【33】使い魔の主と、幻獣使い
朝食の席で皆にお土産を配った後、鷹の獣人・フェザーに呼び止められた。
「これをお前にやる」
押し付けられた袋を開ければ、そこには可愛らしい銀色の羽のバレッタ。
「えっ……これを私に?」
「そうだ。イクシスから聞いた。我のために、父王に歯向かってくれたのだろう? その礼だ」
戸惑う私に、フェザーがそう告げた。
獣人の国で私が買い物にフェザーを誘った日、イクシスが教えてくれたのだという。
「女にプレゼントを買うのは初めてだったから、悩んだんだが……どうだ?」
気に入ってくれたか? とフェザーが私を見上げてくる。
少し不安そうな様子が、とても可愛い。
私の買い物を誘いを断ったのは、このプレゼントを探すためだったようだ。
なんだそうだったのかとついにやにやしながら、早速髪につけてみる。
ヒルダの髪は長く、いつもそれを頭の上で結っている。
昔はヒルダの髪を結い上げる係が存在していたみたいだけど、私は自分で適当に紐でくくっていた。
ちょっとねじり上げながらバレッタで止めてみる。
「ふん。我の見立ては間違ってなかったようだな……似合っている」
ちょっと照れたようにフェザーが褒めてくれた。
そのことに、キュンとする。
「ありがとうフェザー! 嬉しい!」
「それならいい」
嬉しい気持ちがこみ上げてきて、ぎゅーっと抱きしめたのだけれど、驚いた事にフェザーが嫌がらない。
調子に乗って、恐る恐る白と黒が混ざった茶の翼をそのまま撫でてみたりする。
これも許してくれるみたいだ。
ならばと、今まで触りたくても触れなかった翼の感触を楽しむ。
茶色に白や黒の羽がまじった翼は、撫でると手のひらに柔らかな感触を伝えてくる。
それでいてちょっと艶やかでたまらない。
「おい、いつまで触っている」
「ごめん。調子に乗りすぎた?」
声をかけられ我に返る。
「いや……お前は我の主だからな。翼を触らせるなど普通はしないが、好きにしていい」
しまった怒らせたかなと思ったけれど、どちらかと言えば対処に困っているという顔をしていた。
体を離せば、フェザーが真っ直ぐ見上げてくる。
主と私のことを言ったフェザーの目には、信頼とか尊敬とか、今までにない感情が芽生えているように見えた。
「主よ。噂では竜が鳥族の国を破壊したことになっているが、あれは我が主が魔法でしたことなんだろう?」
純粋な尊敬の滲む眼差しを、フェザーが私に向けてくる。
その眩しさに、思わずちょっと怯んでしまう。
「えっ? いや、あれはイクシスが」
「わかっている。竜がしたことにすれば、手出しはし辛い。国を一つ破壊できるほどの巨大な魔法を、人が使えるというのは恐怖でしかないからな。だが……さすがは我が主だ」
説明しようとした私を、フェザーが遮る。
何この好意むき出しの眼差し。
物凄く戸惑う。殺気をヒルダに向けていた時とは大違いだ。
「主は誤解が原因とはいえ命を狙った我を許してくれただけではなく、我を想って行動してくれた。我も主の使い魔として、これからは尽くす所存だ。格好よくて強い魔法を沢山教えてくれ。よろしく頼む!」
ぐっと拳を胸の前で握り締めて、意気込むフェザーの姿が、前世の弟とちょっと被る。
格好いい英単語を教えてあげた時とか、変身モノのアニメのポーズを完璧にコピーして見せた時に、弟はこんな風に尊敬の眼差しを送ってきていた。
「確かにフェザーのお父さんにビンタはしたけど、城を壊したのは本当にイクシスで」
「主は謙虚だな。宿で寝込んでいるときに見た、黒い柱の魔法も主が仕込んだものだと聞いているぞ。正直恐怖を感じたが……我は主の才能に魅せられた。我もあんな風に強力な魔法を使える魔法使いになりたいのだ」
将来の目標を見つけたというように、フェザーは真剣な顔をしていた。
「……あなたは私の弟子なのよ? あれくらいの魔法、すぐ使いこなせるようになるわ。わたしがあなたを一人前の使い魔に……いえ、世界で二番目に強い魔法使いにしてあげる」
「本当か!? 我は頑張るぞ!」
そんなふうな目をされると、つい調子に乗ってしまう悪い癖が出て。
希望に胸を膨らませて、興奮から翼をバタつかせるフェザーに、格好つけてそんな事を口にしてしまった。
勢いに押されて魔法の修行をつける約束までしちゃったよ?
