【番外編9】レニと乙女の特訓4
「メア」
「アベルは一旦部屋に戻ったよ。前にレニに対抗して買ったのはいいけど、結局渡せなかったプレゼント持って庭に向かってるみたい。ソフィアとレニは庭のテーブルでお茶してる」
アベルが執務室から出て行って。
名前を呼べば、メアが私の欲しい情報を言わなくても提供してくれた。
「多分二階のバルコニーから様子が見れると思うよ。音声は全員の影に蛇入れといたから大丈夫」
さすがはメアというべきか、手回しが万端だった。
あまりこんなことはしたくないんだけど……気になるものは気になる。
メアと二人でバルコニーに移動して、そこに座り込む。
柵の間から外を見れば、椅子に座って本を読んでいるソフィアの姿が見えた。
「サミュエル」
「シャー」
メアが名前を呼べば、私の影からゆらゆらと黒い蛇が現れる。
蛇のサミュエルくんが鎌首を上げて、大きく口を開く。
メアは自分の幻獣である蛇をあいての影にしのばせ、その影にいる蛇の見聞きしている事を、他の蛇へ送らせることができる。
それを使って盗聴したり、蛇を影に入れて相手と連絡をとりあったりと、メアの蛇はいつだって大活躍だ。
『オレが買ってきてもよかったのに、わざわざソフィアが行く必要あったのか? アベルのやつ、ソフィアに断られてショック受けてるように見えたぜ?』
『うんでも、早く手に入れないと売り切れちゃうんじゃないかって心配だったし』
ソフィアとレニの声が、サミュエルくんの口から流れる。
どうやら二人は買い物に行ってきたらしい。
テーブルの上には小さな箱があって、それを愛おしそうにソフィアは眺めていた。
「あっ、アベルがきたね。ほらあそこ」
メアの声に指差す方向を見れば、二人から少し離れた位置でアベルが立ち止まっていた。
レニが一緒にいるからか、声をかけるかどうか悩んでいるようだ。
『これ店で見つけて買ったんだけどさ、ソフィアにやる』
立ち止まっているアベルの前で、レニがソフィアに何かを手渡した。
それはどうやら青色のリボンのようだ。
不安になってアベルの方を見れば、プレゼントの入った袋をぎゅっと握りしめている。
『わぁ綺麗なリボン! これ貰っていいの? でも、折角買ってきたならレニがつけた方がいいんじゃない?』
これまずいんじゃないのと冷や汗をかく私の耳に届いたのは、ソフィアの嬉しそうな声。
『ソフィアのために買ったんだから受け取れよ。いつもリボンしてるから喜ぶんじゃないかと思ったんだ』
『わたしのために……? ありがとうレニ』
リボンを手にしたソフィアが笑い、レニは満足そうな顔になった。
「レニのあんな顔、ミズネラの餌付けに成功した時以来だ」
面白いとメアが笑う。
「ミズネラって何?」
「吸血ネズミの魔物だよ。レニがペットというか、暗殺を仕込もうと飼ってたんだ。ヒョウの獣人で猫科なのにおかしいよね!」
ははっとメアは笑ってるけど、お手を仕込む感覚で暗殺をナチュラルに仕込もうとするのはどうかと思うんだ。
殺伐なのかほのぼのとした話なのか、反応に困ってしまう。
『あんたがそんな顔するなら、買ったかいがあったな。他にもソフィアが喜ぶこと、オレにいっぱい教えてくれよ』
『なんでレニはそんなにわたしを喜ばせたいの?』
レニが言えば、ソフィアが不思議そうに尋ねる。
『女のこと知らないと、女として振舞えないだろ。オレには理解不能な部分が多すぎるからな。あと……』
『あと?』
レニの言葉を繰り返し、ソフィアが首を傾げた。
『ソフィアがオレのすることで笑うと、気分がいい。ソフィアを喜ばせるのが最近はまってることだな』
『……レニったら』
なんともまぁ、レニはストレートだ。
そんな真っ直ぐ好意を示されれば誰だって嬉しい。
ここからはソフィアの表情までは見えないけど、声だけで照れ恥らってるのが見えるみたいだった。
『リボン、オレがつけてやるよ』
『ありがとレニ』
ふわっふわの雰囲気。
ごちそうさまですと思わず言いたくなるところだ。
「初々しいカップルみたいだね」
「そうね……」
メアの感想に頷く。
レニはリボンを結びなれないらしく、悪戦苦闘していたけれど、それもまた楽しいのかソフィアは笑顔だった。
