【30】竜の尻尾は冷たくて気持ちいいようです
「うーきづいよー」
「雨の中ずっと突っ立ってるからそうなるんだろ。全く世話が焼ける」
ガラガラ声で唸る私の頭に、文句を言いながらイクシスが冷たいタオルを乗せてくれる。
ひんやりとして心地いい。
雨の中ずっと泣き続けた結果、私は見事に風邪を引いてしまった。
そして寝込んで二日目。
現在、宿でイクシスの看病を受けている。
こういう事ならクロードがはりきってきそうなものだけれど、クロードは宿にいない。
ジミーの魔法人形の体を壊す事に決めた私が、おつかいを頼んだからだ。
魔法人形からジミーを完全に解き放つには、体を壊す必要がある。
本人がそれを望んでいるし、ヒルダがこの体に戻ってくる足がかりになるかも知れないので、それを止めるつもりはなかった。
でも肝心な壊すってどうやるのかという話である。
さすがに人にしか見えないジミーを、スプラッタ的なことにするのは避けたい。
そういうことは専門の人にお願いするに限るので、魔法人形の技師に依頼することにしたのだ。
イクシスと前に行った地下街にその店があるとの事だったので、地図を描いてもらい、クロードとジミーにはそこへ出かけてもらった。
ただクロードは私の看病をすると言ってきかなくて、今日の朝まで結構揉めてたんだけどね。
「偽者のヒルダの看病より、クロードはそっちを優先して」
「ですがメイコ様!」
「お願い。看病ならイクシスに頼むから」
「……わかりました」
そんな感じで、無理やり納得してもらった。
クロードに看病してもらって、イクシスに行ってもらってもよかったのだけど。
なんかこう……風邪で弱ってると、誰かに側にいてもらいたくなるもので。
ヒルダを案じているクロードよりも、私の事情を全部知ってくれてるイクシスが側にいてくれた方が落ち着くと、心のどこかで思っていた。
「うーびんやり」
「人の尻尾をまくらにするな」
イクシスの尻尾は鱗がついているからか、冷たくて心地がいい。
嫌そうに言いながらも、わざわざ私の横に尻尾を置いてベッドに座っているのはイクシスの方だ。
なんだかんだでイクシスは甘やかしてくれる。
素直じゃないけど、優しい。
つまりはこうしていいということだと判断して、ぎゅーっとイクシスの尻尾に抱きつく。
大分イクシスに甘えてるな、私。
よくない傾向だなってわかってはいるけど、これはイクシスが悪い。
誰かの前で泣くなんて今までしたことがなかったのに、泣くことを私に許したりするから。
看病なんて面倒なことを……私に押し付けられてしまうのだ。
ここはもう、自業自得と諦めてもらうしかない。
散々泣いてすっきりして、色々出し切って。
とりあえずは、今まで通りヒルダとしてやっていこうと決めた。
死亡フラグを回避しつつ、アベルに将来殺されないように少年たちを育てていく。
それでいて魔法の方も勉強して、イクシスを誓約から解き放つことができれば完璧だ。
それを達成する前にヒルダが帰ってきたら、それはその時考えよう。
今考えたところで、私にどうにかできるわけでもない。
私にできるのは、こつこつ目の前のことをこなして行く事だけだ。
「イクシス」
「なんだ」
