【番外編11】ヒルダと異世界(ヒルダ視点)
★9/22「ヒルダとティリア2」を取り下げ、「ヒルダとティリア3」を修正したものとなります。
世間的には死んだことになっている少年二人に、新しい名前を与えることにする。
十歳の兄の方をバイス、三歳の子の方をティルと名づけた。
バイスはこの国の言葉で『悪』もしくは『欠点』。
ティルは『尻尾』という意味。
あなたの尻尾は掴んでいるのよ。
そういう意味をこめてみたのだけれど……素敵な名前をありがとうございますとバイスは礼儀正しくお辞儀をする。
ティリアは思っていることが顔に出やすいタイプだった。
だからこそ、からかっていて面白かったのだけれど。
どうやらワタクシが見ていない間に、内面を顔に出さないことを覚えたらしい。
「わざわざワタクシに意地悪をされにくるなんて、馬鹿な子」
まさか、自らワタクシの前に現れるなんて。
今度は何をしかけてくる気なのか。
ワタクシが人間の老人の元へ嫁に行って後も、ティリアからの刺客は何度も送り込まれていた。
毎回ティリアは趣向を変えてくる。
ある時は、ワタクシと父親違いの兄弟が送り込まれてきた。
『あなたの兄妹です。可愛がってやってください』なんて手紙を添えられてやってきたハーフエルフの兄弟は、クロードに調査させたところ本当にワタクシの兄弟だった。
私の母親が別の男に産まされた子供。
ワタクシとは父親が違うけれど、この二人は父親も母親も一緒だ。
当然のようにティリアが、善意で探してくれたなんてことはない。
エルフの国で人間は花寄人だけ、
それでいて花寄人は、王族だけが所有することを許されている。
生まれるハーフエルフ全て、片親が王族で片親が人間の花寄人なのだ。
高い魔法能力を持つ王族と、魔力を高める能力を持つ花寄人の子は、総じて魔力が高いことが多い。
施設に入れられてそこで教育を受け。
強い魔力が認められれば、暗殺者として育てられたり、誰もやらないような危険な任務につくための兵士として育てられたりする。
ただこのハーフエルフの兄弟ピオとクオは、魔力があまりなかったらしい。
研究所送りになり、そこで人体実験を受けていたようだ。
歳にしては天真爛漫な性格の二人は、研究所でのことを何も覚えてない。
彼らはティリアの命令一つで、純真な表の性格と残忍な裏の性格が入れ替わる。
ワタクシを隙を見て暗殺するよう、ティリアは仕組んでいたらしかった。
血のつながりのある兄弟なら、ワタクシが殺せないとでもティリアは思ったのかもしれない。
差し向けられた刺客や暗殺者はともかく、私を殺そうとしてきた姉妹たちの命まで取ったことはなかった。
直接身の程をワタクシが教えるだけで十分な効果があったし、後処理が面倒だったというだけなのだけれど。
ティリアより差し向けられたピオとクオは返り討ちにして。
一定範囲にワタクシがいれば、裏の性格が出てこられないという誓約を結ばせた。
またある時は、ティリアは有名な暗殺者を雇い、ワタクシに差し向けてきた。
文字通り、影から忍び寄る暗殺者。
伝説の存在とも言える幻獣を使う暗殺者なんてワタクシは初めて見た。
面白いと誓約を施し自分のものにして、逆にティリアに差し向けた。
暗殺者はエルフの羽を持ってきた。
エルフにとって命と同じくらいの価値を持つ羽。
ティリアの羽は特に美しいと評判だった。白く透き通った羽は、光の加減で虹色に輝く紋様が見え、羽ばたくたびに光の粒子を巻き散らす。
それは紛れもなくティリアの羽で、今度こそ懲りたと思っていたのだけれど。
今度は……自ら飛び込んでくるなんて。
痺れを切らしたのだろうけれど、本当に学習しないお馬鹿さんだ。
「お嬢様、楽しそうですね。あの少年があの女に似ているからですか?」
思わず呟いた言葉に、横にいたクロードが口にする。
クロードもあの少年――バイスがティリアに似ていると思ったらしい。
ワタクシの執事であるクロードは、基本的に誰にでも礼儀正しいのだけれどティリアにだけは違う。
