【書籍化お礼SS】獣人の国でショッピングを/イクシス視点
PASH!ブックスより書籍が発売されましたので、記念のSSとなります。
書籍の扉絵や番外編に関わるお話なので、書籍を購入された方へのお礼に少しなるかな……と思っております。よければどうぞ。
「今度はあっちに行ってみましょう!」
「待て、引っ張るな!」
テンションの高いメイコが、フェザーの手を引いて走る。
フェザーは少し戸惑っているものの、まんざらでもなさそうだ。
獣人の国について、ギルバートが無事なのを確認して。
花屋の仕事が終わった後、夕方に話し合いをする約束をクロードが取り付けてきた。
それまで時間をつぶすことになったのだけれど、メイコのはしゃぎようといったらない。
ここは獣人の国で一番栄えている街だ。
もの珍しいものがたくさんあってショッピングには最適だし、観光客が多く賑わっている。
俺のお気に入りの街の一つで、自分の好きな場所を気に入ってもらえるとやっぱり嬉しい。
「ねぇねぇ、イクシスこの卵の飾りは何? すごく可愛いんだけど!」
店頭にいくつもぶら下がっている装飾された卵の飾りを指さして、メイコがいう。
親指と人差し指で丸を作ったくらいの小さな卵に、色を塗ったりリボンで飾り付けをほどこしたもので、露天の出先で風にゆれていた。
「それはロウフツリーの実で作られたお守りだな。ロウっていう狼型の魔物がこのあたりには出るんだが、あいつらはこの実から出る香りが嫌いみたいで持ってるとあまり寄ってこないんだ」
メイコは一つ手にとって、鼻を近づけ首を傾げる。
「人間にはわからない微弱な臭いだ。あいつらは鼻が利くからわかるらしいけどな」
「イクシスにはわかるの?」
「まさか。竜族の嗅覚は人間とそう変わりないんだ」
「ねぇねぇ、じゃあこっちは何?」
「それはだな……」
興味の向くまま質問してくるメイコに答えてやる。
俺の話を聞きながらメイコは楽しそうにしていて。
好奇心旺盛なその様子を見てると、色々教えてやりたくなる。
いい聞き手がいると話をするのは楽しい。フェザーも案外興味があるのか、真剣に俺の説明を聞いている。
竜族は成人したら花嫁を探すために旅に出る。
特定の相手がいないときは、俺はいつも双子の兄のオーガストと一緒に行動していた。
オーガスト相手だとこんな新鮮な反応は得られないし、今までつきあってきた女達はこういうことに興味がなさそうだった。
そもそも……自分が好きなものとか興味のあるものとか。そういうのを、相手の女に話した記憶があまりない。
メイコがフェザーと一緒に、屋敷の皆へのお土産を選んでいるのを見て、こういうのも悪くないかもなと思う。
次の店でメイコはシャツを手にとって、フェザーに意見を求めていた。
胸の真ん中にでかでかと文字が書かれているシャツだ。
ヒルダの国とは違う言語で『鳥』と書かれており、ルビが振られている。
正直に言うとかなりダサイのだが……メイコはお気に召したらしく、これ皆の分もそろえようよとノリノリだ。
「フェザーのサイズはこれでよさそうね。ジャージの中から着るTシャツ探してたのよ! 丁度いいのがあってよかった。兎と馬と猫は見つけたけど、他の子の分はどうしようかなぁ。熱血とか癒やし系とか、その辺りの文字でいいかな?」
「じゃーじ? まさかとは思うが、これを我に着せる気ではないだろうな……?」
フェザーの眉間に皺が寄っている。
今までのフェザーなら、こんなもの着れるかと投げつけてるところだが、それをしようとしない。
メイコのいうとおり、ギルバートが生きていた。
誰かに仕向けられたとはいえ、間違った情報を鵜呑みにしてメイコを襲ってしまった。
そのことに対して、罪悪感があるんだろう。
時間がかかりそうだし、クロードと一緒に店の外で待ってるか。
振り返れば、この旅についてきたもう一人の少年・ジミーがすぐ背後にいて、思わず面食らう。