名前を呼べば、イクシスが不機嫌そうな顔で私を見る。
けど、なんとなく。この顔は不機嫌を装ってるだけなんじゃないかと思った。
根拠は全くない。けどそんな気がした。
「ありがとね」
言ってなかったお礼を口にして笑う。
側にいるのがイクシスでよかったなと、異世界にきて何度目かのことを思った。
「……別に礼を言われたくてしたわけじゃない」
イクシスは驚いたように目を見開いて、それから眉を寄せて先ほどよりも不機嫌そうな顔になり、ベッドから立ち上がってしまう。
あっ、イクシスが照れてる。
声には出さないけどそう思う。
窓際に向かうイクシスの尻尾が、うねるような動作を見せていた。
「……やめろ。嫌だ……なんで我が、男とキスをせねばならない……ッ!」
ふいに、隣のベッドから呻き声が聞こえてきてそちらを見る。
苦しそうな顔をして、フェザーが悶えていた。
またうなされているようだ。
フェザーには、ジミーを起こすための魔力を補給してもらったのだけれど、その方法が心に傷を負わせてしまったらしい。
魔力補給の方法はマウストゥマウス……ぶっちゃけキスで。
ジミーの魔法人形の体は相当魔力に飢えていたらしく、フェザーの唇をこっちが唖然とするくらい激しく貪っていた。
ヒルダの魔力に体が勝手に反応してしまったんだと、ジミーは赤い顔で口にしていたけれど。
もしかしてあんなのを、日常的にヒルダとしてたんだろうか。
私には刺激的すぎて……直視できなかった。
そして、可哀想な事にフェザーは、ジミーとのキスの後に熱を出した。
医者を呼びに行くため雨の中を飛行したところに、魔力を大量に持っていかれ、精神的ダメージが重なったことが大きい。
同じ獣人という事もあって、花街出身の子たちと仲がよかったフェザーだけれど、そっち方面にはかなり純情だったようだ。
十二歳だから夢見る年頃だったのかもなぁと、当事者ながら悪いことをした気分になってくる。
ごめんフェザー。
ジミー人形っぽかったし、キスくらい平気じゃないかって思ってたんだ。
でもあんなに凄いなんて思わなかった。
あの瞬間だけ……ジミーから無駄にフェロモンが出てる気がしたよ。
地味な顔だからってジミーを舐めてた。
見てられないとか言って、指の隙間からちらちら覗いてしまって本当すいませんと、心の中で謝っておく。
思い出してまた熱が上がってきた気がしたので、もう一眠りしようかと思っていたら、激しい音を立ててドアが開いた。
「ヒルダ様、フェザー! お見舞いに来ました!」
あぁ今日もきちゃったかと、テンションの高い犬の獣人・ギルバートの声を聞いて思う。
花を持ってきてくれる、その気持ちは嬉しい。
しかし正直、病人にギルバートの相手は辛いものがあった。
「何かつくりましょうか? 汗拭きます? それともやっぱり運動しますか。運動がいいですよね。汗かけば元気になると思いますし、ぼくがんばります!」
ちょっと待ってギルバート!
何を頑張るというか、病人に何を頑張らせるつもりだ!
何故、上着を脱ぐ!? というか、昨日も同じ一方的な会話をした覚えがあるよ!
筋肉質だなとか思ってる場合じゃない。
助けてイクシスさん!
頼むからギルバートをどこかにやってください!
