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【最終話】幸せな竜の花嫁

「メイコ、よかったな」

 母さんと父さん、ヒルダや大地が立ち去って後、ずっと黙ってその場にいたオウガが声をかけてくる。

 オウガは竜族の儀礼用の服を着ていた。

 いつもの癖で私の頭を撫でようとして、綺麗にセットされてるのを思い出し、その手を引っ込める。


「オウガもありがとね。それと気持ちに応えられなくてご」

 ごめんなさいと言おうとすれば、口を手で押さえられた。

「あぁ悪い、紅が取れたかもな。というか、言わなくてもわかってるから、傷口に塩を塗りこむな」

 はぁとオウガが溜息を吐く。


「ごめ」

「だから謝るのはナシだ」

 ギロリと鋭い眼光で睨まれ、口を噤む。


「それに失恋したが、自分で思ってたほど傷ついてはないんだ。イクシスが幸せそうな顔を見るのは素直に嬉しいし、メイコが幸せそうなのも嬉しい。自分が一番大切に思ってる奴らが……くっついて幸せになるなら諦めがつく」

 ふっとオウガが笑みをこぼす。

 その眼に優しい色を乗せて、私を見ていた。


「実を言うとな。メイコとイクシスが仲良くしてるのを見るのは、悪い気分じゃなかったんだ。例え弟でも恋敵のはずなのにな。お前達二人がオレに甘えてきて、面倒を見て。それが心地よかったんだ」

 オウガの言っていることは、私にもよくわかった。


 イクシスもオウガも私の事が好きと言ってくれて。

 対立することはあったけれど、決して険悪な雰囲気ではなかった。

 三人でいる時間はとても楽しくて。

 イクシスや私を、オウガがなんだかんだ言いながら構ってくれることが嬉しくてしかたなかった。


「それでもメイコがオレ以外を選んだっていうのは……やっぱり辛いな。ずっと側で守ってきたのはオレのはずなのに。もっと早く、メイコを振り向かせられればよかった」

「オウガ……」

 手のひらについてしまった私の紅を握り締めて、オウガは軽くそこに口付ける。

 絞りだすような言葉に、胸が痛くなった。


「でも、イクシスならメイコを幸せにできる。オレの自慢の弟だからな」

 苦しくて切なげな表情。

 それでも耐えるように、オウガは笑いかけてくる。

 その瞳には複雑な感情があって。


 ――喉元には桃色の逆鱗。

 本当に好きでいてくれたんだなとわかる。


「……好きになってくれてありがとう」

 ごめんなさい、じゃなくて言うべき言葉はそれだった。

「あの日、オウガが助けてくれなかったら、私はここにいないし、イクシスとも出会えなかった」

「あぁ」

 感謝の言葉を口にすれば、短くオウガは呟く。


「オウガのこと、大切に思ってるよ」

「わかってる。オレが望んでたものじゃなくても、ちゃんと伝わってる。オレもメイコが好きだ。これからも大切に思ってる――家族の一員として」

 言えばオウガが、眉尻を下げる。

 泣くのを我慢するような顔。

 最後に呟いた言葉は、イクシスの兄としてということなんだろう。


 紅の付いてない方の手で、オウガが私の首に下がる逆鱗のペンダントに軽くふれた。

「イクシスはああ見えて寂しがりで、嫉妬深い。それでいて言わずに抱え込むところもあるから、ちゃんと見てやってくれ。イクシスと……幸せな」

 赤に近く熟れたその色を見て目を細め、お兄ちゃんの顔をしてそう言って。

 私がわかったと頷けば、オウガはセットを崩さないように軽く私の頭を撫で、立ち去って行った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「あぁ、メイコ。今日は眩いばかりに可愛い。でも今からそのメイコの可愛さが、兄以外のものになると思うと……兄は胸が張り裂けそうになるよ」

 式の時間になって、入ってきたユヅルが私を見て目を細める。

 イクシスの元までは、ユヅルが連れて行ってくれることになっていた。

 本来は父親がする役割なのだけれど、呼ぶつもりがなかったから、当然のようにユヅルにお願いしていたのだ。

  

