【2巻発売お礼SS】ある夏の暑い日/イクシス視点
PASH!ブックスより2巻が発売されましたので、記念のSSとなります。遅くなってすみません。
時系列は獣人の国から帰ってしばらく経ったくらい。
書籍の扉絵に関わるお話なので、書籍を購入された方へのお礼に少しなるかな……と思っております。よければどうぞ!
甘い香りがする。
香りを追っていけば、屋敷の別館にある調理場で、メイコが鍋をかき回していた。
鼻歌まで歌ってご機嫌だ。
「何を作ってるんだ?」
「あっイクシス! ちょうどいいところに! これ、味見してみてよ!」
メイコが小皿に鍋の中身を少しだけいれて手渡してくる。
少しとろりとした、青い透明な液体。
……怪しすぎて、口をつける気にならない。
「そう警戒しなくても大丈夫だよ! この色は、毒消しの薬にも使われる魔草から抽出したから、口に入れても安全だし」
メイコがそういうならと、おそるおそる青い液体を舐めてみた。
「少し薬っぽい味はするが……普通のシロップだな」
「よかった! これでブルーハワイは完成だね!」
「ぶるーはわい? なんだそれは」
「かき氷にかける、青い色をしたシロップだよ! 前世でよく食べてたかき氷のシロップなんだけど、ちょっと再現してみたくなっちゃって。他にもイチゴ味、レモン味、メロン味があるよ!」
得意げにメイコが見せてくれたのは、目に痛い赤や黄、緑のシロップだった。
どれも体に悪そうな色をしている。
氷に砂糖を溶かした透明なシロップをかけたり、ジャムをかけるのは見たことがある。
けれど、メイコが作っているような色つきのシロップは見たことがなかった。
「これを作るために色々苦労したんだよ? 色の再現のために、色んな植物から成分を抽出したり、果物の皮から香料を作ったんだ!」
本当、食べ物のこととなると労力を惜しまないなこいつは。
自慢げな様子に感心していいのか、呆れていいのかわからずにいたら、メイコの表情がふいに曇った。
「どうしたんだ?」
「ううん。とても上手くできたのに、皆そもそもかき氷シロップのことを知らないから、この凄さを共有できないのが少し寂しいなって。まぁ……しかたないんだけどね」
尋ねれば、ははっとメイコが笑う。
伝わってくるのは、諦めと気落ちした感情。
メイコはもう元の世界では死んだ存在だ。
故郷へ帰れない寂しさは、そう簡単になくなるものじゃない。
思い出して構わないし、好きなだけ泣いたっていいと思う。
俺じゃ共有することはできないかもしれないが、寂しいときに側にいることはできる。
メイコが一人で泣きさえしなければ……それでいい。
なんとなく頭を撫でてやれば、波が引くようにメイコの感情が穏やかなものへと変わっていく。
身体の力を抜くようにメイコが俺に寄りかかる。
その重みが、何だか妙に心地よくて。
しばらくそうしていたら、メイコが俺を見上げて笑った。
「ありがとね、イクシス」
嬉しそうなその顔が……とても可愛く見えて。
――メイコが落ち込んでたら、俺まで暗くなるからしかたなくだ。
そう、いつものように返すのも忘れ、うっかり見入ってしまった。
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「イクシス、今日かき氷を庭でやるわよ!」
あれから数日が経って、とても暑い昼すぎのこと。
メイコがやる気に満ちあふれた瞳で、そんなことを言ってきた。
「イクシスはかき氷機を回してほしいの。この日のために、機械も器もばっちり準備は整っているわ! 氷はフェザーが魔法で作ってくれるから大丈夫!」
「ちょっと待て。俺は手伝うって一言も言ってないぞ!」
俺が手伝う前提で話しを進めているメイコにそう言えば、えっ?と戸惑った顔をされた。
当たり前のように俺が協力してくれると思っていたみたいだ。
「……まぁ別に暇だし、手伝ってもいいけどな」
「ありがとうイクシス!」
なんだか調子が狂う。
いつの間にかメイコのペースに乗せられてしまっている。
なのに、それが嫌じゃない。
「それじゃ、ジャージを着て庭に集合ね!」
「じゃーじって、アレを着るのか!? って、ちょっと待てメイコ!」
俺に言うが早いか、メイコは先に庭へと行ってしまった。
しかたなく、異空間にある自分の部屋へと戻る。
メイコから以前貰った赤いじゃーじ。
貰ったのはいいがダサ……着る機会がなくて、テーブルの上に置いてあった。
じゃーじを手に取って、とりあえず着てみた。
サイズは文句なしにぴったりだ。
けど……さすがにコレはないだろ。
なんというか、俺の美意識が許さないというか。
中のシャツには『竜』と書かれていて、これはメイコの世界で竜を現す言葉らしいが……竜に竜って書いたシャツを着させる意味がわからない。
