【26】異空間は、便利な物置ではないようです
イクシスと一緒に街に出る。
まだレンタルした竜のグッズがあったため、イクシスに言われてそれを装着する。
人だと行けない場所もあり、竜族だと何かと待遇がいいからという事だった。
「ねぇ、イクシス。ジミーへのお土産にこれを買おうと思うんだけど、どれがいいと思う?」
「なんで獣人の国に来てまで枕を買おうとしてるんだよ。ジミーに起きてほしいんじゃないのか?」
枕を手に取った私に、イクシスがちょっと呆れたような顔をしてる。
でも寝てしまう時間が長いなら、少しでも心地よい時間を過ごしてもらいたい。
それにいい枕でいい眠りに入ったほうが、すっきりと起きれるんじゃないかと思う。
「……これがいいんじゃないか? 固すぎないし、ちょうどいい」
私の想いを説明すれば、イクシスは何だかんだいいながら枕選びを手伝ってくれた。
枕カバーはどれにしようかなと考えて、やっぱりジミーには茶色とかが似合うよねとイクシスと話しあっていたら、ふいに視線を感じて振り返る。
イクシスも同時に振り返っていて、でもそこには誰もいなかった。
「今、誰かがこっちを見てる気がしたんだけど」
「俺もそう思ったんだが……変だな。今日は朝からよく視線を感じる」
私と同じ事をイクシスも感じていたらしい。
実は朝食の後にイクシスと外に出てからずっとこんな感じだった。
店を出て歩く。
でもやっぱり視線が付きまとっている気がした。
一度気になると気になってしかたない。
イクシスも同じようで、私の隣で落ち着かない顔をしていた。
「メイコ」
名前を呼んでイクシスが腰をぐいっと引き寄せてくる。
「ちょっとイクシス! 何するの!」
抗議の声を上げる私に対して、イクシスはどこか警戒したような顔を浮かべて、しきりに後方を気にしているようだった。
「いいか次の角を曲がったら、メイコを抱いて飛ぶ。誰かにつけられている気がするからな」
「……わかった」
固いイクシスの声に、ごくりと息を飲んで頷く。
建物を曲がったところでイクシスは私を抱いて垂直に飛び上り、その店の屋上に着地した。
しばらくすると、帽子にサングラス、夏場だというのにコートを着た、見るからに怪しい男が私達がいた場所にやってきた。
キョロキョロと辺りを見渡して、くるくるとその場を回って。
あろうことか地面に座って、匂いを嗅ぐような動作を始めた。
男は長身で、歳は二十代くらい。
帽子の横からは、クリーム色の跳ねた髪が飛び出している。
……あれ、犬の獣人・ギルバートさんですよね?
出かけ前に、今日は花屋の出勤の日だから遊べないんだと、フェザーが言ってた気がするんですけど。
ギルバートの後ろに、私を抱きかかえたイクシスが降り立つ。
イクシスが肩を叩いて、ギルバートがびくっと体をすくめた。
ゆっくりとこっちを振り返ったギルバートは、しまった見つかったという顔をしている。
「……ギルバート、こんなところで何をしているのかしら?」
「偶然ですねヒルダ様。こんなところで会えるなんてこれはもう運命としか思えません!」
いや偶然じゃない。絶対これ後つけてたよね。
犬の獣人だけに鼻が利くのか、今そこで匂い嗅いでたよね?
花屋の仕事があるだろうと言えば、あなたと一緒にいる以上に大切な事はありませんなどと言ってくる。
仕事をきちんとできない人は嫌いよと言えば、わかりましたぼく頑張ってきますとキラキラした目で花屋に戻って行った。
単純で助かりはするのだけれど……ナチュラルにストーカーするのはやめていただきたいところだ。
店を見てまわって、家で待ってる子たちのお土産をたくさん買い込む。
「ねぇイクシス。まだ視線を感じるんだけど、気のせいかな?」
「それは俺も思ってた。視線というか気配だな。でもギルバートの奴は帰したし、ヒルダの命令を破るやつじゃないしな……」
二人して首を傾げる。
悪い感じはしないのだけれど、未だに誰かが側にいるという感覚がして落ち着かない。
「慣れない場所だからそう感じるだけなのかもね」
「メイコはそうかも知れないが、俺にとっては慣れた場所だ……人が多いからか?」
イクシスは納得がいかない顔をしていたけれど、考えていてもしかたないと思ったのだろう。それよりもと話を変えてきた。
「メイコ、その荷物も俺の異空間に詰め込むつもりじゃないだろうな」
私が両手いっぱいに購入した品を見て、イクシスが眉をよせる。
「獣人用の商品が多いから、つい買いすぎちゃって。まだ異空間に余裕あるでしょ?」
「……あのな、俺の異空間は本来そんな使い方をするための場所じゃない」
「えーっ、便利なのに」
異空間に荷物を押し込むことに対して、イクシスは不満げだったが渋々したがってくれた。
