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【44】王子様と魔法対決することになりました

 レビン王子との魔法対決は、王都から少し離れた闘技場で行われることになった。

 真ん中の石造りの舞台を囲むように観客席があり、かなり広い。

 そこは本日、私たちだけの貸切のようだった。


 勝負の方法は、試験獣と呼ばれる魔物を模した式神を倒すこと。

 ちなみに式神というのは、魔法使いが自由に操れるロボットみたいなものだと私は理解している。

 前世のゲーム内でも、魔法学校の卒業試験には試験獣が登場していた。


 私だけが魔法を使って、はい終わりかと思っていたのだけれど。

 魔法対決と銘打つだけあって、レビンも魔法を披露するらしい。

 今日知らされた詳しい対決方法に、内心焦る。


 試験獣に襲われながら、魔法が詠唱えいしょうできるかというと自信が全くなかった。

 実践で使ったことはまだ一度もないのだ。

「呪文を唱えてるに攻撃されたらひとたまりもないぞ」

「ふん主ならそれくらい平気だイクシス。それに、あいつの方が主よりも詠唱が長いだろう」

 やばいなと呟くイクシスに対して、一緒に来ていた鷹の獣人・フェザーは余裕の表情だ。


 けど確かにフェザーのいうとおりだった。

 同じ試験獣を倒すと言っていたから、条件は互角。

 レビンの詠唱は、カップラーメンが十個以上できるほど長い。

 そんな彼が試験獣を倒せるなら、私にだって余裕で倒せるはずだ。


「まずは俺様からだ」

 少しほっとした気持ちになっていると、レビンが広場の真ん中に立った。

 試験獣が奥の檻から放たれる。

 ライオン型の試験獣はかなり強そうに見えて、思わずごくりと唾を飲む。


「では、始めっ!」

 審判役が言うと、王子が詠唱を始めた。

 試験獣はというと、グルルルルとうなりはするものの、まるで王子の攻撃を待つかのように大人しい。


「なんだ別に戦うわけじゃないんだね」

「そうだな。試験獣に魔法を当てて、その効果を見るといったところか」

 ほっとした私にイクシスが心配して損したというように呟く。

 これなら余裕で魔法を披露することができそうだ。


 それにしても暇だ。

 何か遊ぶものをもってこればよかった。

 トランプもいいけど、オセロとかやりたいなぁ。


 この世界、チェスはあるけどオセロはないみたいだし今度作ってみようかな。

 剣玉とか駒とか、そのあたりの玩具もいいなぁ。

 魔法の土属性は、はっきり言って攻撃には全く向かないけれど、こういうモノを作り出す能力には長けている。

 他の魔法属性に比べてレベルは低いけどヒルダは土属性も使えるようだし、今度作って皆にプレゼントしてみようかな。


 そんなことをのんびり考えていたら、ようやくレビンの攻撃が終わった。

 次は私の番だと広場の中心に立つ。

 王子が電撃の魔法を使ったせいで、石畳は黒く煤けていた。

 檻から新たな試験獣が放たれ、私の前に立つ。


 近くで見るとなかなかに迫力がある。

 ライオンによく似ているけれど、そのたてがみは炎でメラメラと燃えていた。


「始めっ!」

「世界にちりば……ぎゃっ!?」

 合図と共に詠唱しようとすれば、試験獣が襲い掛かってきた。

 慌てて逃げる私に、試験獣は炎の球を放ってくる。


「ちょっと待て! 卑怯だぞ!」

「……何がだ?」

 叫んだフェザーに対して、レビンが余裕の声を出す。

「何でお前の時は動かなかったのに、主の時だけ獣が攻撃してくるんだ!」

「偶然だろう。試験獣の動きはランダムに組まれている」

 つっかかるフェザーに対して、レビンは言いがかりはよせというような口ぶりだった。


 しかしそんな会話を気にしている余裕は私にはない。

 試験獣の攻撃を、ギリギリかわすだけで精一杯だ。


「《ヴィエント》!」

 詠唱せずに、魔法の呪文を唱えるけれどそれは形にならない。

 やっぱりあの長い詠唱じゃないと駄目みたいだ。

 振り返って手を翳して。

 その瞬間にできた隙を、試験獣は見逃さなかった。


 まずいやられる。

 ぎゅっと目を閉じて。そんな私の体を横から誰かが掻っ攫った。


「風を切り裂き、凍てつく牙を立てろ! ――我フェザーの名において《氷柱の刃ベリル》!」

