【31】ヒルダはとんでもない魔法をしかけていきました
「ジミー、皆にお別れを言ってからでもいいんですよ?」
「いえ大丈夫です。お別れなんて大げさなものじゃありませんし、ヒルダの魂を見つけたら戻ってきます。体自体を壊さなくてもいいようですし、できればそちらの方は保管をお願いします」
クロードの言葉に、ジミーがそう言って微笑む。
魔法人形技師の店に行けば、すでに準備は整っているようだった。
ジミーが私の側に近づくと、そっと手をとって見上げてくる。
「メイコさん、ヒルダの体をよろしくお願いします。ぼくがヒルダの魂を見つけて帰ってきたら、あなたには出て行って貰わないといけないとは思いますが、その時はぼくと一緒に魔法人形として暮らしましょう。先輩として色々教えますよ」
「ありがとうジミー」
柔らかなジミーの言葉に、少しほっとする。
私がこの体から出て行った時の事を、ジミーもちゃんと考えていてくれていたらしい。
同じ幽霊仲間のジミーがいれば、この体から出て行って後も大丈夫かもしれない。
少し心強く思ったところで、イクシスが私の横に立った。
「悪いなジミー。こいつはヒルダの体から出て後、俺と旅に出るって決まってるんだ」
「……そうですか。ぼくが心配する必要もなかったみたいだ」
イクシスの言葉に、ジミーは一瞬目を見開いてそれからくすっと笑う。
「イクシスさんならご存知だと思いますが、ヒルダは色んなところから恨まれています。守ってあげてください」
「当たり前だ。俺の命もかかってるからな」
ジミーに言われなくてもそうすると、イクシスは答える。
しかたないからやってやるんだというような態度だったけれど、そんなイクシスがちょっと頼もしく思えた。
ジミーは手術台というよりは作業台のようなところに寝かせられた。
私はその様子を少し遠くから見守る。
高級であるコアが擦りかえられないように見張る意味があった。
やがてジミーの姿は人から人形のそれになり、コアが取り出される。
手渡されたそれは人の拳一つ分の宝石。色は心臓を思わせる赤。
綺麗にカットされた丸に近い石は、中に魔法陣がクルクルと何重かになって回っていた。
布で包んでハンマーで叩けば割れるなんて言われたけれど、宝石を割るなんて庶民には難易度が高すぎる。
だって宝石だよ?
いくらジミーの頼みでも、今から壊すこの宝石の値段を考えちゃうよ!
どうしても震える手で、ハンマーを振り下ろしたものの割れなくて。
イクシスがやってくれるというので交代したけれど、それでも駄目だった。
「……何でできてるんだ? コレは」
「割れないね。どうしよう」
イクシスが首を傾げ、私も困り果ててしまう。
考え込んだ様子のイクシスが、ふいに何かを思いついたような顔になった。
「《セレス》」
そう小さく呟いて、イクシスが魔法を発動させる。
金の瞳が揺らめくオーラみたいなものを纏い、その体全体にほんのりとした薄い光の膜ができた。
辺りを見渡し、天井辺りでイクシスは視線を止める。
「ジミー、物理的に壊すのは難しそうなんだが他の方法を知らないか?」
「イクシス、ジミーが見えるの?」
虚空に尋ねたイクシスに驚いて呟けば、少し待ってろというように手で制された。
ジミーと会話中のようだ。
「わかった。試してみよう」
イクシスが一つ頷き、私とクロードに向き直る。
「ジミーが、ヒルダ以外の魔力を加えたら壊れるかもしれないって言ってる。まぁ壊れるって言っても、機能が狂う程度だと俺は思うんだがな」
魔力の相性が合う合わないがあり、機能を損なうことはあっても、さすがにコアが壊れるまではいかないだろうと、イクシスは考えているようだった。
「それで、どうしてイクシスにはジミーが見えてるの?」
「光属性の魔法で、セレスってやつを使ってる。精神体みたいな普段は見えないものを見たり、触れたりできるようになる魔法だ。ほとんどと言っていいほど使い道のない魔法だけどな」
私の質問にイクシスが答えてくれる。
イクシスはどうやら光属性の魔法が使えるらしい。
光属性か……可哀想にと思ったのは内緒だ。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』において、一人が持つ属性は大抵一つか二つで、全部で六つの属性が存在する。
その中で一番使えないとされているのが光属性だったりするのだ。
炎、水、土、風、光、闇。