……そういえば、こいつもいたな。
影が薄すぎて、すっかり忘れていた。
「お前は一緒に選ばなくていいのか?」
「いえ、ぼくはいいです。ふたりにお任せしますよ。とても楽しそうですしね」
聞けば、ふふっとジミーが笑う。
……若いのに、孫のはしゃぎっぷりを見守るじいさんみたいだな。本当に十三歳なのか、こいつは。
ヒルダが人間に嫁いでからは必要な時以外、空間で待機させられていたから、俺はあまり屋敷の少年達と関わってきたわけじゃない。
仲がいいといえるのは、俺と同じように無理矢理誓約を結ばされた、元暗殺者のメアくらいだ。
ジミーのことを俺はよく知らない。
ヒルダの屋敷にいる奴らの中で、普通すぎるくらい普通。
言っちゃ悪いが、地味で影が薄すぎる。
メイコとフェザーも……ジミーがいることを忘れてるんじゃないだろうか。
「ここにない文字でもすぐにシャツを作れますよ。どんな文字でも大丈夫です」
「本当ですか! ぜひお願いしたい文字があるんです!」
店員がやってきて、メイコを店の一角にある机に案内した。
メイコは嬉々としてオリジナルのシャツの注文書を書き始める。紙にはあらかじめシャツの形が書いてあって、文字を書き込めばそれでいいらしい。
横からのぞき込めば、ヒルダの国で使われているものとは違う文字を、メイコはシャツの形の中に書き込んでいく。
全く見たことがない文字だった。
「お前これ、まさか前世で使ってた文字か……?」
他の奴には聞こえないように耳元で小声で囁けば、メイコがびくりと背を伸ばした。
どうやら集中しすぎて、俺が側にいることに気づいてなかったみたいだ。
「えっ、うん……まぁね。こっちのほうが馴染みがあるし、いいかなぁって」
「ふーん」
ルビが振られていないから、書かれた文字が何を意味するのか俺にはよくわからない。
手に取ったシャツの注文書には、でかでかと読めない文字が一字。
『竜』と書かれたこの文字が何を意味するのかはよくわからないが……一つの文字で一つの意味を持っているみたいだ。
「これは何て読むんだ?」
「えっと……それは……」
興味本位で尋ねれば、メイコは口をもごもごとさせた。
「何だよ、教えてくれないのか?」
「集中できないから、あっちでフェザーとお土産選んでて!」
俺の手から注文書を取り上げ、メイコが背を押してくる。
この反応……一体何を書いたんだ?
気にはなったが、メイコは教えてくれなさそうだったので外に出る。
しばらくしてメイコが店から出てきて、後のことをクロードにお願いしていた。
「そろそろ小腹が空いたから、美味しい屋台があるところに案内してよイクシス」
「それなら、この先をすぐ右に曲がったところに店がいっぱいあるぞ」
答えれば、メイコはそこに行きましょうとフェザーの手を取って走り出す。
恥ずかしいからやめろといいつつ、フェザーはメイコのいいなりだった。
俺もお腹が空いてきたな。
後に続こうとしたとき、クロードに肩を掴まれた。
「イクシス、これを」
「……ちょっと待て。何で俺に荷物を渡すんだ」
獣人の国に来てもばっちり執事服を着込んでいるクロードが、俺にメイコ達が買った荷物を押しつけてくる。
「手がふさがっていては、会計ができないでしょう」
「だからって、何で俺が荷物持ちを……!」
抗議しようとすれば、イクシスも早くおいでよとメイコがこっちに向かって手招きしていた。
「イクシス、おすすめのやつ教えてよ!」
「ったく、……ちょっと待ってろ!」
何で俺はこんなところで荷物持ちして、街の案内までしてるんだ。
そんなことは思うけれど。
あいつ、あの店の肉巻きサンドとか好きそうだな。
南の国の果実をたっぷり使ったクレープなんかもいいかもしれない。
食べたときのあいつの嬉しそうな顔が頭に浮かんで。
……そう悪くはない気分だった。