 襲ってこない痛みに恐る恐る目を開ければ、試験獣が私の下方でのたうちまわっている。

 その体には小さな氷柱がいくつも刺さっていた。


「主、無事か!?」

 助けてくれたのはフェザーだった。

 パタパタと翼をバタつかせ、空中で私を支えてくれている。


「おい! 対決の途中で邪魔をするとは何事だ!」

「うるさい。我は主の使い魔だ。お前に幻獣がいるように、主には我がいる。ルール違反ではないはずだ!」

 外から叫ぶレビンに、フェザーが苛立った声で答える。

 確かにその通りだと思ったのか、それ以上レビンは何も言わなかった。


 足元では、試験獣が届かないと悔しそうにジャンプを繰り返していた。

「主、今のうち……に。我の力では主はさすがに……重い」

 フェザーは懸命に翼を羽ばたかせるけれど、その高度は段々と下がってきていた。

 十二歳のフェザーにヒルダの体は重すぎるようだ。


「ヒルダ・オースティンの名において、風よ集え。渦をなし、敵を撃退せよ――《渦が紡ぐ刃ヴィエント》!」

 手を翳して力いっぱい叫べば、試験獣のまわりに風が発生する。

 この位置では自分達も巻き込まれてしまうので、フェザーに移動するように指示する。

 やがて渦が動き出し、試験獣は巻き上げられて空へと舞い上がった。


「私を怒らせたようね。裁きの炎で断罪してあげる。罪をも焼き尽くす紅の業火――《炎の球リプカ》!」

 落ちてくるところに、さらに魔法をお見舞いする。

 炎属性の火球は、やっぱり威力が強すぎて大きな火柱となった。

 昼間なのにさらに明るくなるようなその火力。

 ちらりとレビンを見れば、目を丸くしていた。


 ゆっくりとフェザーが広場に私を下ろして、それから思わずといったように抱きついてきた。

「さすがは主だ! とても格好よかった!」

「そう? 当然ね!」

 尊敬の眼差しを受けながら、ヒルダモードで受け答えしつつ、内心心臓がばくばくとうるさかった。

 フェザーが助けてくれなかったら、危ないところだった。


「よくやったなフェザー」

「当然だ」

 観覧席に戻れば、イクシスがフェザーを褒める。

 それからすぐ近くにいたレビンたちに目をやった。


「王子いかがされますか。相手は倒してしまったようですが」

 困った様子で騎士がレビンに耳打ちする。

「……っ! 今回は引き分けということにしておいてやる! 覚えていろ!」

 小物感たっぷりにそう吐き捨てて、レビンはその場を去って行った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 無事にレビンとの対決も終わり、熱い夏はフェザーが大活躍した。

 氷を作ってもらって、それをカキ氷にしたりして食べた。

 お腹を壊してしまって、イクシスにやっぱり魔法で作った氷がいけなかったのかと相談すれば、六杯も食べればそうなると呆れた顔をされてしまった。

 

 それと、私は本格的に魔草の栽培を始めた。

 前に採取しておいたコウコウゴケのバージョンアップ版、オレンジゴケを使う。

 何にも寄生せず三日経てば枯れてしまうオレンジゴケだけれど、イクシスの異空間にしまっておいたから大丈夫だ。


 どういう仕組みになっているのかは謎だけれど、イクシスの異空間は物の劣化速度が遅いらしい。

 生物を保管するのにピッタリだね! なんて言ったら。

 物置でもなければ氷室でもないんだと、前と同じように怒られてしまった。

 しかし、便利なものは便利だ。


 オレンジゴケを土属性の魔法デレミアで、森から持ってきた腐葉土と合成する。

 それだけで魔草が育つ苗床の完成だ。


 ちなみに土属性の初歩魔法デレミアは、二つのモノをうまく合成する魔法。

 例えばダマができやすいホワイトソース。

 バターを溶かしつつ、火を通し根気よく小麦粉を加えて焦がさないように練り混ぜることで、ホワイトソースは出来上がる。

 これが意外と面倒で、手間がかかる。

 しかし、この魔法デレミアがあれば一瞬にしてホワイトソースが、綺麗に出来上がるのだ!


 微妙だよね? って思う人もいるかもしれない。

 でもこれ本当に凄いのだ。

 これだけで料理の手間がどれだけ省けると思っているのか。

 主婦大助かりの魔法だよと力説してやりたい。


 生クリームと空気を合成して、すぐにホイップクリームができるんだよ?

 腕が痛くなるまでかき混ぜなくていいんだよ?

