【36】王子様は大変残念なようです
原因が水だと当たりをつけて、領土内にお触れを出す。
あの川周辺の人たちに、病の感染源だから水を飲むなと指示を出し、代わりの水を各家に配るように人を手配した。
村の人たちの治療は、メアとクロードに頼むことに決めた。
「どう? 王子様に見えるかな?」
仕立てのよい服を着て、メアがくるりと回る。
金髪に紫色の瞳は、この国の王族の証し。
顔立ちには気品が溢れているけれど、その口元の笑みが油断ならない印象を与える。
王族だからと言って、全員が幻獣憑きだとは限らないらしい。
けれど、メアの双子の兄である第一王子・レビンが幻獣憑きであることは有名のようだった。
「レビンってうちの蛇によると光属性みたいで、属性は公にされてないみたいなんだ。だから、おれが闇属性使っても問題ないと思うよ」
この格好なら蛇を連れていても問題ないはずだよと、メアは私に向かってそんな事を言う。そこにはレビンを馬鹿にするような笑みがあった。
レビンは王家では久々に出た幻獣憑きで、大層期待されているらしい。
なのに光属性だとは言いにくいよねと、メアは楽しそうだ。
ゲーム本編でも散々陰口叩かれてた不憫……じゃなかったレビン王子だけど、ここまで光属性がボコボコにされてると可哀想になってくる。
「じゃあクロードと一緒に、その格好でレビン王子として病気を治してあげてね」
「了解! ねぇ、ヒルダ様。アベルも連れて行っていい? あいつ第二属性が闇だから少しは役に立つと思うんだ!」
頼んだ私に、メアがおねだりしてくる。
「……メアはアベルと仲がいいのね」
「同じ部屋だし、あいつ蛇が好きだからね!」
尋ねた私に、嬉しそうにメアは口にした。
蛇が好きな奴に悪い奴はいないと、ニコニコとしている。
メアは基本皆と仲がいいけれど、蛇はちょっとという子もいる。
ヒルダになって最初の頃に、二人一組として部屋を割り振ったのだけれど。
蛇と同室はさすがに怖いとメアと組んでた子が言い出して、アベルが進んで部屋を変わってくれたのだ。
アベルはヒルダに対してもの凄く冷たい。
他の少年達に対してもその態度は変わらなくて、ツンとしているのだけれど。
例外として、獣人の子には優しい。
獣人の子におやつをあげたり、頭を撫でたりして幸せそうな顔をしているのを、私は何度か目撃していた。
獣人の国へ行く少し前には、アベルが猫の獣人であるディオと遊んでいるところを偶然見かけたのだけれど。
アベルはディオをヒモでぐるぐる巻きにして、猫じゃらしでくすぐりながら……恍惚とした表情をしてました。
「ここ、こんな破廉恥な遊びは駄目っ! 禁止ですっ!」
「はぁっ?」
普段無愛想なのに、デロッデロな顔をしていたアベルに私は驚いた。
そして、真っ赤な顔で止めに入ったら、思いっきり睨まれた。
けど話を聞けばディオ曰く、ただ猫としてじゃれてただけみたいで。
ただでさえ埋まってない溝が……さらに深くなりました。
いやでもあの光景どうみても、怪しかったと思うんだ。
猫姿のディオじゃなくて、人型だったから……花街的な遊びの一環かと思ったんだよ!
アベルもディオも、同じ十歳の男の子にしか見えないからね?
それを一方がヒモでぐるぐる巻きにして、猫じゃらしでくすぐってたら、いい大人は止めますとも。
ふいに原作のゲームでのアベルを思い出す。
親友ということになっている王子の蛇に餌付けしたり、獣人の攻略対象に対してデレデレだった。
あれもしかして……動物好きって設定だったの?
