【番外編1】竜に染まる花嫁
R15なイクシスとメイコの結婚式後の番外編です。
「んーっ!」
背中の肩甲骨の延長に、力をこめて動かす。
やっぱりうまく羽ばたけなくて、浮くことさえできなかった。
ちょっと力みすぎてよろけたところを、イクシスが後ろから支えてくれる。
「だから、まだ無理だって言っただろ。完全に竜化したわけじゃないんだ」
労わるように私の背中にある翼を、イクシスが撫でる。
乳白色の柔らかな翼は、コウモリの羽のような形をしていた。
「それはわかってるんだけど、翼があると思うとちょっと挑戦したくなっちゃって」
イクシスと結婚して、竜族の神殿に籠もって十日。
三日ほど前から、私の背中には乳白色の翼が生えていた。
今日は少しだるい体を引きずって、庭で飛んでみようと翼を動かしていたのだ。
白を基調とした神殿は、里の高い位置にあり、私とイクシス以外誰もいない。
食事や風呂の用意はいつの間にかされているので、竜族の誰かがいるのだろうけれど、姿を見せないようにしているみたいだった。
竜族の花嫁の多くは、夫の竜から逆鱗を受け取り、この場所で人から竜になる。
たっぷりと竜からの愛情をその身に受けることで、体内の逆鱗が反応し、花嫁の体は竜に近づいていくらしい。
この神殿は竜にとって居心地のいい場所らしく、花嫁が竜になるのを促進させる場所だということだった。
確かに風は心地いいし、清廉な空気が流れている気がする。
しかし私とイクシスがやっていることと言えば、毎日その……結構爛れているような気がしないでもない。
正直いちゃいちゃしかしてないというか。
これが花嫁を竜族にする正式な儀式だから、しかたないと言えばしかたないんだけど。
竜族って色々と半端ない。
どう考えても、花嫁の体が持たないというか。
十日経って、ようやく外に出れるくらいに体力が回復したかなというところだ。
イクシスさんの方は、ずっと元気だったんですけどね!
えぇ、もう本当に……元気すぎて、毎日泣かされたというか。
竜化を口実に、やりたい放題というか。
今迄待たされた分とばかりに、初めてなのに最初から色々激しかった。
「んっ……」
少し思い出して赤くなっていたら、イクシスがふいに私の翼を甘噛みしてくる。
今まで感覚がなかった部分への刺激は、妙にむず痒い。
背中の翼も、自分の一部なんだと思い知らされるようだ。
昨日も一昨日も私の翼を舐めたり、噛んだり散々したのに、イクシスは飽きないようだった。
「ちょっとイクシス、悪戯しないで……っ、あ」
生えかけている尻尾の方にも、イクシスの手が伸びる。
まだ三十センチほどしかない尻尾の付け根をさすられると、くすぐったくて声が上がった。
「俺と同じものがメイコにもあると思うと……興奮する」
振り向けば、ギラついたイクシスの瞳と目が合って体が熱くなる。
これはまずいと、力が抜けそうになる体でどうにかイクシスの腕から抜け出す。
そのまま身を任せてしまえば、少なくとも三日はまた再起不能にされてしまうとこの短い間で学んでいた。
「ねぇイクシス、私の翼クリーム色っぽいけど、こういう色の竜なの? てっきり私、イクシスと同じ赤い竜になると思ってたんだけど」
「まだ話してなかったか? 花嫁の翼は最初皆そういう色なんだ」
気を逸らすように質問すれば、イクシスは答えてくれる。
「俺の父さんが黒竜で、その逆鱗を貰った母さんが赤竜であるように、花嫁の竜体の色は夫の色と一緒ってわけじゃないんだ。最初はクリーム色で、多分あと三日もすれば色がついて儀式は終了だ」
優しく愛おしむように、正面からイクシスが私の翼を撫でる。
妙に照れくさかった。
「じゃあ染まるまで、色はわからないってことなんだね?」
