【23】鳥族の国は屑仕様のようです
鳥族の国は崖の上にあった。
段々と連なる家々。その一番上のほう、霞がかったお城が見える。
ちなみに下を見れば雲があって、下方には何も見えない。
ちょっと好奇心から石を落としてみたけど、音は一切しなかった。
イクシス曰くこの下には森があるらしい。
それにしても、空気が薄いのか息がし辛いような。
なんだか頭がくらくらしてくる。
「おい、大丈夫かメイコ。なんだか気分が悪そうだが」
「うん……いきなり高いトコ来たから、かも……」
「しまった。人は急に高いところ駄目だったか! ちょっと待ってろ!」
イクシスは慌てて、一旦下ろしていた私をまた抱きかかえた。
飛んで着いた先は王城。
イクシスが来るなり大きな門が開いて、中へと招きいれられた。
「ようこそいらっしゃいましたイクシス殿!」
小太りな禿鷹を思わせるおじさんが、イクシスの元へやってくる。
「悪いが医者はいるか! 妻が気分を悪くしたんだ!」
「……それは大変ですね。今すぐお呼びいたします」
イクシスの言葉に、おじさんがこっちを見た。
眉を寄せて睨まれたような気がしたけれど、それは一瞬の事ですぐに医務室のようなところへ案内される。
白い翼を持った鳥族のお医者さんが、私の体に手を翳す。
しゅるりと手のひらに魔法陣のものが出現して、青白い光を放ったかと思うと、さっきまで悪かった気分が嘘のように良くなった。
獣人なのに魔法使えるんだと思ったら、お医者さんの手の甲にはフェザーと同じで紋様があった。
フェザーのとは柄が違うけれど、色は同じで青色だ。使った魔法からすると、同じ水属性だからだろうか。
このお医者さんも誰かと使い魔契約をして、魔法使いになった口なんだなと推測する。
「体内のめぐりをよくしておきました。これで大丈夫のはずです」
「悪いな。妻はまだ竜に成りたてで、調整が自分でできないんだ」
医者の言葉にイクシスがそう言って、ベッドに寝ている私の髪を撫でる。
「イクシス殿は結婚なされたのですね。驚きました」
禿鷹のおじさんがイクシスに声をかけてくる。
「あぁもう三ヶ月になる。妻の容態が少しよくなってから……国王に会いたいんだが、謁見をお願いできるか?」
「わかりました。伝えておきます」
イクシスに頭を下げて、禿鷹のおじさんは去って行った。
「大丈夫か、メイコ」
「うん、もうよくなった。さっきのあれは水属性のゲテルっていう魔法だよね?」
心配そうなイクシスに答えれば、よく知ってるなと驚いた顔をされる。
「魔法関係の記憶はないんじゃないのか?」
「前世でやってたゲームで、属性と魔法の名前くらいなら知ってるのよ。さっきのお医者さん、ゲテルって小さく呟いてたし」
この世界である乙女ゲーム『黄昏の王冠』では、水魔法は回復系が多かった。
ゲーム内でちょっとしたステータス異常を治す呪文『ゲテル』という単語が、さっきの医者の口から聞こえたのだ。
元のヒルダは魔法使えたけれど、今の私は使えない。
というか使ったことがない。
フェザーとの使い魔契約のとき、偶然その片鱗が見えたくらいだったけれど。
――もしかしたら前世で見たゲーム内の呪文を唱えたら。
魔法がさくっと使えたりするんじゃないだろうか?
