【番外編6】レニと乙女の特訓
時系列的には、結婚式の少し前あたりとなります。
「問題です。あなたが好みの男の人に出会ったとします。次の内、もっともよいと思われる行動はどれでしょう」
一、彼の事を知るために、色々調査してまわる。
二、話すきっかけを作るため、小細工をしてみる。
三、とりあえず名乗って、名前を聞き出す。遊びに誘う。
四、攻撃を仕掛けてみる。
普段屋敷の少年達が勉強の際に使っている部屋の黒板に、大きく選択肢を書き込んでいく。
書き終えてから、さぁどれと尋ねれば。
四、と生徒であるレニは即答した。
「……一応理由を聞かせてくれる?」
即答したレニに、引きつった顔で尋ねてみる。
「見た目が好みでも、本当に強いかどうかは戦ってみねーとわかんねぇだろ?」
それ以外になにがあると、目の前でレニが肩をすくめる。
むしろそんな事もお前はわからねーのかよと言いたげな態度だった。
大体、予測はついていたから驚きはしないけれど。
これで本当に……レニが恋愛なんてできるんだろうか。
正直に言って、物凄く心配というか、不安しかない。
乙女ゲーム「黄昏の王冠」において、攻略対象であるユズルの妹・ヤヨイは本編前に病気で死ぬ運命にあった。
けれどひょんなことからヤヨイになった私は、どうにかその運命を回避して。
今そのヤヨイの体には、暗殺者である・レニが中に入っている。
暗殺者の父親に育てられたレニは、元々獣人の女の子なのだけれど、男として育てられたため言動がガサツだ。
ヤヨイの体に入った瞬間、うっとおしいからという理由で肩まであった栗色の髪をショートにし、服装はメアと同じフード付の上着に七分丈のズボンという格好でレニは過ごしていた。
その言動や格好のせいで、少女というよりは少年に見える。
「ハズレです! この場合の正解は四以外です!」
「何だよそれ。四以外はどっちかって言うと、諜報員の仕事だろ? 別に弱点を知りたいわけじゃないし、油断させて殺すのが目的ってわけじゃない。恋をしようっていうのに、何でそんなことしなきゃならないんだ?」
私の答えに心底レニは不満そうな顔した。
職業柄とは言え、レニは考え方が物騒すぎる。
男の魅力は強さが全てと思っているんじゃないだろうか。
相手の事を知る、イコール殺すため。
そうナチュラルに考えるあたり、レニは色々欠けている。
「もしも万が一、レニの方法で相手の男の人が強かったとして。レニはその後どう相手とお付き合いしていくつもりなのかな?」
「手に入れたいと思ったらどうにかして負かして、無理やりにでもオレのモノになってもらう。抵抗したら縛るなり監禁するなりして、オレの事を好きって言うまで追い詰めればいいだろ」
ふるふると震えそうになるのを抑えてできるだけ優しく聞けば、とんでもない答えが返ってくる。
駄目だコレ。
弱肉強食な獣の考え方だ。
むしろ獣でももう少し、何かあるだろと思えてくる。
夏に屋敷に戻ってきて、今は冬。
もう半年ほどの付き合いとなるけれど、あまりよくレニの事を私は知らない。
メアと兄弟のように育った、暗殺者の少女。
育つ環境が同じだったせいか、メアと似て表向き明るく、どこか空虚で常識に欠けているところがあった。
「……相手の立場に立ってよく考えてみてよレニ。いきなり攻撃されて、その人を好きになるなんてこと、ありえないでしょう?」
ぐっと堪えて、レニにもわかるよう言葉を砕く。
「まぁ、確かにな。いきなり攻撃してくる奴は敵だと思って、認識する前にサクッと殺っちゃいそうだ。まずは相手の事を知って、相手にも認識されてから仕掛けろってことだな」
レニは納得してくれたみたいだけど、私との間には大きな隔たりがあるようだ。
「こんなんで恋愛できるのかなぁ……」
「大丈夫だって。どうにか仕留めるからさ!」
何故私ではなく、当人のレニが全く気にした様子がないんだろう。
危機感が足りない。
しかも仕留めるって何だ。
やっぱり恋愛を狩りと勘違いしている気がする。
「レニ分かってる? 今のレニは花寄人なんだよ? 学園を卒業する三年間の間に運命の相手を見つけないと、アレなんだからね!」
魔法の基本六属性を持つレニの現在の体は、体内で魔力が結晶化する傾向にある。
結晶化は進行すると死に至る病。
タイムリミットは三年しかなかった。
けれど、三年の間に運命の人を見つけて、その相手と魔力を共有できれば……レニは死ななくてすむ。
でもこの三年の間に見つけられなかった場合は、とんでもない未来がレニを待っているのだ。