複雑そうな顔をしていた。
「わざわざワタクシに意地悪されにくるなんて、馬鹿な子よね」
「あの人間の少年に……少し同情してしまいますね」
クスクス笑いながら言えば、クロードが全くお嬢様はというように眉を下げる。
少年がティリアの面影を持つことを、他人の空似だと思っているらしい。
バイスは性別も年齢も、種族もティリアとは違う。
二人の少年の背景はしっかりとしていたし、プライドの高いティリアが、こんな風にワタクシの元に現れるわけがないとクロードは思っているんだろう。
いつボロを出すかしら。
そんなことを思いながら、バイスを可愛がった。
ティリアだったら絶対にしないようなことを命令し、させた。
けれどどんなに屈辱的な行為でも、バイスは戸惑ったような顔はするものの、全てやって見せた。
一ヶ月が経過しようとしていたけれど、バイスは何もしかけてくる気配がない。
従順すぎて面白くないくらいだ。
……もしかしたらイクシスとメアがいるから、警戒しているのかしら。
エルフの国ではティリアから嫌がらせを受けるたび、それを倍返しにしてイクシスに罪をなすりつけてきた。
イクシスがいるだけで嫌そうな顔をして、敵意むき出しの視線を送ってきていたのを思い出す。
エルフの国では竜族であるイクシスを常に側に置く事で、ある程度面倒事の回避ができた。
最強に近い竜族を従えてるワタクシに敵うわけがないと、相手が諦めてくれる。
けれどこの人間の国では目立ちすぎるため、常に空間の中で待機させていた。
いつどこから現れるかわからないイクシスに加え、ティリアの羽をもいだ暗殺者の少年・メアもこの屋敷にはいる。
慎重になるのもしかたないのかもしれない。
……少し隙を見せてあげようかしら。
そして仕掛けてきたところを、返り討ちにしてあげる。
ティリアが何をするつもりなのか、興味があった。
イクシスを珍しく外に出してやれば、屋敷の周りに結界が張られる。
危険にワタクシが陥ったとしても、これでイクシスがすぐに助けにくることはなくなった。
これからティリアは罠をしかけてくるつもりなんだろう。
罠をしかけているのは、ワタクシの方だというのに。
そして案の定、バイスはワタクシを呼び出した。
二人っきりで話があるから屋上に来て欲しいと、他の少年が伝言をしてきた。
――うまく餌に引っかかった。
無駄な足掻きをと心の中であざ笑いながら、その呼び出しに応じることにした。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「ふふっ、可愛いじゃない。うちの服もよく似合っているわ。こんなところへワタクシを呼び出してどうしたの?」
人気のない屋上へと続く扉は開いていて、昼の太陽の光が差し込んでいて眩しかった。
逆光で顔はよく見えないけれど、バイスが着ているのはうちの執事服だ。
一人一人に合わせたデザインの特注品。
すぐにバイスが尻尾を出すと見込んでいたから、注文はしていなかったのだけれど……。
もうすぐバイスが来て一ヶ月になるので、クロードあたりが気をきかせたのかもしれない。
スカートを摘んで、階段を登る。
普段通りを装いながら、バイスへの警戒は十分にしていた。
魔法もすぐに展開できるよう用意しながら、余裕のある態度でバイスに近づいていく。
何をしかけてこようと、目の前のバイスを叩き伏せる自信があった。
ワタクシの目には魔法陣が見える。魔法をしかけようとすれば事前にわかる上、打ち消すことさえも可能だった。
階段を登りきるというとき、バイスが手を差し伸べてくる。
意外と紳士的ねと可笑しく思いながらその手を取ろうとして……突き飛ばされた。
目の前でバイスが笑う。
体勢を崩されたくらいわけない。
すぐさま風の魔法で体勢を立て直そうとして――視界がくるりと一回転する。
すぅっと何かが頭のてっぺんから抜けていくような感覚、強烈な違和感。
