表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/137

【番外編2】エリオットとヒルダ様(エリオット視点)

★微妙にR15です。

★エリオットがヒルダに拾われて、メイコの元に辿りつくまでのお話になります。

 気持ちいいことは好き。

 嫌なことを忘れていられるから。

 眠ることは好き。

 何も考えないでいられるから。


 ただそうやって、ぼんやりとすごしていたら。

 目の前に、綺麗な女の人が現れた。


「そう、あなた主人に捨てられたのね」

「……迎えにくるって、言ってた」

 お客さんとしてやってきた女の人は、酷いことを言った。

 ご主人は、ちゃんと迎えに来る。

 だから、僕はここで待ってなきゃいけない。


「認めなさいエリオット。あなたは捨てられたのよ。可哀想にね?」

 くすくすと綺麗な声で、女の人は笑う。


 可哀想、可哀想。

 言われて腹は立たなかった。

 本当は、ご主人に捨てられたことに気付いていたから。

 でも……そんなの忘れていたかった。


「あら、無表情かと思ったらそんな顔もできるのね。可愛い」

 覗き込んでくる瞳は、綺麗だけど怖い。

 ギラギラとしてて、強い光が僕の中に入り込んでこようとしてるみたいだ。

 それが嫌で、自分をここから遠くに置く。


「決めたわ。ワタクシがあなたの新しい主人になってあげる。誰にも渡さず、一生飼い殺しにしてあげるわ。だから、安心してワタクシに繋がれてなさい」

 僕の首をなで上げて、顎を捉えて上を向かせて。

 楽しそうにその唇が歪んで、その顔から目が離せなくなる。

 意地悪に笑う顔は自信に溢れていて。

 ――僕はその日から、ヒルダ様のモノになった。


 ヒルダ様の側は、心地よかった。

 不安になるたびに、僕はヒルダ様のものだって教えてくれる。


「あなたはワタクシのモノよ、エリオット」

 そう言ってくれて、ぬいぐるみのように抱きしめて。

 くすくすと笑うヒルダ様が好きだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「お前は優秀な馬だ。私も誇り高いよ」

 そう言って、ご主人はいつも褒めてくれた。

 白い毛並みを撫でて、走るので一番になったら喜んでくれた。

 だから僕は走るのを頑張った。


 でも段々と苦しくなってきた。

 ご主人は一番でないと、僕を叱りつける。

 一番じゃないと駄目で、一番以外だと意味がない。

 

 ある日僕は熱を出した。

 その日は大事なレースがあった。

 ご主人には他の馬もいた。

 でもそれは、勝ち抜いてきた僕にしか出れない試合だった。


 ご主人は僕に薬を打って。

 走れ、頑張れ、何が何でも勝つんだと言った。

 この勝負は今までで一番大切で、ご主人の名誉がかかってる。

 こんな時に体調を崩すなんて何を考えてるんだと怒鳴られた。


 疲れてても休ませてもらえない。

 僕を出せば一位が取れる。

 だから、勝てそうなレースにはご主人は僕を全部出していた。

 辛いとか苦しいとか遠まわしに言えば、お前の代わりの馬ならいくらでもいると言われてしまうのが嫌で。

 僕は何も言わなくなった。


 勝たなきゃいけない。

 頭がぐるぐるまわって、眩暈がした。

 けど足を出して、駆けて。

 何のために走ってるのか、わからなくなった。


 ご主人に喜んでほしかったはずなのに、今ではご主人に叱られないように走っている。

 一位になったところで、ご主人はお前なら当然だ。次も一位を取れというだけだ。


 ……どこまで僕は走ればいい?

 その大切なレースで、どうして走ってるのかわからなくなって。

 もう少しで一位だという所で、人型に戻ってしまった。

 後ろから来た外の馬に跳ね飛ばされて。

 体中が痛かった。


「大丈夫かエリオット! すぐに医者に治させるからな!」

 ご主人は、僕をすぐに医者の所へ連れて行ってくれた。


 無理をさせて悪かった。

 ご主人は謝ってくれて、優しくしてくれた。

 早く良くなって走ろうなと言われたけれど。

 僕は――もう走りたくないと思ってしまった。


 その日から僕は馬の姿になれなくなった。

 ご主人の僕に対する態度は日に日に冷たくなって。

 ある日僕は、煌びやかな場所へ連れて行かれた。

 夜の中に光るその場所は、キラキラしてるのに何だか怖くて。

 

 じろじろと変なおじさんに顔を見られて、そのおじさんがご主人にお金を渡した。

 おじさんが僕の手を引いて、ご主人から引き離した。

 嫌な予感がして、ご主人に手を伸ばした。


「いい子にしてたら、いつか迎えにくる。それまでおじさんのいう事をきくんだぞ」

 適当に宥めすかすような言葉で、ご主人に頭を撫でられる。

 感情のこもらない言葉で、それが嘘だってわかった。


 ――置いていかないで。

 そう言えたらよかった。


 でも、手を伸ばしたら。

 聞き分けのない子だと思われてしまう。

 嫌われてしまう。

 

「うん」

 だから、僕は――頷いた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「エリオット、エリオット!」

 誰かに必死になって名前を呼ばれて、目を覚ます。

 心配そうな翠の二つの目が僕を見てた。

 その後ろには木の葉がさわさわとゆれて、隙間から青空が見える。

 膝枕されて、さっきまで寝ていたことを思い出した。


「大丈夫? うなされてたけど」

 僕の額の汗を、ヒルダ様がハンカチで拭ってくれる。


 悪い夢を見ていた。

 ご主人に売られたときの夢。

 最初の頃によく見ていて、今ではあまり見なくなった、ご主人に捨てられた記憶。


 眠れば嫌な現実から離れられる。

 でも眠っている間に時間が早く過ぎて、また現実がやってくる。

 ご主人に捨てられて、僕はここにいた。


「嫌な夢……見てた。捨てられた時の夢」

「そっか、怖かったよね。大丈夫だよ」

 優しくヒルダ様は頭を撫でてくれる。

 前までのヒルダ様とは違う、陽だまりのような香りがする。


 もう大丈夫だからね。

 何度も僕に言い聞かせるようにそう言って。

 泣きそうな、でも力強い瞳で僕を見る。


 撫でてくる、温かな手が心地よくて。

 ――こんな現実なら、眠るよりももう少しこのままがいい。

 そんなことを思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