いやだって、何もかもを恨むような目をしていたフェザーがようやく目標を見つけて輝き出したのに、あそこで魔法実は使えないなんて言えないよ!
その気持ちを大切にしてあげたくなっちゃったんだもの……!
どうしよう。
とりあえずしばらくは誤魔化して、修行を先延ばしにしておくしか方法はない。
魔法使えないけど、魔法教えるって可能かな!?
まぁそれはさておき。
「イクシス!」
フェザーとのことを聞こうと思ったけれど、呼んでもイクシスは出てこなかった。
近くの空間にイクシスがいつもいるとは限らない。
もしかしたら屋敷の屋根の上とかにいたりするのかなと思って、外に出る。
いないなぁと思っていたら、背後で物音がした。
「ひっ!」
振り返ったところで、男がナイフを手に立っていた。
思わず腰を抜かす。男の首には黒い大蛇が巻き付いていて、すでに気絶しているのか襲ってはこなかった。
「やだなぁ、ヒルダ様。ちゃんと外出る時は声かけてくれなきゃ。イクシスさんが席を外す時に身を守るのはおれの仕事でしょ?」
けらけらと笑って私の目の前に現れたのは、ヒルダの家にいる少年の一人メアだ。
変わったフード付きの上着に、短パン。
歳は本人曰く十歳で星組の男の子。金色の前髪は長くその瞳は見えないけれど、口元の悪戯っぽい笑みから表情が窺えるようだ。
「ご、ごめんメア。忘れてた」
「本当? 今のヒルダ様って、おれの事苦手みたいだから、避けられてるのかなって悲しい気持ちになってたよ?」
メアはわざとらしい口調で、涙を拭うような動作をしてみせる。
その口ぶりからするに、イクシスが私の側を離れる間の護衛を頼まれていたんだろう。
「この子たちもおれも、こーんなにヒルダ様のこと大好きなのに。伝わってないのかなぁ? どうしたら伝わると思う?」
黒い影でできた蛇が、メアの影から三匹ほど立ち上り、うねっている。
メアの言葉に反応するように、三体がメアに顔を向ける。持っていた男の体が、地面にドサリと落ちた。
体が何か会話するように、ちろちろと細い舌を出して蛇はメアと視線を交わす。
メアの背後にはいつも三体の蛇がいる。
あれが何かと言えば、幻獣という生き物らしい。
巨大すぎる魔法の力を宿主に貸し与える伝説級の生き物。メアは闇属性の幻獣をその身に宿す、特殊な魔法使いだった。
幻獣使いはとても珍しい。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』では、攻略対象の一人である王子様のみが幻獣使いだった。
かなり特別な存在なのだとゲーム内では言っていたのに、そんな特別な存在が普通にヒルダのショタハーレムにいる現実。
その上彼は、元暗殺者というとてつもない肩書きを持っていたりする。
ヒルダを殺すために派遣されたのだけれど、返り討ちにあって。
イクシスのように、ヒルダが死ぬと死んでしまう誓約を結ばされているため、ヒルダに仕えていた。
ただしメアにイクシスのような距離制限はない。
イクシスがいざという時のための護衛だとしたら、メアの仕事は別のところにある。
ヒルダの命令で遠くにお仕事をしにいくことが多々あったため、メアには距離の制限がついてないのだとクロードからは説明を受けていた。
メアは他の少年たちと違い、主にクロードの下について、目には見えないお仕事を任されているようです。
お仕事って何だろうね?
物凄く気になるけど、血生臭い香りがするのでわざわざ尋ねたりはしませんけどね!