落ちていく体にかかる重力も、風の魔法を使って体が浮く感覚も何もない。
目の前ではバイスが微笑んでいる。
振り返れば、自分の体が階段の下で倒れていた。
体から魂を切り離された。
そう気付いた時には遅かった。
自分の体に、蔦のような魔法陣が展開されているのを確認する。
霊体になって初めて、その魔法陣に気付く。
すでに何かの魔法が発動していて、ワタクシはその場から飛ばされた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
見知らぬ天井の白い部屋。
白いベッドの上に気付けば寝ていた。
体を起こせば横には変わった作りの棚があり、見たことのない形状の黒い額縁が収まっている。
薬品の香りに、肌に触れるこの布はやけにパリパリとして馴染まない。
足元を見れば椅子に座った女が、ベッドに頭を預けるようにして寝ていた。
黒髪に、黄色がかった異国風の肌。歳は三十か四十か。
服は仕立てのいいもので、使用人というわけではなさそうだった。
なぜワタクシの足元で寝ているのか。
しかもその目元は赤く、今まで泣いていたかのようだ。
バイス……ティリアに階段から突き落とされたところまでは覚えている。
体から魂が切り離されたことも。
手を見れば、ワタクシのものではなかった。
鏡がないから確認はできないけれど、この体はワタクシのものではない。
ワタクシの足元に眠る女と同じ肌の色に、黒い髪。
肌のはりからすると若い女のようだ。
胸が成長してないことからすると子供なのかもしれない。
まさかとは思うけれど……ワタクシはティリアによって殺されたのだろうか。
それでまた前世の記憶を持ったまま、生まれ変わった?
そんなことはありえないと、自分の考えを否定する。
ティリアごときにやられるワタクシではない。
おそらくは、魂を別の体に飛ばされたのだろう。
普通の魔法使いと違って、ワタクシやイクシスには術を作動する際の魔法陣が見える。
つまりは目に頼っているということ。
ワタクシの目にも見えない魔法陣を、ティリアは作り出したのだろう。
精神体……幽霊の姿になれば見えるということは、魂を削って作り出す類の禁術なのかもしれない。
しかし、それにしても目の前にいたバイスは、魔法を使っている素振りがなかった。
あの場に第三者がいたのかもしれない。
その可能性も考慮していたはずなのに、目の前のバイスに集中しすぎていた。
ワタクシとしたことがと、悔しく思う。
それと同時に、自分が誰かにしてやられるなんて経験初めてで。
――まさか、ティリアにしてやられるなんてね。
やるじゃないのと笑いが漏れてくる。
まぁそれはいいとして。
これからどうしようかしら。
ワタクシを殺せばティリアは死ぬ。
そういう誓約が交わされているけれど、実は解くための抜け道がある。
誓約をかけた者の体に別の魂を入れて殺し、同じように別の体に誓約者の魂を入れて殺す。
ワタクシを二度に分けて殺す事で、死なずに誓約を解除することができるのだ。
ここまで用意周到なティリアが、それを調べていないはずがない。
体の方は、遅かれ早かれティリアに殺されるだろう。
愛着がないわけではないけれど、そちらの方は切り捨てたほうが良さそうだ。
……まずは現在位置の把握、それとこの体のスペックを知る事ね。
ワタクシの魂が入り込んだということは、この体は仮死状態にあり、元の魂はなかったということになる。
怪我はしてないようだけれど、まさか病気なのだろうか。
それだと少しやっかいだ。
とりあえずは情報を手に入れようと、足元の女を起こすことにする。
「そこのあなた、起きなさい」
「ん……」
体を揺すれば女が上半身を起こした。
ワタクシを見て目を見開く。
「ここはどこなのかしら。ワタクシが今おかれている状況を説明しなさい」
「……メイコ! よかったっ!」
ワタクシが尋ねたというのに、女は答えずに抱きついてきた。
やけに馴れ馴れしい態度だ。
どうやらこの体の名前はメイコというらしい。