試してみる価値はあるような気がする。
むしろどうして今まで気付かなかったのかと思うくらいだ。
ただ、この『ゲテル』は水魔法だから私には使えない。
フェザーに水属性をあげてしまったのが、ちょっと悔やまれる。
この世界に属性は六つで、大抵の人は一つか二つ属性を持っている。
イクシスが言うにはヒルダは風の魔法を好んで使っていたというから、私に使えるのは風属性の魔法なんだろう。
前世のゲームでは、土属性を愛していたのでちょっと残念だなぁ。
でも、屋敷に帰ったら試してみよう。
そんなことを考えていたら、禿鷹のおじさんがやってきた。
王が会ってくれるらしい。
「メイコ、今から会うのがフェザーの父親だが……王様だから手は出すなよ?」
「? 手を出すなってどういう意味?」
首を傾げれば、イクシスは会えばわかると嫌そうな顔をした。
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「お久しぶりです陛下」
イクシスがうやうやしく頭を下げたので、隣の私もそれに倣う。
顔を上げよという声が聞こえて、そちらを見る。
高い位置にある王座に、フェザーとよく似た面立ちの壮年の男性が座っていた。
茶の髪には白が多めに混じり、体格はいい。
背には大きな翼があり、横には五人ほど美人さんを侍らしている。
王様の目つきは鋭く瞳孔が開き気味で怖い。
貫禄というか、見るものを威圧するオーラを放っていた。
間違いなくこの人が王様で、フェザーの父親のようだ。
「このたびは親愛なる陛下に、結婚のご報告に来ました」
「ほう……?」
イクシスの言葉にギロリと王がこちらを睨んだ。
それだけで心臓がきゅっと縮んだ気がする。
「イクシス、なんだこの小娘は。予の娘たちを袖にして、このような人間を選ぶというのか」
「すいません。俺の逆鱗が選んだのは、彼女ですから」
不機嫌な口調の王に、イクシスがそう言って私の腰を引き寄せる。
なかなか失礼な王様だ。
仮にも妻だって言ってるのに、本人の目の前でそんな事を言うのか。
しかも自分の娘の方が美人だみたいな言い方をしているけれど、ヒルダはかなりの美人のはずだ。
つまりは、言いがかりとしか取れない。
それに、気のせいだろうか。
私を見る目がやけにギラついている気がするんだけど。
背筋がさっきから、ぞわぞわとして落ち着かない。
「まぁいい。妻がいようがいなかろうが関係ない。予の娘たちは面倒な人間と違って、後腐れなく皆床上手だ。好きなだけ遊んで、子種を残していけ」
「……ありがとうございます、陛下」
王様の言葉にイクシスが少しの間の後、頭を下げる。
ちょっと待て。
今とんでもないこと言ったよこの王様!
仮にも奥さんいる前で、こ、子だ……遊んでけとかどういう事だ!
イクシスもイクシスで、なんでそこでありがとうございますなの!?
物凄く殴ってやりたい。
この王様、女の敵だ。
助走つけて走って、パーンって平手打ちしたい。
けど護衛に止められそうだよね。
風魔法の呪文って確か、攻撃範囲が広かった気がするなぁ。
うまく発動すれば、あそこまで届くんじゃないかな?
そんなことを考えていたら、イクシスに尻の方を抓られた。
何するのと目で訴えれば、視線で変なこと考えるなと睨まれる。
不穏な感情が、ばっちりイクシスに伝わってしまっていたらしい。
これで失礼しますとイクシスが言って、この場をどうにか立ち去った。
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「ちょっと何なのイクシス、あのおっさん!」
「メイコが会いたがってたフェザーの父親だろ」
部屋に戻って、怒りが収まらない私にイクシスが淡々と告げる。
「俺は言ったはずだ、ロクなところじゃないって。ここが竜族の里へ繋がるポイントじゃなければ、俺だって絶対に来たくないんだよ」
最悪だというように、イクシスが眉を寄せた。
「竜族の血が混じると強い子が生まれるらしくて、ここに来るたびあんな感じなんだ。竜の血が混じると、あいつらの制度内にある位が高くなるって事もあって、夜になると女が送り込まれてくる」
イクシスの故郷である竜族の里は特殊で、空間が繋がる場所と時間が限定されている。
里に戻るたびに、空間が繋がる瞬間まで鳥族の国で待機しなきゃいけないらしく、毎回それが苦痛なのだとイクシスは口にした。
特に未婚の竜族であるイクシスは狙われていて。
今までに何度もこんな目に遭ってきたらしい。