 日常生活での使い勝手なら土属性がナンバーワンですよ。

 前世では一番この属性を私は愛していた。

 

 地味かつ地味で、攻撃には全く使えない魔法が目白押し。

 けれどゲーム内でのオマケ要素としてあった、錬金術に特化した魔法の数々はとても魅力的だ。



 とにかくオレンジゴケを混ぜた畑の方は、魔力を定期的に注入してやれば後はオッケー。

 魔力を込めた水を毎日注いだほうがいいのか、それとも土の中に魔力を込めた何かを肥料のように埋めるか。

 色々試しながら様子を見ていこうと思っている。


 畑の世話は、月組の面倒を見ているベビーシッターのセバスさんにお願いした。

 月組の子達は手がかからないので、何か他に仕事が欲しいと前々から言っていたのだ。

 セバスさんはとてもいい人で、それでいて仕事熱心だ。

 趣味は家庭菜園というセバスさんは、この仕事を喜んで引き受けてくれた。


 セバスさんだけでなく、月組の子達も畑に興味があるようで、お手伝いをしてくれている。

 その様子はおじいちゃんと子供達といった様子で微笑ましい。

 その中に、ヒルダの治めている村の出身であるキーファも混じっていた。

 いずれ魔草を村の特産物にするつもりだと話せば、協力したいと言ってきたのだ。


 キーファはヒルダに反抗ばかりしていたけれど、今ではそのつもりもないようで。

 村のためにという意志がその瞳から感じとれたため、星組から月組へと移動してもらった。

 彼なりにノートをつけて、魔草の栽培に取り組んでくれているようだ。



 そしてとうとう、秋がきて。

 イクシスと一緒に、竜の里へ行く日が近づいてきた。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「メイコ、本当に私を置いていくつもりなのですか」

「やっぱり留守の間を安心して任せられるのは、クロードしかいないのよ。それに今回は竜の里が領土近くに来る周期らしいから、クロードについてる距離制限なら問題ないわ」

 不満げなクロードを宥める。


「ならせめて、護衛としてメアを一緒に連れて行ってください。メイコの身が心配です」

「イクシスがついてるから大丈夫よ?」

 クロードは心配症だ。

 守護竜のイクシスがいるし、行き先はイクシスの故郷で竜族の里だ。

 最強とうたわれる竜族の里に、暗殺者や刺客が入り込んでくることはまずないと言えた。


「だから心配だと言っているのです。イクシスの恋人のふりということは、同じ部屋で過ごすわけでしょう? あの竜が不埒なマネをしたとき止める役割が必要です」

「クロード、前の一件は誤解だったんだよ? イクシスとは何もなかったし、何もしてこないと思うの」

 クロードにそう言えば、信頼できませんと言われてしまう。


「メイコはイクシスに対して、少しガードが緩すぎです。いくら守護竜といえど男なんですから、警戒はしてください」

「わ、わかった」


 いいですねと怖い顔で念を押されて、思わず頷いたのだけれど。

 当日、私の護衛にとつけられたのはメアではなかった。


「あれエリオット? なんでリュック背負ってるの?」

 旅立ちの日朝食が終わり、竜になったイクシスと庭でメアを待っていたら。

 現れたのは馬の獣人であるエリオットだった。


「メアに変わってもらった……離れ離れ、嫌だ」

 ぎゅっとエリオットが私の服の裾を掴んで、見上げてくる。

 獣人の国から帰って、エリオットは私といる時間が長くなった。


 お昼寝も一緒にしようと誘ってくるし、夜になるとベッドにもぐりこんでくる。

 エリオットがいつも私と寝ようとするため、前まで頻繁に私の元にやってきていたウサギの獣人・ベティと猫の獣人・ディオは遠慮して部屋に顔を出さなくなっていた。

 懐いてくれて、心を許してくれているのは嬉しい。

 けれどちょっと依存されているなという感覚がある。


「ちゃんと私、帰ってくるわよ?」

「……わかってる。でも、嫌なものは嫌だ」

 真っ黒な瞳を潤ませるエリオットは、か細い声を出す。

 保護欲をくすぐるその姿に、思わずぎゅっと抱きしめたくなった。


「それにメア、凄く高いところは苦手。誰かに高いところから落とされる夢、よく見るって言ってた」

 そう言えばメアは赤ん坊の頃、高い崖から落とされたと聞いていた。

 無意識にそれがトラウマになっているのかもしれないと、エリオットの話を聞いて思う。


「ねぇイクシス、エリオットを連れて行っていい?」

『……』

 メアを連れて行くと言った時は、あっさりオッケーを出したのにイクシスは黙り込んでしまう。


『甘やかすのはいいが、責任はとれるのか?』

「大丈夫! ちゃんとエリオットの面倒は見るから!」

『……そういう意味じゃないんだけどな。まぁいい』

 しっかりと請け負えば、イクシスは私達二人を手に乗せた。

 今回は長距離じゃないので、手に持って運んでくれるようだ。


『大人しくしてろよ』

 風が巻き上がり、空の方にぽっかりと穴が出現する。

 イクシスが羽ばたいて。

 私達三人は竜族の国へと旅立った。

★5/12 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!

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★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
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