ゲーム内にある基本属性はこの六つ。そして特殊属性の無を合わせて七種類。
光なんて一見格好よさげだ。
しかし、このゲーム内においては全く優遇されていない。
このゲーム、アドベンチャーパートもあり魔物との戦闘がある。
魔法学園に入学した主人公は攻略対象からパートナーを一人選んで、色んなところへ出かけるのだ。
戦いはターン制で、相手が攻撃したら、次はこっちというように基本的に交互に攻撃しあっていくシステムとなっている。
それにおいて、光属性の攻撃技である電撃の威力は弱く、相手を1ターン痺れさせることができる付加価値が付く程度。
その上土属性の使い手には、電撃攻撃が奥義を除いて無効。
あまり弱点のない闇属性に対して、ちょっと優位だよね程度しか特典がない。
加えて、光属性の魔法は目くらましや命中力を微妙に上げるような技等、なくても特に困らない補助技ばかり。
唯一奥義だけはかなり強いとされているのだけど、そもそもの魔法技が弱すぎて、誰もそこまでレベルを上げようとは思わない。
さらに言えば、奥義を使おうと思ったら三ターンは消費する。
まさに使えない子扱いされている属性なのだ。
ちなみに、イクシスが使って見せた光属性の魔法セレスは、本編内では幽霊系の魔物に打撃を与えることが出来るようになる技。
そんな技使わなくても、魔法攻撃で敵を倒すことができるため、ゲーム内で使用するプレイヤーはほぼいないと言っていい。
さらに言えば同じ効果の技が闇属性にもあるため、光属性である必要はない。
この乙女ゲーム、六つの属性をそれぞれ得意とする攻略対象がいるのだけど。
光属性のキャラはそんな事情もあって『不憫王子』と呼ばれ、その性格や設定も含めて、ネタキャラ扱いされていた。
「なんだその可哀想なモノを見る目は」
「いやイクシス、光属性なんだなって思って」
「普段使っている第一属性は風だ。光は第二。光属性をわざわざメインにするわけないだろう」
眉を寄せたイクシスに呟けば、ばっさりとそんな事を言う。
ゲーム内だけでなく、実際のこの世界でも光属性は使えない子扱いされているようだ。
それじゃあ俺の魔力を注ぐぞと、イクシスがコアに手を翳す。
ほんのりと淡い光がその手を包んでいた。
イクシスがその手で触れた瞬間、コアはパァンとすさまじい音を立てて、粉々に砕け散る。
「なっ……!」
あまりの事にイクシスも、その場にいた全員の目が点になる。
工房内にキラキラと細かい粒が舞う。
差し込んできた光の中で舞うそれは、もはや粉とも言えるレベルだった。
「まずい、全員ここから逃げろ!」
イクシスが叫ぶ。
上を見上げている間に、いつの間にか足元に巨大な魔法陣が出現していた。
「えっ? えっ?」
「チッ!」
戸惑う私にイクシスがキスをして竜になり、その場にいた全員を腕でガッと掻っ攫うようにして天井をぶち抜き、羽ばたく。
魔法陣から黒い手のようなモノがウネウネと立ち上り、こっちへ向かってきていた。
イクシスはその手を避けて、空高く舞い上がる。
捕まりそうになりヒヤリとした瞬間、イクシスが身を翻らせて光の波動を放てば、黒い手が溶けるように爛れ落ちる。
どうにかギリギリ振り切ったけれど、心臓が嫌な音を立てていた。
あの黒い手を見ているだけで胸の奥がざわつくというか、生理的に受けつけない。
側にいたクロードや魔法人形の技師も同じなのか、蒼白な顔をしていた。
黒い手は、獲物をさがして這うように蠢く。
やがてそれは、組み合わさって闇色の柱になり、天へと上っていった。
近くを飛んでいた鳥の集団が黒の手に触れられ、意識を失ったかのようにバサバサと落ちていく。
黒の手は満足したように、ゆっくりと魔法陣の中に戻って行った。
「何今の……」
『あれは多分、闇属性の魔法【冥界の門】だ。俺も見るのは初めてだが、巻き込まれたら最後、魂が冥界に持っていかれて死ぬことも許されず蹂躙されると聞いてる。使い手がほとんどいない高度な古の禁断魔法の一つだ』
ようやく息をついた私に、説明してくれるイクシスの声は固い。
ありえないと憤っているように聞こえた。
『ジミーが他の奴から魔力を得たら、あれが発動するよう仕掛けてあったみたいだ。ジミーどころか魔力補給したやつも巻き添えにして、永遠に苦しめるつもりだったんだろうよ』
とんでもない女だと口にするイクシスの声には、恐れが滲んでいた。
それって例えは悪いけど、浮気したら浮気相手ごと、この世から抹消するようなものだよね?