「ほらもっとよく顔を見せて。兄はメイコの幸せな姿を、目に焼き付けたいんだ」

 優しく頬に触れて、ユヅルが私を見つめてくる。

「兄さん今日までありがとう。兄さんがいてくれたから、ここまでこれたよ」

 心からの感謝の気持ちを、笑顔に込めて伝えた。


 ヒルダの体から飛ばされて、ヤヨイになって。

 乙女ゲーム『黄昏たそがれ王冠おうかん』の本編が始まる前に、病気で亡くなっているヤヨイの体は、自由がきかなくて苦しかった。

 イクシスも、皆も周りにはいなくて。

 心細かった私の側に、ずっとユヅルは着いていてくれた。


 焦るばかりに無茶をした日もあって、そんな時もユヅルが私を助けてくれた。

 迷惑ばかりしかかけなくて、なのにユヅルはいつだって私を見捨てなくて。

 本当の妹じゃないのにと、申し訳なく思った。


 でもその優しさについ寄りかかって。

 甘えればユヅルが喜ぶものだから、ついヤヨイになったような気持ちでユヅルには頼りっきりになってしまった。


 本当に感謝してもしきれない。

 何度挫けたって、ユヅルが手を引いてくれたからこうやって今ここにいた。

 私だけだったなら、イクシスに出会う前に心が折れてしまっていた。


 自分の事をないがしろにしていた私を、ユヅルが叱ってくれて。

 おかげで私は自分の間違いや、大切なものに気付くことができた。


「妹の手を引いて導くのは、兄の役目だからね。メイコの幸せが――兄の幸せだよ」

 ふわりとユヅルの柔らかい声が降ってくる。

 優しく抱き寄せられて、背中を撫でられ、安心感に包まれる。


「必ず、幸せになるんだよ?」

「うん!」

 元気よく答えれば、ユヅルが耳元で微笑んだ気配がした。



●●●●●●●●●●●●●●●●●● 


 会場である庭に行けば、屋敷の皆がいて。

 席には竜族の人たちも座っている。

 竜族の結婚式も、そう私達のところと変わらないようだった。

 

 白馬の獣人であるエリオットと、金髪で不思議の国のアリスのような見た目をした白ウサギのベティが、花びらを巻きながら私の前を歩く。

 その花の絨毯の上を一歩ずつゆっくりと進む。


 壇上にはイクシスがいた。

 いつもの竜族服よりも豪華なその服は、黒と赤を基調としていて、金の刺繍が入っている。

 竜族の始まりである、黒竜と金の目の赤い竜を模してこの服らしい。

 花嫁の方の衣装は、白竜だから白ということになる。


 ユヅルが立ち止まって、イクシスが手を差し伸べてくる。

 その手を取って、側に進む。

 イクシスの手が心なしか震えていて。

 私と同じで緊張してるんだとわかると、少し嬉しくなる。

 