「持ってる属性と得意な魔法傾向、あとは性格から大体なら予測はできるぞ。占いに近いものがあるが、わりとよく当たるんだ」
竜の体の色で、性格や傾向がわかるとイクシスは口にした。
光や炎属性が強いと、赤か黄色の竜になりやすい。
攻撃系が得意で真っ直ぐ、情に厚いタイプだと赤い竜が多いのだと言う。
補助魔法系が得意だと黄色で、マイペースな性格が多いとイクシスは口にした。
闇や水属性が強いと、青や紫の竜になりやすい。
薄い青や紫だと、回復や補助魔法系が得意で優しい性格が多い。
濃い青や紫だと、クールかもしくは嗜虐的な性格の竜が多いのだと言う。
風や土属性が強いと、緑や茶色の竜になりやすい。
薄い色だと、補助魔法や錬金術系の魔法が得意で、のんびりした性格が多いらしい。
濃い色だと、攻撃を得意とする事が多く、爽やかだったり真面目だったりする竜が多数を占めるようだった。
つまりは血液型占いみたいなものなんだなと理解する。
イクシスは赤い竜で、風と光属性。
確かに情に厚いタイプだよねと、そんな事を思う。
「メイコの場合、その体が持ってる魔法の属性がわからないからな。性格だけで考えると……俺と同じ赤い竜のような気もする」
楽しそうにイクシスが口にする。
私の翼が染まる瞬間が待ち遠しいというような口ぶりだった。
「そう言えばイクシスが教えてくれた中に、黒竜はなかったけど。黒竜の性格診断はどんな感じだったりするの?」
「黒竜の場合は、性格というより数奇な運命を持って生まれるって言われてるな。力が強いせいかもしれないが、父さんの場合は魔族に育てられて魔王をすることになってたし、オウガも結構苦労してる……あっ、そう言えば」
気になって尋ねれば、イクシスが何かに気付いたように声を上げる。
「……いや、でもな」
「気になるよ。教えて!」
難しい顔をしたイクシスに詰め寄れば、ゆっくりとイクシスが口を開く。
「黒竜は昔からゲンガーに好かれやすいと言われてるんだ。変な運命に巻き込まれやすいから、そういうのが好きなゲンガーに好かれるっていうのもあるんだろうけどな。父さんの知り合いにもゲンガーがいたようだし、オーガストもだろ?」
「サキのことなら、オウガが好かれてるって感じじゃないけどね。喧嘩ばかりしてるし」
イクシスの言葉に、ゲンガーである幼馴染の名前を出す。
「ゲンガーが自分から接触してくる時点で好かれてるようなものなんだよ。あれはそう簡単に正体を明かすものじゃないし、出会える確率も低い」
竜族は数がそこまで多くなく、空間を操って消えたりできるため幻の一族と呼ばれていたりするけれど。
ゲンガーはそれよりもさらに出会える確率が低く、伝説上の生き物扱いされているらしい。
「出会ったら死ぬとか、追いかけられても飴玉をばら撒きながらスキップすれば逃げ切れて助かるとかそんなデマまであるな」
「まるでお化けか都市伝説扱いなのね……」
サキってそんなレベルで珍しい種族だったのかと驚く。
「メイコはそんなゲンガーに好かれていて、今は滅びた魔族の子孫にも好かれてる。白竜の生まれ変わりとも接触してるし、竜族に好かれてる。幻獣からは卵を生みたいって宣言されてるし、それでこの短期間で何度も異世界へ行ってるんだよな……」
つらつらと口にして、イクシスが難しい顔をする。
「はっきり言って、メイコの周りは普通出会えないありえない奴ばかりだ。メイコはもしかしたら、もしかするかも知れないな」
「それって、私が黒竜かもってこと?」
「その可能性は結構高いような気がする……」
口にして、何故かイクシスは複雑そうな顔になる。
「どうしたのイクシス?」