私達が獣人の国に行っている間は、主に屋敷の警備に当たってもらっていたのだけれど。
正直に言って、私はメアがちょっと苦手だ。
暗殺者という暗い背景を持つのにも関わらず明るい少年で、屋敷の子たちとは仲がいい。
ただその底抜けに明るい感じが逆に怖いというか。
守ってもらっておきながら、こんなことを言っちゃいけないとわかってはいるんだけどね。
まぁそれよりも何よりも。
その背中に背負っている蛇が大問題なんですけど。
「この子たち今のヒルダ様が大好きなんだって。美味しそ……なんか放って置けないって言ってる。仲良くしてあげてほしいな?」
メアがにいっと笑って口にする。
三体の蛇の瞳と舌は赤く。ちろちろと口から出される舌がまるで獲物を待ち望んでいるかのようにしか見えない。
今の私はまさに、蛇に睨まれたカエルというやつだ。
というか、比喩じゃないよねこれ。
その上、メア今美味しそうって言いかけたよね!
メアの蛇は今までヒルダを苦手としていたらしいのだけれど、中身が違うのが動物の勘でわかるのか、私には懐いてくれているらしい。
蛇がヒルダに懐いてないことをずっと残念に思っていたらしいメアは、それを喜んでいて、ことあるごとにスキンシップを図ろうとしてくる。
じりじりとメアの蛇が私との距離を縮めてくる。
ゆっくりと立ち上がって中腰になりながら、慎重に私は後ずさる。
メアはというと、その様子を楽しそうに眺めていた。
蛇はメアの影と同一化していて、黒く半透明。
それでいて伸び縮みは自由自在で、相手に触れたりすることも可能だ。
そうかと思えば、物を透過したりするからよくわからない。
前世のゲーム内では、メアと同じように蛇の幻獣持ちのキャラがいたんだけど。
あれは二次元だったからオッケーだったんだと、心の底から思うよ。
使えない事で有名な光属性の幻獣を持つ、レビン王子。
彼の背後には、メアと同じように蛇がついていた。
ただし、メアと違って黄金色の蛇で光属性の幻獣だ。
幻獣持ちって、皆もれなく蛇なのかな。
『幻獣』っていう字に獣って入ってるのに、一見して獣じゃないんだけど。
爬虫類だよどう見ても!
メアはかなり強く、暗殺者を退治してくれる。
屋敷の暗部的な仕事も手伝っていて、フェザーが私を襲った事件の時も力を貸してくれていたらしい。
その腕前と功績のためクロードの評価も高く、社交的なため皆と仲がいい。
強制的にヒルダを守らなくちゃいけないその立場のためか、同じ状況に置かれているイクシスとも仲がよかった。
そんな中、屋敷の主である私だけがメアを苦手としているのはよくない。
メア自身は私に対して友好的なのだ。
こっちも同じくらい友好的に行くべきだろう。
なので、慣れるよう努力はしていた。
しかし毎回蛇に巻きつかれ、立ったまま気絶しイクシスに運ばれる。
それがメアと接触した際のパターンだ。
慣れなきゃ慣れなきゃと思うのだけれど、背中から冷や汗が流れていく。
物凄くイクシスに助けを求めたい。
私の焦りは届いているはずなので、おそらくはすでに近くの空間で待機して様子を窺っているはずだ。
でも仲良くしてくれようとしているメアの手前、イクシスを呼ぶのは躊躇われる。
イクシスはメアに慣れておいたほうがいいと思っているのか、身の危険はないから別にいいと思っているのか、進んで助けてはくれないのだ。
そもそも、メアは初対面からインパクトが強すぎた。
執務室に呼んだら、遅れてゴメンね! と窓からメアはやってきて。
背中にいる黒い影のような蛇が、ウネウネと立ち上るようにこっちを見ていて、思わず固まった。
ずるずると何かを引きずる音がして、おそるおそるメアの背後の床を見れば。
もう一匹いた蛇が、男の体を引きずっていた。
「暗殺者一匹仕留めたよ! 多分おれに向けられた刺客かな? 弱すぎて手加減しそこねちゃった!」
ゴキブリやっつけたよみたいなノリで、笑いながら目の前に転がされたのは息絶えた男。
真っ黒な装束を着ていて、血だらけで。
思わず大きな悲鳴を上げたら、イクシスとクロードが駆けつけて対処してくれた。
屋敷にやってくる刺客には、ヒルダじゃなく彼を狙ってくる者も時々いるらしい。
暗殺者から足を洗ったから、メアは命を狙われているのかもしれない。
いやーメアったら、なかなかに重い事情を抱えてるよね。
何故自分から爆弾を背負い込むようなことを、ヒルダさんはしてるのか。
自分を殺しにきた暗殺者を懐にいれるって、普通しないよ?