しかもそれに、凶悪なレベルの魔法を仕込んでくれている。
ジミーが眠り続けていた時、もしもイクシスがジミーに魔力を補給していたら。
その場でジミーのコアは砕け散り、私達全員が冥界へ引きずられていた可能性があるという事だ。
「イクシス! ジミーは!?」
はっとして尋ねれば、イクシスが大丈夫だと答えた。
うっすらと光の膜を帯びたイクシスの右手には、一人分の空白がある。セレスを発動中だったため、ジミーをその手に掴むことが出来たようだ。
『見えないだろうが、ジミーもちゃんと連れてきている。一旦宿屋へ飛ぶぞ』
イクシスが頭の中に響くような声でそう呟き、目を閉じるよう指示される。
一瞬白い閃光が目蓋の裏で瞬いて。
気付けば空間の中を飛んでいた。
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どうにかヒルダの魔法から逃れて後、イクシスは人型に戻り宿屋へと空間を繋いだ。
魔法人形の技師には口止め料も含め、高額の金を払い、ジミーの体を後日屋敷に送るよう依頼して帰す。
「急いでここを出た方がいいな。派手にやったから街は大騒ぎのはずだ。自警団に捕まったらやっかいな事になる」
イクシスの言葉に頷く。
これで捕まって、鳥族の国の件まで問いただされたら面倒なことになると、イクシスは考えているようだった。
「ジミー、お前はもう行くんだろ? 全員ちゃんと送り届けるから、安心して行っていい」
窓の方へ目を向けてイクシスが呟く。
そこにジミーがいるらしく、さよならというように窓際の花を揺らしていった。
鷹の姿になったフェザーをクロードが抱きかかえ、宿屋を出る。
予想通り、竜と黒い光の柱が現れたと街は大騒ぎだった。
珍しい竜族が竜の姿で現れた上、謎の黒い光の柱が上がったのだ。
この前鳥族の国が竜にやられたという事もあって、かなり注目を浴びてしまっている。
フードをかぶったイクシスの後を追う。
竜の姿になるため、一旦広くて人がいないところまで移動しようという話になった。
空間をつないで、そこまで移動すればいいじゃないか。
そう思ったのだけれど。
竜型の時はともかく人型の状態で、複数人を連れて空間内を歩くのは、危険が伴うとのことだった。
うっかり迷子になってしまったら、一生彷徨い続けて出られないこともあるらしい。
置いて行かれない様に、足を前に前にと出す。
歩いているうちに頭がくらくらとしてきた。
熱が上がってきたかもしれない。けどもう少しの辛抱だ。
頑張れ私。
そう自分を奮い立てていたら、ふいに私の前に影が落ちた。
見上げれば、先を歩いていたイクシスが戻ってきていて。
体を軽々と抱き上げられる。
「苦しいなら苦しいって周りにちゃんと言え。俺はわかるからいいが、他の奴らはわからないだろうが」
呆れたようにそれでいて怒ったように、イクシスが呟く。
あぁそうか我慢してたってイクシスにはわかってしまうんだったと、そんな事を頭の隅で思った。
「お嬢様、やっぱり体調がまだ悪いのですが?」
その言葉にフェザーを抱いたクロードが、心配そうな目をして覗き込んでくる。
「ううん、大丈夫」
「だからどうして嘘を言う。普段感情も何もかも顔に出すくせに、そこだけ強情だな」
腕の中で笑って見せた私の唇に、イクシスが口付けてくる。
「……っ! イクシス、ここ街中!」
「人前でキスするのも駄目か。緊急事態だから許せ」
思わず叫んだ私に、イクシスがそう呟く。
そうじゃなくて、こんなところで竜に変身する気なのかと言いたかったのに。
幅の広い道だったけれど、人は多い。
そんな中イクシスが竜へと変化する。
驚く人々も気にせずに私とクロードの体を掴んで、イクシスは空へと舞い上がった。
『目を閉じろ』
その指示の後、目蓋の奥が白くなるほどの眩しい閃光が放たれた。
目をゆっくりと開ければそこは空間の中で。
しばらくして私達は屋敷へと帰りついた。
★5/4 魔法属性が全部で6種というのを修正しました。正しくは基本6種で、特殊属性が1種の全7種です。
★光属性の精神体を見る魔法名を『セレス』に修正しました。すいません。




