【10】これを人はデートと呼ぶんじゃないでしょうか
前世ではよく、仕事帰りにラーメンに行った。
同僚達と仕事の愚痴とかを適当に言いながら、時には熱く語り合っていたあたり、私はたぶん仕事馬鹿だったんだと思う。
二十歳になってからは、居酒屋に行く事もあったけど、あの雰囲気はわりと好きだった。
皆でわいわいがやがやしながら、飲む雰囲気。
ただし、気のいい直属の上司はともかく、機嫌をとらなくちゃいけない役職の奴らがくる飲み会はノーサンキューだけど。
つまりは何が言いたいかというと。
私が想像していた、クロードの労いのためのお誘いは。
ちょっと考えていたものと違っていたということだ。
馬車に揺られてたどり着いたのは、石畳で綺麗に舗装された街。
三角屋根の家々は、白塗りの壁で統一感があり、この街自体が映画のセットみたいだ。
前に写真集で見た、ドイツの街並みに似てるかもしれない。
一言で言えばおしゃれだなという街。
そんなおしゃれな街の、お洒落なカフェで、イケメンと言えるクロードとランチを食べている。
本日のクロードは私服だ。
シンプルで清潔感のある格好が、好青年なクロードによく似合ってる。
テラス席に案内されたのだけれど、春の陽気はとても心地よく。
噴水の水がきらきらと陽の光を反射して、綺麗だ。
目の前ではクロードが嬉しそうに私を見ている。
その顔は至福のひとときだというように、視線が甘くとろけきっていて。
それだけで、私の口から砂糖水が出そうな心地になる。
「クロードも食べたら?」
「……あぁ、すいません。お嬢様とこうしている時間が嬉しくて、つい忘れていました」
甘い! 視線どころか台詞まで激甘なんですけどクロードさん!
何コレ。前世でロクにお付き合いもなく、耐性のない私を試してるんですかね?
まるでデートみたいなんですけど。
私が想定していたのは、もっとこう泥臭い感じのやつで。
なのに、何このふわっふわな感じ。
何故私こんな素敵なところで、銀髪のイケメンと素敵なランチしてるの?
世の中のカップルってやつは、皆こんな感じを味わってるの?
雰囲気に呑まれて、どうしていいかわからないんですけど。
フォークを持つ手が震えて、皿に当たって音立てちゃってるよ!
高校の時に付き合っていた男と食事に行った時は、こんなバックに花が咲き乱れるような雰囲気なんてなかった。
ファミレス行って、相手がガツガツ食べて。
伝票よろしくって感じで、こんなに払うのってドキッとしたけど、今のドキドキとは種類が違う気がする。
あれ? おかしいな。
思い返すと前世のアレがデートでない気がしてきた。
「お嬢様、食べる手が止まっていますが……もしかしてお口に合いませんでしたか?」
未体験の出来事に思わず動揺して、意識がトリップしていた。
しゅんとしたクロードに声をかけられ、我に返る。
「そ、そんなことないわ! 美味しい!」
「本当ですか? よかった」
私の言葉に、クロードはほっとしたように顔を崩す。
その無防備に向けられる笑顔が、ぐっと胸にくる。
落ち着け私のハート!
ヒルダにとってクロードは執事。幼馴染。
ショタにしか興味ないんだから、ここで赤くなったりしたら変に思われてしまう。
例え私に免疫がなさ過ぎて、お姫様扱いや、イケメンに弱かったとしても。
ここはヒルダらしく振る舞わなくちゃ。
でも待てよ?
