っていたら、またイクシスのお母さんに抱きしめられて、息ができなくなる。
ギブアップというように体を叩いたら、あらごめんなさいとイクシスのお母さんが体を離してくれたけれど。
どうやらかなりスキンシップの激しい方のようだ。
「名前は? ちゃんと紹介しなさい、イクシス!」
「こいつはメイコだ。ちょっと前に知り合った」
催促されたイクシスが、お母さんに対して私をそう紹介する。
あれ、ヒルダって紹介しないんだ?
そんな事を思った次の瞬間、また深い谷間に顔をぎゅっと押し付けられる。
「まぁ! メイコちゃんっていうのね! オーガストのつがいと同じ名前! やっぱり双子だから花嫁さんの名前も一緒なのかしら」
うふふと嬉しそうに笑いながら、またイクシスのお母さんが抱きしめてくる。
「ぐ、ぐるしいです、お母様!」
竜だからか、イクシスのお母さんの力は強い。
イクシスが呆れたような顔で、私を後ろに庇ってくれた。
「オーガストにまたつがいができたのか」
「まぁね。あとうちで結婚してないのはイクシスとオーガストだけだからね。オーガストの方はともかく、今度こそメイコちゃんがイクシスのつがいであるよう祈っているわ」
オーガストというのはイクシスの双子の兄らしいと、二人の会話から推測する。
お母さんの言葉にイクシスは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「今回オーガストの方はうまくいきそうなのか?」
「そこが問題なのよね。オーガストったら異世界まで旅に行ってたらしくて、そこで彼女を見つけたらしいんだけど。相手に了承させる前に、あの子が作った空間へつがいの子が引きずられちゃったみたいで。今行方不明なのよ」
明らかに話を逸らしたイクシスに、お母さんが溜息を吐く。
「でも、今回はかなり本気みたいよ? 必ず見つけ出して、例え振られようが既成事実作ってやるって、奥手なあの子らしくない台詞吐いてたから。あの子のことを怖がらない、運命の相手を見つけたって言ってたわ」
うふふとお母さんは嬉しそうだ。
その顔にはあんたもしっかりやりなさいよという含みがあり、イクシスが嫌そうな顔になる。
「オーガストが着いたら、夜から宴会よ! 今日はめでたい日だわ! さぁ我が家へ帰るわよイクシス!」
「だから首根っこ掴むなよ母さん。ちゃんと自分で飛ぶから。ほらメイコ、エリオットこい」
珍しく押され気味のイクシスに抱きかかえられながら、私達はイクシスの実家へと向かう。
イクシスの家は大分上の方にあって、ヒルダの屋敷とそう変わりない大きさの屋敷だった。
庭園は緑が美しく、ヒルダの屋敷とは趣が違い川や池まである。
「エルトーゴ家へようこそ!」
お母さんに招き入れられ、玄関で靴を脱ぎ中へ入る。その習慣がちょっと懐かしい。
奥の広間に行けば、三人の青年たちがイクシスに纏わり付いてきた。
どうやら彼らはイクシスの弟たちみたいだ。
「ずっとどこ行ってたの兄さん!」
「ボクたち寂しかったんだよ!」
「兄ちゃんの馬鹿! もう帰ってこないのかと思った!」
三人が矢継ぎ早にそう言って、イクシスに抱きついて泣き出す。
見た目の歳はそうイクシスと変わらないように見えたけれど、歳が離れた弟という雰囲気だ。
「あー長い間留守にしてて悪かったな。おい、泣くな。男だろうが」
イクシスが弱った顔をしている。
けれどその顔はどこか嬉しそうで。
家族との再会を喜んでいるのがわかって、きてよかったなと思う。
ちょんちょんと、私の足をつついてくる者がいて、視線を下げれば男の子がいた。
「イクシスの花嫁候補か」
小さな男の子はエリオットの見た目年齢と同じ、八歳くらいに見えた。
イクシスと顔がそっくりで、小さい頃こうだったのかなと想像できる感じだ。
下に弟が四人いると言っていたから末っ子だろう。
生意気そうな瞳は赤色で、髪や翼は漆黒。
その角はイクシスのものと違って、黒い宝石のような透明感があった。
小さいのに威厳はたっぷりで、なんだか可愛らしい。
「はじめまして。私はメイコっていうんだ」
「オレはニコルだ。アレは今まで何度も花嫁候補を連れ帰ってきたが、つがいとして逆鱗に認められた者はいなかった。お前にアレの逆鱗を染めることができるのか?」
にこにこと挨拶したのに、観察するように眺められたあげく、はっと鼻で笑われた。
かなり態度が悪い。
可愛らしいというのは撤回だ。
「竜族の見た目や富、力を手に入れたいだけならやめておくんだな。あれが傷つくだけだ」
けどその言葉を聞いて、ただの生意気な男の子ではないなと思う。
兄であるイクシスが心配でしかたなくて、わざとそんなことを言っているみたいだった。
イクシス好かれてるなぁと思えて、微笑ましくなる。
「ニコルくんはお兄さんが心配なんだね。大丈夫、私はイクシスを傷つけたりしないから」
しゃがんで視線を合わせ、安心させるように笑いかけながら頭を撫でれば、驚いたようにニコルは目を見開く。
「それにイクシスの見た目に惹かれたわけじゃないから。口は悪いけど優しいし、いいお兄さんだよね。あと困った人を放っておけない、いい竜だし」
「……なんだ、わかってるのか。今までの花嫁面した女共とは違うらしいな」
私の言葉にふっとニコルが笑う。
まるで老獪したその笑みは、幼い顔立ちに不釣合いだった。
「メイコ、もう父さんに挨拶したのか」
「父さん? いやイクシスの父さんなんて見てないけど」
私の元にやってきたイクシスにそんなことを言われて首を傾げる。
この場には、せいぜい三十代くらいまでの竜しかおらず、イクシスの父親と思える年代の竜は見当たらなかった。
「イクシス。久しいな」
「父さん、久しぶりです!」
腕を組んだままニコルがそういうと、イクシスがそう言って、膝を折りニコルと目を合わせる。
……父さん?
