【25】鳥かごと、自由の鳥
さすがにクロードが心配してるだろうし、帰ろうか。
そう言えば、イクシスがその前にと、縛り上げた王を私の目の前に転がした。
「……予にこのようなことをして、ただで済むと思っているのかイクシス」
口にしていた布を取れば、王がイクシスを睨みつけてくる。
「あんたたちこそ、竜族をコケにしてただで済むと思ってるのか? 竜族は温厚だが、花嫁を奪うものに容赦はしない。前から竜族の間であんた達の評判は悪いし、里にこの件を持ち帰れば、確実に根絶やしにされるぞ? コイツに謝罪すれば、俺は心が広いから許してやってもいいんだがな」
地面に顔をこすり付けられながら睨む王に、イクシスはそう吐き捨てる。
王は顔をゆがめて黙り込んだ。
「っ……すまないことをした」
屈辱だというように、王は口にする。
全く悪いと思ってない態度だったけれど、プライドを引き換えに謝る選択をしてしまうくらいに、王は竜族を恐れているようだった。
イクシスは王を座らせて、私の方をむかせる。
「ほら、好きなだけビンタしていい。俺が許す」
「イクシス、貴様っ!」
「あぁ? なんか文句あるのかよ?」
王の鋭い眼光に対しても、イクシスは怯まない。すっと猫のように細まった眼光に睨まれ、ひっと王が喉の奥で声を詰まらせる。
「一つ問題出していいかな、王様」
「……なんだ」
私の問いかけに、イクシスに対する態度よりも尊大な感じで王がこっちを見る。
「第七王子の名前は何でしょうか?」
「そんなのいちいち覚えているわけがないだろう。子が何人いると思っているんだ」
私の質問に王は眉をひそめ、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「よーし、歯ァ食いしばれ?」
王の前にたって勢いよく振りかぶり、その頬に平手をお見舞いしてやる。
「っ貴様! 王である予に手を上げるとはなにご」
最後まで言わせないうちにもう一発。
乾いたいい音が、静寂の中に響く。
「第五王子の名前は何でしょうか?」
「……ヴィクター」
適当に尋ねたら、王が答えてきた。
「いや俺、王子の名前知らないし」
当たっているか尋ねるように、視線を向ければイクシスが呟く。
私も知らなかったので、とりあえず頬をもう一発。
理不尽だという顔を王はしていたけれど、フェザーや他の王子たちからしたら、王の方がもっと理不尽だ。
とりあえず、王子十六人分はビンタしておいた。
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すっきりしたところで宿に戻れば、遅いですとクロードに叱られた。
けど気分爽快で調子がよかったので、お小言もどこ吹く風だった。
次の日の朝。
宿屋の下の方へ下りていけばなにやら騒がしい。
他の客が口々に何か騒いでる。
気になって耳を済ませれば、その話題の中心は鳥族の国が竜にやられたという話だった。
大きな話題らしく、意見の交換が熱く行われていた。
悪戯がばれた子供の気分で、イクシスと顔を見合わせる。
ちらりとフェザーを窺えば、噂話は聞こえているようだったけれど、あまり気にした様子はないようだった。
「……フェザーの国が竜に襲われたみたいだけど、心配とかしないの?」
自分達で襲っておいて何を言ってるんだとは思ったけど、気になって尋ねる。
「我は誇り高き鷹の王族だ。だが我は、国に縛られず自由に生きるために外に出た」
「えっと……それはどういう意味?」
尋ねればフェザーは牛乳を飲んでから、コトンとテーブルの上に置く。
「あそこは鳥籠のようなところだ。せめて我だけは誇りを持って、外で自由に生きてほしいと、同じ母から生まれた第五兄上が逃がしてくださった。まぁ結局は、密猟者に捕まってしまったのだがな」
なるほど、そんな事情があったのかと納得する。
だからこの話を聞いても冷静だったのか。
てっきり王位争いで誰かに蹴落とされて、ここまで売られてきたのかと、私は思い込んでいた。
そういう汚い理由じゃなくて、お兄さんの思いやりでフェザーはここにいるらしい。
よかったと思うのと同時に。
これ、私の頑張りいらなかったんじゃ? と思った。
獣人の国から攫われて、人間に飼われていたとしか私は聞いてなかった。
フェザーは、今までその辺りの事情を一切教えてくれなかったのだ。
ヒルダを嫌っていたため、そもそも会話が成り立たなかったというのが大きい。
「フェザーは、家に帰りたいなって思ったりは」
「しない」
尋ねてみたら、言葉の途中で即答された。
「ですよねー」
脱力して呟きながら、朝食を食べるのを再開する。
そもそも、フェザーが家に帰りたくないなら。
王様がどんなやつか見に行って、嫌な思いをすることなく。