そもそも、労うって考え自体がヒルダっぽくないわけで。
……あっどうしよう、混乱してきた。
「こうやってお嬢様が、自分から私を誘ってくれるなんて夢みたいです」
しかしクロードは本当にヒルダが大好きだなぁ。
犬じゃないのに、ふりふりしている幻のしっぽが見えそうな勢いで、好意が向けられているのがわかる。
「ねぇ、どうしてクロードはそんなにヒルダを慕っているの?」
「そうでした……今のお嬢様は、忘れてしまっているのですよね」
私が訪ねると、さっきまでの幸せそうな顔が陰り、少し悲しそうな顔でクロードは微笑む。
「お嬢様と出会ったのは、私が十歳の時の事です。私はエルフの国に花寄人として連れ攫われてきました」
「えっ、クロードは花寄人なの!?」
クロードの言葉に思わず驚く。
花寄人とは、魔に属する者にとって、特別な力を持つ人間の事。
彼らと交わったり、その血を飲めば格段に魔力が上がる。
その体からはかぐわしい花の香りがし、魔をひきつけてしまう運命にあるという。
何で私がその事を知っているのかというと、別にヒルダの記憶にあるからとかじゃない。
ただ単に、この乙女ゲーム『黄昏の王冠』の主人公ちゃんが、花寄人だったからだ。
育ててくれたイケメン魔法使いにより、花寄人としての香りを抑えられている主人公ちゃんは、自分が花寄人だと知らずに魔法学園に入学。
自分を守ってくれるたった一人の運命の人を捜しなさい。
養父の言いつけ通り運命の人を見つければ、主人公はその人限定の花寄人になれる。
しかし、卒業までにそれができないと……養父が主人公にかけてる魔法が切れて、フェロモン放出状態で大変なことになるんだけどね。
全年齢対象だから、仲良くなった複数人のキャラに迫られて、恋の延長戦みたいなエンドや、血を採取されて道具になるバッドエンドだったけど。
これが十八禁のゲームだったら、きっとエロイ……いや、エライことになってたんだろうと想像が出来てしまう設定だったなぁ。
「お嬢様は、花寄人のことは覚えているのですね」
「うん一応ね。何となく頭に単語が思い浮かぶ感じかな!」
怪しまれないように適当に誤魔化しながら、クロードに話の続きを促す。
「私はエルフに蹂躙される運命にありました。けれどそうなる前に、お嬢様が私を所有物にしてくださって、守ってくれたんです」
クロードはシャツのボタンを少し外して、恥ずかしそうな顔で一瞬心臓の上を見せてくれる。
そこには薔薇のような文様があった。
「これは私が、お嬢様だけの花寄人である証です。これによって香りが抑えられ、お嬢様以外の者に体を許せば、私は死にます」
ボタンを掛け直しながら、その証しを宝物のようにクロードは言うけれど。
結構重いことを聞いてしまったような気になってくる。
「えっと……もしかして、クロードもヒルダとその……あぁいうことをしていたとか?」
聞いていいものかと思ったけれど、気になったので尋ねる。
クロードはふっと瞳を曇らせ、首を弱々しく横に振った。
「お嬢様にならいくらでも、この身を差し出しても惜しくありません。むしろ私の花寄人としての力を使っていただきたかった。ですが、私はお嬢様より五つも年上で。お嬢様が年頃になった頃には恋愛の対象外でした」
クロードは心臓の上を押さえながら、切ない表情で語る。
「でも、例え私がお嬢様好みの幼い少年でも、手を出してはくれなかったでしょうけどね」
「どうしてそう思うの?」
クロードは諦めた声で呟くけれど、幼いクロードは間違いなくヒルダ好みの美少年だったと思う。
このショタハーレムにいても全く違和感がないはずだ。
「お嬢様の母上は私と同じ花寄人だったんです。エルフたちに嬲られる母上をずっと側で見てきたお嬢様は……きっと私に同情してくださったんだと思います」
クロードに尋ねれば、そんな事を言ってきた。
ヒルダの父親はエルフの王族で、母親は王宮で飼われている専属の花寄人だったらしい。
花寄人は遺伝性ではないらしく、ヒルダは花寄人ではなかった。
けれど、早熟でまれに見る天才的な魔法の才能を持っていたため、王宮に引き取られたとのことだ。
「ヒルダ様は私に悪戯で契約をしたものの、解き方がわからないフリをしました。花寄人は貴重なモノですから、ヒルダ様が大人になって解き方がわかるまで、私はお嬢様付きの執事となることになったんです」
つまりクロードにとって、ヒルダは恩人ってことか。
慕う理由がわかったような気がした。
昔は、ヒルダもそう捻くれた子でもなかったのかもしれない。
――ヒルダにも、いいところあるんじゃないか。
ちょっと見直すと同時に、ヒルダの育った環境はまともじゃないなと思う。
母親がエルフたちに慰み者にされるのを見てきたから、男嫌いになってショタに走ってしまったのだろう。
多少同情の余地はありそうだ。
だからと言って、この死亡フラグ満載の状況を作ったヒルダはどうかと思うけど。
お嬢様と声をかけられて、もの思いから我に返る。
クロードは真っ直ぐにこちらの瞳を見つめていた。
「私はどんな形でも、お嬢様の側にいられるならそれで満足です。例え記憶喪失でも、私はお嬢様のモノですから」
純粋なクロードの眼差しが眩しい。
親愛や、尊敬、感謝。
そういう感情が、クロードから真っ直ぐ伝わってきた。
……ごめんね、私はクロードが恩を感じているヒルダとは、別の人間なんだよ。
慕ってくるクロードを見てると、苦しくなって。
騙してしまっている事に、少し罪悪感が湧いた。
★4/18 誤字修正しました。報告助かりました!