「竜を種付けの道具か何かだと勘違いしてるんだあいつら。本当腹が立つ……が、里へ帰る一番確実なポイントはここだからな」
イクシスも結構我慢しているらしい。
片手をグーにして、もう一方の手にぶつけながら、怒りを抑えているように見えた。
「それでどうする? こんなところにフェザーを帰したいか?」
「全然」
即答だった。
アレに育てられるなら、まだヒルダの方がマシだ。
「そうか、それでいい。ついでにもう少しこいつらが最低だという理由を見せてやる。ついてこい」
そういってイクシスが連れて行ってくれたのは、さっきの禿鷹のおっさんの部屋だった。
禿鷹のおっさんは、この国の宰相らしい。
「悪いが、第二王子か第五王子はいるだろうか。久々だし、語り明かしたいんだ」
「すいませんイクシス殿。第二王子は病死で死去されました。第五王子も行方不明になっております。今城にいるのは、第三王子と第八王子、第十、十二、二十、二十五王子ですね」
イクシスの言葉に対して、すまなさそうに禿鷹のおっさんが応じる。
「そうか俺がいた時より大分減ったんだな」
「えぇ、不運な事故や病気が重なりまして。残念なことです」
低いトーンで語るイクシスに、禿鷹のおじさんが首を横に振る。
いくつかイクシスは禿鷹のおじさんに質問してあと、礼を言って私と部屋に戻った。
「今の会話が最低な理由? そりゃ二十五人も王子を生ませてるのかと思わなくはないけど……」
よくわからなくて尋ねれば、それもそうだがそこじゃないと、イクシスが呟く。
「俺がここを最後に訪れたのは十二年くらい前。その時は第七王子が妃のお腹の中にいて、第二、第三、第五王子だけが生きてた。第二十五王子までいるとして、俺が訪れなかった間に十六人亡くなってるのはおかしいだろ?」
確かにそうだ。
一年に一人以上のペースで亡くなっていることになる。
「こいつら、仲間内で蹴落としあってるんだ。王子だけでこれだからな。女の争いの方も中々熾烈らしい」
いわゆる王位争いというやつか。
鳥族の国は、ドロドロと陰謀が渦巻く場所のようだった。
「じゃあつまり、フェザーも王位争いに負けてあんなところにいたってこと?」
イクシスは恐らくそうだと頷く。
フェザーは現在十二歳。
イクシスが訪れた時、妃の腹の中にいた第七王子じゃないかとの事だ。
禿鷹のおじさんによれば、第七王子は不運な事故で、遊んでいる時に谷底に落ちてしまったとのことだった。
なるほどなと思う。
どうにもこの国は、好きになれそうにない。
おそらくフェザーがいなくなって、ロクに探してもいないんじゃないかと、そんな事を思った。
「さて、これでもうわかったろ。こんな場所に長居する必要はないし、帰るぞ」
急に帰る事を謝罪する手紙をテーブルに置き、イクシスが空間を開く。
しかし、もやもやした気持ちが胸の中に溜まって、足を踏み出す気にはなれなかった。
……あの王様を、せめて一発殴ってから帰りたい。
「メイコ、気持ちは伝わってくるが我慢しろ。ここはこういうところだ。メイコが来たいっていうから連れてきたが、やっかいごとはこれ以上嫌だからな」
「……わかってるよ」
イクシスはこんな結果になることがわかっていながら、嫌な場所にわざわざ着いてきてくれていた。
相手は王様。
私だって、それくらいは心得ているのだ。
「イクシス様、失礼します。第八王女と、第十二王女がイクシス様にご挨拶をしたいとの事です」
「もたもたしてたから、厄介事が来ただろうが」
ノックして告げられた言葉に、イクシスが苛立ったように口にする。
さすがにイクシスも王族相手だと、不躾な態度を取る事ができないらしい。
ここで待ってろと、部屋の外へ出てしまった。
部屋の前でイクシスはなにやらもめているようだった。
王女の所へ行ってくださいと言われ、妻がいるから嫌だと断っているようだ。
しかし相手も中々引かない様子で、イクシスが困っていた。
私も出て行って、イクシスを援護するべきだろうかと考えていたら。
『後ろ!』
叫び声が、頭に響いた。
ジミーの声だと気付いて咄嗟に振り返れば、そこに男がいて口を塞がれる。
すぐにアルコールにも似た香りがして、くらりと目の前が白くなった。
それと同時に男の体がいきなり浮かんで、吹き飛ばされる。
「メイコ!」
イクシスの声が遠くに聞こえて。
私は意識を失った。
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