【22】竜の花嫁
さっそく鳥族の国へ行こうとしたのだけれど、その前にイクシスが買うモノがあると言い出した。
ちょっと遠いからと抱き上げられ、そのまま空を飛んで移動する。
降り立ったのは、裏路地みたいなところだった。
昼間なのに薄暗く、閑散としていた。
地下へと続く階段が姿を現し、そこをイクシスが下って行く。
「こんな怪しげなところへ行って大丈夫?」
「ここにしか売ってないものがあるんだ。はぐれるなよ」
前を行くイクシスの服をぎゅっと掴み、後についていく。
地下は思いの他明るくて、とても広かった。
眼下には街が広がっている。
店がたくさん集まり、建物には色とりどりのランプがともっていて雰囲気があった。
「凄い……!」
階段を下って街にたどり着けば、思いのほか活気があった。
小さな店が立ち並び、見たこともない品が店先に並んでいる。
魔法使いが怪しい材料を買いに来るような、そんなお店がここにはいっぱいあった。
「色んな品がここには集まってくるんだ。必要なやつには必要で、普通の奴には何の価値もないようなモノが多い」
ごちゃごちゃした道を、イクシスが人避けになってくれながら歩いていく。
開けた道の先で、イクシスは一軒の怪しい店へ入って行った。
「いらっしゃい、竜のお兄さん。そちらの彼女の品でもお探しですかぁ?」
「あぁ俺と同じので頼む。色や形はまかせた。ついでに竜族の服もあるか?」
「おまかせくださいませ。さぁさぁ、こちらへお嬢さん」
イクシスが出てきた女性店員と会話を交わし、私は奥へと誘われる。
「ちょ、イクシス! これ一体何の店!?」
「ここは色んな種族の耳や尻尾、翼のレプリカをレンタルする店だ。鳥族の国に翼のないやつは入国できない。飛べはしないが、レプリカでもそれっぽく動くからな」
戸惑う私にイクシスが説明して、そこにあった椅子に座る。
「じゃ待ってるから、早く着替えてこい」
「わ、わかった」
イクシスにそう言われ、店員さんに連れられて奥の部屋へ進む。
「いやぁ、竜族の彼氏さんなんていいですねぇ! うらやましいですぅ!」
「彼氏じゃないですよ」
きっぱりと店員さんに言えば、照れなくてもいいのにと言われ、どの翼と尻尾がいいですかと尋ねられた。
「やっぱり色を合わせて赤ですか? でもお客様の瞳の色に合わせるとやはり緑でしょうか」
真空パックを施された布団のような、翼と尻尾たちが目の前に並べられ、店員さんがその中から緑の翼と尻尾を手に取る。
それを直に肌へと密着させ、店員さんが何か呪文をとなえれば、尻尾と翼が私の肌にくっついた。
重さはそれほどなく、動かそうと思った方向へ尻尾が動くのが面白い。
魔法で感覚を共有させているから、本物のように動かせるのだそうだ。
それから服を着替えさせられる。
まさか下着までとは思わなかった。
尻尾があるから当たり前か。
そう思いながらも、尻尾がある獣人って皆お尻の部分に穴が空いたパンツを……と想像したら面白くなってきたので、考えるのをやめた。
竜族の服だというチャイナ服っぽい衣装に着替えて、角もセットしてもらう。
鏡に映ったヒルダは、とても素晴らしく魅力的だった。
胸があるとチャイナ服って色っぽいよね!
ヒルダの体だしいいかなと、少し胸元に空きがあるセクシーなやつを選んでみた。
何が凄いって、谷間がある。寄せてもあげても、断崖絶壁だった前世の私とはポテンシャルが違う。
大胆なスリットから太ももが出ているけれど、それがまた似合っているとしか言いようがない。
ヒルダって見た目だけなら私の理想なんだよね。
色っぽくて、出るとこ出てて引き締まっている。
顔立ちも美人系だし。
こんな女性になりたかったなぁという姿を体現した感じだ。
いいよねこの体。そう思いながら鏡を見つめていたら、一瞬背後に人の姿が見えた。
振り返っても誰もいない。ジミーに似た少年が後ろにいた気がしたんだけど……。
心臓がドクドクと脈打つ。
何だかここ数日、ふとした瞬間に誰かの気配を感じる事が多い。
なんだろう、疲れてるのかな。
しかもジミーがそこにいる気がするって……幽霊じゃないよね?
あの手紙のことがあるからか、ちょっと不安で怖くなるんですけど!