三年後には、封印が施されている花寄人の力が解放され、レニはビッ……強制的に複数人とそういう関係を持つ淫乱な子になってしまう。
体内の結晶化する力を複数人へ送り、死を回避するために必要なことではあるのだけれど、それはできるだけ避けたいところだ。
四年間、私は今レニが入っている体であるヤヨイとして生活してきた。
愛着だってあるし、レニにそういう思いはしてほしくない。
しかし、その必死さがいまいちレニには伝わっていない気がする。
「こうなったら、レニ。私がレニを一人前の乙女にしてみせるわ! 女らしさを叩き込んであげる! って、何で笑ってるの?」
「いやだって、あんたが女らしさって……くくっ、朝食三杯もおかわりして、ない胸張って女らしさって言われても。ははっ面白いよな、あんた!」
人が真剣に言ってるのに、レニときたら爆笑している。
とりあえず特注のハリセンで叩いておいた。
暴力はあまり好きじゃないけれど、レニにはこういう手段も必要だ。
さらりと人を馬鹿にしてくる上、口が悪すぎる。
「ってぇ! 何するんだよ!」
「今日からは私がレニの先生です。口答えは許しません! 学園に入る前にビシバシ鍛えて、ばっちり女らしくなってもらいますからね!」
びしっとハリセン突きつけてレニにそう宣言すれば。
「先生って、あんたの方が女らしさの先生が必要なんじゃね……って、痛いだろうが! 正直に言っただけだろ!?」
相変わらず一言多かったので、とりあえずもう一発お見舞いしておいた。
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啖呵を切ったものの、どうやってレニを女の子らしくするべきか。
悩みすぎて、そもそも女らしさって何だったっけという気持ちになってきた。
一人で考えても答えがでそうにない。
この春からレニは学園に通う。
もうすぐ私とイクシスの結婚式もあることだし、どうにか少しでもこの問題を解決しておきたかった。
女らしさか……身近な人で一番最初に思いついたのは、メイドのマリアだ。
母性の固まりと言っていい、ほんわかとした包容力。
女らしい丸みを帯びたシルエットは、女の私からしても憧れるところだ。
そう言えば、以前マリアにお願いした結果、ツンツンしてたアベルが丸くなったという成功例があった事を思い出す。
「メイコ様が頼ってくださるのなら、わたし頑張りますね! 今日からレニ様をわたしたちの部屋でお預かりしてもよろしいでしょうか。ザックは一人立ちして別の部屋になってしまいましたから、部屋のベッドも一つ空いていますし」
早速協力をお願いすれば、マリアは快く引き受けてくれた。
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マリアだけに任せるのもアレだよね。
私なりにどうにかレニを女の子らしくする手段を考えなきゃ。
そんなことを考えながらも、少しパタパタしてて忙しくて。
気付けば一週間が経っていた。
久々に落ち着いた時間が取れたので、ハーフエルフのピオやクオと畑で作業をしていたらレニがやってきた。
「おい……部屋どうにかしてくれねぇ?」
レニは何故か疲れた顔。
甘い色合いのワンピースを着て、髪にはリボンを付けている。
「レニ、ずいぶん可愛くなったね?」
「女の子の友達ってはじめてとか言われて……ソフィアに毎日着せ替えられてるんだよ。なんか甘くていい匂いするし、調子狂う」
マリアの娘であるソフィアは、病弱で外へあまり出たことがない。
最近では体がしっかりしてきて、ようやく普通の子並みの生活ができるようになったところだ。
清楚可憐でいかにも女の子といった感じのソフィアは、今までレニの周りにいないタイプだったんだろう。
戸惑っている様子だけれど、これは思いのほか成果が出ているように見えた。
服装のせいなのか、珍しくレニがしおらしい。
「いい傾向じゃない。二人から女らしさをしっかり学んで……ちょ、ちょっとレニ、いったいなんなの!?」
近寄ってきたレニいきなりベタベタと体を触りだし、私の匂いを嗅ぎ始めた。
「あのふたりいい匂いがして、抱きつかれると柔らかいんだ。香水臭い暗殺対象の女達とはなんか違うっていうか、実は女ってあれが普通なのかなって思ってさ。一応同じ女のメイコで確認しようと思ったんだが、土臭いな」
「さっきまで畑仕事してたから……って、ちょっと恥ずかしいからやめなさい!」
真剣に悩んでる顔をしながら、人の首筋を嗅いだり、胸を揉もうとするのはやめて欲しい。
そしてさらりと口にしたけど、それ私が女らしくないって言ってるよね!?
