【16】はったりと、契約と
鷹の獣人・フェザーの協力者は、ヒルダの部屋を護衛している騎士のうちの一人だった。
クロードの部下が見つけた時点で事切れていて、逃げられないと思って自害したのだろうという事だ。
どこの手の者か調査させると、クロードは言っていたけれど。
「よくある事だから、気にするな。誰から狙われてるかなんて、思い当たる節が多すぎて考えるだけ無駄だ」
イクシスはそんな事を言う。
ヒルダがこの領土を治めることをよく思ってない奴に、ヒルダの生家からの刺客、昔ヒルダが痛めつけた貴族。
他にも色々ヒルダは恨みを買っているのだという事だった。
「なんで実家からも刺客がくるの?」
「ヒルダは父親がエルフの王族で、母親は奴隷身分の花寄人だ。でもその魔法の才はエルフの中でも規格外で、王族として迎え入れられた」
イクシスが言うにはエルフは魔法優位な社会で、女の方が断然魔力が強いため女王制となっているとのことだった。
ヒルダは人間とのハーフで、その上人間に嫁いでいるものの、その存在を王位を狙う姉妹たちに危険視されているようだった。
「何しろ八歳で空間を操り、伝説の存在である竜を従えてるんだからな。化け物と言われて、危険視されてもしかたないだろ」
「竜と契約ってそんなに凄いの?」
肩をすくめたイクシスに尋ねれば当たり前だと口にして、竜族がどれだけ恐れられていて強いのかを聞かせてくれた。
「そんな強い竜族であるイクシスを従えるなんて、ヒルダって凄いんだね」
「……別に油断してなければ、あんな奴どうってことなかったんだ」
感心してそういえば、むっとしたようにイクシスが口を尖らせる。
「じゃあヒルダが凄いわけじゃなくて、イクシスがうっかり屋ってことなのね?」
「それはそれで……なんかムカつくな」
イクシスは複雑な心境のようだった。
本当扱いが難しい。
「まぁともかくだ。おそらくは死んでいた護衛騎士が首謀者で、フェザーは利用されたと考えていいだろうな。鍵を盗んだのもそいつだろ」
フェザーの枷を外し、自由に飛べるようにして後、私を襲うよう唆して。
私とイクシスの仲違いも利用し、ヒルダを殺そうと企んだんだろう。
イクシスはそう考えているようだった。
「けどな、例え利用されていたとしても、フェザーをお咎めなしっていうのはどうかと思うぞ。牢屋から出してチャンスを与えるにしても、誓約で縛るくらいは必要だ」
「誓約って、イクシスやクロードとやってる契約みたいなもの?」
イクシスは私の言葉に、そうだと頷いた。
「でも私にそれできるの?」
「今のメイコには無理だろうな。相手の真名を掌握するというだけでも、コツや才能がいるし、誰かの運命を縛る魔法はかなり複雑で高度だ。失敗すれば己の身にはね返るから、危険も高い」
尋ねればあっさりとイクシスはそんな事を言ってくる。
「じゃあ無理じゃないの」
そう呟けば、まぁ焦るなとイクシスが宥めてくる。
「ようはフェザーに誓わせて、誓約したと思い込ませればいいんだ。本来の誓約がどういうものかなんて、子供にはわからない。それにプライドが高い奴だから口にしたことは守るだろ」
大切なのは、フェザーが誓いを守ると自分に約束する事だ。
イクシスはそう言って笑った。
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イクシスに、フェザーのいる牢屋へ案内してもらう。
「なんだもう我の処分が決まったのか」
現れた私に、開口一番フェザーはそう言った。
何もかも覚悟の上で私を襲ったのだと、その言葉でわかった。
瞳は未だに私への憎しみの炎が消えてなくて。
一瞬たじろいでしまったけれど、私の背後にはイクシスがいた。
それだけで少し勇気が出てくる。
「ギルバートは獣人の国にいるわ。一週間後、一緒に会いに行きましょう」
どうして私を殺そうとしたのかなんて、聞いたところで「憎いからだ」と言われて会話が終了するのは目に見えている。
だから私はそう切り出した。
「……? 何を言ってるんだお前は」
思いっきりフェザーに変な顔をされた。
「記憶喪失前の私は、ギルバートを捨てたわけじゃなくて、獣人の国に送り返していたの。これが渡航証明書よ」
フェザーに紙の束をつきつければ、それを受け取って眺め始めた。
そもそもフェザー、あまり勉強しているように見えなかったけど文字読めるのかな。
獣人の国って、人間と文字共通なんだろうか。
「これはどういうことだ。あいつはギルバートを捨てて……殺したんじゃなかったのか?」
そんな事を考えながらじっと待っていたら、フェザーがわけがわからないというように呟いた。
どうやらフェザーはちゃんと文字が読めるらしい。
それよりも気になったのは、ギルバートをヒルダが殺したとフェザーが口にしたことだった。
「殺したってどういう事?」
「俺に鍵をくれた奴がそう言ったんだ。ヒルダの部屋にあったものだと言って、ギルバートの尻尾を俺に見せて。どっちが真実なんだ!?」
私の問いに、錯乱したようにフェザーが叫ぶ。
どうやらフェザーは、ギルバートがヒルダに殺されたと敵に吹き込まれたらしい。
大切な友人の犬の獣人・ギルバートが死んだなんて認めたくない。
けれど、生きているという希望を口にするのが、憎んでいるヒルダで。
その事が、余計にフェザーを混乱させているようだった。
「ギルバートが死んでいるか、生きているか。そんなこと、その目で確かめればいいことでしょう? 牢屋の中で悩んだところで答えが見つかるのかしら」
