【番外編2】エリオットとヒルダ様(エリオット視点)
★微妙にR15です。
★エリオットがヒルダに拾われて、メイコの元に辿りつくまでのお話になります。
気持ちいいことは好き。
嫌なことを忘れていられるから。
眠ることは好き。
何も考えないでいられるから。
ただそうやって、ぼんやりとすごしていたら。
目の前に、綺麗な女の人が現れた。
「そう、あなた主人に捨てられたのね」
「……迎えにくるって、言ってた」
お客さんとしてやってきた女の人は、酷いことを言った。
ご主人は、ちゃんと迎えに来る。
だから、僕はここで待ってなきゃいけない。
「認めなさいエリオット。あなたは捨てられたのよ。可哀想にね?」
くすくすと綺麗な声で、女の人は笑う。
可哀想、可哀想。
言われて腹は立たなかった。
本当は、ご主人に捨てられたことに気付いていたから。
でも……そんなの忘れていたかった。
「あら、無表情かと思ったらそんな顔もできるのね。可愛い」
覗き込んでくる瞳は、綺麗だけど怖い。
ギラギラとしてて、強い光が僕の中に入り込んでこようとしてるみたいだ。
それが嫌で、自分をここから遠くに置く。
「決めたわ。ワタクシがあなたの新しい主人になってあげる。誰にも渡さず、一生飼い殺しにしてあげるわ。だから、安心してワタクシに繋がれてなさい」
僕の首をなで上げて、顎を捉えて上を向かせて。
楽しそうにその唇が歪んで、その顔から目が離せなくなる。
意地悪に笑う顔は自信に溢れていて。
――僕はその日から、ヒルダ様のモノになった。
ヒルダ様の側は、心地よかった。
不安になるたびに、僕はヒルダ様のものだって教えてくれる。
「あなたはワタクシのモノよ、エリオット」
そう言ってくれて、ぬいぐるみのように抱きしめて。
くすくすと笑うヒルダ様が好きだった。
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「お前は優秀な馬だ。私も誇り高いよ」
そう言って、ご主人はいつも褒めてくれた。
白い毛並みを撫でて、走るので一番になったら喜んでくれた。
だから僕は走るのを頑張った。
でも段々と苦しくなってきた。
ご主人は一番でないと、僕を叱りつける。
一番じゃないと駄目で、一番以外だと意味がない。
ある日僕は熱を出した。
その日は大事なレースがあった。
ご主人には他の馬もいた。
でもそれは、勝ち抜いてきた僕にしか出れない試合だった。
ご主人は僕に薬を打って。
走れ、頑張れ、何が何でも勝つんだと言った。
この勝負は今までで一番大切で、ご主人の名誉がかかってる。
こんな時に体調を崩すなんて何を考えてるんだと怒鳴られた。
疲れてても休ませてもらえない。
僕を出せば一位が取れる。
だから、勝てそうなレースにはご主人は僕を全部出していた。
辛いとか苦しいとか遠まわしに言えば、お前の代わりの馬ならいくらでもいると言われてしまうのが嫌で。
僕は何も言わなくなった。
勝たなきゃいけない。
頭がぐるぐるまわって、眩暈がした。
けど足を出して、駆けて。
何のために走ってるのか、わからなくなった。
ご主人に喜んでほしかったはずなのに、今ではご主人に叱られないように走っている。
一位になったところで、ご主人はお前なら当然だ。次も一位を取れというだけだ。
……どこまで僕は走ればいい?
その大切なレースで、どうして走ってるのかわからなくなって。
もう少しで一位だという所で、人型に戻ってしまった。
後ろから来た外の馬に跳ね飛ばされて。
体中が痛かった。
「大丈夫かエリオット! すぐに医者に治させるからな!」
ご主人は、僕をすぐに医者の所へ連れて行ってくれた。
無理をさせて悪かった。
ご主人は謝ってくれて、優しくしてくれた。
早く良くなって走ろうなと言われたけれど。
僕は――もう走りたくないと思ってしまった。
その日から僕は馬の姿になれなくなった。
ご主人の僕に対する態度は日に日に冷たくなって。
ある日僕は、煌びやかな場所へ連れて行かれた。
夜の中に光るその場所は、キラキラしてるのに何だか怖くて。
じろじろと変なおじさんに顔を見られて、そのおじさんがご主人にお金を渡した。
おじさんが僕の手を引いて、ご主人から引き離した。
嫌な予感がして、ご主人に手を伸ばした。
「いい子にしてたら、いつか迎えにくる。それまでおじさんのいう事をきくんだぞ」
適当に宥めすかすような言葉で、ご主人に頭を撫でられる。
感情のこもらない言葉で、それが嘘だってわかった。
――置いていかないで。
そう言えたらよかった。
でも、手を伸ばしたら。
聞き分けのない子だと思われてしまう。
嫌われてしまう。
「うん」
だから、僕は――頷いた。
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「エリオット、エリオット!」
誰かに必死になって名前を呼ばれて、目を覚ます。
心配そうな翠の二つの目が僕を見てた。
その後ろには木の葉がさわさわとゆれて、隙間から青空が見える。
膝枕されて、さっきまで寝ていたことを思い出した。
「大丈夫? うなされてたけど」
僕の額の汗を、ヒルダ様がハンカチで拭ってくれる。
悪い夢を見ていた。
ご主人に売られたときの夢。
最初の頃によく見ていて、今ではあまり見なくなった、ご主人に捨てられた記憶。
眠れば嫌な現実から離れられる。
でも眠っている間に時間が早く過ぎて、また現実がやってくる。
ご主人に捨てられて、僕はここにいた。
「嫌な夢……見てた。捨てられた時の夢」
「そっか、怖かったよね。大丈夫だよ」
優しくヒルダ様は頭を撫でてくれる。
前までのヒルダ様とは違う、陽だまりのような香りがする。
もう大丈夫だからね。
何度も僕に言い聞かせるようにそう言って。
泣きそうな、でも力強い瞳で僕を見る。
撫でてくる、温かな手が心地よくて。
――こんな現実なら、眠るよりももう少しこのままがいい。
そんなことを思った。