じゃーじの上着には、胸の部分に竜の刺繍。
なんとなく刺繍部分を指でなぞれば、メイコがこれをくれたときのことが頭に浮かんだ。
メイコがわざわざ俺のために考えてくれた刺繍。
自分から俺にお礼をしたくて、メイコが一生懸命に空回りして作ってくれたもの。
俺に喜んでもらいたいって気持ちが、じゃーじを渡すときのメイコからは伝わってきていた。
感謝の気持ちと、それだけじゃない何か。
こっちの気持ちまでふわふわとして、くすぐったかった。
きっちりと上着のチャックを上まで閉めてから、鏡の前へ行けば。
ふと……笑っている自分と目が合う。
自分が笑っていたことに驚く。
思い出し笑いとか、格好悪いにもほどがある。
それにこのじゃーじは……確かに着心地は悪くないが、やっぱり恥ずかしい。
というか、そもそもこういうのを着るような俺じゃなかったはずだ。
「……」
散々着ていくかどうか悩んでから、結局じゃーじを脱いで部屋を出た。
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自分で思っていたよりも長い間悩んでいたみたいで、庭に行けばメイコがすでに器を準備していた。
当然のようにメイコはじゃーじ。
鷹の獣人・フェザーもじゃーじを着て、機械に氷をセットしていた。
近くにはクロードもいて、青いじゃーじの上着を羽織っている。
その胸元に刺繍はなかった。
本当に俺のじゃーじだけなんだなと思えば……まぁ、悪い気はしなかった。
「あっ、イクシス!」
こっちを見たメイコが、俺に気づく。
手伝いに来てくれたんだと表情がぱっと明るくなって。
それからすぐにその顔が陰り、俺の胸にしゅんと落ち込んだ感情が伝わってくる。
じゃーじ、着てくれなかったんだ。
喜んでもらえると思ったのにな。
気に入って……くれなかったのかな。
大体、そんなことを考えているんだろう。
感情を読むまでもなく顔に出てるから、それくらいはわかる。
「手伝いにきてくれてありがとう。かき氷の機械はこっちにあるから、フェザーの作った氷を入れて回してくれたらそれでいいよ!」
「……」
明るくメイコは言うけれど、がっかりした顔を隠しきれてはいなかった。
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「あれ、イクシス。いつの間にジャージに着替えたの?」
「少し汗をかいたから着替えた。いつもの服の替えがなかったから……しかたなくな」
我ながら苦しい言い訳だと思う。
メイコが落ち込むから着替えてきたなんて……そんなの格好悪くて言えるわけがない。
「そんなにじろじろ見るな。恥ずかしいだろ」
「とっても似合ってるよ、イクシス! おそろいだね!」
嬉しい、嬉しいって感情が、読まなくたってメイコの顔を見れば伝わってきて。
こっちまで思わず嬉しくなる喜びっぷりに、つい笑いそうになった。
そんなに俺に着てほしかったのかと思えば……可愛く見えてくる。
「赤い竜だから、やっぱりイクシスには赤が似合うね! 私、色の中では一番赤が好きなんだ!」
テンション高くメイコはそんなことをいう。
まるで飼い主にじゃれつく、落ち着きのない犬みたいだな。
そんな感想を抱きながら頭を撫でれば、メイコは気持ちよさそうに目を細めた。
「イクシス、散々ダサイとか言ってたけど。じゃーじも悪くないでしょ?」
「……そうだな」
メイコがそんなに喜んでくれるなら、悪くない。
たまには着てやってもいいかなと、そんなことを思った。
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さっそく機械で氷を削り、それを器に盛って少年達に手渡す。
ある程度皆に行き渡ったところで少し休憩すれば、馬の獣人・エリオットがどのシロップをかけようかと悩んでいた。
「イクシス、どれがおすすめ?」
「黄色が意外と美味しかったぞ。レモンの味は全くしないけどな」
答えればエリオットが頷いて、黄色のシロップをたっぷりとかける。
「エリオット、迷うならこうすればいいのよ!」
そこにメイコがやってきて、自分の氷に黄色のシロップをかけて、さらに緑と赤のシロップをかけた。
「三色……!」
「ふふっ、悩んだら贅沢に三つかけちゃえばいいの!」
思いつかなかったと目を見開くエリオットに、メイコは得意そうだ。
「……食いしん坊の発想だな。後で味が混ざって食べ辛くなるから、エリオットはやめておけ」
「イクシス、聞こえてるんだからね! ただかき氷好きなだけで、食いしん坊なんかじゃないんだから!」
ぼそっと言ったのに、ばっちり聞こえてしまったらしい。
ちなみに。
カキ氷好きなメイコは、この後かき氷を六杯も食べて。
後日お腹を壊して、寝込むはめになった。




