【39】メイドと竜の逢瀬
隣の領土の主は、まだ若い青年だった。
歳は二十代後半といったところ。
体格がよく熱血漢といったところで、体育会系っぽい。
女の人に免疫がないのか、正装に着替えて訪ねてきた私に対して、かなり緊張した様子だった。
領主の四角張った顔は真っ赤で、私が直視できないみたいだ。
そんな反応をされるとは思ってなかったけど、さすがはヒルダの美貌だと思う。
気をよくしてにっこりと微笑めば、さらに領主の顔が赤くなった。
「何で無駄に愛想振りまいてるんだ」
「隣の領土とは友好的にしておいた方がいいでしょ? それに前世でなかった美貌という武器があるのに、使わなきゃ勿体無いしね!」
イクシスにとって、愛想のいいヒルダは見ていて不気味なのかもしれない。
意気込む私に、不愉快だというような顔をしていた。
それも気にせずに領主との話を進めていく。
イクシスはそれを黙って横で見ていた。
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領主との話が終わって屋敷に戻る。
すでにクロードとメア、それにフェザーとアベルが帰ってきていた。
レビン王子のふりをしつつ、クロードと病人の治療を行っていたメアはかなり疲れた様子だ。
足をだらんとサロンのテーブルに投げ出して、ぐったりとしている。
第一ボタンまで閉めてきっちりと着ていた服は崩され、彼の影から伸びる蛇もしおれた花のように地面に横たわっていた。
領土内であの山の水を水源にしてる村は三つ。
さすがに今日中に村人全員を治療するのは無理なので、草が生えた人限定で症状の重い人からメアには治療を行ってもらっていた。
メアの闇属性の幻獣である蛇は三匹いるので、同時に三人まで病人から魔力を吸うことができるのだけれど。
それでもかなりの時間がかかったらしい。
フェザーとアベルの方はサロンにいなかった。
アベルの方は村から帰って、とっとと部屋に戻ってしまったらしい。
村人への治療の方はちゃんとやってくれていたと、クロードから報告は受けた。
フェザーの方は疲れたのか眠ってしまったらしく、クロードが部屋まで運んだとのことだ。
井戸の場所はもう覚えたしコツも掴んだ。
明日からは楽にできるとフェザーは言っていたらしい。
できる使い魔を持って、主としては頼もしい限りだ。
「隣の領土にも、病は魔力を吸い出すことで治るってことを伝えておいたわ。でも原因がコケガシラのコケってことは伝えてない。皆もこのことは誰にも言わないようにしてね」
「屋敷を出る前にもそう指示されていましたが……どうしてですか?」
私の言葉に、クロードが首を傾げる。
主な理由はいくつかある。
まず一つ目。
これから私はコケガシラのコケを使って、魔草の栽培をしようとしている。
コケの存在がばれてしまえば、領土だけの特産物ではなくなってしまう可能性が高い。
加えてコケガシラはゲームでいうと中ボス程度の実力を持つ。
コケの実用性に目がくらんで無茶をする者が現れるかもしれないし、コケガシラが乱獲されてしまう恐れもあった。
二つ目。
その原因を作ったのがこの国の王子だから。
隣の領主にそれとなく訪ねれば、彼はコケガシラ退治をしていたのが王子だとは知らない様子だった。
彼は冒険者の集まるギルドに、コケガシラ退治の依頼を出していたらしい。
どうやら王子様は偽名でそこに登録していたらしく、我こそはと退治に名乗りをあげたようだった。
本当何してるんだろうねこの国の王子様は。
これが公になって王子の名誉が傷ついた所で、私の心は痛まない。
けれどこれを公表すれば、のちほどやっかいになるだろうことは確実だ。
そういえばゲームの王子ルートで、幼い頃には華麗に何体ものコケガシラをやっつけたことがあるんだ! などとほざいていたけれど。
もしかして、このことだったのかな?
お付きの騎士達が倒していた上、話が盛大に盛られすぎだと思うな!
重要なのは三つ目の理由。
コケが魔力回路を作り出すかもしれないという仮説だ。
土と合成すれば、その土は魔力を通わせる回路を土の中に作り出すことができる。
同じように人に合成……つまり病にかかった状態だと、コケが魔力回路をその人の中に作り出し、栄養を摂取しているように見えた。
魔力回路は体の中で魔力を練りだし、魔法として外に出すために重要な要素。
いくら魔力を持っていたって、回路を上手く体の中に作り出せていないと、魔法は使えない。
そう前世のゲームで、どのキャラだったかは忘れたけれど、雑学的な感じで言っていた気がする。
もしもあのコケのせいで、魔力回路の使い方に目覚めた村人がいたら。
あのコケは魔力を持ちながら、魔法が使えない人たちにとって、とんでもないお宝になるだろう。
そしてそれはきっといい事だけじゃなくて、悪い事も引き寄せてしまう気がした。
……私の考えすぎなら、それでいいのだけれど。
しばらくは様子を見たほうが無難だと思ったのだ。
そういう理由から、隣の領主にも魔力を吸い出せば治る程度の情報しか与えなかった。
その後しばらくはパタパタとする日々が続いた。
一日目で重病人は大方治療し終わっていたので、ギルドに頼んで闇属性の魔法使いを各村へと手配して。
フェザーには引き続き、井戸水の浄化作業を頼んだ。
初動が早かったおかげで、一週間も経つころには病の騒動はすっかりと治まって、元の平和をとりもどしていた。
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夏の日差しは暑く、今日もいい天気だ。
そんな思いながら、渡り廊下を歩いて別館へ向かう。
ヒルダの屋敷には本館とその裏手に別館がある。
別館は使用人たちが住むところなのだけれど、ちょっと台所を借りようと思っていた。
今回フェザーとメアはよく頑張ってくれた。
そんな二人のために料理を作ることにしたのだ。
フェザーには大好きなウサギ肉を使ったグラタンのパイ包み。
メアは甘いものが好きなのでブルーベリーのパイ。
材料はちゃんと貰ってきた。
きっとこの時間だと、誰も別館の台所は使っていないはずだ。
本館の方の台所は借り辛く、プロの料理人さんたちが使う聖域という感じがする。
私や少年たちのご飯をつくるため、この時間から仕込みをしていたりするのに、横で私が料理なんてとてもじゃないけれどできなかった。
パタパタと洗濯ものがはためく音がして、涼しげなその音になんとなく中庭の方へ目をやった。
えっ――?
