【17】私の使い魔とその好物
「い、今のは何だったんだ。この模様は一体……?」
目の前で起こったことにフェザーは戸惑いを隠せない様子で、自分の手の甲に現れた桜の花のような模様を見つめていた。
足元に魔法陣が展開され、水柱が私とフェザーの周りを囲って。
それが集約されるように、フェザーの手の甲の模様に吸い込まれて行った。
私も呆然としていたけれど、ここでフォローしておかなければとはっとする。
「それは私との契約の証。私の下僕になったからには、これくらいで驚かれては困るわよフェザー。あんなの【世界の運命を握る存在】の二つ名を持つ、私の力の一割にも満たないのだから。けど、久々に力を使ったせいかしら。封印されし右目の力が疼いている……!」
ぐっ、と前かがみになって顔を歪め、右目を押さえる。
「こ、これより上があるというのか!」
私の迫真の演技に、フェザーは驚愕を顔に浮かべてよろめいた。
効果は抜群のようだ!
……しかし、イクシスがドン引いた顔で私を見ていた。
フェザーが立ち去って後、正気に返る。
「恥ずかしい……死にたい……」
「あれを見てた俺の方が恥ずかしい。メイコの分の感情までプラスされてるから、二倍は恥ずかしい」
顔を覆って恥ずかしさに身悶える私に、イクシスが追い討ちをかけてくれた。
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イクシス曰く、私はフェザーをうっかり使い魔にしてしまったらしい。
使い魔とは、魔法使いが自分の魔力の一部を分け与え使役するものだ。
その対象は無生物、動物と多岐にわたる。
イクシスやクロードはヒルダに命を握られており、それで主従関係が成り立っている。
それとは違い、使い魔契約は命を代償とはしていない。
信頼関係の上に成り立ち、従属を約束させる代わりに自らの魔法属性の一部を分け与え、対象を魔法使いにしてしまう契約だ。
大抵は自分の思い入れのあるモノや、懐いている動物や獣人に行うこの契約。
魔法の力を与えるから、主人のために頑張ってくれ。
本来は、そんなノリの契約となっている。
この世界の魔法は、発動するとき一人一属性しか使用できず、同時に他属性を展開することは出来ない。
それでいて大抵全七種の属性のうち、一人が持っている属性は一つか二つだ。
他の属性の魔法を使う才能があろうとも、使わなければ宝の持ち腐れ。
自分で使わない属性は、使い魔に付与して有効活用する。
それがこの乙女ゲーム『黄昏の王冠』の基本だった。
魔法を使える種族は色々いるけれど、獣人は生来魔法を使えない。
そのため獣人は魔法使いの使い魔として属性を付与するのに丁度よく、ゲーム内で人気があるという設定だった。
私はどうやらヒルダの中にあった、水の魔法の力をフェザーに付与したらしい。
つまりフェザーは私のせいで、水属性の魔法使いになってしまったのだ。
ちなみに使い魔契約は基本的に一生もので、使い魔にあげた属性は本人が使うことはできなくなる。
使い魔が亡くなった時のみ、属性が本人に返ってくるとの事だ。
まさか、フェザーを使い魔にしてしまうなんてね……。
予想外の事態だ。
私が死ねばフェザーも死ぬ。
その誓約が交わされたと信じきっているため、フェザーの私に対する態度はよくなった。
警戒はしているものの、あからさまな敵意は向けてこない。
しかし、これってフェザーの危険度自体は上がってるんだよね……。
枷から解放されて空を飛べるようになって。
鋭い爪だけでなく、フェザーは水を操る力という武器まで手に入れてしまったのだ。
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「お嬢様! フェザーを使い魔にするなんて、一体何を考えてるんですか!」
使い魔契約の際、ど派手に水柱が上がり閃光も走ったたため、クロードに私がした事がばれました。
現在、お説教の最中です。
「私も使い魔にするつもりはなかったのよ? 私の命を狙わないって、約束させるだけのつもりだったの」
「私の許可なく牢屋からフェザーを連れ出して、そのような真似をすること自体がありえません」
上目遣いで機嫌を窺うようにクロードを見たけれど、取り繕う隙はなかった。
今すぐにでもフェザーを処分しましょうと言いかねない雰囲気だ。
「私を守るって約束してくれたし、もうフェザーはあんな事をしたりしないわよ」
