【27】使い魔の尊い犠牲
★4/25 ジミーが寝ていた期間を間違っていたので修正しました。すいません!
イクシスと宿に帰ってすぐに部屋に行ったけれど、ジミーはまだ寝ていた。
「明日一日中起きなければ、医者を呼ぼうと思っています。前のように何ともないと言われてしまいそうですが」
クロードが曇った顔で呟く。
目の前のジミーはただ眠っているようにしか見えず、別に顔色が悪いわけでもなかった。
「ジミー、そろそろ起きて」
声をかけて手を握る。
「……?」
一瞬、まるでテレビの画面にノイズが走ったように、ジミーの姿に揺らぎが生じた気がした。
「どうしました? お嬢様」
「ううん、気のせいだったみたい」
目を擦ってみたけれど、そこにはジミーがすやすやと寝息を立てて寝ているだけだ。
明後日で、ジミーが眠って三日が経つ。
脳裏に思い浮かぶのは、ジミーから渡された手紙。
まるでこうなることをわかっていたかのように、悟った表情で私に手渡してきたけれど。
……明日には、目を覚ましてくれるよね?
不安な気持ちを抱えながら、その日は眠りについた。
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次の日も、その次の日の朝も、ジミーは目覚めなかった。
外の天気は大荒れで部屋が暗かったので、ランプをつける。
鷹の獣人フェザーが飛んで医者を呼んできてくれるというので、私やクロード、そしてイクシスはジミーの側で待機する。
「このまま起きなかったらどうしよう……ジミー、三日起きなかったら手紙を読んで下さいって私に手渡してきたんだけど」
一人で抱えるのが怖くなって、手紙の存在を口にすればクロードとイクシスがこちらを見た。
「……なんだか不吉ですね」
「何が書いてあるんだ。開けてみようぜ」
クロードが不安そうに呟き、イクシスが提案してくる。
私は自分の部屋から手紙を取ってこようとドアへと向かった。
その時、何かが擦れるような音がして。
部屋の窓がガタガタと震え出した。
雨が強くなってきたのだろうか。そんなことを考えていたら、ランプの炎が風もないのに強くなったり、弱くなったりを繰り返して揺れる。
「お嬢様! ジミーの様子が!」
何だか不気味だなと思っていたら、クロードが声を上げた。
その声にベッドの方を見れば。
ジミーの身体に異変が起こっていた。
部分部分にノイズが走り、まるで人形のような姿が一瞬目に映る。
次第にブレが大きくなり、やがてジミーの身体が目に見えて変化して。
ノイズが収まった頃には、ジミーのいた場所に人形が横たわっていた。
「これはどういうことなの?」
目の前には、ジミーそっくりの精巧に作られた人形。
そのガラスのような眼球は見開かれ、手指の関節には継ぎ目がある。
肌はまるで人のような弾力があったけれど、体温は感じられない。
何を思ったか、イクシスがジミーの服を脱がし始めた。
その背中に魔法陣のような紋様が刻みこまれていて、それを確認したイクシスがなるほどなと呟く。
「これは……魔法人形だな」
「魔法人形?」
言葉を繰り返した私に、イクシスが説明してくれる。
魔法人形とは、その名の通り魔力を動力にして動く人形の事。
精霊などの実体を持たない、精神体で存在するモノを使役する際に、器として使われるとの事だった。
「つまり、ジミーは精霊か何かだったって事?」
「そういうことになるな。精霊は滅多にいないし、見つけることだって難しい生き物なんだが……ヒルダならやりかねない」
私の言葉に頷くイクシスは、困惑した顔をしていた。
まさかのジミーくんが精霊。
そんな大それた存在だとは全く思わなかった。
正直影が薄い……いや、普通すぎるくらい普通の子だったから尚更だ。
「まぁでも、魔法人形だとわかれば眠っていた理由も簡単だ。ヒルダが与えていた魔力が切れたんだろ。ヒルダが記憶喪失になってから魔力補給はしてないしな」
「じゃあ魔力を与えれば、ジミーは起きるのね?」
イクシスに尋ねれば、おそらくそうだと頷いた。
それなら話は早い。
私が魔力を与えてあげればいい。
それならそうと言ってくれればいいのに、ジミーはどうして黙っていたのか。
「ちょっと待ってて! 手紙読んでくる!」
もしかしてそこに魔力補給のやり方が書かれてるんじゃないか。
急いで部屋に戻り、遺言めいたことが書いていたら嫌だなと思いながら、封筒を開けて便箋をとりだす。
『ぼくが倒れても心配することはありません。そもそもぼくはあなたと同じで精神体ですし、そもそも死んでいる幽霊です。その体も魔法人形であり、人ではありません』
どうやらイクシスが言う通り、ジミーの体は魔法人形だったようだ。
ただ、精霊ではなく幽霊だったらしい。
幽霊……幽霊ね?
