【35】幻獣使いは……だったようです
「おそらくこの病には飲み水が関わってる可能性が高いな」
「私もそう思う」
イクシスの意見に私もクロードも頷いた。
三人で執務室に引きこもり、地図を広げる。
被害の出ている場所をマークしていくと、同じところを水源としている川の側ばかりに集中していた。
「このあたりに、コケガシラっていう魔物が生息していたりしない?」
川の上流部分を指差し、クロードに尋ねれば驚いたように目を見開く。
「二週間ほど前から、そこでコケガシラが大量発生しているという報告を受けています」
「やっぱりね」
どうやら時期から言っても、無関係ではなさそうだ。
「コケガシラって、あのでかいモグラみたいな土属性の魔物だろ? そいつがどうかしたのか」
「コケガシラの頭に生えてるあの緑のコケは、電撃を加えることで黄色になって『コウコウゴケ』っていうコケになるの。そのコケには魔草を育てる力があって、前世のゲームではその黄色のコケを利用することで魔草を庭で育てていたの」
そんなやり方聞いたことないと、私の言葉にイクシスが眉を寄せる。
「魔草は森にしか生えないはずだ。人が住む場所には魔力の回路が地面にない」
イクシスによれば地面を通る魔力を得て、魔草は育つらしい。
人のいる土地にはそもそも魔力が通る回路がなく、魔力が通っていない。養分がないので育成は無理だとのことだった。
「でもできたんだよね、あのゲームでは。ゲームだからって言えばそれまでなのかもしれないけど、もしかしてあのコケには魔力回路を作り出す力があるのかも」
適当に口にした仮説だったけれど、間違ってはいない気がした。
「ただコケを土に混ぜて魔草が育つかっていうと、そうでもないんだけどね。長持ちさせるには土属性の魔法でコケを土に一体化させた上、魔力を定期的に加えていかないといけないの。魔力の補填を怠ると、ただの畑に戻っちゃうのよね」
それで何度涙を飲んだ事か。
一旦魔力が断ち切れると、畑はただの畑に戻る。
そうなると、いくら魔力をつぎ込んでも魔草は育たない。
コケをまた採取するところから、始め直さなきゃいけないのだ。
「あれ……もしかして、あのオレンジのコケも魔力を栄養分としてるんじゃ?」
「その可能性はあるな」
ふいにそのことに思い当たれば、イクシスが呟く。
「そうなると、魔力を持つ人間にだけ病が発生してるという事でしょうか」
「魔法の素質は遺伝によるところが大きいからな。家単位での病っていう点でも、当てはまってる気がする」
クロードの言葉に、イクシスが考え込むように口にする。
なら対処法としては、コケに魔力を与えないようにすれば自然に枯れる可能性があるということだ。
「……魔力を吸い出せば、コケが枯れる可能性もあるんじゃないかしら」
「ありえるな。キーファで試してみるか。闇属性のメアなら魔力を簡単に吸い出せる」
私の言葉にイクシスが頷き、早速メアがキーファの部屋に呼ばれた。
キーファの容態を見たメアが、目を丸くする。
「うわ……リム草に、クローリー草、月華草まで……全部魔草じゃんか」
メアは森の植物に関して少し知識があるらしい。
キーファの体に生えた植物を眺めて手で触れたりして、それが本物なのかを確認しているようだった。
「キーファの体から魔力を吸い出すことは可能か?」
「簡単すぎてどうしようかと思うくらいだよ」
イクシスが尋ねれば、メアの背後から一匹の蛇がゆらりと姿を現す。
蛇がキーファの首筋に噛み付いた。
「うっ……」
顔を歪ませて呻いたキーファに不安になったけれど、平気だよとメアは言う。
三分くらい経った頃、コケが段々と色を失い始めた。
水を含んだような生き生きとした目に痛いオレンジが、かさつき始め茶色へと変化し、やがて灰色になって粉へと変化する。
蛇がキーファの首筋から口を離す。
牙の跡が二つ赤く残っていた。魔力は血に宿るらしく、それをメアの蛇は直接吸い取ったらしい。
魔法に遺伝の要素が強いのは、『魔』の情報が血に宿るからなのだと、前世のゲームで言っていたことを思い出す。
そっと、腕に触れて灰色の粉を払えば、キーファの白い肌が見えた。
どうやら上手く行ったようで、ほっとする。
薄く目を開けて体を確認して後、キーファは安心したのか眠ってしまった。
「よかった! ありがとうメア!」
ぎゅっと手を握ってお礼を言えば、メアは少し口を開く。
驚いたのかもしれない。
それからにっと口元に笑みを浮かべて笑った。
