【19】癒しの時間が、一瞬でホラーに変わりました
獣人の国は、当たり前だけれど獣人がいっぱいいた。
おじさんから若いお姉さんまで、皆猫耳や犬耳をつけている。
今まで獣人は少年しか見たことなかったから新鮮だ。
「それにしても、イクシスって獣人の国に詳しいのね」
「この街は結構長い間滞在してたんだ」
この辺りの場所の説明をしながら、私達を先導して歩くのはイクシスだ。
そもそも空間を繋ぐ術は、一度その足で行った場所しか繋ぐ事ができないのだとイクシスは教えてくれた。
「慣れ親しんだ場所だから、空間を繋いで三日で行けるんだ。あまり馴染みのない場所だと、空間を捉えるのに時間がかかる。地図によるとこの花屋じゃないのか」
イクシスが立ち止まり、視線を向けた先には一軒の花屋があった。
探偵から、ここで犬の獣人・ギルバートが働いているとの情報を私達は貰っていた。
こそこそと建物の影から、花屋の様子を窺う。
大柄で純朴そうな顔立ちの二十代前半くらいの青年が、花に水をやっていた。
太めで下がり気味の眉に、おっとりとした雰囲気。
クリーム色の少し癖のある髪の中には、ぺたんとした犬耳が見える。
しっぽはここからみえないけれど、エプロン姿がよく似合っていた。
犬にしたらおそらく、ゴールデンレトリバーとかあの辺りの大型種じゃないだろうか。
まとうおおらかな空気が、そう想像させた。
「ギルバート……生きていたのか!」
どうやらあの青年がギルバートで間違いないらしい。
フェザーが感極まった様子で、その名を口にしていた。
その目には少し涙があって。
友達がそこに生きていることを、心から喜んでいるようだった。
その様子を見て、連れてきてよかったと心から思った。
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クロードがギルバートの元へ行って、会う約束を取り付けてくれた。
ギルバートの仕事が終わって、夕方。
まずは私がギルバートと話をすることにする。
念のため護衛としてイクシスも一緒だ。
クロードが取ってくれた店の個室に、ドキドキしながら足を踏み入れた。
「ヒルダ様っ!」
「ぎゃっ!」
いきなり抱きつかれそうになり、イクシスがギルバートと私の間に入る。
「落ち着け。いきなり飛び掛るな」
「……あ、ヒースさんお久しぶりです!」
イクシスがそう言えば、今初めてそこにいると気付いたかのように、ギルバートが挨拶をする。
礼儀正しいというか、少しマイペースな子という印象を受けた。
「ヒルダ様、ぼくに会いにきてくれたんですか? それとも殺しに? あぁどちらでも嬉しいです!」
恨まれているかと思っていたのだけれど、それは全くの見当違いだったようだ。
キラキラとした瞳をギルバートは向けてくる。
イクシスが庇ってくれてるからその場に留まっているけれど、ヒルダを抱きしめたくてうずうずしてる感じが伝わってきた。
「げ、元気にしてたようでよかったわ」
「あぁ……ぼくのこと、忘れずにいてくれたんですね。それだけで幸せです」
ヒルダの一言で、もう死んでも後悔はないくらいの喜びようをギルバートは見せてくる。
ベタ惚れと言ってもいいくらいの勢いに押され、思わず後ずさった。
私、記憶喪失……というか、別人だからギルバートの事ほとんど知らないんだけど。
なんて、軽々しく口にはできない雰囲気だ。
「残念だがギルバート。ヒルダは記憶喪失になった。だから、お前のことも忘れてる。ここに来たのは、お前をどうして屋敷から追い出したのか、その理由を確かめたいってコイツが言うからだ」
どうしようか悩んでいたら、イクシスが助け舟を出してくれる。
私の戸惑いを感じ取ってくれたようだ。
こういう時だけは、イクシスの感情を読み取る能力に感謝したくなった。
「それじゃあ、ぼくのことも……忘れてしまっているんですか?」
ギルバートが悲しげな顔になり、罪悪感がチクチクと刺激される。
感情を前面に出してくるので、物凄く対応に困った。
「ごめんなさい。でも、気になったからここにきたのよ? どうして私があなたを追い出したのか、そのあたりから聞かせてもらえるかしら?」
しゅんとしたギルバートに、できるだけ優しく言い聞かせると、わかりましたとギルバートは頷いてくれる。
ヒルダに恋をしたギルバートは、大人に変身できるようになった。
このまま体の繋がりができれば、完全な大人になってしまう。
でもヒルダに触れたくてしかたなかったギルバートは、覚悟を決めてヒルダと結ばれ、大人になった。
ギルバートはどうやら、好きな人に大人にしてもらったことを一生の思い出にして。
そのまま死のうと考えていたようだ。
ヒルダに捨てられるなんて、耐えられなくて。
ギルバートは捨てられる前に、ヒルダに自分を殺してもらおうと考えた。
尻尾を切ってヒルダに差出して。
自分を殺して、尻尾だけでもお側においてくれと頼んだらしい。
「……尻尾を切って、渡した?」
「はい。ヒルダ様以外に振る尻尾なんて、ぼくにはありませんから」
意味がわからなくて口にすれば、あっさりとギルバートは頷く。
寿司にわさび入りませんくらいの手軽さで言ってくれてる内容が、驚くほど頭の中に入ってこない。
そういえばヒルダの部屋に、犬の尻尾を模したモップがあったなぁ。
そんな事をふと思い出す。
フェザーが敵に見せられて、ギルバートの尻尾だと勘違いしたほど、よく出来た犬の尻尾っぽいモップ。
丁度ギルバートの髪の色と似た色で、執務室の机にいつも置いて愛用してたんだけど。
……あれモップだよね?
