【番外編3】エリオットとヒルダ様2(エリオット視点)
★本編13話から32話くらいまでのエリオット視点の話となります。イクシスのキス事件~獣人の国から帰ってくるまでのお話です。
ヒルダ様と庭でお茶をしていたら、竜のイクシスがやってきた。
二人は喧嘩してるようだ。
イクシスが悪い事をして、ヒルダ様を怒らせたらしい。
「なぁ、悪かったって。おい聞こえてるんだろ。無視すんなメイコ!」
イクシスは時々、ヒルダ様をメイコって呼ぶ。
前までのヒルダ様は、イクシスのことをヒースって呼んでいて、仲はよくなかった。
イクシスは時々しか姿を現さなかったから、あまり僕はイクシスの事を知らない。
「悪かったって言ってるだろ。機嫌なおせ」
ヒルダ様の顔をイクシスが覗き込む。
ツンとヒルダ様が顔を逸らす。
二人の距離は結構近くて。
喧嘩してるのに、仲がいいなと思う。
話し方が二人とも前とは違うし、漂ってる雰囲気がまるで違う。
以前のヒルダ様は、イクシスを上から押さえつけていて。
イクシスはそれが嫌でしかたない感じで、反抗ばかりしていた。
なのに今は会話にも遠慮がなくて、二人は対等という感じだった。
「たかがキスくらいでこんなに怒ると思わなかったんだ。こんなに謝ってるだろ。そろそろ許してくれ」
イクシスの言葉に、ぴくりと耳を動かす。
無理やり、ヒルダ様にイクシスがキスをした。
だからヒルダ様は怒ってるみたいだ。
「……なんか目が怖いぞ。しかも擦れた感情が伝わってくるし。何で謝るたびに機嫌悪くなるんだよ。いい加減にしろよメイコ」
イクシスがむっとした顔になって、ヒルダ様を睨む。
そんなイクシスからヒルダ様を庇うように立ち上がって、イクシスを見つめてみた。
「な、なんだよ」
「……」
イクシスは僕に困ったような、驚いたような顔を向けてくる。
ヒルダ様の手を引いて、木の根元へつれてく。
いつもお昼寝をする場所。
ヒルダ様の唇にキスをしていいのはジミーだけ。
ほっぺや体や手にはいっぱいしていいけど、唇は駄目。
いつもヒルダ様と仲良くないイクシスは、それを知らなかったみたいだ。
――ヒルダ様、嫌なことされた。
だから、怒ってる。
「膝枕、する」
「……えっと、それじゃ失礼します」
いつもヒルダ様がしてくれてるように、膝枕をしてあげる。
頭を撫でてみる。
そうしたら心がふわってなって、落ち着くんだってことを僕は知ってた。
嫌なことを忘れるには、眠るのがいい。
でも、ヒルダ様は目を閉じない。
驚いたように、僕を見つめてる。
「気持ち良いことと、寝てるときだけは。嫌なこと……忘れられる」
もしかして、そのことを知らないのかもしれない。
教えてあげれば、何故かヒルダ様はくしゃりと顔を歪ませた。
それからいきなり起き上がって、ぎゅっと抱きしめてくる。
「もう、ホント可愛いっ! 慰めてくれてありがとうエリオット!」
嬉しそうにヒルダ様はそんな事を言う。
いきなりだったから、びっくりした。
「……苦しい」
「ご、ごごめん! 力入りすぎた? 骨折れてない?」
一言そう言えば、ヒルダ様は今度は焦りだした。
ぺたぺたと僕の体を触って、心配そうな顔をする。
また胸の奥の奥が、ふわりと温かくなる。
何故かヒルダ様が、僕の顔を見て目を見開いた。
「どうしたの?」
首を傾げればまたぎゅっと抱きしめられる。
「エリオット可愛いっ!」
可愛いを連呼して、興奮したようにヒルダ様が抱きしめてくる。
なんで喜んでいるのか、可愛いといわれたのかはわからなかった。
でも、そうやって抱きしめられていると。
胸の奥から何かが溢れてきて。
少しだけ自分から手を伸ばして、その感覚を逃がさないようにヒルダ様に抱きつく。
それだけで、ヒルダ様は幸せそうに笑ってくれて。
どうしてか、それを見てると僕まで幸せな気分になった。
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「行ってくるね、エリオット。すぐ戻ってくるから、お留守番よろしくね!」
ある日そう言って、ヒルダ様は獣人の国へ出かけて行った。
午前中の勉強が終わって、庭にあるテーブルへ行く。
いつもそこでお茶を飲んでおしゃべりして、遊んで後にヒルダ様とお昼寝をする。
テーブルが見える場所まできて、思い出す。
……今日、ヒルダ様いないのに。
わかってて、ちゃんと話は聞いてた。
どうしてここにきたんだろう。
部屋で眠っていればよかった。
暗く沈んだ気持ちになって、部屋に行って。
そのまま眠った。
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「エリオット、お姉ちゃんは獣人の国に行ってるから探したって意味ないよ」
ウサギの獣人・ベティが僕に言う。
そんなこと、わかってる。
どこにもヒルダ様がいないのが落ち着かなくて、屋敷を歩き回る。
探していれば、どこかにいるかもしれないって思える。
いないことはわかっているけど。
でも、じっと大人しく聞き分けのいい子をしていたら。
ヒルダ様がご主人みたいに、目の前からいなくなる気がした。
歩きつかれて眠る。
眠るのは好きだった。
早く明日がこればいいと思う。
そしたら、ヒルダ様がきっと帰ってきている。
けど、次の日もその次の日も。
ヒルダ様は帰ってこなかった。
寝て起きても、ヒルダ様がいない。
それが嫌になった。
何度も何度も、期待して落胆するのはもういやで。
眠るのが怖くなった。
朝起きて、ヒルダ様がいない。
いつまでもどこまでも眠ったって、同じ事の繰り返しだったら。
明日もそのまた次の日も。
ご主人のように、こなかったら?
