【28】ヒルダと囚われの幽霊
「はぁ……やっぱりぼくを壊してはくれなかったんですね」
フェザーの涙ぐましい犠牲のお陰で、ジミーは目覚めた。
そして私を見て、恨みがましそうにそんなことを言った。
「ジミー、どうして魔法人形であることを今まで黙っていたのです」
「ヒルダがそうしろって言ったからです。ヒルダはぼくに普通の人間として暮らしてもらいたかったようだから」
問い詰めるクロードに、ジミーが呟く。
「でももうこの体に縛られていたくはないんです。ぼくはヒルダの側にいると約束しました。待っていてもしかたないですし、本物のヒルダを捜しに行きたいんです」
「あなたは何を言っているのですか、ジミー? しかもお嬢様を呼び捨てにしたりして……」
真っ直ぐ私を見て口にするジミーに、クロードが困惑した声を出した。
「わ、私は……」
「今更隠さなくてもいいでしょうメイコさん。ぼくは一度もあなたをヒルダと呼んだことはないですし、魂の形が違います。もしかして夢でのことを忘れてるんですか?」
動揺する私に、あっさりとジミーが指摘してくる。
夢とジミーに言われて、ふいに思い浮かんだのは。
元の世界の私の部屋で、ジミーと会話した不思議な記憶。
ジミーは自分のことを幽霊だと言っていて、ヒルダの体は大切にしろと私に言ってきた。
「……あなたは何者なの、ジミー」
「手紙に書いたことが全てです。ヒルダにつかまってこの体に縛り付けられた、ただの幽霊ですよ。ヒルダがいないならここにいる意味もありませんし、本物の行方を捜しに行きたいので、体を壊してくれませんか」
私の問いに対して、淡々とジミーはそう答えた。
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ジミーは生きている時、ニホンという国に住む中学二年生の男の子だったらしい。
色々あってロクな人生を送っておらず、死んでしまって。
ようやく解放されたなぁと思っていたら、星空の中を漂っていたらしい。
――ここが死後の世界か。何もないところだな。
そんな事を考えながらふわふわと飛んでいたら、目の前にドアが現れて。
そこから三歳くらいの女の子が出てきた。
金髪に、翡翠色の目。とんがった耳。
愛くるしいその容姿に、ジミーはもしかしてこの子は天使かなと思い、近づいて行った。
「……」
女の子は何も言わずに、ジミーをドアの中に連れ込んだ。
そこは何もない白い空間で。
何だろうココはと、戸惑うジミーを置いて女の子は消えた。
外に出ようとしても、ドアは開かない。
女の子は時々訪ねてくるけれど、特に何をしてくるでもない。
特に逃げる気も、逃げる理由もなかったので、ジミーはその部屋で生活することになった。
女の子が来たらお帰りと言って頭を撫でて。
一緒に遊んだり、眠ったりして過ごしたようだ。
女の子の名前はヒルダというようだった。
ヒルダはジミーに、ジミーと名前をつけた。
それは偶然にも元の世界のあだ名と一緒で、ジミーは笑ってしまった。
それからヒルダはどんどんと成長して行って。
苛烈で女王様のような彼女だったけれど、ジミーはそれが嫌いじゃなかった。
この部屋を訪れては、ジミーにだけ甘えるような顔を見せてくれたのだという。
そのうち、ジミーは自分がいる場所が異世界の異空間と呼ばれる場所だと知った。
この空間の外に、自分が住んでいた世界とは違う世界が広がっている。
ヒルダから聞いたけれど、特に驚きはしなかった。
正直、どうでもよかったらしい。
「逃げないの?」
「逃げてどうするの? ぼくはもう死んでるし、外に出たところで体はないよ」
ジミーの言葉に、ヒルダは複雑そうな表情になった。
逃げないことにほっとしているような、全てを諦めていることに苛立っているような……そんな風にジミーには受け取れたらしい。
