【番外編8】レニと乙女の特訓3
あれからしばらく経って。
ソフィアとレニの仲は順調だ。
それこそ順調すぎるほどに。
朝ご飯の時、体調がいいならソフィアも屋敷の少年達と同席することがあるのだけれど。
ソフィアはレニを隣に読んで、仲良く食べる。
小食なソフィアが食べるのを辛そうにしてると、レニが食べていいかと言って横からご飯をかっさらう。
それは多分食べないなら食べたいというだけなんだろうけど、見方によればソフィアを気遣ってるみたいにも見えて……なんだか出来たてのカップルみたいな、そんな雰囲気を二人は放っていた。
ソフィアはレニにべったりで、レニはそれを少し困った顔をしながらも受け入れてるというか。
レニは女の子らしくなるために、まずは女の子を――ソフィアをよく知ろうと決めたらしかった。
女の子はこうすると嫌がる、どうすれば喜ぶ。
そんなことを気にするようになり、とてもいい傾向……だと思う。
ソフィアもとても嬉しそうだし。
でも……何だろうこの間違っている感じは。
三日前なんて、ソフィアはアベルとのデートにレニを連れて行った。
昼下がりのカフェで向かい合う、ソフィアとアベル。
ソフィアはニコニコで、横に座るレニのことを語って。
アベルはと言えば、終始無表情だった。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』のアベルは、爽やかな笑顔を常に絶やさなかったけれど、こっちのアベルはあまり愛想良くない。
だから無表情は特に珍しいことでもないんだけど……どう見たってあれは動揺を押し殺そうと必死な感じだった。
ソフィアからすればレニは初めての女友達。
嬉しくて仕方なくて、それを彼氏であるアベルと分かち合いたかったんだろう。
しかしアベル目線で見れば、新しい彼氏を喜々として紹介されたような……そんな気分だったんじゃないだろうか。
それでいてレニもアベルのそんな気持ちなんて読めるわけがないから、ソフィアとイチャイチャ……というか、仲のよい雰囲気を振りまいていて。
見てるこっちとしては、ハラハラして仕方なかった。
ちなみになんでそのデートの様子を私が知ってるかと言えば、変装して尾行していたからです。
だって心配だったんだだもの! レニにソフィアと仲良くなるようけしかけたの私だし、ちょっと責任感じちゃうというか。
護衛に付いてきてくれたメアは、明らかに三人の様子を面白がってたけどね!
ちらりとアベルの方を見れば、執務室の机に向かってカリカリと書類を作成している。
その顔は険しく、時折溜息を吐いていた。
本当はこの時間アベルは休みだったのだけれど、ソフィアと過ごそうとしたら断られてしまったらしい。
レニとの急な約束ができたから、ごめんねと言われてしまったらしいアベルは、現在相当な落ち込みモードだ。
「アベル元気出して。ソフィアはレニと買い物に行くだけなんだし、タイミングが悪い事もあるよ」
「別に……落ち込んでなんかいません。ソフィアに友達ができて嬉しく思ってます」
嘘だ! よどんだ空気が執務室内に流れてますよ!
あと後半棒読みで全く心がこもってないから!
――アベルをどうにかしなきゃ。
あまりギスギスさせてしまっては、折角ヤンデレから立ち直ったアベルがまた闇の世界の住人になってしまいかねない。
「ははっアベルったら、レニなんかに嫉妬してるんだ? レニは女だから、アベルのライバルにはならないよ? ソフィアの彼氏はアベルなんだから、堂々としてればいいのに」
執務室のソファーで寝転んでいたメアがそんなことを言う。
元暗殺者であるメアはレニの兄弟みたいなものでもあり、同時にアベルとも仲がよかった。
「……嫉妬なんてしてない。レニが女だってことはわかってるし、嫉妬なんて心が狭いみたいだろ。それに、もし僕がこの気持ちを伝えたとして。ソフィアが僕を好きだというのが勘違いだったら……立ち直れるわけがない。それなら曖昧なままでいい」
メアに答えるアベルは、どこからどうみても嫉妬する男そのものだった。
それでいて消極的だ。
「いやでも、二人は付き合ってるんでしょ?」
「僕はそのつもりでしたけど、ソフィアはそうじゃないのかもしれません。はっきり言葉にしたことはないですから」
尋ねればアベルが首を横に振る。
まだ告白してなかったらしい。
傍から見ていたら、二人が互いに想いあっているのはまるわかりだったから、付き合っているものだとばかり思っていた。
ソフィアの恋人だという自信がないからか、アベルは不安で動けないようだった。
「でも二人ともデートよくしてるよね」
「そうですけど……手までしか繋いでません」
指摘すれば、ちょっと不満そうにアベルが口にする。
その表情からすると、今の関係に満足していないのかもしれない。
思いの他、純なお付き合いをしていたようだ。
ゲーム内のアベルは手が早くて、女性の扱いに慣れてたのに差が激しい。
思い出せば、ゲームのアベルはヒルダのトラウマのせいで女性不信だった。
その不信感から、爽やかな顔で女を誑かして試して。
落ちたところで、手酷く捨てるようなキャラだったのだけれど。
ヒルダのトラウマがなくなった今のアベルは、全然違う性格になっているようだった。
ネガティブで若干面倒くさいところもあるけれど、純粋で。
悩んでる姿は普通の少年そのものだ。
「ソフィアは、誰にでも優しいですし……もしかしたら僕だけが勘違いしてた可能性があります。レニといると楽しそうですし。僕じゃあんなにソフィアを笑顔にすることはできないから」
「アベル嫉妬するくらいなら、好きだって伝えたらいいと思うよ。そしたら安心できるでしょ?」
面白くないという顔をしているアベルに、軽い調子でメアが言う。
思いっきりアベルが眉をひそめた。
プライドの高いアベルは、素直な気持ちを伝えることに抵抗があるんだろう。
――まったく世話が焼ける。
ここは私が一肌脱ぐしかなさそうだ。
「よしアベル、ソフィアに気持ちを聞きに行こう!」
「さっき言いましたよね。聞く気はありません」
立ち上がって言えば、アベルがきっぱり跳ね除けてくる。
「そんなこと言ってる間に、ソフィアが他の子とお付き合いしちゃってもいいの?」
「それは……」
メアが私の援護をすれば、アベルは言いよどむ。
嫌だとはっきり顔に書いてあった。
「レニって男っぽいからなぁ。女の子に興味津々だし、もしかしたらもしかするかもしれないよ? ソフィアも満更じゃなさそうだし」
煽るようにメアが悪戯っぽく笑う。
言えばアベルの顔がますます険しくなった。
「メア、お前はどっちの味方なんだ」
「もちろんアベルに決まってるじゃん。ちょうど今ソフィアが帰ってきたよ。庭の方にいる」
睨んでくるアベルに、メアは優しい口調でそんな事を言う。
優しい口調のメアなんて、何か企んでるとしか思えないんだけど、ここは乗っかっておくべきだと思った。
「メアの言う通りだよアベル。ずっとここで悩んでても解決しないよ? そんな気持ちのままソフィアと一緒にいるのは辛くない? その間にソフィアが他の人の所に行っちゃうかもよ?」
口にすればアベルの眉間のシワがいっそう深くなって。
焚きつけすぎたかなと不安になっていたら、アベルが立ち上がった。
「……ソフィアに気持ちを伝えてきます」
真っ直ぐな目をして、アベルが私に宣言する。
両想いなんだし、きっとうまくいくはずだ。
「行っておいで」
「はい」
背中を押すようにそう言えば、アベルは急ぎ足で執務室を出て行った。
続きは明日投稿予定です。