ちょっとひっかかるものを感じながら、魔力補給のやり方が書いてないかなと、目線を下へと下げていく。
読み進めていくとジミーはそもそも幽霊で、消えようとしていたところをヒルダに捕まり、魔法人形に閉じ込められていたのだと書かれていた。
眠るのが多かったのは、いつもヒルダから魔力の補給を受けていたのに、受けられなくなって残量が尽きたからだとも書かれていて。
これもイクシスの予想通りだった。
『ぼくはこの体を離れて、やらなくてはならないことがあります。なので、ぼくの体の処分をお願いします。もしもぼくがいない間にヒルダが帰ってきたら……その時にあなたがいる可能性は少ないとは思いますが、今までありがとう幸せだったと伝えてくれると嬉しいです』
読み終わったけれど、魔力補給のやり方は一切かかれてなかった。
うん……やっぱりこれ遺言書だったわ。
参考にならないと丸めて、ゴミ箱に投入する。
魔力を補給すれば生きられるのに、何をジミーは諦めているのか。
幽霊だろうが何だろうが、まだ若くてこの世界に存在してるというのに。
死亡フラグが山のようでも見苦しくあがいている人がいるのに、こんなあっさりと生きることを手放すのはどうかと思う。
大体そういう遺言は、ヒルダ本人に言うべきであって……。
そこでん? と思う。
まるでジミーの文章は、私がヒルダでないとわかってるみたいだったような。
丸めた紙を広げて、私はそこで見落としていた重大なことに気付いた。
この手紙は……そもそもニホン語だ。
――あなたと同じ精神体で。
――ヒルダが帰ってきたら、その時にあなたがいる可能性は少ないと思いますが。
その文が、私がヒルダの中にいる別の人間だということを示してるように思えた。
おそらくジミーは、ヒルダの中にいる私がニホン人だという事も知っている。
何にせよ、一度ジミーに話を聞く必要がある。
そう私は思った。
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手紙が参考にならなかったので、イクシスとクロードに魔力補給のやり方を尋ねてみる。
「それなら知っています。キスをすれば簡単に魔力は補給できます」
あっさりとクロードがそう言った。
魔力とかそういう見えない力は、直接触れ合うことによって相手に譲渡するものらしい。
相手の魔力を高めるクロードの花寄人の力にしろ、一番キスが簡単に相手へ力を渡す手段だということだった。
……この世界、キス大好きだな!
いや童話とか読んでても、お姫様の呪いをキスで解いたりしてるし、これが魔法の世界の基本なんだろうか。
それともあの乙女ゲーム『黄昏の王冠』が、年齢制限ギリギリに挑戦して、キススチルが無駄に多かった影響だろうか。
まぁジミーは十三歳だし、この場合は命がかかってる。
人工呼吸だと思えばいいし、特に抵抗はない。
何よりどこからどうみても、今のジミーは人というより人形だった。
ベッドに寝てるジミーの側に座って、ちょっと身を乗り出して。
口付けしようとしたら、がしっと肩を掴まれた。
「何、イクシス?」
「唇から補給しなくても、背中の魔法陣に力を注ぎ込めば大丈夫だ」
「そうなの? それならそっちの方がいいわね」
イクシスの助言に従ってジミーの服を捲り、背の魔法陣へ触れる。
「ところで、どうやって魔力を注げばいいの?」
「ぶわってやって、えいやって感じだ」
イクシスに聞いたのが間違いだった。
クロードに視線を向ければ、すいませんと困った顔をされる。
どうやらクロードは魔法が使えないらしく、やり方がわからないようだった。
「やっぱりキスの方がてっとり早いみたいね」
キスならイクシスが竜の姿に戻るために、二度したことがある。
きっと、力の受け渡しはあんな感じでいいんだろう。
そう思って唇を近づければ、またイクシスに止められた。
「今度は何?」
「……俺の時はあんなに嫌がったくせに。そいつにはどうして、そうすんなりキスしようとするんだ?」
一瞬イクシスは何を言ってるんだと思った。
不満そうに眉を寄せてそんなことを言われて、思わずぽかんとする。
「イクシス。あなた、お嬢様にキスを迫ったりしたのですか?」
低く響くような声がした。
嫌な予感に振り返れば、クロードの目が細められ冷たい色を帯びていて。
いつの間にか手にはムチが握られている。
「いや違うのよ、クロード! あれは必要なことで!」
「まさか、イクシスと……したんですか?」
慌てて弁護しようとして、うっかり墓穴を掘ってしまった。
クロードの目が驚きに見開かれる。
しまったと口を押さえるような仕草をしたのが、さらにいけなかった。
これではそういう意味じゃないと誤魔化すこともできす、クロードの顔が強張っていく。
「……お嬢様が少年たちとキスしたり関係を持つことは、しかたないことだと諦めています。ですがどうして大人であるイクシスに、キスをするんです! お嬢様は少年にしか興味がないはずでしょう!?」
クロードが絶望したように叫ぶ。
しかしその台詞が色々おかしいことに気付いてほしい。
いや……おかしいのはヒルダか。
少年がよくて、大人のイクシスが駄目って普通逆だよ。犯罪だもの!