畳み掛けるなら今だ。
できるだけ偉そうに、馬鹿にした調子で口にする。
努めてヒルダっぽくしたつもりだけれど、こんな感じでいいのだろうか。
ゲーム本編にヒルダは出てこない上、私はヒルダとしての記憶なんてほぼない。
とりあえず、他者を遥か高みから見下ろす感じで行けば問題ないはずだと思っている。
「獣人の国へ行く事は、あなたにとって損はないでしょう?」
「……何を企んでいる」
ヒルダが善意でこんなことをするはずないと、その真意を疑う視線をフェザーは向けてきた。予想通りだ。
「簡単な事よ。私と契約を結びなさい。その心に、私に従い守り抜くことを誓約してもらうわ」
「何故、我がお前などを守らねばならない!」
「別に私はいいのよ? ここであなたを殺しても。その場合、ギルバートがどうしてるのか一生分からずじまいになるわね」
激昂するフェザーを煽るように、くすりと笑う。
ぐっとフェザーは言葉を詰まらせた。
ギルバートがどうしてるのか、心配でしかたないんだろう。
本当は誓約の内容を、『私を殺さない』程度にするつもりだったのだけど。
でも、それだと契約を結ぶ理由として弱いと、イクシスに言われて『私を守る』に変更していた。
「どうせ死ぬなら、心残りはない方がいいんじゃないかしら?」
「……わかった。誓約をしよう」
ギルバートの安否とプライドを天秤にかけて、ついにフェザーが折れた。
気位の高さはあるけれど、友情にはとても厚い子のようだと好ましく思う。
牢屋を守っていた使用人を脅して扉を開けてもらい、フェザーを出す。
それからイクシスも含めた三人で、庭へと向かった。
異世界の空は紺色で星が散りばめられていて綺麗だ。
青白い月の光の下、白い薔薇が咲いたエリアは幻想的だった。
「これから誓約の義を執り行うわ」
物々しく口にすれば、フェザーが息を飲む。
「私はあなたをギルバートに会わせてあげる。その代わりあなたは、私を守り従うことを約束しなさい。約束を破れば死が訪れるわ」
覚悟があるなら、これを受け取りなさいと腕輪を差し出す。
ヒルダのコレクションの中から適当に取ってきた腕輪だ。
何か形に残したほうが、約束を思い出しやすいかなと思って持ってきてみた。
「……お前を守り従うことを誓おう」
不本意だがというように、フェザーが腕輪を手に取ってはめる。
「よし、これで契約完了ね!」
「これだけなのか? もっと派手な何かがあると思っていたぞ」
一仕事終えたと清々しく笑った私に、フェザーが胡散臭そうな眼差しを向ける。
「……第一段階がという意味でいったのよ。少しここで待ってなさい」
「わかった」
私の言葉に、素直にフェザーが従う。
「イクシス、どうしよう!?」
「知るか。魔法っぽい呪文を唱えて演出するくらいやってみせろ」
小声で助けを求めれば、イクシスがそんなことを言う。
魔法っぽい呪文か。
しかし私はまだこの世界で魔法を見てない。
真似しようにもよくわからない。
ふと、思い出したのは、歳が離れた中学二年生の弟の事。
特に目が悪いわけでもないのに眼帯をして、コンタクトで瞳の色を変えて。
常に弟は翻訳するのに苦労する、意味のあるようで特に意味のない言葉を口にしていた。
まさか、あいつが役に立つ日がくるとはね……。
「待たせたわね。それでははじめましょうか」
くっくっくっと弟の真似をして片目を隠しながら、低く含むように嗤う。
フェザーが怯えたように構え、イクシスがちょっと引いた。
これはかなり恥ずかしい。
しかし演出としては成功しているように思える。
それにしても、弟はいつもこんな冷たい視線に耐えているのか。
あの子ったらメンタル太いな!
ここは恥を捨てるんだ私!
覚悟を決めて、フェザーと手を合わせてそれっぽく格好を付ける。
「我が名はヒルダ・オースティン。深淵の深き底より目覚めし古の力よ、我の声に耳を傾けよ。煉獄の炎の化身よ、永久に鳴り止まぬ風の音よ。祝福の泉の精霊たちよ! 我の新たなる忠実な僕フェザーに、誓約の証しを施せ!」
目を閉じて、弟が普段使っているような言葉を適当に並べて、堂々とまくしたてる。
深淵の深き底って内容重複してない? とか、煉獄の炎ってなんだよとか冷静になって考えたら負けだ。
恥ずかしさのあまり、繋がる手が熱を帯びている気がする。
「おい馬鹿! 何してるんだ!」
そんな事を考えていたら、イクシスが焦ったように叫んで。
目を開ければ、私とフェザー足元に巨大な魔法陣のようなモノが出現していた。
発光するその大きな円の周りを水の壁が取り囲み、魔法の力と思わしきものがその中でまるで電流のように時折瞬く。
「ん、なっ!?」
驚いてフェザーと重ねていた手のひらを離せば、私達の周りに渦巻いていた水流が、しゅるりとフェザーの手の甲に吸い込まれていく。
全てが納まったときには、フェザーの手の甲に紋章が出現していた。
クロードやイクシスの胸に刻まれているのとは、また違った文様だ。
「何が起こったの?」
「お前、フェザーを使い魔にしてどうするんだ……」
呆然と呟いた私に、イクシスが頭が痛いというように額を押さえて呟いた。
★4/18 誤字修正しました。報告助かりました!
★8/6 エルフの王位が男女関係ないとの記述があったため、「女王制」に修正しました。イクシスの台詞内でヒルダの父親をエルフの王から、エルフの王族に変更しました。誤字修正を行ないました。