「いや、メイコが黒竜だったなら、本来はオーガストに相応しかったんじゃないかって思ったんだ。メイコは俺を選んでくれたけど、最初にメイコを好きになったのはオーガストの方だからな」
少し罪悪感の滲む声。
オウガに悪いと思う気持ちがイクシスにはあるようだった。
「まぁ、それでもメイコを手放せるかっていったらできないんだけどな。今迄の俺なら間違いなく身を引いてたところだが、メイコは無理だ……独り占めしたくなる」
悪いと思っていてもそれだけは譲れないという様子のイクシスに、体温が上昇する。
抱きしめられれば、イクシスの香りにドキドキとした。
イクシスの手がまた私の翼に伸びる。イクシスのものと違ってまだ小さな柔らかい翼。
それを愛おしそうに撫でるイクシスの顔を盗み見る。
髪に手を差し込まれ、少し生えかけた角の部分をコリコリとされるとむず痒かった。
イクシスが私の竜になった部分を愛でる時の顔が好きだ。
優しくてとろけそうな顔。
私が竜になったことを心から待ち望んでいたという表情を見てると、こっちまで胸がいっぱいになる。
多分イクシスは、自分がどんなに幸せそうな顔で私を見ているか気づいてない。
「イクシス、触るの好きだね」
「あぁ、こうしてると……メイコが俺のものになったって実感する」
少し独り言にも聞こえるような、感嘆の混じった声で呟いてイクシスが体を離した。
それから私のお腹に手を当ててくる。
「卵も早く授かるといいな。どんな子か楽しみだ。俺の血筋からいって赤竜の可能性が高いな」
「そうだね……えっ、ちょっと待って。今卵って言った!?」
頷き返そうとして、イクシスの発言に思わず聞き返す。
今、私の聞き間違いじゃなければ、卵という単語が聞こえた。
「なんだそんな驚いて。メイコは……俺との卵が欲しくないのか?」
イクシスは少し悲しそうな顔をする。
いやいや、そういう問題じゃないよ!?
「イクシス、竜って卵で産まれてくるの!?」
「当たり前だろ?」
イクシスは私が何に戸惑っているかわからないといった顔だ。
竜が卵を産むのは、イクシスの中で常識のようだった。
「……イクシス、人は卵で産まれてはこないんだけど」
「あぁ、そういえば竜族の学校でそんなことを習ったような気もするな。直接産まれてくるんだったか」
そこまで言って、ようやくイクシスは私が驚いていた理由を察したみたいだった。
「まぁ、あまり変わらないだろ?」
「変わるよ! そういうことには、心構えが必要だから!」
まさか卵を産むことになるなんてビックリだ。
「それは……俺との卵を産んでくれないってことか?」
予想外の事態に取り乱したら、イクシスが沈んだ声を出す。
「いや卵ってことに驚いただけで、イクシスとの子供は……欲しいよ?」
望んでくれてるのかと思うと嬉しいけれど、それを口にすることは妙な恥ずかしさがあった。
「そっか、それならいいんだ」
ほっとしたようにイクシスが微笑んで、私を抱き上げてくる。
「ちょっとイクシス!?」
「部屋に帰って竜化の儀式の続きだな。今頑張れば、早く卵も見られるかもしれないし」
「いやいや、そんなに焦らなくても!」
少し掠れた色気のある声で囁いて。
空間を繋いだイクシスによって、ベッドへと運ばれる。
「イ、イクシスさん、朝も頑張ったばかりですよ?」
ギシッとベッドが軋み、四つん這いになって迫ってくるイクシスの金の瞳は獣のそれで。
「メイコの体はまだ俺が足りてないだろ? まだ竜化してないんだから」
「もういっぱい貰ったから! これただイクシスさんがしたいだけじゃないの!?」
「そうとも言う」
言えばイクシスはあっさりと認めてしまって、悪戯っぽく笑う。
今日も一日は長くなりそうだと、甘い口づけを受けながらそんな事を思った。