何でそんなクロードが悲痛な顔をしてるのか、よくわからないよ!
「しかたないだろ。異空間から宝玉を取り出さずに、力を得て竜になるには、これしか方法がなかったんだ」
「なるほど。その理由を盾に、お嬢様の唇を奪ったんですね。この駄竜が。私ですら花寄人の力を使って貰いたくても、キスをされた事はないというのに……!」
飄々と口にするイクシスに対して、クロードの目つきが怖い。
そして後半の方に力が入りすぎている。
「今はそれどころじゃないでしょ! ジミーに魔力の補給をしなきゃ!」
二人をしかりつけ、再度ジミーに口付けようとすれば、今度はがしっと二人に肩をつかまれて止められた。
「お嬢様。ジミーは大量に魔力が欠乏しています。ですから私の花寄人の力を使って、魔力を高めてから補給してください」
クロードが必死な顔でそんなことを言ってくる。
「いやでもそれは……」
「イクシスにキスできて、私にはキスできない……と?」
言いよどんだ私に、クロードが悲しそうな顔をする。
「別にイクシスにだって、したくてキスしたわけじゃないし」
「やっぱり俺とのキスは嫌だったって言いたいわけか」
断ろうとそう口にすればイクシスがむっとした、ちょっと傷ついた顔になる。
えっ? これどうしたらいいの?
断ろうにもクロードがうるうるした目で見つめてくるし、イクシスは傷ついたような顔してるし、ジミーは目覚めないし。
「そうだ! イクシスは魔法使える?」
「あぁ。それがどうした」
尋ねればイクシスが呟く。
「ならイクシスがジミーの魔法陣に魔力を注げば……」
「中にある魔力と質が違えば、ジミーが壊れる可能性がある」
折角いい案だと思ったのに、駄目らしい。
注ぐのはやっぱりヒルダの魔力でないといけないとの事だった。
「それでどうするんだ? ジミーとも、クロードともキスするのか。お前は」
まるで軽蔑したような言い方を、イクシスはしてくる。
何でそんな言われ方をしなくちゃならないんだと苛立ってきたとき、部屋のドアが開いてフェザーが入ってきた。
雨の中飛んで医者を呼んできてくれたフェザーは、びしょびしょに濡れていた。
「医者を呼んできたぞ!」
フェザーの姿を見た私の頭の中に、はっと閃くものがあった。
これだ。これならいける!
希望を見出して、私はがしっとフェザーの肩を掴んだ。
「な、なんだどうした」
戸惑っているフェザーの目を真っ直ぐ見つめ、フェザーの手を取る。
そこには使い魔の証があった。
「フェザー! ジミーとキスをしてくれるかな!?」
「はぁっ!? 何を言ってるんだお前は!」
私の提案にフェザーだけでなく、クロードやイクシスも、何を言ってるのかわからないという顔をしていた。
「フェザーは私の使い魔で、水属性を分け与えているわ。魔力の質は全く私と同じのはずよ!」
どうしてそこに気づかなかったのか。
これで問題は解決だ。
「……なるほどその手があったか。使い魔としての最初の仕事だな、フェザー」
「それならお嬢様の手を煩わせずに済みますね」
イクシスとクロードがそれぞれに呟き、フェザーに目を向ける。
「何だ。何故、我に近づいてくる。やめろ……っ!」
フェザーが怯えていたけれど、これもジミーのためだ。
今私がキスをすれば、ややこしいことになる。
フェザーには悪いけど……犠牲になってもらった。
ようやくフェザーの使い魔設定が活かせました!
★4/25 修正しました。報告ありがとうございます!