【38】頑張りと労いと
イクシスがコケガシラの処理をしている間、私はフェザーと山の下の方にある村で情報収集を行うことにした。
キーファの村と水源が同じだからもしかしてと思ったけれど、この村もコケガシラの影響で病が流行っているようだった。
コケから魔草が生えるこの病気を、この村の人たちは祟りだと信じているみたいだ。
「雨季には、コケガシラ様が山から下りていらっしゃる。しかしそれを殺せば、祟りが起きると昔から村では言われておった」
コケガシラは山の神とされているらしい。
村の長で、村で一番の物知りという老婆を訪ねれば、昔話を聞かせてくれた。
はるか昔に祖先たちが、村に下りてきたコケガシラを殺した。そうすれば三日三晩激しい雷雨が降り続き、村には奇病が蔓延したという。
黄色のコケが体中に生え、その体には草が育ったという記録があるとの事だった。
私達が獣人の国へ出かけて後、領土では雨が降り続いていた。
この国には四季があり、ニホンと気候がよく似てる。
現在は夏の初めの六月で、丁度梅雨が明けたあたりだ。
ふいに、ゲーム内の魔物図鑑に書かれていたことを思い出す。
コケガシラは雨が降り続くと頭部分に生えてるコケが痒くなるらしく、凶暴になって人里に下りてくることがあると書かれていた。
今回も頭のコケが痒くて暴れているうちに、人里近くまで下りてきたんだろう。
村では毎回この時期になると、コケガシラによる犠牲者が出るらしい。
山の神とされているコケガシラに供物と生贄を差し出して、毎年どうにかやり過ごしていたのだけれど、今年はちょっと違った。
隣の領土はここ最近、若く新しい領主になり。
そんな下らない風習はやめろと、彼が討伐隊を手配したのだという。
「やはりコケガシラ様に手を出してはいけなかった。罰が当たったのだ」
重々しく老婆は口にする。
彼女の手もオレンジのコケに覆われ、草木が生えていた。
一人だけ彼女の家で病にかかっていないという、息子の嫁が私達にお茶を出してくれたけれど。
それには口をつけないでおく。
「村に闇属性の魔法を使える者はいますか?」
「いるわけがなかろう。魔法などというものは、貴族の特権だ」
問えば老婆が答える。
魔法学校なんて行く余裕は庶民にはない。考えれば当然かもしれない。
逆にゲーム内で、貴族は魔法が使えて当然みたいなところがあって。
あの家はこの属性魔法のエキスパートだとか、そんな情報が飛びかっていた。
魔法できるイコール偉いみたいな、そんな世界観だったなぁと今更確認する。
ゲームの主人公は貴族というわけではなかったけれど、六種属の魔法が全て使えるという特殊性から特待生として入学していた。
村人から闇属性の魔法使いを期待するのは、無謀というものなんだろう。
でも、討伐隊を出してくれる領主なら、村人たちの病の原因を教えれば、魔法使いも手配してくれる気がする。
なぜコケガシラ退治の討伐隊がレビン王子だったのかも含めて、一度会って話をしておくべきだ。
お礼を言って村長の家を出たところで、私の服の袖をフェザーが引いてきた。
「主よ、老婆の病を治してやらないのか?」
どうにかできるはずなのに、しないのかと私の意志を計りかねているような顔をしていた。
優しくて正義感の強い子なんだなと、フェザーの新たな一面を知った気分になる。
「……確かにそれは大切だけれど、私達には他にやるべきことがあるわフェザー。今ここで病気を治せると知ったなら、人が集まってきて身動きが取れなくなる可能性があるでしょう?」
「確かに。主は先のことを見越して行動しているのだな」
私の言葉に納得して、フェザーは自分の考えが浅かったというように尊敬の目を向けてくる。
隣の領土の主である私がしゃしゃり出るのも問題があるし、領主に病の報告をして策を講じてもらった方が結果的には早いはずだ。
そもそも魔法使えないだろ! ってツッコミはスルーの方向で。
村長と別れて後、他の家々をまわってみる。
私の領土にあるキーファの村と同じで、病にかかっている家とかかってない家の差が激しかった。
井戸水のサンプルを採取してみれば、キーファが言っていた通り、微かにバニラの香りがした。
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しばらくして、イクシスが迎えにきた。
イクシスが川から引き上げたコケガシラは、全部で十体。
死体が新しい四体以外のコケはすでに灰色に変色して、粉になっていたのだという。
その三体からはオレンジのコケを剥ぎ取り、体は他のコケガシラと一緒に、土に還るよう土葬してきたのだということだ。
「宿主が死んで魔力を得られなくても、コケはしばらくは生きてるみたいだ。ただコケガシラの腐敗の様子から、魔力を得られずに三日ほど経てば枯れると思う」
「じゃあ水も三日くらいしたら飲んでも大丈夫かな?」
「確実とは言えないが、おそらくな」
報告を聞いてそう予想を立てれば、イクシスが頷く。