ヒルダさん、毎回自分で死亡フラグ増やしてる気がするんだけど気のせいかなっ?
「そこまでにしとけメア」
心の中でヒルダへ愚痴を呟きつつ、蛇と見つめ合って固まっていたら、イクシスが目の前に現れた。
背中に庇われ、ほっとした瞬間全身の力が抜け、その場でヘロヘロと座り込む。
「えーっ! 蛇に慣れたほうがいいって言ったのイクシスさんなのに」
「別の時にしろ。ちょっと問題が起こった」
頬を膨らませて抗議したメアにそう言って、イクシスが私を抱き上げた。
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「もう少し早く助けてよイクシス」
「いい加減慣れろメイコ。あれでメアは優秀な護衛になる。本業は暗殺者だけどな」
文句を言えば、私を抱きかかえたイクシスがそんな事を言う。
空間を通り抜けた先には執務室があり、椅子にイクシスが私の体を下ろした。
「俺だってずっとメイコに張り付いてるわけじゃない。いざって時はアイツにも護衛を頼む必要があるからな」
「それはそうだけど……」
イクシスにだって都合がある。
私のお守りばかりしてるわけにもいかないのはわかっているし、護衛は一人より二人いたほうがいい。
ただでさえヒルダには死の危険が付きまとっているのだから。
それはわかってるんだけど、何だろうこのもやもやした気持ちは。
イクシスは当たり前の事を言っただけなのに、ちょっと突き放されたような……そんな気分になって、面白くなかった。
まぁでも、結局はイクシスの言う通りなので、この話題は一旦置いておくことにする。
ところで何の問題が起こったのかと私を呼んだ理由を尋ねれば、イクシスは知らないと答えた。
クロードが私を探していて、呼びに言っただけらしい。
私の執務室の机に、イクシスは行儀悪く腰を下ろした。
「あっそうだ。イクシス、フェザーに鳥族の国でのことを教えたの?」
「フェザーのやつ、メイコに言ったのか」
ふと思い出して口にすれば、内緒にしろって言ったのになとイクシスがそれを認める。
「何で教えたの? あれ、結局空回りしただけなのに……」
フェザーを親元に帰していいか、直接両親を見て判断しよう。
そう考えて、イクシスと鳥族の国に乗り込んだのはいいものの、実はフェザーはあの国が嫌で外の世界に飛び出していた。
それなら帰す必要もなく、王様を見に行く必要もなかった。
私のしたことは、結局無駄足に終わった。
しかも、王様ビンタした上、鳥族の国を半壊させて、大事にしてしまったんだよね……。
思い出して落ち込んだ私を見て、イクシスがふっと笑う。
「自分のために空回りしてくれるのって、案外嬉しいものなんだよ。特にフェザーみたいな奴にとってはな」
「そういうものなの?」
本当かなぁと疑う私に、イクシスが面白そうな顔をした。
「そういうものだろ。ただ、あいつは何故か国を破壊したのがお前だと思い込んでるんだけどな。違うって言っても聞かなかった。使い魔契約の時の魔法が、相当印象的だったんだな。あれは、そのうち魔法教えろって言ってくるぞ」
「もうすでに言われたわよ。しかも教える約束しちゃったし……」
にやにやと笑うイクシスに、フェザーとのやり取りを思い出して頭を抱える。
「どうしよう。どうしたらいいかな!?」
「さぁな。メイコがどうするか楽しみにしてる」
取り乱して困っている私に対して、イクシスは完全に他人事で。
楽しくてしかたないというように笑っていた。
★5/1 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!