あんな風にイクシスが大暴れする必要もなかったんじゃないか。
「どうしたんだ。まるでしなくてもいい苦労をしたような顔をしてるぞ?」
私のこの落胆というか、気の抜けた感情が伝わっているくせに、イクシスが横でくくっと笑いながら尋ねてくる。
全くその通りですよと、悪かったですねと心の中で思いながらイクシスを睨む。
「あんたって、本当空回ってばっかりで面白いな。面倒だが、見てて退屈しない」
「そりゃどうも!」
全然褒め言葉になってないイクシスの台詞に答えながら、ちょっと自棄になって朝食を腹の中に収めた。
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ちょっといいですかとクロードに言われて、朝食後にクロードたちの部屋に連れて行かれた。
クロードとジミー、それとフェザーは同じ部屋なのだけれど、昨日私と別れてからジミーがずっと寝続けているらしい。
声をかけてみたけれど、まるで人形のように意識がなく起きる気配がない。
「ジミー、大丈夫かな?」
「今までで最長二日眠り続けていたことがあります。だから大丈夫だとは思いますが、ちょっと心配ですね」
私の言葉に、クロードも顔を曇らせる。
ジミーはいい子でよく手伝いもしてくれるため、クロードとは結構仲がいいようだった。
今日はクロードがジミーを見ていてくれるというので、フェザーを誘って街をまわることにする。
宿の共有スペースに行けば、珍しいことにフェザーはイクシスと一緒にいた。
「珍しいわね、イクシスがフェザーと一緒なんて」
「まぁな。何か用事か?」
声をかければ、壁を背にして腕を組んだイクシスが尋ねてくる。
「今日買い物に行こうと思うんだけど、フェザーも一緒に行かないかなと思って」
「……悪いが我はひとりで買い物を楽しみたい」
誘ってみたものの、撃沈してしまった。
ちょっと残念に思うけれど、私が嫌だから断ったというわけではなさそうだ。
フェザーはすまなさそうな顔をしていた。
「いいのいいの。ちょっと誘ってみただけだから。お小遣いはちゃんと持ってる? 迷子になったらこの宿の住所を言って、誰かに連れてきてもらうのよ。あっ、でも知らない人に着いていくのは駄目だからね? 明るいうちに帰ってくることと、この街から出ないこと……やっぱり心配になってきたから、私が着いて行っていい?」
「駄目に決まっているだろう! 我はもう十二だ。一人で買い物くらい行ける!」
心配になってきてそう言えば、真っ赤な顔で怒られてしまった。
何もそこまで嫌がらなくてもよくない?
落ち込めば、横でイクシスが笑っていた。
「いきなり過保護だな」
「あのねイクシス。ここはフェザーにとって見知らぬ街なのよ? しかもフェザーは屋敷からあまり外に出たことがないんだし。治安はいいみたいだけど、心配して当然でしょ?」
肩をすくめたイクシスの言葉に、思わずむっとして返す。
うちにいる獣人たちは皆子供の見た目をしているけれど、実年齢は高い。
しかしフェザーだけは、見た目と年齢が同じでまだ十二歳なのだ。
こんな子供を見知らぬ土地で一人歩かせるということが、私の中ではありえない。
「お前が我を……心配だと?」
フェザーが眉を寄せて、私を見ていた。
その態度を見て、はっとする。
今の私の言動は、あまりにもヒルダらしくなかった。
いくら記憶喪失という扱いになっているとはいえ、元のヒルダとかけ離れすぎた行動に、フェザーが怪しむ視線を向けてきている。
「……フェザー、あなたは自分の立場を忘れているようね。あなたは私の契約者。こんなところで問題を起こされて、いなくなられては困るのよ。宿から離れすぎない、知らない人に着いていかない、五時いや四時までに帰る。これをしっかりと守りなさい!」
あまり疑われても困るので、ヒルダらしく無駄に偉そうにかつ、高圧的に言い放つ。
フェザーが戸惑った顔をしながらもわかったと頷き、外へと出て行った。
ふぅ、どうにかフェザーを丸め込めたようだ。
そう思ってほっとしたところで、横から笑い声が聞こえた。
「ぷっ……くくっ」
「イクシス、そこ笑わない!」
フェザーが出て行ってから、イクシスが堪えていた笑いを漏らしたので注意する。
「いや、いくらヒルダのマネしたって、内容で無意味だろ。しかもなんで切り抜けたみたいな、清々しい顔してるんだよ。全然誤魔化せてないからな」
「っ、あれでいいの! 私も買い物に行くんだから、着いてきてよね!」
「はいはい、ヒルダ様」
まだ笑っているイクシスにむっとして言い放てば、適当な返事をイクシスはしてくる。
面白がられてるのが、ちょっと悔しかった。
★4/24 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!




