【14】足枷と自由の翼
馬の獣人エリオットがイクシスから私を引き離してくれて後。
「そんなに俺とキスするのは嫌で、気持ち悪かったのかよ。悪かったな」
イクシスは苛立ったようにそう告げて、飛び去って行った。
その顔には傷ついたような雰囲気があって。
嫌がりすぎたかな……と反省する。
別にイクシスが嫌だったわけではなく、初めてのキスがあれというのが嫌だっただけだ。
イクシスは謝ってくれてたのに、大人気なかったなぁ。
そんな事を考えていたら、クロードが私に手紙を持ってきた。
犬の獣人・ギルバートの足取りを追わせている、探偵からの手紙だった。
報告によれば、ギルバートが獣人の国に入国したのは間違いないらしい。
現在獣人の国に潜入し、さらなる足取りを調査中との事。
一週間後にはいい知らせを届けられるだろうとの事だった。
この探偵、適当に雇ったのだけれどなかなか優秀みたいだ。
ギルバートはどんな生活をしてるんだろう。
ヒルダを恨んでいるだろうか。
……どう過ごしていようとも、一度会ってどうしているか確認して話をしておくべきだ。
獣人の国へ行くのを一週間後にして、それまでに準備を整えようと決める。
旅の間の子供たちの世話は、すでにベビーシッターのセバスさんにお願いしてあった。
けどセバスさんだけでは大変なので、もう一人ベビーシッターを追加。
妹の手術代を得るため自らショタハーレムに志願した、家族思いな子の母親だ。
この間まで屋敷でメイドとして働いてもらっていたのだけれど、こっちの方が適任なんじゃないかと今更気づいたのだ。
柔らかでおっとりとした優しそうな女性で、彼女の子供がとても素直でいい子なのは、明らかに彼女の影響だ。
母性溢れる雰囲気ですさんだ子供達の心を癒してくれるんじゃないかと、密かに期待している。
「息子共々、ヒルダ様に精神誠意尽くさせてもらいます!」
ベビーシッターをお願いすれば、心から陶酔した様子で彼女は私にそう言ってきた。
そうキラキラとした眼差しが汚れなくて、もの凄く眩しかった。
娘の手術代を払った上、家族まとめて面倒を見てやっているような状態だからだろう。
彼女は体が弱いけれど働き者のようだったし、息子の方は真面目で他の子たちの面倒を見てくれたりするので助かっている。
クロードに出発の日を伝え、獣人の国へ行けるよう旅の支度をするように頼む。
ヒルダの夫の弟に、最大で二週間留守にするので、何かあった時の対応をお願いする旨を書いた手紙を送るように指示する事も忘れない。
ギリギリこの長さの期間なら、代理がなくても役所によろしくしておけば大丈夫らしいけれど、何かあったときに代理はいないよりいた方が絶対いいからだ。
ギルバートが獣人の国にいることが確定したので、フェザーに獣人の国に行くことを話しに行こうかな。
その前に一旦部屋に寄ろうと、廊下を歩く。
一言に獣人の国と私はまとめているけれど、人間と同じように小さないくつもの国があって、獣人たちの国も成り立っているようだ。
ギルバートがいると思われる国は、獣人の国の中でも多種多様な種族が暮らしていて、栄えている場所。
それでいてフェザーたち鷹の獣人が暮らす国は、鳥系の獣人だけが住んでいるようだ。
フェザーの親は王族らしいから、事前に手紙を送って、面会をお願いしておいた方がいいかもしれない。
そこまで考えて、ふと思った。
今更なんだけれど。
――フェザーの親からしたら、私って息子を攫って、ペットとして飼っていた悪人にしか見えないんじゃないだろうか。
しかも王子様なんだよね、フェザーって。
王子を攫って、ペットとして飼うって字面だけで凄いよね。
犯罪の匂いしかしないよ。
どうかんがえてもコレ私、犯罪者というか悪役だよね?
保護してただけだって、ちゃんとわかってもらえるかなぁ……。
って、そこまで考えて、不安になったところで思ったのだけど。
ヒルダさんは、フェザーに枷と首輪つけて鞭で叩いたりしながら、ショタハーレムの一員として扱ってたわけで。
これ保護っていうか、誤解も何もあったものじゃないよね。
むしろ悪役そのもので、弁解の余地なし!
いっそ清々しいほどに有罪だった事忘れてた!
よし、ちょっと落ち着いて考えてみようか。
王子を攫う行為は、どう考えても重罪だ。
それでいて、こんな扱いしていたなんてことがわかったら、捕まった犯人はどうなるか。
脳内シミュレーション開始。
結果、百パーセント死刑。
フェザーの親に会って、渡してもいいか判断する事しか頭になくて、相手からヒルダがどう見えるかまで考えてなかった。
危ない危ない。
死亡フラグ折りに行くつもりが、地雷原に裸で突っ込んで行くところだったよ!
