【1】すでに詰んでます
「ふふっ、可愛いじゃない。うちの服もよく似合っているわ。こんなところへワタクシを呼び出してどうしたの?」
私の口が言葉を紡ぐ。でも私の声じゃない。
目に映るこの状況を、私はどこか他人事のように眺めていた。
目の前には扉があって、光が差し込んで眩しい。
その扉の前には、執事服を着た少年がいて。
逆光で顔は見えないけれど、スカートの裾を摘んで、彼の待つほうへと階段を登っていく。
見せたいものがあると彼はいう。
どうにか階段を登りきるというとき、少年が手を差し伸べてきた。
ふっと私は笑みをもらして、その手を当然のように掴んで。
「えっ?」
そのまま突き放された。
少年が遠ざかる。
浮遊感が体を襲う。
助けを求めるように伸ばした手は空を掴み。
その視線の先にいる少年に目を向ければ。
――少年の口元は、笑みの形を作っていた。
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「お嬢様! 目を覚ましたのですね! 大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」
目覚めると私はベッドの上に寝かされていた。
朝の眩しい光の中、横から青年がこちらをほっとした顔で覗き込んでいる。
二十代前半くらいと思われる、西洋風の整った顔立ちをした青年。
銀色の髪に青い瞳で、すこし下がり気味の眉が人のよさそうな印象だ。
モデルさんか何かかな? と思うほどのイケメンだ。
頭が痛い。
というか、私は何でこんなとこで寝てるんだろう。
上半身を起こして、髪をかきあげたところで異変に気づいた。
手が自分のものじゃない。
白くてほっそりとした手は陶器みたいで、爪の先まで手入れが行き届いていて、真っ赤なマニキュアをしていた。
仕事に支障があるからこんな風に爪を伸ばす事を私はしないし、そもそも私の手はわりと荒れ放題だったはずなのに。
手をぼーっと見つめていたら、それをそっと青年がにぎってきた。
「屋上へ続く階段の下に倒れていて、三日も寝たきりだったのですよ。このまま目覚めなかったら……置いていかれてしまったらどうしようかと思いました」
今にも泣き出しそうな顔で、青年がそんなことをいう。
寝てないのか、その目元には隈があった。
「どうなされたのですか、お嬢様。やはりまだどこか痛みますか」
何でも言ってくださいというようすで、青年が私を見上げてくる。
彼は誰だろう。
とてもニホン語がお上手なようだけれど。
そもそも、お嬢様ってなんだ。
私は普通のOLで、そんな風に呼ばれる覚えはない。
あまりにも疲れすぎて、記憶のない間に変なサービスでも頼んでしまったんだろうか。
辺りを見渡せば、一人暮らしの我が城とは全く違う内装。
私の寝ているこのベッドは3人くらい寝れそうなほど大きいし、レースのカーテンが付いている。お姫様がつかうようなヤツだ。
広々とした部屋にはロココ調とでもいうんだっけか、なにやらアンティークな家具の数々。
絨毯はふかふかでとんでもなく高そうだなぁとそんなことを思った。
どうしよう。
何をしてこんな状況になったのか思い出せない。
確か大好きな乙女ゲームの続編の発売日に、面倒な事が起こって残業することになって。
それを急いで終わらせてアニメ○トにギリギリで滑り込んで、家に帰って早速ゲームだと張り切っていたら、私を追ってきていたらしい同僚に掴まった。
こいつがまたやっかいなヤツで、高校時代からの知り合いなのだけれど、何かと私に絡んでくる。
けど今回はこいつのフォローをして残業することになっていたため、そのお礼をしたくて追いかけてきたらしい。
気持ちは嬉しいけれど、そんな事より切実にゲームがしたい。
口にはもちろん出さないけれど、オブラートにつつんでお断りしたのに、中々に引き下がってくれなくて。
もめてるところに運転操作を誤ったのか、トラックがつっ込んできて直撃。
なるほど、私死んだのか。
そうなると、ここは死後の世界ということに。
半分冗談気味に心の中でそんなことを思う。
正直まだ寝起きで頭がぼーっとしていた。
「お嬢様」
考え込んで黙っていたから、不安にさせてしまったらしい。
青年が心細そうな声を出した。
「あっ、ごめん。大丈夫だから」
答えてから、その声が自分のモノじゃないことに気づく。
自分の体を見下ろせば、たわわな白い果実。
胸元が強調されるような服を私は着ていた。
服の前部分にある紐は緩められていて、いまにも零れ落ちそうだ。
おもわず触る。
揉んでみる。
柔らかい。
私が憧れてやまなかった大きなお胸様がそこにはあった。
「すいませんお嬢様。寝苦しそうだったので、すこし緩めさせてもらいました」
いきなり自分の胸を揉みだした私から視線をそらしながら、青年が答える。
