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【42】魔法を使うとメンタルポイントが削れます

 イクシスを庭に呼び出して事情を話せば、呆れた顔をされてしまった。

「何でもっと早く言わないんだ。あと三日しかないだろうが!」

「すいません」

 久々に会ったというのに、イクシスは不機嫌だ。


「俺に教えられるのは風属性だな。ヒルダも風は使えたはずだから、それでいいか?」

「お願いします!」

 深々と頭を下げれば、イクシスが私の目の前に手のひらを上に向けて差し出した。


「いいか、これが風魔法の初歩ヴィエントだ」

 その手のひらで、小さな竜巻が起こる。

「おぉ!」

 感動する私の前で、イクシスはさらに力を調節して大きな竜巻にしたりする。

 さっとイクシスが手を振ると、竜巻は簡単に掻き消えた。


「これを叩きつけたり刃の形にすることで、技のバリエーションがでてくる。取り合えずやってみろ」

「いきなり!? 何かコツ的なものはないの!?」

 思わずイクシスに突っ込めば、うーんと首を傾げて頭をかいた。


「そう言われても、竜族は魔法なんて生まれた時から自然に使えるからな。こうぐっときて、ばっとやってサッって感じだ」

 イクシスはどうやら魔法の先生に全く向いてないらしい。

 感覚で言われても困る。

 魔法のコツが一ミリも伝わってきません。


「ねぇイクシス、魔法って呪文唱えなくても使えるの?」

「呪文はきっかけに過ぎない。体の中で魔法の組み立てがちゃんとできていれば、発動する。そういうものなんだ。初心者のうちは唱えた方がやりやすい」


 ちょっと難しかったけれど、別に呪文を唱えなくても魔法は発動するということ。

 ゲーム内では、コマンドを選ぶだけで魔法が使えたから、その辺りの事はよくわからなかった。


 つまり、フェザーとの契約をして見せた時の恥ずかしいアレは全く必要なかったわけだ。

 毎回魔法を使うたびにあんな恥ずかしい思いをして、ガリガリメンタルポイント削るなんて辛すぎる。

 あれ、魔法使うたびにゲーム内で減ったのはマジックポイントだったっけ?