イクシス曰く、異空間は自分の殻で部屋のようなものだとのことだ。
よくわからなくて首を傾げると、イクシスはちょっと考えるように黙り込んだ。
「……しかたない。見たほうが早いから、異空間に連れてってやる。荷物置き場じゃないってことを教えてやるために、特別だからな」
普段は絶対人を入れたりしないんだとしつこいくらい念押しされる。
「特別に入れてやるんだからな。そこんところちゃんとわかっとけよ」
「うん? わかった」
戸惑う私の前で、イクシスが雑貨屋のドアを開ける。
その先には、木の造りが温かみを感じさせる部屋があった。
「あれ? ここ雑貨屋だったよね?」
「俺の異空間につなげたんだ。ほら、入れ」
言われて中に入る。
真ん中に大きなベッドがあって、シンプルな家具などが置かれた部屋には、観葉植物もある。
使い勝手がよさそうなナチュラル系の部屋だ。
外に出れるようになっている窓の外にはバルコニーがあって、そこから海が見えた。
「何コレ? どうして海が見えるの!?」
「景色は自由に変えられる」
驚く私にイクシスがそう言えば、外の景色が緑の心地いい森に変わった。
「異空間は俺の心と連動してるからな。ここは外界から自分を遮断して、一人で過ごすための場所だ。そこに余分なものを入れるのは、本来あまりよろしくないんだよ」
そう言ってイクシスがクローゼットを開ければ、私が買った品の数々が雪崩れ落ちるように出てきた。
……もう一度詰めなおすのは苦労しそうだ。
「えっとゴメンね、イクシス?」
「わかればいい。まぁいい、ちょっと疲れただろうしそこに座れ。茶くらい出してやる」
座り心地のよいソファーで待っていたら、イクシスがお茶をついでくれた。
ルイボスティーとかその辺りのお茶に似た味がする。
ヒルダの屋敷にはないお茶だ。冷たくて美味しかった。
「屋敷にイクシスの部屋ないなって思ってたけど、いつもここで過ごしてたの?」
「そうだ。ドアがあれば簡単に繋げるからな」
なるほど、異空間がイクシスの居住スペースだったようだ。
宿をとるときも、自分の部屋はいらないと言っていたのはこういう事かと納得する。
「イクシスの部屋って、いい感じだね。私こういうのの方が好みだな。ヒルダの部屋も嫌いじゃないんだけど、こっちの方が落ち着く」
「そ、そうか?」
思ったことを口に出したら、イクシスが珍しく照れたような顔をする。
褒められて嬉しいようだった。
「そうだ、さっき買ったロールケーキ食べない?」
宿に着いてから食べようと思ったけれど、小腹が空いた。
イクシスがそれもそうだなと言って、皿とフォークを準備してくれる。
「イクシス、もっと小さなお皿なかったの?」
ロールケーキは握りこぶし一つ分の小さなものだったのに、イクシスが用意したのはカレー皿とプレート用の皿だった。
「客がくることを想定してないから、食器がないんだ。しかたないだろ。ほらフォーク」
「ヒルダが来たりすることとかなかったの?」
受け取って尋ねれば、イクシスは嫌そうな顔になった。
「一度だけあった。どうやったのかは知らないが、人の異空間に勝手に入ってきて、寝てる俺に勝手に契約結んだんだあいつは」
どうやらイクシスのトラウマに触れてしまったようだ。
苛立った様子で、イクシスはロールケーキにフォークを突き刺す。
「人やエルフが空間を操るだけでも異常だ。なのに他人の異空間、しかも初対面の相手の異空間に入るなんて、やろうと思っても普通できない」
それに、とイクシスは続ける。
「大体異空間は、作ったやつの心の中のようなものだ。あいつのしたことは、他人の心の中に許可なく踏み入るのと同じ事で、最低の行為なんだよ」
「そんな重要なところに、私を入れてよかったの?」
ヒルダをこんなに嫌がっているイクシスなのに、ずかずかと上がりこんでお茶まで貰っていることが申し訳なくなってくる。
尋ねればイクシスは、少し考え込むような顔をした。
「……まぁいいんじゃないか? ヒルダは嫌いだが、メイコは嫌いじゃない。入れてやってもいいと思ったから招待したんだ」
「へへ、そっか。ありがと」
イクシスにそう言われて、ちょっと嬉しくなった。
思いのほか心を許してくれてるとわかって、にやけてしまう。
「こんなことくらいで、いちいち喜んでヘラヘラするな。やり辛くてしかたない。食べたら行くぞ!」
ふいっと顔を逸らして、イクシスが立ち上がってしまう。
「ちょっと待ってよイクシス!」
急いでロールケーキをお茶で飲み込んで、その後を追う。
気のせいかイクシスの耳が、ちょっと赤い気がした。
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