 竜族では式の際、長がその結婚を取り仕切るらしい。

 ちなみに竜族の今の長は……ニコルくんだ。

 代々黒竜が里の長をするという決まりごとがあるようだ。


 そのためニコルくんは、基本的に竜の里から離れられない。

 だからこそ、ニコルくんはエリオットを使い魔にして。

 私やイクシス、オウガの姿を、使い魔であるエリオットを介して観察していたわけなのだけれど。

 この二年の間は代役を立てて、私を捜すのを手伝ってくれていた。


 今日は式の日だからか、ニコルは青年姿だ。

 少し変わった詰襟の竜族服に、帽子を被っていて。

 どことなく司祭っぽい衣装だった。


「イクシス・エルトーゴ。お前はこの女、朝倉メイコ及びメイコ・オースティンを花嫁に望むか」

「はい、心から」

 ニコルの問いに、イクシスが答える。

 それからニコルは、私の方に体を向けた。


「人から竜になれば、もう二度と元には戻れない。長い時をイクシスと生き、竜族の一員となることを望むか」

「はい、心から」

 迷いなく答える。


「いい顔だな。最初から素直になれば、お前もイクシスも遠回りしなくて済んだものを」

 ニコルが笑う。

 いつもの魔王を思い起こさせる笑みじゃなくて、どこかすっきりとしてほっとしたような顔。

 私たちを祝福してくれているようだった。


「竜族の長として、二人の結婚を認める。イクシス、花嫁に竜族の祝福を」

 ニコルの言葉に、イクシスが私の胸に下がる逆鱗を手に取る。

 濃い桜色が鼓動するように色めき、そしてイクシスの手の中で小さな欠片になった。

 イクシスはそれを口に含んで、私に口付ける。


 唇が触れて、甘い味が私の口の中に広がって。

 熱い舌が逆鱗の欠片を私へと流し込むように蠢く。

「ん……」

 欠片は熱くて甘ったるい飴玉のようで。

 こくりと嚥下したところで、イクシスの唇が名残惜しそうに離れて行く。

 何か力のようなものが、自分の体内を巡る感覚がした。


「愛してる、メイコ」

 蕩けそうな瞳と目が合えば、愛を囁かれる。

「うん、私も……イクシスを愛してる」

 我慢してたのにもう駄目で、涙が化粧を崩していった。

 胸の奥からあふれ出るこの暖かい気持ちが、愛おしいって言うんだなと思う。



 こんなことになるなんて、この世界に来た頃は思いもしなかった。

 最初は、乙女ゲーム『黄昏の王冠』の本編が始まる前に、殺されてしまっている悪役に転生してしまったと焦って。

 とんでもない事になったと思っていたはずなのに。


 私が死ねば、守護竜であるイクシスも死ぬ。

 いわゆる運命共同体として、手を組んで。

 私の感情はイクシスに筒抜けで、誓約のためイクシスは私の側を離れる事ができなかった。


 側にいるのを強制されたような状況。

 距離はいつだって近くて。

 そのことに、ドキドキして落ち着かなかった。


 なのにいつから、その距離が当たり前になって――心地よくなってしまっていたんだろう。

 あまりにも抵抗なく、それを受け入れてしまっていた。


 イクシスが鳥族の国で、私のために怒ってくれたことや、泣いたときに胸を貸してくれたこと。

 今思い出せば、私はもうその時にはイクシスに心を許しきっていたんだと思う。

 誰かに弱みを見せて、その腕の中で泣くことなんてありえなかったのに。

 

 イクシスの側にいることが驚くほど楽で。

 自然体のままの私でいられた。

 知らない間に、慣れすぎていたんだと思う。

 竜の里でイクシスが離れようとするまで、私は自分の気持ちに気付くことができなかった。


 迷惑かけても困らないと言ってくれたことがとても嬉しかった。

 例え幽霊だろうと、一緒に旅へ連れて行ってくれると言ってくれた時、私がどんなに救われた気持ちになったか、イクシスにはきっとわからない。

 イクシスの前だと強がらなくてよくて。

 ツンとして悪ぶったところがあったりするけど、本当はお人よしなところが大好きだ。


 気遣わせないくらい、さりげなく手を差し伸べてくれて。

 いつだって隠してる本心を……私のことをイクシスは探し出してくれる。


 涙を拭うようにイクシスが、目じりにキスをしてくる。

 それから私の手を握って、ゆっくりと歩き出した。

 屋敷の少年たちや使用人、竜族の人たちがお祝いの言葉をかけてくれる。

 いい人たちに巡り合えた。

 皆に支えられてきたんだなとそう思えて、涙が溢れて止まらなかった。


「メイコお姉ちゃん、泣きすぎ。ほらこれで涙拭いたら?」

 ははっと笑いながら、メアがハンカチを差し出してくる。

 紫と黒のチェックのハンカチ。

 銀色の糸でメアのイニシャルが刺繍されていて、そのイニシャルを形作っているのは蛇だ。


「なんでこれをメアが……? 探しても見つからなかったのに」

 裏切り者だったバイスへのハンカチを買うときに、一緒に買ったメアへのハンカチ。

 黒幕のティリアの件が片付いて後、お礼としてあげようと執務室の机の上にラッピングをして置いてあったはずだった。

 屋敷に戻ってきてからずっと探していた。


「お姉ちゃんがいなくなったあと、机の上で見つけたんだ。おれ宛のメッセージカードもついてたから、開けたんだよ」

 メアから受け取ったハンカチは、少しくたびれているようにも見えた。

 今日のメアはいつものパーカー姿ではなくスーツだ。

 金色の髪を綺麗にセットして、菫色の瞳で私を見つめてくるメアは、やっぱり立ち姿から気品がある。


 地位はわりとあるオースティン家の現領主が、竜族と結婚する。

 その事で王族の関係者が、式に出席したいと言ってきたけれど。

 竜族の儀式ですのでと、丁重にお断りした。

 堅苦しくなく家族だけの式にしたかったのもあるけれど、メアに堂々と参加してもらいたかったからでもある。

 ここにはメアの素性を探るような輩はいなかった。


「イニシャル、蛇四匹使ってくれたんだね。そういう細かいとこも好きだな。色もおれ好みだし」

「本当? メアのイメージで選んだの!」

 褒められると嬉しくて、ちゃんと使ってくれてたとわかると幸せな気分になる。


「ねぇ、お姉ちゃん。今までのお礼も兼ねて、おれから祝福を贈っていいかな?」

 ふいに、悪戯っぽくメアが笑いかけてくる。

 その後ろでメアの幻獣である蛇のサミュエルくんたちが、まかしておけというようにうねった。

 どう考えても――私に幻獣の卵を産みつける気満々だ。

 まだ諦めてなかったのかと青ざめる。


「幻獣の卵だけはパスで!」

「えーそう嫌がらなくてもいいのに。ねぇ、サミュエル?」

「シャー!」

 きっぱりと言えば、メアとサミュエルくんが不満の声をあげた。


「なら、こっちの方の祝福をメイコお姉ちゃんに」

 そう言ってメアが、腰に下げていた剣を抜いて、目の前で縦に構えた。

 すっとその瞳が細まり、気配が研ぎ澄まされていく。


「おいメア……」

 気付いたイクシスが声をかけたけれど、サミュエルくんが黙ってみていろというようにイクシスを威嚇した。

 

