【12】世界を旅する賢い方法
フェザーの足枷を外す鍵が、ようやく届きました。
これでフェザーが重そうに引きずってるあの枷を、外してあげられるわけだけど。
鷹の獣人であるフェザーはきっと、この枷を外したらどこかへ飛んで行ってしまうんじゃないだろうか。
ヒルダを嫌ってるみたいだから、この屋敷から出て行って、ギルバートを捜したりしそうだ。
自由になるという意味では、それはいいのかもしれない。
でも、フェザーは獣人で子供だ。
別の人間に捕獲されてしまって、酷い飼われ方をしてしまうかもしれない。
例え嫌がられようとも、そんな未来が分かっていて、みすみすフェザーを手放すわけにはいかない。
子供を守るのは大人の義務で、姉である私の義務だ。
なので、しばらく枷は外さないことに決めた。
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ギルバートの行き先に関して、有力な情報が手に入った。
少し遠くの領土で半年ほど前、犬の獣人が一人で船に乗って他国へ行ったという。
その行き先はここから五日ほどかかる場所で、めったに行く人もいないから船員が覚えていた。
主人のない獣人がこの国で過ごすのは難しい。
何故なら主人がいない、イコール誰のモノでもない。
つまり狩ったら自分のモノという事になるからだ。
動物と同じ扱いという事になる。
そういうわけで主人のいる獣人は、分かりやすいように登録証を身につける義務がある。
なので、この屋敷の獣人も全員登録証を身につけていた。
チョーカータイプでお洒落なやつをヒルダは身に付けさせていたので、それが登録証だと知ったのはつい最近だ。
外の国へ獣人が行く際、この登録証が絶対に必要だ。
それでいて、主人が同伴でない場合は主人の同意書の提示も義務付けられている。
同意書を確認させてもらったけれど、そこにはヒルダの名前があった。
……これはどう捉えたらいいんだろう。
ヒルダがわざわざギルバートを外国へ追いやったということでいいのかな。
でもこの事は、クロードですら知らなかったみたいなんだよね。
ヒルダの命令で、クロードはその港から少し離れた街にギルバートを捨ててきた。
クロードは、ギルバートにヒルダから預けられた包みと、クロードの給料の一部を手渡して屋敷に戻ってきたらしい。
登録証自体も結構前にヒルダが外していたようで、この報告を聞いてクロードは戸惑っていた。
とりあえず、探偵にさらに調査を依頼してみた。
そしたら、そこから何回か乗り継いで、さらに別の国にギルバートは向かっていた。
この国からかなり離れた場所にあるその国は……獣人の国だった。
この報告からわかるのは、ヒルダがギルバートを獣人の国へ送り返したということで。
てっきりその辺りに捨て置いたとばかり思っていたから、戸惑ってしまう。
大人になったらいらないけど、国に帰してあげるぐらいには、ギルバートに愛着を持っていたってことでいいんだろうか。
でもそれならそうと言ってくれれば、フェザーや他の皆もヒルダに反感を持たなくてすんだような。
……大人になったらここから出られると思われるのが嫌だったのかな。
考え込んでも、ヒルダの考えてることは私にはさっぱりだったので、思考を切り上げる。
まぁそれはともかく、ギルバートが獣人の国で暮らしていると知れば、フェザーだって安心できるはずだ。
ただ私の言う事だと、フェザーが信じてくれそうにもない。
なので一緒に獣人の国へ行って、その目でギルバートがどうしているか、フェザーに見てもらおうと私は考えた。
それと同時に、獣人の国にいるフェザーの親御さんにも会いに行く。
これで問題が片付くはずだ。
そう思っていたのだけど、渡航費はともかく、往復で一ヶ月くらいかかる距離に獣人の国はあった。
一ヶ月も屋敷を空けるのは不安だ。
クロードに留守を頼めればよかったのだけれど、それもできない。
ヒルダとクロードの契約内容にも、イクシスと同じように互いの距離に関するものが刻まれているようだった。
クロードに許可されている範囲はかなり広いようだったけれど、さすがに獣人の国まで離れるとマズイらしい。
オースティン家の屋敷を取り仕切る執事のボスみたいな人はいるんだけど、あまり関わったわけじゃないから任せるのは不安だ。
命令すれば色々してくれるし、屋敷の維持管理もまかせているけれど、クロードのように私の意図を読み取ろうとはしてくれない。
顔には出さないけど、オースティンの血を引いてないヒルダが当主なのを、よく思ってない節がある。
少年たちをベビーシッターであるセバスさんだけに全て任せるのも、負担が大きすぎる気がするし。
なにより、少年たちに長い間会えないとなると心配で仕方ない。
それに長期で領土を空けるとなると、当主代理をまたヒルダの夫の弟に頼まないといけないんだよね。
顔からして面倒くさそうなオーラ漂う人だったから、私の今の運営を見て難癖つけてきそうだな。
前に税金下げた時も屋敷を訪れてきて、領民に甘い顔してどうするんだ! とか言われたしね。
「はぁ……折角手がかりが見つかったのに、これじゃ行けないじゃないの」
「そんなに行きたいなら、三日で行く方法がないでもないぞ?」
執務室の机に突っ伏す私に、イクシスがそんな事を口にした。
「本当!? どうやって!?」
「空間を繋いで竜の姿で飛べばいける。竜族はそうやって世界を旅してる」
食いついたらそんなことを言われて、がくりとうなだれる。
「イクシスは竜の姿になれないんだから、無理じゃないのそれ」