メアみたいに強制的にコケからも魔力を吸い取るのとは違い、自然に枯れるのを待つとなると三日は必要のようだ。
「本当は水を浄化する魔法が使えたら一番いいんだがな」
そう言って、イクシスがちらりとフェザーを見る。
ヒルダの水属性の力はフェザーが持っていた。
「水を浄化する魔法……ちょっと待っていろ」
そう言って、フェザーは目を閉じた。
「……それは、もしかしてゲテルという魔法か?」
まるで自分の内側に集中するように、胸に手を当てて黙り込んだかと思ったら、ゆっくりとフェザーはそんな事を口にした。
「たぶん使えるような気がする。主、試してみてもいいか?」
「えっフェザー魔法できるの?」
真っ直ぐフェザーが見つめてきて戸惑う。
フェザーは私から少し離れると、それから右目を押さえるようなポーズを取って目を閉じた。
その姿は前に弟の真似をして、魔法の呪文っぽいのを捏造した私にそっくりだ。
「大気に宿りし水よ。その力を打ち震わせろ。我、フェザーの声に答えよ――《氷の歌》!」
フェザーが重々しい口調で呪文を唱え、手を振りかざす。
私のよくない影響を受けているのが丸分かりだった。
こんなんで魔法ができるわけない……そう思っていたら。
少しの間の後、魔法陣がその手に形成され、冷気のようなものが出て。
あっという間に、私と同じ体積くらいの氷がフェザーの前に姿を現した。
「えっ!? フェザーそんなあっさりできちゃうの!? どうして!?」
「我と契約をした時の主が格好よかったからな。密かにマネをしてみたらできたんだ」
先を越されて焦る私に、ちょっと照れた様子でフェザーが口にする。
「どうだ? ちゃんとできているだろう?」
褒めてほしいというように、フェザーが私を見つめてくる。
「そ、そうね。初心者にしては、及第点はあげていいかしら。じゃあそこの井戸水にゲテルをかけてみなさい」
井戸を指差して言えば、フェザーはわかったと頷いて井戸へとかけていく。
なんということでしょう!
まさか弟子であるフェザーはすでに魔法が使えるなんて……!
教えてないのにできるものなの!?
「主よりも使い魔の方が優秀みたいだな」
「うっ……」
感情を読んだらしいイクシスが、何も言い返せない私を見て笑う。
目の前ではフェザーが、右目を押さえるようなポーズをとりながらゲテルの呪文を唱えていた。
あのポーズをやらなきゃ魔法が使えないと思い込んでいるのかもしれない。
井戸水を引き上げてみれば、バニラの香りは消えていた。
飲んで確かめるわけにもいかないので、肉眼ではコケの効果が消えたかどうかはわからない。
しかし、魔法陣も出現していたし、ステータス異常や浄化の魔法であるゲテルはおそらく成功しているんじゃないかと思えた。
水が浄化できるというのは、喜ばしいことなんだけど。
こうも簡単に魔法をあっさりと使われてしまうと、主としては……複雑な気分だ。
一旦屋敷に戻り、フェザーと別れる。
フェザーには屋敷にいる比較的信頼できる使用人と一緒に、村をまわって井戸水を浄化してもらうことにした。
浄化の力がどこまで浸透するか、どれくらい持つか。
コケに汚染された新しい水が入ってきたら、その水も浄化されるのか。
細かいことはよくわからないけれど、念のため四日はコケガシラの山を水源とする井戸水を浄化してまわってもらうことにした。
けれど念には念を入れて、飲み水は四日間引き続きこちらからの供給、もしくは別の水源を持つ近隣の村から貰うよう指示を出しておいた。
「隣の領主と話をしたいから、イクシス一緒に行ってくれる?」
「わかった。でもその前に休憩するぞ」
確かにイクシスの言う通り、休憩は必要だ。
早めにお昼を食べて屋敷を出たのに、もうすでに夕刻だった。ずっとバタバタしていたから、時間の感覚がなくなっていた。
気付いた瞬間、ぐーっとお腹から大きな音が鳴る。
「あっ……」
顔が真っ赤になる私を見て、イクシスがぷっと噴き出す。
それから思いがけないほど自然に、頭を撫でられた。
「今日は結構頑張ったもんな。病って聞いたときから長期戦になるのを覚悟してたんだが、ここまで早く片付いたのはメイコのおかげだ。あと一息だし頑張ろうぜ?」
イクシスに微笑みかけられて、思わず目を丸くする。
そんな風に褒めてもらえるなんて思ってなかった。
イクシスはそんな私の様子を見てから、少し不思議そうに首を傾げて。
それからはっとしたように頭を撫でていた手をひっこめる。
思わず触れてしまったというような顔をしていた。
「ほらさっさと食べに行くぞ。動いたからお腹が空いたし、面倒事は早く片付けるに限る」
泥だらけになったから本当は今すぐ風呂に入りたいんだがなと言いながら、イクシスが先を歩く。
撫でられた感触が残っている髪に、なんとなく触れて。
すぐにその背中を追いかけた。
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