「ヒルダは、こんなにここに来ても大丈夫なの?」
「向こうとは時間の流れが違うから平気よ。それにワタクシの世界は退屈でくだらないの」
さらに時間が経って、ジミーは自分の存在がヒルダに悪影響を及ぼしているんじゃないかと考え始めた。
ジミーは一切ヒルダがどんな環境で暮らしているのか、知らなかった。
ヒルダが言おうとしないことに、ジミーは踏み入るつもりはなかったのだ。
けど、幽霊である自分と関わっているせいで、ヒルダが外の生活に馴染めていないのなら。
それはヒルダにとって、よくないことだと思うようになった。
ジミーはここを出て行こうと決めた。
このまま大人になった彼女が、幽霊である自分に執着して、外と上手く関係を持てなくなったりするのは嫌だった。
それにもう十分に幸せな時間を過ごしたと、ジミーは思っていた。
こんな風に穏やかな時間をもらえたことを感謝して、その日ジミーはヒルダに別れを切り出したのだけれど。
「……あなたまでワタクシから逃げるのね。いいわ、首輪を付けて飼ってあげる。どこへも行かせたりしない。あなたはワタクシのモノなのだから!」
ジミーは完全にヒルダを怒らせてしまったらしい。
その瞬間、白く落ち着いた部屋が、一瞬にして牢獄へと変化したのだという。
それから時が流れて。
ジミーは外へと出された。
ヒルダの異空間から、異世界の現実へ。
魔法人形の体を与えられ、誓約を結ばされた。
この魔法人形の体から、ジミーの魂――精神体が離れないように。
さらには、ヒルダから離れられない誓約をその体に刻まれた。
「これであなたはワタクシのもの。だからずっと側にいなさい。わかったわね?」
酷薄な笑みを浮かべたヒルダは、そう言って。
ジミーをショタハーレムの一員として、迎えたのだという。
私やクロードに、ヒルダと契約する前の記憶がないというのも、全て嘘だったのだとジミーは告げた。
「ヒルダは今まで、ぼくの存在を誰にも打ち明けてませんでした。それに、ぼくは異世界の事をほとんど知らなかったので、その方が都合よかったんです」
騙していてごめんなさいと、ジミーが謝ってくる。
「……えっと、色々聞きたいことがあるんだけど。ジミーも私と同じニホンから来たってことでいいのかな?」
「はい、そうなりますね。メイコさんと違って、器はないので人形の体ですが」
こめかみを押さえる私に、ジミーが頷く。
「もしかしてジミーも『黄昏の王冠』っていう乙女ゲームをプレイしていたの?」
「いいえ。ゲーム自体したことがないです。友達にアニメやゲームに詳しい子がいるくらいで、そのゲームは知りません」
私の読みは外れていたようで、ジミーは首を横に振る。
「とにかく、ぼくはヒルダと側にいる約束をしたので行かなくちゃいけないんです。あの子はああ見えて、寂しがり屋だから」
そう口にしたジミーは優しい顔をしていた。
ヒルダを迎えに行くには、この体が邪魔なのだとジミーは口にする。
魔法人形の体に刻まれた誓約のせいで、ジミーはヒルダの体の側から離れられない上、幽霊姿にもなりにくいのだという。
魔法人形の体を壊せば、ジミーは自由に幽霊姿で動き回れる。
その姿で、ヒルダを捜しに行くつもりのようだった。
「あてはあるの?」
「誓約はヒルダの魔力を介して行われていますが、魂とも繋がっています。追いかけていくことは可能です」
尋ねればジミーはそう言って頷いた。
色々混乱したので、その日はそのまま休むことにする。
そんな中、部屋に戻ればクロードが訪ねてきた。
「どうかしたのクロード。今日はもう眠りたいのだけど」
「……お嬢様は、私の知るお嬢様ではないのですか?」
問われてはっとする。
ジミーの話に気を取られすぎていて、クロードがその場にいたのを、私はすっかり忘れていた。
珍しいシリアス回です。