「ヒルダ様に喜んでもらえたなら光栄だよ。それでおれはこれからどうしよっか? ヒルダ様の望むまま、手足になるけど」
おどけるようにそう言って、メアはお辞儀をしてみせる。
「キーファの村に、同じ症状の人たちが沢山いるの。彼らにも今みたいにできる?」
「吸い取るのは問題ないよ。うちのやつら底なしだから」
私の言葉に、メアはよしよしと蛇を撫でながら、でもと言葉を続ける。
「ただ、おれが村に行くのは問題があるんじゃないかな。幻獣使いって珍しいし、それに俺の幻獣って蛇だから」
「そうね……皆蛇だと驚くわよね。怖いもの」
確かにメアの言う通りだと頷いたら、それもあるけどそこじゃないよと笑われた。
「あぁ、でもむしろそれを利用すれば簡単に治療できるかも。あいつも今このあたりにいるみたいだし、後々面倒な事になるかもだけど……いい事をする分には文句言われないでしょ」
勝手に何か納得したようにそう言って、メアはどこからかナイフを取り出した。
パーカーを脱いで、その場で長い前髪をナイフでばさりと切ってしまう。
「あぁーっ!」
そこから現れた顔を見て、思わず指差して叫ぶ。
その場にいたクロードも横で驚いたような声を出していた。
その顔立ちに……物凄く見覚えがあった。
ミステリアスな紫色の瞳は、高貴な血筋の証し。
端正なその顔立ちは幼いながら気品に満ち溢れていて、それで悪戯っぽい笑みを浮かべている。
その顔がもう少し大人になった姿を、私は前世でやっていた乙女ゲームで見たことがあった。
メアは『黄昏の王冠』の攻略対象でメインヒーローである、この国の第一王子・レビンと瓜二つだったのだ。
「えっ、なんで王子と同じ顔なの!?」
「王子? メアの顔見たことがあったのか?」
イクシスだけは私やクロードが戸惑う理由がわからないらしく、首を傾げている。
どうやらイクシスは王子を見たことがないらしい。
「そういえばヒルダ様以外で知ってるのって、同じ部屋のアベルくらいだったね。おれこの国の王子様の、双子の弟なんだ!」
けらけらと軽く笑いながら、メアが言う。
皆の驚く顔が楽しくてしかたないと言った様子だった。
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メアはこの国の第一王子の双子の弟らしい。
実はメア、『黄昏の王冠』のゲーム内にもばっちり登場していた。
使えないことで有名な光属性の幻獣持ちである王子。
王家に代々伝わるという、光属性の幻獣は黄金色の蛇で、つねに彼の背後でうねっている。
もっと格好いい幻獣なんていくらでもいるだろというのが、ファンの間ではよく言われていたところだ。
王子は俺様キャラなのだけれど、妙な小物感が漂っている。
プライドが高すぎて大抵問題を起こし、俺は悪くないとつっぱるお子ちゃまだ。
影で使えない扱いされていることに苛立っているらしく、無駄に強さをアピールしてくる面倒くささ。
それでいて仲間に入れて欲しいのに、それを素直にいうことができず、パートナーになるのは他のキャラより大分遅い。
なのに、パラメーターは甘やかされた王子ゆえに貧弱。
光属性なので、魔法は頼りにできない。
奥義は最初から使えるけれど、発動までに三ターンもかかり、その間に敵に攻撃されたら最初からやり直し。
性格も残念な上、使えないにもほどがある。
パッケージの中心に立っているメインヒーローで、王子というアドバンテージを持ちながら、人気は最下位。
ついたあだ名が名前をもじって『不憫王子』。
そんな不憫王子のルートで、後半出てくるのが王子と瓜二つな双子の弟だ。
双子ゆえ、忌み子とされ存在を抹消された弟。
彼は闇属性の幻獣を持ち、王子を殺し自分が成り代わろうとしてくるのだ。
ハッピーエンドでは王子が見事弟を倒し、弟はそのまま死ぬ。
バッドエンドでは王子の方が死に、弟が王子に成り代わる。そして、事情を知る主人公は殺される。
そんなありがちと言ったらありがちな内容が、ゲーム内では展開されていた。
忌み子であり本来殺される予定だったメア。
彼は深い谷に落とされたが、闇属性の幻獣が赤ん坊の彼を守った。
谷底に捨てられた彼を拾ったのは、そこに拠点を構えていた暗殺者。
彼は面白いものを拾ったと、メアに暗殺を教え込んで密かに育てたようだ。
暗殺家業を抜けた上、実は隠されていた王子ということもあり、暗殺者である育ての親から定期的に刺客が送られてくるとの事だった。
なんとも複雑な事情。
それでいて、本編で攻略対象の一人を殺そうとするキャラが、ヒルダの屋敷にいるという事に混乱する。