ニコルくんが?
「いやいや、イクシス。ニコルくんどうみても八歳くらいだよね!? お父さんって歳じゃないよね!?」
「歳をとってちょっと縮んだだけだ」
驚く私に答えたのは、イクシスじゃなくてニコルだった。
淡々とした口調でそう言って、ふっと笑う。
「お前の花嫁はリアクションが面白いな。からかいがいがありそうだ」
「まぁそこは否定しません。父さん、あっちで母さんが呼んでましたよ」
イクシスが笑って答えれば、ニコルはその場を去って行った。
「イクシス。竜族の年齢ってどうなってるの」
「まぁあまり見た目はあてにならないな。年齢は角で判断するものだ。白っぽいと若くて黒くて宝石みたいだと年寄りってところか」
呟く私にイクシスが呟く。
そういえばイクシスのお母さんも、ニコルも黒い宝石のような綺麗な角をしていた。
イクシスの角はというと、少し黒みがかっているものの宝石のような光沢はない。
「それはやく教えておいてよ! お父さんに対して、年下扱いしちゃったじゃないの!」
「勇気あるなメイコ。あれでもうちの父親、竜族の中でも一目置かれてる伝説の竜で、魔族を一夜で滅ぼしたこともあるんだ。喧嘩っぱやいから、気に入らなければすぐに手を出すんだが……花嫁って呼んだところからすると、メイコは気に入られたらしいな」
なんてことをと焦る私に対して、イクシスは感心した様子でそんな事を言ってくる。
なんだか上機嫌だ。
よほど家族との再会が嬉しいんだろう。
「なんだよ。何で笑ってる」
「いや、イクシス嬉しそうだなって思って」
「……わけがわからない。何で俺が嬉しそうでメイコがそんな顔をするんだ」
眉をよせて、ふいっとイクシスが顔を背ける。
「イクシスが幸せそうなの見てたら、嬉しくなっちゃっただけだよ? 家族っていいよね」
「……悪い、考えが足りなかった」
思ったことを口にすれば、イクシスが辛そうな顔になる。
「何で謝るの?」
「メイコはもう家族に会えないのに……俺だけはしゃいで。悪い、考えなしだった」
首を傾げれば、イクシスはそんな事を呟く。
イクシスが家族との再会を喜んでいるのを見て、私が元の世界の家族の事を考えていたと思っているようだ。
「そういうのじゃないから。イクシスが幸せそうでよかったなって思ってただけ!」
「何で俺が幸せそうで、メイコまで幸せそうな顔になるんだ?」
慌ててそう言えば、理解できないというようにイクシスが呟く。
「だってイクシスが幸せなら私も嬉しいし」
「……そこがよくわからないから聞いてるんだが」
イクシスが何をわからないと言っているのかさっぱりだ。
首を傾げていたら、埒があかないと思ったのか、イクシスは話を切り上げて歩き出す。
エリオットと一緒に後をついていけば、屋敷の中にある部屋へと案内された。
異空間にあるイクシスの部屋と、雰囲気がよく似ている。
ただ真ん中には大きなキングサイズのベッドがあり、一人用の部屋というには大きい。
リビングやトイレ、台所にお風呂場までついていた。
「大きな部屋ね」
「まぁな。竜族は嫁を貰った後、里に帰ってくるヤツが多いんだ。だから部屋も最初から増築できるよう設計して、屋敷が作られてる」
つまりここはイクシスがお嫁さんと暮らす専用の部屋ということだ。
なるほどなと思いながら、ちょっと疲れたので座椅子に腰を下ろした。その隣にちょこんとエリオットが座ってくる。
「イクシスの家族ってにぎやかだね。いい人たちばっかり」
「あんなの、うるさいだけだ」
私の言葉にそう返しながらも、イクシスは家族が大好きなんだなとわかる。
しっぽが揺れている上、優しい顔をしていた。
★5/13 誤字修正しました。報告ありがとうございます!




