【2】悪役キャラは手遅れなショタコンだったようです
大好きだった乙女ゲームの世界に転生しました。
けど、本編が始まる前に死んでいる、攻略対象の過去の回想にしかでてこない、トラウマキャラのようです。
これから先、攻略対象に殺されるという死亡フラグ付き。
攻略対象が舞台となる学園に通うようになる本編が始まるまで、あと五年しか猶予がなく、そもそもこのキャラがいつ殺されたのかまではわかりません。
目の前にいる執事な青年の話から総合すると。
今の私が置かれてる状況はそんなところだった。
うん、終わってる。
始まる前から、詰んでる。
ちなみに、今までこの世界でヒルダとして過ごした記憶は私にはない。
直前に階段から突き落とされたシーンを覚えているくらいで、自分がヒルダとして転生したんだってことを先ほど自覚したばかりだ。
どうせ転生するなら主人公がよかったよ!
いや、この際贅沢は言わない。
地味でもモブでも、普通に死なないキャラにしてほしかった。
いや諦めるのはまだ早い。
私を殺す予定のアベルは、様子を見るに、まだこの屋敷に引き取られたばかり。
やりかた次第では、死ぬのを回避できるはずだ。
まずは殺されないように、アベルに優しくしよう。
というか、アベルを親元に帰せば問題は解決するんじゃない?
我ながら名案だ。
思ったより簡単に死亡フラグは折れそうだと、希望が広がる。
まぁ、ヒルダが美少年に癒されたくなる気持ちはわからないでもないんだけどね。
きっと自分のおじいさんくらいの歳の人に嫁がされて、その反動で美少年を求めてしまったんだろう。
美少年との甘い生活……それは、乙女の夢だとは思うのだ。
でもね、ヒルダさん。
これ私の世界だったら犯罪ですよ?
いや、こっちでも十分犯罪臭がしますけども!
とりあえずアベルを親の元に返してしまおう。
そうすれば全て丸く収まる。
アベルも私を恨むことなく幸せになれて、私だって死ななくてすむ。
引き続き青年によりベットに寝かされ、天井を見つめながらそんな事を思っていたら、ノックの音がしてドアが開く。
「ヒルダ様、お粥をお持ちいたしました」
またアベルかなと思って、飛び起きたら違った。
そこにいたのは、二人の男の子。
一人は十歳くらいで、ツンとしたクールな美貌を持つアベルとはまた違う、品のある物腰。
金髪に空色の瞳で、絵本の王子様のような正統派のルックスをしていた。
「早く元気になってくださいね、ヒルダ様」
「……ありがとう」
お粥を置いて、一礼して去っていく。
後ろから入ってきた子も同じ歳くらいで、褐色の肌に金色の瞳。猫のような耳が頭から生えていて。
「ヒルダ、お見舞いにきたよ? オレ、心配したんだからね?」
そう言って、男の子は私に近づいてきて頬をぺろりと舐めてきた。
ざらついた舌に、ぞくりとする。
「元気になったら、オレといっぱい遊んで?」
艶っぽく耳元でささやいて、男の子は部屋を出て行った。
今の子たちは何だろう。
使用人にしては、若すぎるというか。
二人ともとても見目麗しい男の子だったけれど。
「あの、ちょっと聞いていいかしら……えっと」
「クロードです。お嬢様」
私の側にずっと控えていた青年が、自分の名前を名乗る。
「クロード、ちょっと聞きたいんだけど。今何人の男の子がこの屋敷にいるのかな?」
「十三人ですお嬢様」
おそるおそる尋ねれば、さらりとクロードが答えてくれる。
十三人って。
てっきりアベルだけかと思ってたら、ヒルダさんったら。
こんなに少年集めちゃって、ショタコンって言われても言い逃れできないよ?
大分、手遅れじゃないですか!
うふふ、やだなぁもう!
……なんか、頭が痛くなってきた。
どうせならもっと早く前世の記憶思い出そうよ、私。
十三人って、美少年野球チームがつくれちゃうよ!