攻略対象の一人である獣人の子は、周りに獣人って事を隠していたし、アベルがそれを知っているという描写もなかった。
女性不信気味ということもあって、アベルはそっちの気があるんじゃないかと、プレイヤーの間では密かに噂されていた。
今思い返せば、あれも愛玩動物として攻略対象の一人を可愛がっていたんだろう。
蛇も人型の獣人も、アベルにとって愛玩動物の範囲内のようだ。
さすがに私でも、人型の獣人に対してあそこまではできない。
キャラ崩壊もいいところだ。
それくらいアベルの変貌っぷりはすさまじかった。
「ほらディオ、猫じゃらしですよー」
なんて蕩けるような顔で言うアベルは、そろそろ赤ちゃん言葉を使いだすんじゃないかというくらいのデロデロっぷり。
初孫に対するおじいちゃんの態度よりもっと甘くて、誰だコレと本気で思ったくらいだ。
「ねぇヒルダ様、いいでしょ?」
メアに声をかけられてはっとする。
アベルの動物好きエピソードを脳内で探り起こすことに、集中しすぎてしまっていた。
「わかった。いいわよ」
頷けば、やったと喜んでメアは執務室を出て行く。
病の治療の方は、クロードとメアに任せておけば大丈夫だろう。
私はイクシスやフェザーと一緒に水源を調査するため、一緒に屋敷を出た。
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例えメアが魔力を吸って病を治したとして、また水を飲んでしまえば元通りになる可能性が高い。
元を断たなくては繰り返すだけだ。
隣接している領土にある、大きな山にイクシスやフェザーと三人で向かう。
イクシスが行ったことのない場所のため、人型のイクシスに抱きかかえられながら、私は空を飛んでいた。
首に手を回してお姫様抱っこされるこの体勢は、何度やっても慣れない。
距離が近いし、それにイクシスは細身に見えて意外と筋肉がついてる。
こうやって密着していると、そんな場合じゃないのに男っぽいと意識してしまうのは、しかたない事だと思う。
そんな考えまで伝わってないとはわかってるんだけど、緊張やドキドキは伝わってるはずだから、かなり落ち着かない。
お姫様だっこか、それとも竜の姿でいくか。
竜の方が恥ずかしくないのだけれど、それにはキスをしなくちゃいけないし、目立つからあまりよろしくない。
でもこれはこれで心臓に悪いんだよね。
空間を行く時は人目がないけれど、今は外だし尚更だ。
横には鷹の獣人であるフェザーだって飛んでいるというのに。
「イクシス、人型の時も背中に乗るってできないの?」
「それ格好悪いだろうが」
私の提案に、イクシスが眉を寄せる。
スーパーマンちっくに空を飛ぶイクシスの背中に乗る私……確かに想像したら、格好悪くて笑いそうになった。
「お前、今想像したろ」
「あっわかっちゃった?」
むっとしたような顔をするイクシスに、思わず噴き出す。
「当たり前だ。そろそろつくぞ」
そう言ってイクシスが視線で指し示した先には山があり、中腹の辺りで巨大な閃光が走るのが見えた。
「あそこで誰かがコケガシラと戦ってるみたいだな」
イクシスがそう言って近づいていく。
小川のところで巨大なモグラのようなコケガシラと、騎士と思われる集団が戦っていた。
少し様子を見てみようという話になり、近くに降り立つ。
コケガシラと対峙しているのは、五人くらいの白い服を着た騎士だった。
その後ろに控えているのは、背丈からして少年のようだ。
「今だ。捕縛の術を使え! とどめは俺様が刺す!」
少年が偉そうに、周りの騎士たちに指示を出す。
その少年の背後から、ゆらりと金色の蛇が姿を現した。
「なんだ、あれはメアなのか? あいつは村に行ったんじゃなかったのか?」
その声はメアのものによく似ていて、私の横にいるフェザーが戸惑ったようにそう口にする。
「……もしかしてあいつがメアの言ってた、双子のレビン王子か」
イクシスが呟く。
どうやらこの辺りでコケガシラを退治していたのは、メアの双子の兄・レビン王子だったらしい。
コケガシラはもうヘロヘロなのか、足取りがおぼつかない。
そんなコケガシラを、騎士達が魔法や剣を駆使して、川の中に追い詰め動きを封じる。
レビンが詠唱を始め、天空に描き出される魔法陣とともに暗雲が生まれた。
どんどんと雲が黒さを増し、イクシスが眉をしかめる。
「あいつ、光属性の魔法を使う気だ。コケガシラは土属性で、光属性が効かないのを知らないのか?」
周りはどうして止めないんだというように、イクシスは口にする。
光属性が土属性に効かないのは、常識中の常識だった。
「あーレビン王子は、光属性が使えない扱いされてるのが気に食わないらしくて。何かと光属性の魔法で相手を倒そうとする癖があるの」
ゲーム内でもそうだったけれど、その性格は幼い頃から変わってないらしい。
「土属性だろうと、俺様の圧倒的な実力の前には弱者でしかない。お前にはその証人になってもらおうか。ゲーム内でもそんな事言って、主人公連れてコケガシラを退治に行くんだけど、全く役立たずに終わるのよね」
「つまりは残念な奴なんだな……」
私の説明に、レビンを見つめるイクシスの目が、可哀想なモノを見るようなものになった。
★5/4 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!