「女の子に対して、そうやって無意味にベタベタしない! 驚くでしょ!」
パァンとハリセンで叩けば、ほらやっぱり違う生き物だと言いたげにレニが視線を寄越す。
「マリアとソフィアはオレにべたべたしてきたぞ!? 可愛いとか言って抱きつかれて、いきなり脱がされてドレス着せられた。オレが同じ事したら怒るのかよ!」
「レニのは何か違うから駄目です。女の子を珍獣扱いしないこと!」
訴えを前面却下すれば、レニがじと目でこっちを見つめてくる。
「女の子って、あんた結構いい年……痛っ! 何すんだよ!」
「女性に歳の事をいうのは禁止。わかった?」
ハリセンを手でバシバシと叩いて威嚇すれば、私の殺気を感じ取ったのかレニはコクコクと頷いた。
「わかればよろしい。それじゃ私これからお風呂に入って、街に出かけてくるから」
「ちょっと待て。オレが言った件はどうなるんだよ。頼むからソフィアと別の部屋にしてくれ!」
歩き出そうとすれば、ちょっと必死な様子で止められる。
「ソフィアと一緒にいるのは嫌なの?」
「嫌ってわけじゃねーけど、あいつが嫌なんじゃないかと思ってよ」
レニの顔は渋い。
「もしかして、ソフィアと何かあったの?」
「……庭で散歩してたら、ソフィアが空指して珍しい鳥が飛んでるって嬉しそうにいうからさ。欲しいならとってやろうと思って、ナイフ投げて落としたら泣かれた」
気まずそうに目を逸らして、レニが口にする。
おそらくソフィアは珍しい鳥を一緒に眺めて、その感動を共感して欲しかったんだろう。
でもレニにそれは伝わらなかったようだ。
「なぁ、なんでソフィアは泣いたんだ?」
レニが私に向けてくる目は純粋で、本気でわからないと言った顔だ。
「誰かが死んだら悲しいでしょ?」
「別に死んだらいなくなったんだなって思うだけだ。知り合いだったら少しは思うこともあるかもだけど、それまでだ。それにオレが落としたのは、ただの鳥だぜ?」
伝わらないんだろうなと思ったけれど、やっぱりそうだった。
そのことが悲しい。
そういう生き方を、レニはずっと生まれた頃からしてきた。だから殺す事にためらいもなければ、誰かの死に興味もないんだろう。
殺したら死ぬ、その程度でレニにとって、そこに感情の入る余地はない。
だからこそ、兄弟のように育ったメアに暗殺をしかけることもできたんだろう。
多分、これは言葉で言ったところでどうにもならない。
メアがそうだったように。
でもきっと、ソフィアが泣いたことを気にはしてるみたいだから、変わってはいけるはずだ。
「なんであんたまで、泣きそうな顔してんの? 調子狂うんだけど。オレ、何かまずい事した?」
「ソフィアはレニと一緒に珍しい鳥を見たかっただけなの。生きてる鳥を可愛いねって言って欲しかったのよ」
困ったような顔をするレニに言えば、余計にわからないという顔をする。
鳥を可愛いなんて、レニは思ったことがないんだろう。
「やっぱりわかんねぇ。とりあえず殺したのがいけなかったんだな?」
「そうね」
「女って難しい……」
憮然とした表情でレニは呟く。
女とかそれ以前の問題な気がするけれど、それは口にはしなかった。
「……オレさ、ソフィアに嫌われたかな。別に目の前の対象が泣こうがわめこうが、どうでもいいはずなのに、あいつが泣くと嫌な気持ちになったんだ。オレ、泣かせたかったわけじゃなかった」
レニの告白に驚く。
俯く顔は苦しそうで、落ち込んでるように見えた。
初めて見るレニの顔だ。
「なら、仲直りしなくちゃね」
「仲直り?」
言えば、思いつきもしなかったというようにレニが首を傾げる。
「そう仲直り。ごめんねって言って、謝るの」
「でもオレ、何が悪かったかよくわかってないんだぜ?」
「けど、ソフィアを泣かせたことを悪いなって思ってるんでしょ? ならその気持ちを伝えればいいの。いつかきっと、なんでソフィアが泣いたのかわかる日がくるから」
きっとその日はそんなに遠くない。
願いながら、目線を合わせて言葉を紡ぐ。
「それにね、女の子は鳥の死体よりお花の方が好きなの。プレゼントして謝ったら、きっと許してくれると思うよ?」
「花なんて貰って嬉しいのか? 何に使えるわけでもないし、食べられる鳥の方が絶対貰って嬉しいだろ」
さっぱりわからんとレニは首を傾げる。
「……お花、貰って嬉しいよ?」
「ピオとクオの花壇から、一緒に選んであげる!」
私の側にいたハーフエルフのクオがそう言って、明るい調子で兄のピオがレニの腕を取る。
レニは少し悩んだ様子を見せたけれど。
「ソフィアが花好きって言うなら……渡してみる。頼んでもいいか?」
「うん!」
「可愛いの選ぶ」
おずおずと口にしたレニに、ピオが頷き、クオが微笑む。
泣かせたくないと思う誰かがいて、大切だと思えるものができたなら。
きっとレニも変われるはずだ。
ピオやクオに教えてもらいながら花を選ぶ横顔は真剣で。
それを見て、思わず笑みが零れた。