もしかしてと思っていたけれど、これで確信した。
この体は私のモノではない。
視界の端に映る髪は艶やかで金色に輝いていて。
肩下まであるその髪の手触りはとてもよかった。
髪をいじりながら、この状況について頭を巡らせていたら、ふいにノックの音がして。
青年が許可をだすと一人の男の子が部屋に入ってきた。
黒の髪に蜂蜜色の目が美しい、十歳くらいの男の子。
キリリとした目鼻立ちは、大人になったらさぞかし格好よくなるだろうことを想像させる。
というか、一瞬で彼が大人になった姿が私の頭の中に思い浮かんだ。
「あーっ!」
指を差して思わず叫べば、男の子はびくっと体を引きつらせて、私を見た。
「新入りのアベルがどうかしましたか、ヒルダ様」
青年が訝しげな顔で私に尋ねてくる。
男の子は、私をとてつもなく冷めた瞳で見つめていた。
その瞬間、私は唐突に気づいた。
ここは、私がどっぷりとはまっていた乙女ゲーム『黄昏の王冠』の世界だと。
そして理解する。
どうやら自分がこの『黄昏の王冠』の世界に、転生をしてしまったらしいという事を。
元々……前世の私は、日本という国で普通にOLをやっていた。
給料は周りの他の会社よりちょっといいけれど、入社二年目で残業たっぷり社畜気味。
そんな私のストレス発散兼生きがいという名の趣味は、乙女ゲームをプレイすること。
最近特にはまっていたのが、この『黄昏の王冠』だった。
西洋ファンタジー風味の、魔法もありな世界観。
主人公の少女は、魔法学園に入学し、そこで出会う素敵な男の子達と恋を育んでいくという、女性向け恋愛アドベンチャーゲームだ。
そしてその攻略対象の一人が『アベル・オースティン』。
爽やかなのにどこか陰のある美少年で、その実腹黒でヤンデレ。
重い過去から女性不信気味であるアベルは、純粋に見える主人公の裏を暴きたくて壊したくて近づいていくのだけれど。
主人公を知るにつれて、人を利用するような生き方しかしてこなかったアベルは、自分の醜さを恥じるようになり。
苦しみながらも主人公を求めずにはいられなくて……みたいな、ストーリの持ち主だ。
幼いアベルは母親と一緒に暮らしていたのだけれど、美少年好きな未亡人にお金で買われて、唯一の肉親と引き剥がされて。
そこできっと口では言えないような、主にレーティングにひっかかるようなことをされたんだろう。
全年齢版だからそこのところぼかされているけれど、妄想逞しい有志たちによる薄い本はそこのところが凄いことになっていた。
いやまぁ、それは置いといて。
それによって性格の捻じ曲がったアベルは、その未亡人にとりいり、全財産を自分に行くよう仕向けて後に殺してしまうのだ。
もちろん表向きは事故に見せかけて、自分の手が汚れないように。
そうして彼女の家であるオースティン家を乗っ取ったアベルは、当主として勉強をするために魔法学院へ入ってきて、主人公と出会う。
そんな乙女ゲーム『黄昏の王冠』において、私の立ち位置は。
主人公ではなく。
攻略対象とか、サポートキャラでもなく。
ましてや、主人公をいびるライバルキャラでもない。
私の予想が正しければ……。
嫌な予感に、胸がざわつく。
「ヒルダ様が階段から落ちたと聞いて、無事かどうか見に来たんです。元気な姿を見れただけで十分なので、失礼します」
アベルは少し顔を出しただけで退出してしまった。
心配していたみたいな言い方だけど、顔が「なんだ生きてたのか」みたいな感じで今にも舌打ちしそうだった。
「ねぇ、ちょっと確認していいかな!? 私のことに関して色々教えて欲しいんだけど!」
まさかまさかと思いながら、横にいた青年を質問攻めにする。
青年は戸惑いながらも、一つ一つそれに答えてくれた。
この世界での私の名前は、『ヒルダ・オースティン』。
エルフ族と人間のハーフで、金の髪と翡翠の瞳。
すこしとんがった耳がチャームポイントの、気が強そうな魔性の美貌を持つ少女。
現在二十歳で前世の私の歳と同じ。
見た目年齢的には十八歳くらいに見えた。
まだ若いのにもう七十すぎた人間のおっさんに嫁がされ、すぐに夫は亡くなって。
ヒルダはお金をありあまるほど持つ未亡人となったのだと、青年は教えてくれた。
ゲーム内で、アベルが主人公に語った過去を思い出す。
彼は十歳の時に、屋敷に買い取られたらしい。
まぁつまり私は。
ヤンデレな攻略対象の過去のトラウマを作り上げ、本編が始まる前にはすでに攻略対象の手で殺されている悪役キャラなのだ。
本編が始まる前に、すでに死んでいる。
なんて立派な死亡フラグなんでしょう!
転生に気づいたばかりなのに、この先詰んじゃってますけど!
★4/9 誤字修正しました。報告ありがとうございます!
★4/18 誤字修正しました。報告助かりました!