風になびくシーツの間に、メイドと抱き合うイクシスの姿を見て固まる。
イクシスと抱き合っているのは、メイドのマリアだ。
妹の手術代のため、自らショタハーレムの一員となることを希望した男の子の母親で、屋敷では少年達の面倒を主に見てもらっていた。
ヒルダがショタハーレムの一員にと望む子供の母親だけあって、マリアの容姿はとても優れている。
丸みを帯びた女性らしい体つき。
重たそうな胸は推定Fカップ。
太めで下がり気味の眉がおっとりとした印象を与え、口元の黒子がとても色っぽい三十代の女性だ。
柔らかなその雰囲気は熟した大人の色香があって、それでいて少し幸薄そうな感じが保護欲を誘う。
マリアはイクシスから少し離れると、首を横に振ってその手に何かを握らせた。
イクシスは顔をゆがめ、それをさらにマリアの手に握らせようとする。
二人はちょっと言い争っているように見えた。
いけないことだとは分かりつつも、どうしても気になって。
そっと隠れながら近づき、二人の様子を窺う。
「だからどうして服はいいのに、パンツは駄目なんだ!」
「そうやってなかったことにしようという、イクシス様の態度がわたしには許せないからです。男なら自分のした事の責任をきちんと取るべきです」
苛立つイクシスに対して、マリアは毅然とした態度で立ち向かっていた。
パンツ? 責任?
一体何の話をしているのか、よくわからなくて耳を澄ませる。
「だからヒルダとは何もないって言ってるだろ! 勘違いだ!」
「へぇそうなんですか。それならどうして堂々となさらないのですか。勘違いなら何のためらいもなく、ヒルダ様に渡せるはずでしょう? 毎日毎日わたしの元に来て同じ話ばかり。後ろめたいからじゃないのですか?」
イクシスが逃がさないというようにマリアの手を握りながら、必死な顔で口にする。
けれどマリアはそんなイクシスに冷たい視線を向けていた。
「こんなもの直接渡したら俺が……みたいだろうが!」
「ならいっそ、新しい下着をプレゼントしてください。サイズは65のDで、スリーサイズは上から80、62、83。白かピンクがいいと思いますけど……そこはイクシス様の好みにまかせます。当然上下のセットにしてくださいね? 結局はイクシス様を喜ばせるためのものなのですから」
二人は睨みあったまま会話を続けていた。
会話の内容からすると、二人はみんなに内緒で付き合っていて。
私の存在のせいで、マリアがイクシスを避け始めていると言ったところだろうか。
……イクシス、マリアと付き合ってたんだ?
いやでも、マリアのこの突き放した様子からすると。
イクシスの片思いなのかもしれないと、そんな事を思う。
しかし全然気付かなかったなぁ。
マリアってDだったのか。
ヒルダとスリーサイズが全く一緒なんて驚きだ。
私の予想ではFだと思ったんだけどな……結構胸の大きさを見る目には自信があったのに悔しいな!
あとマリアには白やピンクなんかより、紫とか黒の方が似合うと思うんだよね。
そこまで考えて、二人にバレないようそっとその場を離れる。
――駄目だ。
なんで、こんなにイライラするんだろう?
誤魔化すように適当な事を考えても、思考に苛立ちが混じる。
イクシスが誰を好きだろうが、誰と付き合ってようが、私には関係ない。
イクシスの馬鹿。
――あんなキスを私にしてきたくせに。
相手がいるのにと一瞬腹が立ったけれど、それに対して苛立つのは筋違いだとすぐに打ち消す。
鳥族の国に行くには必要なことで、イクシスだってしたくて私とキスしたわけじゃない。
別にイクシスが誰を好きだろうが、私には何の関係もない。
もう一度そう心の中で言葉にしながら、台所で材料を混ぜていく。
当たり前のことなのに、どうして私は一瞬でも動揺してしまったんだろう?
――イクシスとマリアって組み合わせが意外だったからね。きっと。
しかし、イクシスがマリアみたいなタイプが好きだとすると、こんな美貌を持つヒルダに惹かれないのがわかる気がする。
私のことを時折子供扱いしたりするイクシスは、マリアのような熟した大人の魅力の女性が好みだったということだろう。
優しそうで母性あふれる感じといい、女王様的な見た目のヒルダとはまるで正反対だ。
二人がその気なら応援してあげたいとこだけど、マリアにその気はないのかな?
そこまで考えて、余計なお節介はやめた方がいいかなと思い直す。
私が原因っぽいのに、さらに拗れさせてしまうかもしれないと、なんとなく思った。
――やっぱり今日のアレは、見なかったことにしよう!
そう決めて、パイ作りに私は没頭した。
★5/11 うっかりイクシスとマリアが「ヒルダ」を「メイコ」呼びしてたため、修正しました。
★2016/9/17 バストのサイズに関する部分が間違っていたので、修正しました! 報告ありがとうございます!