「心配……かけて。 お母さん、生きた心地がしなかったんだからっ」
しゃくりあげながら女は口にした。
耳元で泣きじゃくる女の体は震えていて、伝わってくる体温に落ち着かない心地になる。
この体の母親か。大げさなことだ。
何をそんなに泣く必要があるのか。
無理やり体を引きはがし、正面から見つめる。
「ワタクシは平気よ。それより、何があったのか教えなさい。ここがどこなのか、今のワタクシがどこの誰なのか。この体の魔法属性と、得意な術もわかるならば言いなさい」
ティリアがいつやってくるかわからない。
ワタクシの魂を飛ばした大体の場所を、おそらくティリアは把握している。
手は早めに打って置かなくてはいけなかった。
「メイコ……一体どうしたの? まるで林太郎みたいなこと言って」
「リンタロウ? それは何を示す言葉なのかしら」
戸惑う様子の女に眉を寄せて言えば、ワタクシの異変に気付いたようだった。
「もしかして、何も覚えて……ないの?」
「えぇ、全く。だから教えてくれるかしら」
まどろっこしいのは面倒で、そう言えば女はショックを受けたようだった。
いっそあなたの娘ではないと言ってしまおうかとも考えたけれど、自由に動けなくなったらと考えるとそれは賢明とは言えない。
薬品の匂いから何となく察していたけれど、ここは病院のようだ。
すぐに医者がやってきて、ワタクシは記憶喪失だと診断された。
その方が都合がいい。
この体の持ち主は事故に遭い、この施設に運び込まれたようだった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「母さん、姉ちゃん起きたって本当!?」
現れた少年は十三から十五歳といった所だろうか。
右目には白の眼帯をしている。
「こら林太郎、病院なんだから静かに」
女に叱られてしゅんとした表情になったものの、ワタクシの姿を確認すると少年はほっとした顔になった。
会話からすると、少年はこの体の弟なのだろう。
真っ黒で装飾具のついた服は、裾の部分がヒラヒラとしている。
闇属性の魔法使いが好む格好ではあるけれど……この歳でこの格好をしているのも珍しい。
少年の歳の魔法使いは、大抵魔法学校の学生であることがほとんど。
まだ半人前の魔法使いが、この格好をすることは中々恥ずかしくてできることじゃない。
つまりはこの歳にして、強い才能を秘めた魔法使いなんだろう。
女よりは話がわかりそうだとそんなことを思う。
「母さん一旦家に帰るわね。お姉ちゃん記憶喪失みたいだから、わけのわからないこと言って混乱させちゃダメだからね?」
「わかってるよそんなこと。ほら早く出て行って!」
くれぐれもと念を押されながら、少年は女をカーテンで仕切られたこの場所から追い出す。
やれやれと言った様子で、先ほどまで女が座っていた椅子に腰掛けた。
「これでようやく落ち着いて話ができるな。我が姉の体に宿りし、別の魂よ」
先ほどとは違った重々しい調子で、少年が口にする。
不敵な笑みを浮かべ眼帯を取った右目は、ワタクシの竜と同じ――金の色。
「あぁ、話が早いわ。あなたは金の目を持っているのね」
金の目の竜は、魔法陣が見える。
もったいぶって眼帯を取ったということは、おそらく彼の金の目にもそういう機能があるのだろう。
魔法陣が見えるということはそれだけで、かなり特別な魔法使いだと言っていい。
ワタクシの魂が宿るこの体に、魔法の適性は今の所感じられない。
目の前の少年はおそらくワタクシに対して、魂を見ることができる魔法を使っているはずだ。
なのに、その力の残滓さえ認識することができない。
けれど……ワタクシはついている。
この体の持ち主に力がなくても、少年に守ってもらえばいい。
兄妹であることを上手く利用すれば可能なはずだ。
ティリアなんかに殺されはしない。
この屈辱の仕返しは、倍にしてあげなくては……ね?
クスリと笑いながら、そんな事を心に誓った。