竜であるイクシスは、宝玉がないから竜の姿に戻れない。
それでいて宝玉は、ヒルダが自分の異空間に隠してしまっている可能性が高かった。
「宝玉がなくても、変身できるかもしれない方法があるんだ。ヒルダが宝玉を隠したのが、本当に自分で作り出した異空間ならの話だけどな。試してみるか?」
そう言って、イクシスは机の上に腰掛ける。
「可能性があるなら試したい!」
「そうか、わかった。なら外に行こうぜ」
イクシスに言われるままに庭に出る。
「それでどうしたらいいの?」
尋ねた私に、イクシスが近づいてくる。
「な、何よ」
「ちょっとじっとしてろ」
私とイクシスの距離がゼロになり、イクシスの手が私の顎にかけられる。
なんだ、これから何が起こるんだ。
戸惑っていたら、イクシスの唇が私の唇に触れて。
チュ、とキスをされた。
思考が停止する私の前で、光が瞬き風がイクシスの姿を隠す。
芝生の草が風に舞き上げられ、轟音と共に赤い鱗に包まれた竜が現れる。
見上げるほどに大きな竜。
私の頭を軽々と丸呑みどころか、体ごといけてしまいそうな口。
背丈は屋敷の一階部分よりもあって、背中には巨大な翼。
本の中でしか見たことない、伝説の存在が目の前にいた。
『ははっ、うまく行ったな』
どこからかイクシスの声が聞こえる。
頭の中に直接響くように、くぐもっていた。
私の前で、竜が元のイクシスの姿に戻る。
「普段移動に使う共有空間と違って、個人で作り出した異空間は作り出した本人と密接に関わってるからな。宝玉はエネルギーの固まりみたいなものだ。その力が異空間からヒルダ自身にも流れてるんじゃないかとは思ってたんだ。本体がなくても、力さえ受け取れればどうにかなる」
イクシスはご機嫌な様子で、宝玉は火種みたいなものだから、一瞬力さえもらえればいつだって竜の姿になれると口にした。
……つまりは私のファーストキスは。
薪にくべるマッチみたいな扱いで、軽く奪われたという事だ。
「おい、どうした? さっきから感情が動かないんだが。竜を初めて見たから驚いたのか?」
私の顔をのぞこんで、イクシスが手を振る。
「よくも……」
「ん?」
震える声が私の唇から漏れる。
イクシスはそのイケメンフェイスに疑問を浮かべ、首を傾げた。
「イクシスの馬鹿ッ!」
「ってぇ!」
思い切り渾身の力を込めて、イクシスの頬にビンタをお見舞いしてやる。
ばちーんと、とてもいい音が鳴った。
「なっ? なんだよ急に!?」
「それはこっちの台詞だ! イケメンだからって何でも許されると思ったら大間違いなんだからっ! イクシスのアホ、馬鹿、スケベ竜!」
わけがわからないという顔をしているイクシスにさらに苛立って、感情のままに言葉をぶつけてその場を走り去る。
ありえないありえないありえないっ!
いやもう二十歳だし、キスに夢見る年頃ではないかもだけど、こんな風にキスされるなんてありえない。
しかも相手は何とも思ってなくて。
部屋の電気つけるくらいの手軽さで、キスしてたのがとても腹が立つ。
「短い期間で行ける方法も、宝玉の居場所もわかったんだ。なのにどうしてそんなに怒ってるんだ?」
理由がわからなくて戸惑っているというように、イクシスが声をかけてくる。
人が折角部屋に籠もって鍵かけたのに、全く意味を成してない。
しかも私の感情を読み取られているのが、さらに怒り倍増だ。
この竜ときたら、私のプライバシーというものを全く無視してくれている。
ベッドが軋み、毛布に包まった私の側にイクシスが座った気配を感じる。
「まさかとは思うが、あの程度のキスで怒ってるのか? 別に恋愛感情でしたわけじゃないし、舌も入れなかっただろ?」
――イクシスにとってはあの程度でも、私にとっては割と重大だったんですよ。
経験値低くて悪かったですね。
というか、舌を入れるとか何を言ってるんだこの竜は!
心の中で悪態は吐くけれど、話したい気分ではなかったので黙りこむ。
「……もしかして、ファーストキスだったのか?」
そのことに思い当たったらしいイクシスが、ぽつりと呟く。
毛布の中に包まったまま動かず、何も反応はしなかったのに、あーそうかとイクシスが弱ったような声を出すのが聞こえた。
図星を突かれて、ドキッとしてしまった私の感情を読み取ったんだろう。
本当、この感情が伝わる能力はやっかいすぎる。
「なんというか……悪かったな。元の世界でも二十歳は過ぎてるって聞いてたから、いくら男慣れしてなくても当然済ませてるものだと思ってたんだ。今までのヒルダを見てきたこともあって、そこまで初心だと思ってなかったっていうか……本当悪い」
深刻な声でイクシスが謝ってくる。
こんな事で謝られるのも、それはそれで居たたまれない気分になる二十歳の私。
イクシスの言葉がナイフのように、ぐさぐさと突き刺さる。
しかたないじゃない!
そりゃ私だって、学生時代とかに色々したかったよ?
でもうまくいかなかったんですよ。
男友達はいっぱいいたけど、あいついいヤツだよな止まりで。
周りが彼氏作り出して焦って、紹介してもらった男と付き合ったことはあったけど、あれ今考えたら私ただの財布扱いだったよ!
デートはいつもファミレスで私持ち。
時々俺が奢ってやるとか言われて喜んだら、その時に限ってファーストフード。
……なんか余計にへこんできた。
ちょっと涙も出てきたよ。
「なんで今落ち込んだんだ? 謝ったつもりだったんだが」
それでいてこのイクシスの、デリカシーのない傷に塩を塗りこむ言葉の数々。
もうそっとしておいてくれませんかね!?
★4/18 誤字修正しました。報告助かりました!