「はっ、そう言えばアベルは!?」
二人の動向に気をとられすぎて、肝心なことを忘れていた。
見ればアベルは先ほどと同じ位置で固まっているけれど、少し様子が変だ。
自分の足を両手で掴んで、引っ張ろうとしている。まるで地面から足が離れなくて焦っているかのようだ。
「逃げようとしてたから、蛇を使って足止めしてるよ。影を地面に魔法で縫いつけてるから、もうしばらくは動けない」
メアの蛇はそんなこともできるらしい。
そう言えば闇属性の魔法に一ターン敵の動きを封じる魔法があったなと、そんなことを思う。
『あらアベル、何してるの?』
アベルが悪戦苦闘している間に、ソフィアが気付いて近づいてくる。
『別になんでもない』
『そうなの? なんだか焦ってる様子だったけど。あら、これアベルの?』
アベルの側にはプレゼントの袋が落ちていて、それをソフィアが拾い上げる。
気まずそうな顔をアベルはしていた。
『可愛い袋だけど、誰かにプレゼントなの?』
いかにも袋は女性向けのプレゼント用と言った感じで、ソフィアがうかがうようにアベルを見た。
アベルは困ったような顔をして、ソフィアを見て、その隣に立っていたレニを見てそれから黙り込む。
『これは、その内緒だ』
『そう……』
ここで渡せばいいのに、アベルときたら誤魔化してしまった。
ソフィアの声が悲しげになる。
『あのね、アベル。これ……私からアベルに』
少し落ち込んだような声でそう言って、ソフィアは小箱をアベルに差し出す。
先ほどテーブルの上にあった小箱だ。
どうやらあれはアベルへのプレゼントだったらしい。
『僕に? 開けていいのか?』
『うん、気に入らないかもしれないけど……』
「ソフィア、アベルが自分以外の女の子にプレゼント渡そうとしてるって勘違いしてるかもね」
先ほどまで楽しそうだったソフィアの顔が曇っているのを見て、メアがそんなことを言う。
確かにそうかもしれない。
ソフィアから手渡された箱を、アベルは開けた。
ここからは何が入っているかまでは見えなかったけど、アベルが息を飲む音は聞こえた。
『アベルの学園、制服はネクタイだって聞いたからピンを買ってみたの。アベルの瞳の色と同じ石が綺麗だなって思って、昨日見つけたときにお店の人に頼んで一日だけ取っておいてもらったのよ』
どうやら今日はそれを取りに、ソフィアはアベルの誘いを断ってレニと出かけたらしい。
『学園は全寮制だし、入学したらしばらくは会えないと思うけど。それを見てわたしを少しでも思い出してくれたら……嬉しい』
健気なことを言いながら、ソフィアがアベルの服にピンを付ける。
もしかしたら泣いているのかもしれなかった。
『ソフィア』
甘くその名前を呼んで、アベルがピンクの袋から小さな小箱を取り出す。
その箱を開いて、中身をソフィアに見せた。
『これ……』
『ソフィアに受け取ってほしい。こんな僕だけど、ソフィアが好きだから。学園から帰ってきて一人前の男になったら、僕と結婚して……くれませんか』
口元を手で覆ったソフィアに、アベルが告げた。
手をソフィアに突き出すようにして、怖くて顔が見れないというように目を逸らしてはいたけれど、はっきりとそう口にした。
小箱の中にはおそらく、指輪が入っていたんだろう。
『はい……』
ソフィアが涙ながらに頷く。
どうやらうまくいったらしい。
まさかプロポーズするとは思ってなかった。
「ソフィア嬉しそうだな」
「そうね」
返事してから、その声がメアじゃないことに気付いて振り向けば、そこにはレニがいた。
全く気配がないから気付かなかった。
「いい、いつの間に!? 何でここにいるの!?」
「ずっとこっち見てただろ? まさか、気付いてないとでも思ってたのかよ」
動揺する私に対して、レニはさらりとそんな事を言う。
しかしその目線は、ソフィアの方を向いたままだ。
どこか眩しそうに目を細めるレニは、二人の様子をうらやましく思っているように見えた。
レニと乙女の特訓はとりあえずこれで終わりです。
★9/4 修正が反映されてない文章がでてしまったので、修正しました!