喉が痛くてツッコミができないので、イクシスに潤む視線を送る。
「俺は守護竜であって、まくらでもなければ子守でもないんだがな……」
イクシスは一つ溜息を吐いて、ギルバートの首根っこをつかんで部屋の外へ放り出してくれた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「お嬢様、体調はよくなりましたか?」
昼頃になって体調が回復してきた私に、外から帰ってきたクロードが心配そうに声をかけてきたので、頷く。
「クロード、まだ私のこと、お嬢様って呼んでくれるんだ?」
喉が痛いので片言で喋りながらほっとする私に、クロードは横目でチラリとフェザーが寝ていることを確認した。
「メイコ様とお呼びしてもいいならそうしたいのですが、この秘密はイクシスやジミーしか知らないのでしょう? 皆の前でメイコ様と呼ぶのは少々問題がありますからね」
クロードはそう言って、温かいお茶を入れてくれる。
カップの中にふんわりと白い小さな花が浮かんでいて、甘いよい香りがした。
「可愛い!」
思わず目を輝かせれば、クロードがふわりと微笑んだ。
「リルケの花のお茶です。喉にいいんですよ。エルフの国で好まれていた品で、お茶屋を探したらこの国にもあったので買ってきました」
蜂蜜もどうぞと差し出されて、スプーンですくい入れ、かき混ぜる。
口に含めばすっきりとした風味がして、鼻から爽やかな香りが抜けていくようだった。
「美味しい」
「よかった。気に入ってくれるんじゃないかと思ったんです」
どうやらクロードはわざわざ買ってきてくれたらしい。
「ヒルダの好きなお茶?」
「いいえ。ヒルダ様はこのお茶が大嫌いでした。その……情事の後に声を整えるため、ヒルダ様も母上が愛用していた品でして」
私の質問に、クロードが困ったように顔を赤らめながら答えてくれる。
「そんなお茶を……すいません。効果があるということは知ってましたし、見た目も愛らしいから、喜んでくれるんじゃないかと思ったのです。メイコ様はこういった可愛いものがお好きでしょう?」
クロードは私の好みをちゃんと把握してくれていたのかと、言われてちょっと驚く。
自分が可愛いもので着飾るのはともかく、可愛いものを愛でるのは大好きだった。
「ありがとう」
「いいえ。これくらいしか私にはできませんが」
お礼を口にすれば、申し訳なさそうにクロードが微笑む。
偽のヒルダだからクロードにはもう構ってもらえなくなるかもと、熱の影響もあって少し落ち込んだ気持ちでいたのだけれど。
そんな事を思った自分が、ちょっと恥ずかしくなると同時に、クロードの気遣いが胸に染みた。
「メイコ様、魔法人形に詳しい技師に聞いたところ、ジミーを解体して体から解き放つことは可能なようです」
魔法人形の中には心臓部分というか、精神体が入ることのできるコアというものが組み込まれているらしい。
そこに契約が刻まれているので、それを壊してしまえばいいとの事だった。
「ただ魔法人形の技師が、こんな貴重なコアを壊すなんて考え直したほうがいいと、何度も説得されましたが」
「そんなに凄いの?」
クロードに尋ねれば、技師から聞いた話を教えてくれる。
コアは魔法で練り上げられた人工宝石のようだった。
別名『賢者の石』というらしく、ここまで高度なものは見たことがないと技師は言っていたのだという。
聞いたことあるよソレ。
よくゲームとかに出てくる、木や石を金に変えたり、人を不老長寿にする魔法の石。
この乙女ゲームの世界『黄昏の王冠』でも、作り出す難易度が一番高いアイテムだ。
ただ『黄昏の王冠』において大切なのは恋愛すること。
これを作らなくてもゲームはクリアできたため、ほとんどのプレイヤーが作成してないと思われるアイテムだ。
錬金術要素を愛していた私は、このアイテムを作り出すため、相当な苦労した覚えがあった。
値段にするとヒルダのゴージャスな屋敷が軽く五軒買えるくらいだという。もしくはそれ以上だというから驚きだ。
「夕方には私も立ち会って、コアを破壊しようか」
「ですがメイコ様。まだ体調が優れないのでしょう?」
クロードが気遣うような視線を投げかけてくるけれど、急がなくちゃいけない理由があった。
獣人の国にいられるタイムリミットは今日までなのだ。
移動に三日。四日目の朝に到着して、そのままギルバートと再会して。
五日目にジミーから遺言書を預かって、鳥族の国に行って城を破壊。
六日目にイクシスの異空間に招待されて、八日目にジミーが魔法人形だと発覚。
九日目に雨の中を歩いて風邪ひいて。
現在は領地を離れて、十一日目。ここから屋敷への移動は三日かかる。
二週間以内には帰ると告げてあったから、今日帰らないとマズイ。
置いてきた皆が心配だし、これ以上長引くと役所への面倒な手続きも増える。
ここは無理してでも、済ませておく必要があった。
★5/4 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!




