【13】たかがキスとはいいますけれど
昼下がりの午後。
私は庭の白く丸い円形のテーブルに座って、お茶を楽しんでいた。
ウサギの獣人ベティと、猫の獣人ディオは、私が特注で作らせたサッカーボールが気に入ったようで庭で追い掛け回している。
鷹の獣人フェザーの姿は見当たらないけれど、きっといつものようにどこかの木によじ登って空を見上げているんだろう。
私の側には、馬の獣人であるエリオットが大人しく座っていた。
そもそもサッカーボールを作らせた一番の目的は、エリオットに遊んでもらうためだったのだけれど。
エリオットはとても無気力で、ボールに一切興味を示さなかった。
「なぁ、悪かったって」
もぐもぐと黙って無表情でクッキーを食べるエリオットの頭を撫でる。
けど毎日こうやってお茶を一緒に飲んで、髪を梳いてやって。
エロイことの変わりに、膝枕でお昼寝を促したりしてるうちに、多少懐いてきてくれたように思う。
……相変わらず目は死んでるけど。
「おい聞こえてるんだろ。無視すんなメイコ!」
エリオットは獣化ができなくなって、競走馬としての価値がなくなって。
今まで優しくしてくれていたご主人に、裏切られて花街に売られた経緯がある。
その傷ついた心はきっと、こうやって少しずつ触れ合っていくことでしか癒していけないんじゃないかと思っている。
甘いもの好きみたいだし、今度手作りしてあげようかなとそんな事を思う。
「悪かったって言ってるだろ。機嫌なおせ」
……人が考え事をしているのに、視界にぬっとイクシスが顔を出す。
さっきからしつこい。
ツンと顔を逸らしてやった。
あのファーストキスを奪われるという事件から早三日。
私はイクシスと一切口を利いてなかった。
この竜ときたら、デリカシーがないにもほどがある。
慰めの言葉さえ、私の繊細なハートを遠慮なく嬲ってくるのだ。
しかも本人に悪気ないのがさらに性質が悪い。
「たかがキスくらいでこんなに怒ると思わなかったんだ。こんなに謝ってるだろ。そろそろ許してくれ」
ほら、イクシスったらこの通りですよ。
たかがキスですって。
私なんかと違って、モテモテなイクシスさんにとって、キスなんてその程度ですよね。
「……なんか目が怖いぞ。しかも擦れた感情が伝わってくるし。何で謝るたびに機嫌悪くなるんだよ。いい加減にしろよメイコ」
イクシスが若干逆ギレし始めると、いきなりエリオットが立ち上がった。
そして私を挟んで反対側にいたイクシスの方に歩いていく。
イクシスを見上げ、じーっと見つめる。
「な、なんだよ」
「……」
無言で見つめられ、イクシスは居心地悪いのかたじろいだ。
ふいっとイクシスから視線を逸らすと、エリオットは私の手を引いて歩いていく。
「ちょ、ちょっとエリオット!?」
戸惑いながらもエリオットに手を引かれるまま着いて行く。
さすがのイクシスも、エリオットのらしくない行動に拒絶の意志を感じたのか、その場で立ち尽くしていた。
イクシスからかなり離れた木の根元に、エリオットは腰を下ろす。
もしかして、私をイクシスから助けてくれたのかな。
そんな事を考えていたら、虚ろな瞳を私に向けてエリオットは自分の膝を叩いた。
「膝枕、する」
ここに寝ていいということらしい。
「……えっと、それじゃ失礼します」
エリオットがこんな事を言い出すのは初めてだ。
ちょっと警戒しながらも、恐る恐る頭を乗せる。
エリオットは私がいつもやるように、いい子いい子と頭を撫でてくる。
その意図が分からなくて、エリオットを見つめる。
真っ白な髪に、白い肌。
相変わらず無表情だけれど、私の頭を撫でる手つきはどこか一生懸命だ。
「気持ち良いことと、寝てるときだけは。嫌なこと……忘れられる」
ぽつりぽつりとエリオットは呟く。
だから眠れというように。
そこまでされてようやく、慰めてくれていたんだと気づく。
ここ三日間くらい、私は落ち込みモードだった。
私を思いやってくれたんだと思うと、胸にじんわりと温かなものが滲んでくる。
何かエロイ展開に持っていくつもりじゃないだろうなと、一瞬でも疑った自分が恥ずかしくなった。
がばっと起き上がって、ぎゅーっと思いっきりエリオットを抱きしめる。
「もう、ホント可愛いっ! 慰めてくれてありがとうエリオット!」
「……苦しい」
嬉しくて仕方なくて力任せに抱きしめれば、エリオットが呟く。
「ご、ごごめん! 力入りすぎた? 骨折れてない?」
そんなことはないとわかっているのだけれど、馬という力強そうな存在の獣人なのに、エリオットは儚い雰囲気だから心配になる。
ぺたぺたと体を触っていたら、ふっとエリオットの口元が緩んだ。
……笑った。
一瞬だったけど、確かにエリオットが笑った。
「どうしたの?」
自分では気づいてないのか、エリオットは首を傾げる。
小さな、小さな変化だったけれど。
確実に変わってきてると気づいて。
「エリオット可愛いっ!」
嬉しくなってまたエリオットをぎゅーっと思い切り抱きしめた。