メアがここにいるとなると。
――乙女ゲーム『黄昏の王冠』内で、おかしな点が出てくる。
その事に気付いてしまった。
『黄昏の王冠』において、ヒルダを殺す予定の攻略対象アベル。
ゲーム内でアベルは王子の親友ポジションなのだ。
そんなアベルが、実は王子を殺そうとしているメアと知り合いだった。
知り合いどころか、少年時代を同じ屋敷で過ごしていた。
これはゲーム内ではなかった情報だ。
裏でアベルとメアが繋がっていた。
そう考えると、ゲーム内ですっきりとつじつまが合う部分がいくつかある。
王子のピンチに、助けを呼んでくると言ったきりアベルは戻ってこなかったり。
どっちが本物だという場面で、アベルは本物の王子を偽者だと言って攻撃してくるのだ。
ゲーム内のアベルは、腹黒で野心溢れる感じだ。
権力を持つ王子に取り入って、自分のために利用しようとしている。それはアベルのストーリーを見れば明らかだった。
けど裏で敵と繋がっていたとなると……話はまた別な気がしてくる。
『黄昏の王冠』はレートギリギリのエロさと甘さが売りの、ほのぼの魔法学園ものだとばかり思っていたんだけど。
……裏では結構陰謀が渦巻いていたんだろうか。
ゲームでは、アベルがヒルダを殺してオースティン家を乗っ取る。
その時、他の皆はどうなっていたんだろう?
そんな疑問がふと浮かんでくる。
守護竜であるイクシスは、おそらく誓約によってヒルダが殺された時点で死んでいる。
クロードの誓約は、ヒルダが死んでも関係ないらしいけれど。
腕っ節がそこまであるわけでもないし、魔法も使えないクロードも……きっと殺されているんじゃないかと思う。
……ちょっと待って。
確か、メアもヒルダが死んだら死ぬ誓約を結んでいたんじゃなかったっけ?
だからこそ、彼はヒルダを狙っていた元暗殺者でありながら、屋敷に受け入れられている。
なのにどうして、すでにヒルダが殺されている『黄昏の王冠』の本編内で、メアは生きているの?
それにゲーム内で、他の少年達はどうなってるんだろう。
アベルと一緒にヒルダに虐げられていた子も多いはずだ。
積極的にアベルへ手を貸していた子がいても……おかしくないんじゃないか。
そんな事をぐるぐると考える。
「おい、大丈夫か? なんでクロードもメイコも蒼白な顔してるんだ」
いきなり告げられた真実と、難しすぎる状況で頭が破裂しそうだ。
そんな私の側で、イクシスがわけがわからないという顔をしていた。
「暗殺者というだけで反対していたのに……まさか、王族の忌み子だったなんて。幻獣が蛇という時点で気付くべきでした」
ちなみに幻獣には色んな種類がいるらしいが、クロードによれば、この国の王族の幻獣は全員蛇なのだという。
よくよく思い返せば国旗も蛇のマークだ。
さすがのクロードも王族の子供が、暗殺を生業としているとは思わなかったらしい。
気付いていたら絶対にショタハーレムに加えさせなかったのにと、頭を抱えていた。
「イクシスはおれが王族だって言っても、あんまり驚かないんだね?」
「幻獣が憑いた人間が、歴史上国を治めてる事が多かったからな。なんとなく予想はついてた。常識だと思ってたけど違うのか?」
メアに対してイクシスがさらりと答える。
幻獣は神の使いとされ、宿主の人間が国を治めることが多い。
それでいて幻獣は、気に入った血に宿る。
宿主の子孫の体に子の幻獣を宿したり、宿主が亡くなった際には、知識や経験を持ったまま他の子孫の体へ移動するらしい。
長生きをする竜族は、幻獣憑きが国を治める様子を昔から見ているため、一族内ではそれが当たり前の事として伝わっているようだった。
動じないイクシスがうらやましい。
こっちはもういっぱいいっぱいです!
ただでさえ、奇病が蔓延していて手一杯なのに、余計な問題抱えてることに気付いちゃったよ!
しかし、悩んでばかりもいられない。
今優先するべきは、この病をどうにかすることだ。
「メア、さっきあいつもこのあたりにいるって言ってたけど、王子が近くにいるの?」
「うん。おれたち双子だし、幻獣も対だから場所がわかるんだ。あいつはおれの存在知らないんだけどね。だからレビンのふりして、村をまわればいいと思う」
問いかけに答えてメアが笑う。
今まで見えてなかった菫色の瞳は、どこか空虚で純粋で。
それでいて、蛇のようにこちらを観察していた。
★5/4 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!