ずっとぐるぐる探して、探して。
帰ってくるって言ってた予定の日も過ぎた。
――捨てられた?
そんなはずはない。帰ってくる。
大丈夫帰ってくる。
そう思うのに、苦しくて苦しくてしかたなかった。
ヒルダ様がいない時間が長くて、逃げたくなる。
でも逃げるように眠って、起きたときいないことを知ると怖くなる。
早く頭を撫でて、名前を呼んで欲しかった。
明日になっても、ヒルダ様の姿がないことを想像するだけで苦しくなる。
ヒルダ様とよく昼寝をしていた場所でじっと膝を抱えてうずくまる。
「そうやって人に執着しない方がいいよ? 一度捨てられて、まだ懲りてないの?」
いつのまにか僕の頭上にある木の枝に、猫の獣人・ディオが寝そべっていていた。
「人と獣人は違うよ、エリオット。オレたちはペットなんだから、本気になったところで飼い主が飽きたら捨てられるんだ。そうやって何回も傷つくのって馬鹿らしいよ?」
嫌味というよりも、まるでそういう経験をしたことがあるかのよう。
見上げれば、金色の瞳と目があう。
いつもは悪戯っぽい表情をしてるディオが、真面目な顔をしていて。
その瞳はどこか苦しそうに揺れてる気がした。
「ディオ誰かに捨てられたこと、あるの?」
「……」
聞いちゃいけないことだった?
口に出してから思う。
ディオは眉を寄せていた。
怒ったような何かを考え込むような顔で、ひょいっと目の前に下りてきて。
大人の姿になって、ディオは僕の目の前にしゃがみこむ。
「誰かに執着しちゃって捨てられて。それでも忘れられなかったらさ。辛い想いをするのはエリオットだからね? ずっとオレみたいに、苦しんで過ごすことになるんだ。だからやめろって、オレは言いたいの」
忠告だという風に、ディオは口にする。
「……ディオ、大人になれたんだ?」
「まぁね。人に執着して捨てられてこうなった。なのに今でも好きだから、こうやって変身できるんだ。報われないよ、エリオット? 今のお前、昔のオレみたいで見てられないんだ」
尋ねれば優しい口調で、ディオは言う。
ディオはわかり辛いけれど、僕を心配してくれてた。
「楽しいことだけ追いかけていればいいよ。契約だって割り切って、相手を必要以上に好きになったら駄目だ。またエリオットが辛い思いをするんだよ?」
ディオの言葉に、そうかもしれないと思う。
この間までは楽だった。
寝て、気持ちいいことだけ追いかけて。
でも――今はこんなにも苦しい。
それでもヒルダ様がしてくれたことを、契約だって思って。
向けられる気持ちを、全部手放す事は無理だった。
嬉しいとか、幸せとか。
この間までなかった、ふわふわする気持ち。
今の辛い思いと引き換えに、僕の中に戻ってきた。
「ディオは、好きにならなければよかったって思うの?」
「――っ!」
質問に、ディオが顔を歪ませる。
その顔は、少し泣きそうにも見えた。
「……思ってないから、苦しいままなの! 本当、エリオットって愚かだよね」
そう言って、ディオは僕の前から去って行ってしまった。
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「ど、どうしたのエリオット?」
戸惑ってるヒルダ様に抱きつく。
ヒルダ様は、ちゃんと帰ってきてくれた。
でも実感が湧かなくて、消えたら嫌で。
抱きしめてるのに怖くてしかたなかった。
「お姉ちゃんがなかなか帰ってこないから、また捨てられたと思ったんだよ。エリオットは」
ディオの馬鹿にしたような声が聞こえる。
「人に執着するとロクな事ないのに。どうして懲りないんだろ?」
忠告はしたよというようにそう言って、ディオがどこかに行ってしまった気配がした。
「エリオット、ただいま」
名前を呼ぶ声。
ただいまって言葉が、特別に聞こえる。
喉の奥に固まりがこみ上げてきた。
「……っ、置いていかれたと、思った」
帰ってきてくれた。
置いていかれたわけじゃなかった。
それだけで十分で、嬉しくて。
胸に溜まってた苦しいとか、寂しいとかが溶けて消えてく。
「ごめんねエリオット。不安にさせちゃったのね。大丈夫、エリオットを置いていったりしないわ」
優しくそう言って、ヒルダ様が抱きしめてくれて。
温かなぬくもりに、体の力が抜けていくのを感じた。