 まぁとにかく、これがわかってよかった。


 手の平を眺めて、ヴィエントと心の中で唱えてみる。

 何も起きない。


「ヴィエント!」

 気合入れて叫んでみる。

 何も起きない。

 ちょっと恥ずかしい。


「……イクシス、できないんだけど」

「おかしいな。ちゃんとこうアレしたか?」

 あれって何だ。イクシスは伝えられないのがもどかしそうな顔をしている。

 もう一度イクシスが説明してくれたけれど、やっぱりその説明は擬音語ばっかりでさっぱりだった。


「気合が足りないのかもな」

「なるほどね」

 確かに一理あるかもしれない。


 とりあえず、溜めるような感じでやってみようと中腰になる。

 手を腰の位置に構え、いっきに突き出す。

 手から波動がでるようなイメージだ。

 元の世界では逆立った金髪の外国人みたいなアニメキャラが、こうやってよく手からエネルギーの球体を飛ばしていた。


「ヴィエント!」

 ○め○め波と言いたくなるのを堪えながら、変わりに魔法名を口にする。

 手から魔法が出る代わりに、恥ずかしくて額から汗が吹き出た。


「……」

 イクシスが無言なのが辛い。

 目を逸らさないで欲しい。

 ポーズをやめて平気な顔をするにも限界ある。

 いたたまれない気分で泣きそうだ。


「何をしている?」

 涙が落ちないよう空を見上げていたら、こちらに気付いた鷹の獣人・フェザーが降りてきた。

 翼を畳んで、私とイクシスに声をかけてくる。


「もうすぐ王子との魔法対決があるらしいから、練習だ。フェザー、お前も魔法を使ってみろ」

「わかった」

 イクシスの言葉に、あっさりフェザーが頷く。


「凍土を司りし麗しき精霊よ。我、フェザーの声に答え、今ここに氷の花を咲かせよ――《氷の花シグリル》!」

 水属性の使い魔であるフェザーは、氷魔法がお気に入りのようだ。

 ばっ、ばっと意味があるようでないポーズをとりながら、呪文を唱え手を突き出す。


 前に氷の塊を出現させた魔法と同じ《シグリル》。

 けれど、呪文が違う。

 大丈夫かなと見守っていたら、フェザーの手のひらに、薔薇の花をかたどった氷が出現した。


「へぇ、やるじゃないかフェザー」

 イクシスもこれには目を見張る。

 えっへんと言うように、フェザーは胸を張って。

 それから私に向き直った。


「主にやる。熱いから、見ているだけで少しは涼しいはずだ。多分一日ほど持つ」

 ぱたぱたと茶色の翼を少しバタつかせながら、フェザーが氷の薔薇をプレゼントしてくれる。

 こんな粋なマネまでできるようになって、主としても姉代わりとしても、その成長が嬉しいところだ。


「使い魔は本人から魔法の熟練度を引き継ぐ。今の魔法は派手さこそないが、繊細なコントロールが必要だ。元のヒルダの水属性の魔法レベルは相当高いな」

 イクシスがそんな事を呟く。

 思い返せば、ゲーム内でも使い魔に属性を与えた場合、主人公の持っていた魔法の属性レベルを引き継いでいた。


「ヒルダは風魔法を好んで使っていたが、炎の魔法を使うこともあった。加えて闇属性のレベルは禁術を使えるほどに高い。それに加えて水属性も高レベル。さらに空間を操れる……いったい何者なんだヒルダは」

 イクシスはありえないというような顔をしていた。

 一人につき属性は一つか二つ。物凄く稀に三つ持っている者がいるくらい。

 なのにヒルダは分かっているだけで四つも持っていて、どれもそのレベルは高かった。


「主は主だろう? イクシス」

 独り言のように呟いていたイクシスに、フェザーが口にする。

 そうだなとイクシスは答えて、私に向き直った。


「例え中身が何であろうと、ヒルダの魔法レベルが高いことに変わりはない。使おうと思ったら王子以上の魔法が使えるはずだ」

「何を当たり前のことを言っているのだイクシス。あんなやつ、主の足元にも及ばない。凄い魔法を見せてくれるのだろう?」

 フェザーがイクシスを叱りつけてから、私にキラキラした瞳を向けてくる。

 私の魔法が目の前で見れると、わくわくしているのが丸分かりだ。

 尊敬のこもった目つきが、胸に痛い。


「そうね、フェザーに私の魔法を見せてあげてもいいけれど……その前に弟子がどれくらい魔法を理解しているか知っておきたいわ。魔法を紡ぐときのコツを私に言ってみなさい」

「弟子……いい響きだな。わかった!」


 焦りながらも上から目線でそう言えば、フェザーがやる気満々といった様子でぐっと拳を握り締める。

 横ではイクシスが成り行きを見守っていて、面白がってる雰囲気が伝わってきた。


「まずは使いたい魔法を頭の中で思い描いて。それから、目を閉じて意識を深く潜らせる感じで、感覚を捜す。氷の魔法だと、暗闇に冷たい青い色が浮かぶからそれをつかみとって心の奥で固めて解読して。それを言葉に紡いで乗せて外に押し出す。魔力が形を成すのがわかるから、後は名乗りを上げた上でそれを調整する。当たっているか?」 