「誓約をしたと思い込んでいるうちはいいです。あの契約に拘束力がないことに気づけばどうなりますか? 今度は、前よりもやっかいな魔法の力を持っているんですよ?」
クロードの言ってることは、ごもっともだった。
「落ち着けクロード。今回のは俺にも責任があるからな。フェザーがヒルダに危害を加えるそぶりを見せたら、容赦なく殺す。それでいいだろ?」
「よくありません。一度フェザーに出し抜かれたあなたの約束は、確実性に欠けます」
イクシスが私を庇ってくれたけれど、クロードは引かなかった。
「俺がまたフェザーなんかに不覚をとるとでも思ってるのかよ」
「一度あることは二度あると言いますから」
イクシスとクロードの間に、冷ややかな空気が流れる。
あまりよろしくない状況だった。
「大丈夫だって。ギルバートにさえ会えれば、フェザーも私に対する見方をちょっとは変えるだろうし。信頼関係を結んで味方にしちゃえば、むしろ心強いでしょ?」
「そう上手くいきますかね……?」
自分でも甘すぎるなと思う希望的観測に、クロードが大きな溜息を吐いた。
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「フェザー、一緒にお茶しましょう?」
「守るという契約はしたが、お前と仲良くなる気はない」
木の上にいるフェザーに声をかけても相変わらずで、スキンシップが取れない。
少しでも信頼関係を作っておきたいのに、本当頑なだ。
このままじゃまずいかもなぁなんて考えていたら、馬の獣人・エリオットが私の服の裾をひっぱってきた。
「フェザーと仲良くなりたいの?」
「うん、あまりうまく行ってないんだけどね」
溜息混じりにそういえば、エリオットは着いてきてという仕草をした。
どうやらエリオットに何か考えがあるらしい。
困っている私に、あの無気力だったエリオットが、手を貸してくれようとしている。
間違いなくエリオットは、現在花組の中で一番成長していた。
ちなみに、猫の獣人・ディオとウサギの獣人・ベティは相変わらずだ。
この二人は生まれた時から花街にいるせいか、エロいことに対する抵抗ゼロで、気持ちよくて楽しいことを追いかける傾向がある。
彼らにとって、それは辛い事から身を守るための手段だったのかもしれない。
でも、勉強や嫌だと思うことをしないでそちらに逃げてしまうため、成長という点ではあまりいい成果は出てなかった。
エリオットはどうするつもりなんだろう。
私の力になろうとしてくれている事に、胸の奥がほんわかと温かくなる。
エリオットはウサギの獣人・ベティの手を引いてきて、私に渡してきた。
「フェザー、ウサギ好き。ベティ大きいから、プレゼントしたら……喜ぶ」
「えっ? ベティとフェザーって仲いいの?」
そんな風には見えなかったし、二人が絡んでいるところを見たことなかったから驚く。
「仲良くないよ! フェザー時々ぼくを見てよだれ垂らすんだもん!」
ベティが、物凄い勢いで否定して、エリオット酷いとなじる。
えっ、好きって肉的な意味?
食物連鎖的な何かが獣人内で見えたんですけど。
「いやいやいや、エリオット! さすがにそれは駄目でしょ!」
とんでもない提案に、思わず突っ込む。
ベティはちょっと涙目だ。
いい考えだと思っていたのか、エリオットは心なしか残念そうに見えた。
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しかし、エリオットの提案したプレゼント作戦はいいかもしれない。
そういうわけで、それから頻繁にウサギの丸焼きを夕食に用意してみた。
ウサギの獣人・ベティが涙目だけれど、フェザーの夕食の席への出席率は上がったので効果はあると見ていい。
ちなみに獣人と動物って、本人達曰く別の生き物らしい。
正直どうみたって共食いだろ! と思うけれど、そこは突っ込んじゃいけないんだろう。
しかしやっぱり自分と同じ見た目のモノを食べるのは抵抗があるらしく、ベティはウサギを食べない。
しかし鷹の獣人・フェザーは、鳥のくせに焼いた鳥も大好物のようだ。
本日の料理、鳥の丸焼きを美味しそうに頬張っている。
「鳥の獣人なのに、鳥食べるんだ?」
「……ウサギに味が似てるからな」
質問すればフェザーが答えてくれた。
会話が成立しただけで、近づけた気がして嬉しい。
その瞳がベティの方に向いているのは……見なかったことにした。
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