宿に戻ったらジミーが……なんて、縁起でもないので考えるのをやめる。
気を取り直して、ヒルダのチャイナ姿を堪能してからイクシスの所へ戻った。
「じゃあ早速出かけるか」
「……イクシス反応薄くない? かなり似合ってると思うんだけど」
不満を漏らせば、イクシスが何を言ってるんだお前はという顔をする。
「似合うと思ってはいるが、いちいち口に出さなくちゃいけないのか」
「いやもっと感動してくれてもいいんじゃないかなと」
この興奮を分かち合いたかったのに、淡白な反応が面白くなくて唇を尖らせる。
「美人だとは思うが、ヒルダは好みのタイプじゃないしな」
「……そうなの?」
「なんでそこで意外そうな顔をする?」
思わず驚いた私に、イクシスが眉を寄せた。
「いやイクシスって結構遊びなれてる様子だったから、こういう美人タイプが好きかなって勝手に思ってたんだけど」
「遊び慣れてるってお前な……メイコの中で俺の扱いは一体どうなってるんだ? 言っとくが俺は来たら拒まないだけで、遊び人ってわけじゃない。付き合ってるときはそいつ以外と何かしたりもしないしな」
イクシスの声が低くなり、不機嫌になってしまう。
「遊びなれてるなんて言って、ごめんなさい。イクシスの女の子に対する扱いがスマートだったから、そうなのかなって思っただけで、褒め言葉みたいなものだから!」
「嘘くさい」
手をパンと前に合わせて謝ったのに、ふいっとイクシスが顔を背けて歩き出してしまった。
どうやら傷つけてしまったようだ。
「イクシス、ごめん! ごめんなさいってば!」
つかつかと歩くイクシスに置いていかれないように歩きながら、謝る。
地下街を抜けた先で、ようやくイクシスは立ち止まってくれた。
くるっとこっちを振り返って、額にでこピンしてくる。
「っ!」
「別に怒ってない。ちょっとこの間の仕返しをしたかっただけだ」
額を押さえた私に、にっとイクシスは悪戯っぽく笑う。
「なんだ、脅かさないでよ」
許してくれるみたいで、ほっと胸を撫で下ろす。
「あと一応言っておくが、俺はヒルダみたいにキツイ性格の奴は全く好みじゃない。ヒルダが好みみたいに言われると腹が立つ。そこはちゃんと覚えとけ」
「はい……すいませんでした」
反省してますと態度に表すと、イクシスは目の前で空間を裂いた。
「ちょっと待ってイクシス。竜に変身しなくていいの?」
「いつも鳥族の国には、獣人の国から空間を渡って行くんだ。ルートがすでにあるから、人型でも速度は落ちるが問題ない」
ほらこいと、イクシスが手を差し出してくる。
イクシスに抱き上げられ、星空のような空間へと私は進んだ。
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鳥族の国へと繋がる空間の割れ目の前で、イクシスが私を下ろした。
「今から鳥族の国へ行く。メイコの設定は俺の花嫁だ。わかったな?」
「えっ? あっ、うん」
いきなりそんな事を言われて少々戸惑う。
「翼がレプリカで飛べないとばれても困るから、竜に成り立ての妊婦ってことにする。それなら危ないから飛ばないって理由が通るからな。過保護な旦那のふりして、毎回俺が抱きかかえて飛んでやる。それっぽく振る舞えよ?」
そういう事はもう少し早く言ってほしかった。
心の準備というものが私にもあるのだけれど……文句は言えない。
私とイクシスは、新婚ほやほや。
それでいて私は妊娠三ヶ月という設定で決まった。
「ところで、竜に成り立てってどういう意味? 若い竜ってこと?」
「……竜族の男には、人族の女に子を産ませて竜族にする方法が伝わってるんだ」
私の質問にたいして、イクシスが髪をかきながらちょっと弱った顔で答える。
「種族が変わることってあるの!?」
「普通は無い。竜族の男と人族の女の組み合わせ限定だ」
驚く私にイクシスが呟く。
「なぜか、竜族は男ばかりしか生まれない。だから竜族の男は、成人になったら一人で花嫁を捜して旅をするんだ。他の種族と結婚するやつもいるが、その場合竜の子は生まれない。人族の女だけが竜の子を生めるんだ」
「イクシスも旅の途中だったりするの?」
「……まぁな。面倒だからもう喋るな」
質問すれば、何故か急にイクシスは疲れたように溜息を吐く。
その表情は、元の世界の従姉妹のお姉さん(三十路独身)が親戚にまだ結婚しないの? とお決まりの台詞を言われてウンザリしてる顔とよく似ている気がした。
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