 フェザーの説明は、イクシスのものより大分分かりやすい。


「……さすが私の弟子ね」

 訳知り顔で褒めれば、フェザーは得意げな顔になった。

 横ではイクシスが、魔法できないくせに偉そうにという視線を向けてくれている。

 あの説明でできると思うなよ! と、心底言ってやりたい。


「こほん。じゃあ、やってみせるわね」

 フェザーが言った手順でやってみることにする。

 イクシスが見せてくれた竜巻を頭で思い描いて、目を閉じて。

 するとフェザーの言っていた通り、私の中で風をイメージさせる緑色の光が浮かんだ気がした。

 それをゆっくりと捉えて。


 ――なんだかいけるような気がする。

 目を見開き、この魔法の名前である『ヴィエント』を心の中で唱え、押し出すようなイメージで手の上に意識を集中させたのだけど。

 さっきまで捉えていたと思っていた、魔法の気配が一瞬にして消えた。


「主、まだ呪文を唱えないのか?」

 期待に胸を膨らませ、フェザーがじっと私を見つめてくる。

 フェザーの中であのデタラメ呪文も、魔法とセットになってしまっているようだった。


「……今日は弟子であるフェザーに、特別な究極魔法を見せてあげるわ。ただ難しい魔法だから、二分の一の確率で失敗してしまうの。しかもコレを唱えると、その一日他の魔法は使えなくなってしまう……そんな代償の大きい魔法なのだけれど。見たいかしら?」

「あぁもちろんだ!」


 元気よく返事をしたフェザーに、よしと内心ガッツポーズをする。

 これなら失敗しても言い訳がつく。

 私の姑息な手段に気づいたイクシスが、呆れた視線を向けていたが気にしない。


 さっきと同じ方法で、魔法の気配を捉える。

 空中にある何かを掴み取るように手を動かし、無駄に手をクロスさせた、特に意味のないポーズを取る。


疾風しっぷうのサンクチュアリーよ、世界に漂う風のアナグラムよ。ヒルダ・オースティンの名において、その存在を顕現けんげんさせ、渦を成せ! ――《渦が紡ぐ刃ヴィエント》!」

 

 やるときは徹底的に、恥を捨て去って。

 取りあえず格好よさげな言葉を並べれば、呪文の出来上がりだ。

 サンクチュアリー? アナグラム? 意味なんて知りません。

 右目を押さえつつ、カッと目を見開いたところで、体が浮き上がるほどの風が地面から巻き上がった。


「えっ?」

「ッ! これはっ!」

 戸惑った私と、焦ったイクシスの声が重なる。


 私を中心に魔力があたりに充満しているのが、感覚で分かる。

 灰色の魔力の粒が、私を中心に今からまわり、風を形作り渦を成そうと力を蓄えているのだと何となく理解した。

 屋敷を丸ごと飲み込むどころか、周りの森まで覆う範囲の広さに。

 直感がマズイ事になると警鐘を鳴らす。


 どうしよう、このままじゃ。

 屋敷を破壊してしまう――!

 

「《ヴィエント》!」

 イクシスが渦の中心に浮き上がった私を抱き寄せて、手を振りかざして叫ぶ。

 渦とは逆方向の力が加わって、魔力が弾けて分散したのが目に見えた。


「お前は……加減ってものがあるだろ!」

「ごご、ごめんイクシス!」

 怒鳴られて謝る。

 このあたり一帯を巻き込む竜巻を、私は作り出そうとしていた。


「さすが主だ。恐ろしいほどの魔力が渦をなそうとしていたのが、我にはわかったぞ! 何よりも主の呪文にはキレがある。やはりあの王子など、主の敵ではなかった!」

「当然でしょう? 当日はもっと凄い魔法を見せてあげる。さぁ、もう行きなさい」

 興奮気味に翼をバタつかせるフェザーを、その場から立ち去らせる。

 気が抜けた瞬間、座り込もうとした私をイクシスが支えた。


「やればできるじゃないか」

「うん……ちょっと腰抜けたけどね」

 イクシスの言葉に弱々しく笑い返せば、抱きかかえられる。

 部屋まで連れて行ってくれるつもりらしい。


 イクシスってお姫様抱っこをナチュラルにするけど、恥ずかしくないのかな?