よし、一旦落ち着こう。
私、混乱してる。
とりあえずは、話は食べてからだ。
そう思ったら、お腹がぐーっと音を立てる。
「あっ……」
「三日も寝ていたのですから、当然ですよ。お粥、熱いと思うので少し冷ましますね」
そういってクロードが、お粥をふーふーしてくれる。
「はい、どうぞ」
スプーンを口元にもってきてくれるのだけど、これってアーンってやつだ。
そういうのしたことないから凄く恥ずかしいのだけど。
「だ、大丈夫よ。私自分で食べられるから」
「……それは、私には食べさせられたくないということでしょうか」
「そういうことじゃなくて」
もしかしてヒルダは、いつもこうやって食べさせてもらっていたりするんだろうか。
ありえる話だ。
だとすると、今更恥ずかしいなんていうのも変なのかもしれない。
「お嬢様が甘えて下さらないのは、私がもう少年ではないからですか?」
返答に迷っていたら、とんでもない方向から変化球がきた。
粥を食べていたら、噴いているところだ。
「やはり、そうなのですね」
驚いて目を見開いた私を見て、クロードは図星を言い当てたと思ったらしい。
とても悲しそうな顔をした。
「いや、なんでそうなるの?」
「昔は私に身の回りの世話を任せてくれましたのに、私が成長してからは着替えも手伝わせてくれないじゃないですか。しかも幼い彼らばかり側において。私の方が貴方のお役にたてるというのに」
苦しい胸の内をさらすようにクロードが言葉を吐く。
明らかに少年達に対して嫉妬しているように見えた。
「……身をわきまえない言動でした。すいません」
ヒルダはどうだったか知らないけど、私はショタコンじゃない。
いやまぁ、美少年は嫌いじゃないけど。
しかし、それを今言うわけにもいかず黙っていると、クロードはしゅんとしながら呟く。
「あなたのすることに、意見したわけではないのです。幼い日にお嬢様に拾われてから、私はあなたのモノ。嫁ぎ先までわがままを言って連れてきてもらったのに、分別のないことをいってすいませんでした」
ヒルダとのクロードの関係は、この屋敷に嫁ぐ前からのようで、幼馴染で主従といったところのようだった。
そっとクロードが私の手に何かを握らせた。
驚くほどに、手に馴染む感触。
渡さされたのは、手ごろなサイズの、しなやかな皮製の鞭だった。
手の甲をこちらに差し出し、クロードは私の行動を待っている。
えっ何? これで叩けってこと?
お腹すいたならパンをどうぞくらいの手軽さで渡されても困る。
クロードの動作や、この手にしっくりくる鞭の感覚からして、毎日のことなのかもしれない。
「どうしました?」
「えっ、いや……今日からコレ封印しようかなって思って」
はははと苦笑いしながら言えば、クロードは首を傾げる。
「鞭を使わないのですか? では、棒をお持ちしましょうか」
いやなんでグレードアップしたの。
しかも、それを簡単に受け入れすぎだよ!?
「いやいやいや、いらないから! じゃなくて、暴力はやめて平和的にいきたいなって思うようになったの!」
立ち上がって棒を取りに行こうとするクロードを全力で止めれば、ありえないことでも聞いたかのように目を見開かれてしまった。
「……ですが、使用人たちのしつけには必要なものでしょう?」
「必要ないから。いいから私のいうことを聞きなさい。それとも、私のいうことが聞けないというの?」
「いえ、そんなわけはありません!」
私の一声で、クロードは鞭をしまって、ベッド横の椅子に座りなおす。
「それよりも、お腹が空いたわ。粥をこっちによこしなさい」
「……どうぞお嬢様」
ヒルダのイメージで高圧的に言えば、粥の入った茶碗を差し出してくる。
おなかに食べ物が染み渡るのが、妙にリアルで。
今この世界が夢ではないんだと、教えられているみたいだった。
それにしても、食べ辛い。
クロードは、こっちを見すぎだ。
ちらりと顔を見る。
自分が食べさせたいなぁと思ってるのが、ありありと分かる。
私の口に粥が入っていくのを、名残惜しそうに眺めていた。
奉仕したくてしかたないのに、待てといわれた犬みたいだ。
クロードは尽くすことに喜びを感じる人種っぽい。
「……手が疲れたわ。食べさせて」
根負けしてそう言えば、クロードはぱあっと顔を輝かせた。
「はいっ、お嬢様!」
見えない尻尾をふりふりして、幸せそうに粥を食べさせてくれる。
むず痒かったけれど、尽くされるのは意外と悪くなかった。
★4/18 誤字修正しました。報告助かりました!