執務机の上においてカスが出たときに使ったり、もふもふしたりする癒しグッズだとばかり思ってたんだけど、違うの?
確かに質感リアルだったけど、取っ手とかついてたよアレ。
フェザーの事件があって後に見つけたら、取っ手も壊されてて。
根元についてたリボンも無くなってて、ただの尻尾にしか見えなかったけども。
ちょ、やだ。
やめようよ……。
私の癒しの時間がホラーに彩られていくよ。
まさかあれが本当に犬の尻尾だなんて、思うわけがないじゃないの……。
というかヒルダさん。
ギルバートくんの愛の証をモップにしちゃうってどういうこと!?
そしてヒルダもおかしいけど、ギルバートくんも大概だよ!
従順ワンコに見えるけど、どう考えてもその行動病んでる。
確信持って言えるよ!
人間に置き換えてみたら、あなた以外から貰った指輪は嵌めませんからと、薬指切り落としてプレゼントしたようなものじゃないの?
ヒルダは何故か尻尾受け取って、リボン付けてモップにしちゃってるけども、普通はドン引くよ!
目の前で語ってくれるギルバートは、二人の思い出の一ページといった顔で語ってるけど、そんな生優しいものじゃない。
やっている事は結構エグイというか、かなり重いです。
しかし、ギルバートはそんな猟奇的なできごとを普通に語ってるんだよね。
昔手をつないで公園歩いたよね、みたいなノリで。
純朴でまともっぽく、人がよさそうなギルバートがそんな風に口にすると、こっちの反応が間違ってるんじゃないだろうかと思えてくる。
もしかして、これがこの異世界での愛情表現としては普通……だったり?
そう思ってイクシスを見たら、私と同じくドン引きしていた。
どうやら私の感覚は普通だったようだと、安心する。
純朴ワンコに見えて、ギルバートは相当なヤンデレのようだ。
もはやこの時点でギブアップしたくなったけれど、話をさらに聞いてみれば。
ヒルダはギルバートの殺してくれという願いを、叶えてはくれなかったらしい。
「あなたはワタクシの所有物。勝手にその身に傷をつけるなんて許されると思ってるのかしら。不愉快だわ。殺す価値さえない」
そう言ってヒルダは、包みを一つだけギルバートに渡して外の世界へ放りだした。
中に入っていたのは獣人の国への行き方が書かれた紙と、そこに行くまでのお金。
それと渡航証明書と、獣人の登録証だった。
「ヒルダ様は優しくて残酷な方です。罰として獣人の国で、ぼくに待てを命じられた。死ぬよりもヒルダ様と離れて過ごすほうが、ぼくにとって辛いということをわかってる。ぼくの全てを理解して、最大の罰を与えてくださる……」
うっとりとした顔で、ギルバートは口にしていますが。
……もはや私には理解不能な領域に達していました。
助けを求めるようにイクシスを見れば、目が合う。
その顔は「ヤバイ、こいつが何を言ってるのか理解できない。助けてくれ」と私に言っていて、同士を見つけて安心した。
よし一旦落ち着こう。
あまりにも猟奇的すぎる愛に、頭がスパークしそうだ。
これヒルダさんがギルバート捨てたっていうよりも。
重すぎる愛に耐えられなくなって、ヒルダがギルバートを遠ざけただけじゃないの!?
「ヒルダ様は、ぼくを忘れてしまったのですね。あなたから離れる以上の罰があるなんて……、んっ思っても見ませんでした。さすがは……ヒルダ様です」
なんでそこで顔赤らめて、吐息もらして興奮しているのかなギルバートくん。
わかりたくもないですけども、もしかしなくてもギルバートくんは少々Mっ気があるのですかね!?
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……なんかもう、頭が痛くなってきたので早々にギルバートとの会話を切り上げて、部屋を退出しました。
外ではフェザーがうずうずとした様子で待っていて。
行ってくるといいよと告げれば、嬉しそうに部屋の中へ入って行く。
「お嬢様、それにイクシスも顔色が優れないようですが、何かありましたか?」
クロードが心配そうな顔で声をかけてきてくれて。
それが妙に心に染みた。
まともなクロードが、一種の清涼剤のようだ。
私とイクシスは、抱え込んだ内容に耐え切れなかった。
クロードと一緒にいたジミーには刺激が強すぎるので席を外してもらって。
洗いざらい、クロードに事の顛末を説明した。
「なるほど、そういう事でしたか」
「……クロード驚かないの?」
きっと私とイクシスに共感してくれると思っていたのに、クロードときたら話を聞いて平然としていた。
「お嬢様は一度所有物としたモノを、最後まで自分のモノとして扱ってくれる。この身を捧げたのがお嬢様でよかったと、心底思いました」
胸に手をあてて、噛み締めるようにクロードが口にする。
……そんな美談じゃなかったと思うんですけど。
まともだと思っていたクロードも、実は結構アレなのかもしれない。
そんな事を思いながら横を見れば。
イクシスが私と同じで、残念なものを見る視線をクロードに送っていた。
★4/18 誤字修正しました。報告助かりました!
★2020.11.10 誤字修正しました。報告ありがとうございます!