 いや腰を抜かしてるからありがたいんだけど、普通の男の人は恥ずかしいものだと思うから戸惑う。

 まぁでもおんぶしようにも翼が邪魔でできないから、お姫様抱っこなんだろうか。


 そんな事を考えながら、黙ってイクシスに運ばれていたら。

 私の部屋の前で馬の獣人・エリオットが待っていた。

「なんだエリオット、ヒルダに用か?」

「ヒルダ様、怪我したの?」

 尋ねてきたイクシスに、エリオットが心配そうに尋ねてきた。


「いや。腰が抜けただけだ」

「なら僕が運ぶ」

 イクシスに手を伸ばし、エリオットが小さな手で私を抱きかかえようとしてきた。


「無理だろ。お前小さいし。結構こいつ重いから潰れるぞ?」

「重いってイクシス! 女性に対して失礼でしょ!?」

「事実だろうが。朝もどうせおかわり三回してたんだろ。いくらなんでも食べすぎだと思うぞ」

「イクシス朝食の席にいなかったくせに、なんでわかるの!?」

 言い合いをしていたら、エリオットが私のジャージの裾をくいくいと引っ張ってきた。


 黒くてつぶらな瞳がこっちを見ていた。

 獣人の国から私が帰ってきて。

 エリオットは前のような死んだ瞳をしなくなった。

 前の主人のように私はエリオットを捨てたりしない。

 そう信じてくれた証のように思う。


「二人、仲いい?」

「よくない!」

 エリオットの言葉に、イクシスと同時に答える。

 はっとしてイクシスと顔を見合わせて、何をやってるんだかとちょっと面白くなって、互いに噴き出す。


「……やっぱり仲がいい。ずるい。僕も仲良くしたい」

 そんなことを、ちょっと寂しそうな顔でエリオットに言われて胸がキュンと高鳴る。

 白いさらさらの髪に、けぶるほど長い睫毛。

 儚げな美少年であるエリオットがそんな顔をすると、思わず守ってあげたくなってしまう。


 イクシスに下ろしてもらい部屋に入る。

「エリオット、先に寝てて。イクシスにちょっと渡すものがあるから」

 この時間にエリオットがくるときは、お昼寝がしたいということだ。

 前までは庭で寝てばかりだったけれど、今は夏。

 ちょっと熱いので、こうやって部屋でよくエリオットとお昼寝していた。


 待たせていたイクシスに、赤いジャージを手渡す。

「まさかこの珍妙な衣装を着ろとかいうんじゃないだろうな」

「別にそういうのじゃないわ。私のお気に入りの服だから、イクシスにもおすそ分けしたいなって思って。私や花組の皆と同じ赤色よ!」


 じゃーんと広げて見せたのに、イクシスの反応はあまりよくない。

「背中の部分の布には特殊な加工がされていて、翼がある獣人でも着れるようになってるんだよ。それにイクシスだけは特別に、胸に名前と小さな竜の刺繍を入れてみたの!」

「俺だけ……? 何でだ?」

 ポイントを説明すれば、イクシスが眉を寄せる。


「イクシスには色々迷惑かけちゃったから、何かあげたいなって思って。でも何かあげようにも、お金も何もかもヒルダのモノでしょ? だから私がイクシスにあげられるものって考えて、刺繍なら自分がイクシスのために作ったことになるなって思ったの」


 こう見えて、結構手先は器用なほうだ。

 家庭科の時間に習った刺繍だけれど、ちゃんとモノにしていたし、竜の形を成していると思う。

 ただ単に前世の弟の鞄に格好いい刺繍をしてあげたら喜びそうだなと、覚えた技術だったのだけれど。

 イクシスは気に入らなかったのだろうか。


 窺うようにイクシスを見つめれば、イクシスはジャージを手に取った。

「まぁ……一応は貰っといてやる。着るのは別としてな」

「うん! 色々ありがとうね、イクシス!」

 にっこりと笑いかければ、イクシスはふいっと顔を逸らして、そのまま空間へと姿を消してしまったけれど。

 振り返ったときの尻尾は、ゆっくり左右に揺れているようだったから、たぶん喜んではくれてるんじゃないかとそんなことを思った。

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★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
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