もしも親に会うとするなら、私に保護して貰ってたんだと、フェザー自身に証言してもらうしかないよね。
でもフェザーはヒルダ嫌ってるしなぁ。
今までの恨みもあるだろうし、土壇場でヒルダを裏切る可能性もありそうだ。
そうなるとどちらにも真実を伝えずに、こっそり親の様子を確認した方がいいかもしれない。
それで大丈夫そうだと判断したら、フェザーを親元にそっと帰そう。
まぁ王族って言うくらいだから、お金持ちだろうし環境には恵まれていそうなイメージなんだけど。
でもちょっと気になるのは、王子であるフェザーが、そもそもどうしてここに攫われてきちゃったのかって事なんだよね。
仮にも王子がそんな簡単に攫われていいものなんだろうか。
考えてもわからないし、全ては親に会ってからだ。
ギルバートの事はともかく、親に会いに行くことはフェザーにはまだ内緒にしていよう。
そう決めて、机の側に歩み寄る。
獣人の国に行くとなれば、枷を外してもフェザーがこの屋敷から逃げることはないだろう。
枷を付けたままのフェザーを獣人の国で連れまわす事はできないし、そのまま親元に帰す可能性もある。
今の内に枷がないことに慣れて貰おう。
机の側に行き、フェザーの足枷を外すための鍵が入っている小箱を手に取る。
蓋を開けて固まった。
――鍵がない。
ヒヤリとした汗が、背中を伝った。
その時風が室内に吹き込んできて、そちらを見る。
二階にある私の部屋のバルコニーに、羽ばたきながら舞い降りたのはフェザーだった。
大きな茶色の翼には、白と黒の斑点模様。
ふわりとそのつま先が床について、優雅に着地する。
足首は細く、痛々しい赤い跡があった。
室内に入ってきたフェザーの手の爪は、長く鋭く尖り。
私を見つめる目には憎悪があって、こちらを見つめている。
引き結んだ唇と、眉間によったシワが、私への怒りを表しているようだった。
「フェザーなんで枷が?」
「……」
無言でフェザーは私に走ってきて、その鋭い爪で体を切り裂こうとしてきた。
「ぎゃっ!」
どうにかそれを紙一重でよける。
続いて二撃目。
頬にかすって、赤い血が流れた。
常に危険と隣り合わせなヒルダ。
その部屋の前にも、庭側にも何時だって見張りがいる。
クロードと守護竜のイクシス、それとヒルダが一番お気に入りだという少年一人を除いて、私の許可が無ければ部屋に入れない。
鍵を勝手に取るのは不可能なはずだ。
「フェザーどうやって鍵を手に入れたの!?」
問いに答えず、フェザーは攻撃の手を休めない。
「イクシス!」
混乱しながらも、部屋の中を逃げ惑いながら助けを呼ぶ。
咄嗟にクッションを盾にしたけれど、その鋭い爪の前では何の意味もなさなくて、フェザーの手がクッションを突き破った。
「イクシス!!」
名前を呼んでも私の守護竜は姿を現さない。
――なんでイクシスこないのよ!?
手当たり次第盾にして、フェザーの攻撃を避けるため走り回る。
何度叫んでもイクシスが来る気配はなかった。
ドアを開けて、廊下に出ようとしたけれど近づくたびフェザーに邪魔されてしまう。
かなり叫んでいるけれど、廊下の護衛には聞こえないのだろうか。
ヒルダの部屋は、防音使用なのかもしれない。
けど、庭の護衛はフェザーが侵入したことに気づいたはずだ。
窓も開けっ放しなんだから騒ぎに気づいてもいいはずなのに、全く来る気配もない。
……頼れるのはやっぱりイクシスだけだ。
なのにどうして、こんなに叫んでも無視するのか。
焦る頭で考えて、喧嘩中だったことに気づく。
とうとう壁際に追い詰められてしまった。
「どうやら見捨てられたというのは本当らしいな。信頼してた相手に裏切られる気持ちが少しはわかったか? ギルバートはこれ以上の絶望を味わったんだ」
暗い喜びに満ちた瞳をフェザーが私に向ける。
狩る側の笑みが、その口元にはあった。
このままじゃ駄目だ、死んでしまう。
例え遠くにいたって、私の感情はイクシスに伝わっているはずだ。
なのになんでイクシスは来てくれないのか。
本気で呆れられてしまったということなんだろうか。
誰かに頼らなくちゃ、身を守れない自分が嫌で、それでいてイクシスが来てくれないことが悲しい。
確かにさっきまで言い合いはしていたし、付き合いは短いけれど。
約束は守ってくれる人なんじゃないかと思っていた。
「死ね」
そう言ってフェザーが私の心臓めがけて尖った爪を突き立てようとして。
「おい、フェザー何してやがる!」
間一髪、その手を止めたのはイクシスだった。
そのままフェザーの腕をねじり上げ、イクシスが床に押さえ込んだ。
その姿を私は呆然と眺める。
「遅れて悪かった。もう大丈夫だ」
イクシスがそう言ってくれて。
今更怖くなって、腰を抜かすようにして私はその場にへたり込んだ。