【番外編13】おねだり
1日遅れてしまいましたが、2周年記念の番外編となります。
結婚後のある一日のお話。糖度高めとなっております。
そしてもうちょっと続きます。
今日はあたたかな春の日で、イクシスと庭でお茶をしていた。
なんだか最近、少し寂しい。
馬の獣人のエリオットに鷹の獣人のフェザー、そして元暗殺者のレニが全寮制の学園に入ってしまって屋敷にいないからだ。
日本でOLだった私がやっていた乙女ゲーム、『黄昏の王冠』。
その黄昏の王冠の舞台になっている世界に、私は転生した。
ゲームでは本編開始前に死んでいる悪役・ヒルダ。
攻略対象の1人であるアベルの過去のトラウマで、唯我独尊の女王様。
ハーフエルフの未亡人で、屋敷には13人の少年を囲っている筋金入りのショタコンであらゆる方面から恨みを買いまくっていた。
日本で事故にあった後、ヒルダとして目覚めたときは人生詰んだな!と思ったけど。
どうにか屋敷の皆とも仲良くなって、今私はここにいる。
まぁ、実際には転生してたわけじゃなくて、魂が入れ替わってただけなんだけどね!
今は元の朝倉メイコの体で、のんびりと異世界生活を送っている。
「エリオット達がいないだけで、こんなに静かなのね……」
「エリオットの奴はもともと大人しいだろ。フェザーとレニがいないのが大きいな。あいつら元気だから」
私の呟きに、イクシスが答える。
主、主というフェザーの声も、気づけばそっと私の横に立つエリオットもここにはいない。
こんなふうに屋敷の少年達も段々成長して離れていくのかなと思うと、やっぱりもの寂しさを覚えてしまう。
いや、皆が立派に育ってくれることはいいことなんだけどね。
「なんだ、寂しいのか?」
「エリオットとフェザーとは、特に仲がよかったからね。最初の頃を思えば、かなり成長したというか大人になったというか、私がいなくてももう大丈夫なんだろうなって、思うんだけど……」
自分で言ってて、ちょっと拗ねてるみたいだなと思う。
学園行きが決まってからフェザーは楽しそうだったし、エリオットも私に甘えてくることが少なくなっていた。
「俺はあの二人が学園に行ってくれてよかったって思ってるけどな。メイコとふたりっきりの時間を邪魔されずに済む」
紅茶を飲みながら、イクシスがさらりとそんなことを言う。
イクシスは結婚してから甘いというか、ストレートで戸惑う。
「メイコは俺と一緒にいるのに、あいつらのことばっかり考えてるんだな。俺達、一応新婚なんだが?」
側にやってきたイクシスに、頬をつままれた。
私がエリオット達のことばかり考えているのが、気に入らないらしい。
「あいつらに使ってた時間を、俺と過ごせばいいだけの話だろ。大体あいつら、もうすぐ学園に行って会えなくなるからって、この間までメイコにべったりだっただろうが」
「……もしかして、嫉妬してたの?」
「久々のふたりっきりなのに、メイコが俺に集中しないから悪い」
手を引かれて、椅子から立ち上がる。
イクシスの右手が指を絡めてきて、もう一方の手が私の腰を引き寄せた。
「い、イクシス!?」
「今庭に誰もいないだろ。子供達の教育にあまりよくないからとか、メイコはいつも言うよな。俺はそれも気に入らないんだ」
焦って周りを見渡せば、イクシスがますます不機嫌になる。
屋敷の少年達がいる前でもイクシスは距離が近くて、こういうことは人がいないときにと言い含めてあった。
「夫婦なんだから、堂々としてればいいだろ。どうしてコソコソしなくちゃいけないのかわからないんだが?」
イクシスの声が低い。
実は相当不満を募らせていたらしい。
納得がいかなければ引くつもりはないといった態度だ。
イクシスはスキンシップが激しい。
両想いになる前は淡泊なタイプかなって勝手に思ってたんだけど……その予想は全く違っていた。
「竜の里の儀式の間では、甘えてくれてたよな。屋敷に帰ってから冷たくないか?」
「だって屋敷には皆がいるし、ほらその……知ってる人の前でいちゃいちゃするのは恥ずかしいでしょ?」
「いや、全く」
即答だった。
よく考えれば、イクシスの父親はあのニコルくんだ。
人目なんて気にせずにいちゃいちゃしている両親を見て育ったイクシスにとって、きっと夫婦の姿はアレなんだろう。
さすがにあそこまで、人前でべたべたするのはどうかなとは思うけど。
イクシスが求めてくれるのは嬉しいし、もうちょっと私が素直に甘えるべきなんだろう。
頭をよぎるのは、前にイクシスと別れてしまったときのこと。
もっといっぱい応えてあげればよかったと、ずっと後悔していた。
イクシスの体に顔を押し付けて、ぎゅっと抱き着く。
こうすると落ち着くけど、ドキドキとする。
頭を撫でられるのも好きだし、イクシスの香りも好きだ。
「前よりはマシになったけど、俺からこうやってねだらないと、未だにメイコは相手してくれないよな」
これでもイクシスはまだ許してくれないらしい。
確かにいつも私が受け身な気がするけど、自分から甘えるってどうやったらいいのかな。
考えてはじめて、自分は人に甘えたことがあまりないんだなと気がつく。
寂しい、相手してほしい、かまってほしい。
その気持ちは、相手にとって負担になる。
当たり前のように――そう思いこんでいた。
どうしてかな?って考えれば、原因は子供の頃にある気がした。
母さんは忙しくて、迷惑になりたくなかったから。
でも、イクシスには……私からそれを望んでもいいのかもしれない。
「私からねだっても……いいの?」
「当たり前だろ」
あきれたような口ぶりだけど、私の髪をなでるイクシスの手は優しい。
私の面倒なところも、弱いところも。
イクシスは丸ごと受け止めてくれる。
甘えて頼ってもいいんだと思ったら、好きだなって気持ちが急にこみあげてきた。
「じゃあ、その……今キスしてほしいな……とか言ったらダメ?」
おねだりすれば、イクシスの目が見開かれた。
しまった! つい勢いに任せて言っちゃったけど。
今私、物凄く恥ずかしいこと口走ったよね!?
「ご、ごごめん! 今のは忘れて!!」
走って逃げようとすれば、手首をつかまれてしまう。
「逃げるな。キスできないだろ?」
「えっと、あのその……!」
イクシスはいたずらっぽく笑う。
形のよい唇が近づいて、そのまま優しくキスをされた。
「そうやって俺にしてほしいことを全部言え。そしたらこうやって、いっぱい甘やかしてやるから」
頬に額に、そっと触れるような口づけをされる。
くすぐったくて、それでいて心地いい。
「それを全部言ったら、バカップルになっちゃうと思うんだけど……」
「へぇ? それは楽しみだな」
赤くなってうつむく私の顔を、イクシスが嬉しそうにのぞき込んでいた。