 まるで一つの舞いのような、儀式めいた動作でメアが剣を振りかざす。

 暗殺者であるメアが剣を使うところなんて、見たことがなかった。

 その動きに見惚れていたら、最後に私の前に膝をつき。

 メアが、剣を差し出した。


「あなたにおれの剣を捧げます。その身を護る騎士となりましょう」

 メアらしくない口調。

 けど、悪戯っぽい表情はいつものメアだ。

 ただ、その瞳は真っ直ぐ私を見ていた。

 その身からは気品があふれて、まるで童話の中の本物の騎士のように思える。


「暗殺者じゃなくて護衛として。これからも、お姉ちゃんや屋敷の皆を護るよ。今度こそ護らせてくれるよね、メイコお姉ちゃん?」

 笑いながらメアが言う。

 メアも新しい未来を掴み取ろうとしてるんだなと、嬉しくなった。


「ありがとうメア」

 剣をうけとれば、メアはどこかふっきれたような顔をしていた。

「そうは言っても、メイコお姉ちゃんのことはイクシスさんが護るだろうし、おれの出番がないことを祈るけどね?」

 私から剣を回収して、どこか挑発的とも思える口調でメアがイクシスに笑いかける。


「当たり前だ。メイコには俺がいる」

 そう言ってイクシスが肩を引き寄せてくれて、その力強さにどきっとした。


「ははっ、その意気だよ? イクシスさんが頑張ってくれないと、横から奪っちゃうかも」

 明るくメアはそんな事を言う。

 おそらくは冗談だろうと思うけれど、半分くらいは本気のような気がした。


「メイコ、結婚おめでとうございます。よかったですね」

 メアとイクシスが妙な空気をかもし出しているなぁと思っていたら、今度はクロードが話しかけてくる。

 今日は私の結婚式のため、クロードは張り切って頑張ってくれていた。


「あぁお二人の婚礼をこの目で見れるなんて、マリアは幸せです……イクシス様を激励してきたかいがあったというものです」

「激励された覚えは一切ないんだがな」

 クロードの側にいたメイドのマリアが感無量と言うように呟けば、イクシスが思いっきり渋い顔をする。


「何を言うんですか! イクシス様がメイコ様のパンツを」

「それはもういい!」

 マリアが言い返そうとすれば、それをイクシスは遮った。


 昔はイクシスとマリアができていると思い込んでいた私だけれど。

 どちらかというと、イクシスはマリアのことを苦手としているようだ。

 二人が言い合っているのを見守っていたら、肩を叩かれて振り返る。


「主、結婚おめでとう」

 そこには鷹の獣人であるフェザーがいた。

 フェザーはエリオットと違って大人姿だ。


 私と使い魔契約したフェザーだったけれど、与えた力はヒルダのもの。

 だからもう私はフェザーの主じゃないと前に言ったのだけれど、そんなことを言うなと怒られてしまった。

 ――我の主はいつだって主だけだ!

 屋敷に帰ってきた時に、澄み切った瞳でそう言われて。

 だから今でもフェザーは、私のことを主と呼ぶ。

 その事が嬉しい。


「ありがとうフェザー」

「本当は我が一人前になるまで、主には待っていて欲しかったのだがな。だが、しかたあるまい。我に今できる事で主を祝福しよう」

 お礼を言えばふっとフェザーが笑った。


燐世りんぜ

「あぁ、わかった。我が相棒よ」

 フェザーが口にしたのは、私の弟・林太郎りんたろうが自称している名前。

 現れた林太郎は、右目を軽く抑えるようなポーズを取りフェザーの横に並んだ。


「世界に瞬く祝宴しゅくえんの粒よ」

「真実の光を紡ぎ、うたえ」

 フェザーがポーズを取りながら呟けば、背中合わせになり、その言葉を継ぐように林太郎が口ずさむ。

「《祝福の虹シャイニーレイン》!」

 二人が声を重ねた瞬間、ミストのようなものがあたりに広がって、いくつもの虹が晴天の空にかかった。


 この世界の魔法は、一人一属性しか展開できない。

 けれど実は、二人いれば属性を掛け合わせて、複合魔法を使うことができる。

 乙女ゲーム『黄昏の王冠』では攻略対象たちと絆を深めることで使える必殺魔法として存在していた。


 複合魔法は属性の組み合わせや相手によって様々に変化する、特殊な魔法だった。

 この虹は水属性の使い魔であるフェザーと、光属性の使い魔である林太郎が生み出した二人からの贈り物だ。


「練習もなしにやったが、できるものだな」

「俺はお前とならできると確信していた。出会ったのもまた運命さだめだ」

 フェザーの言葉に、林太郎が当然だろうと言い放つ。

 二人の間には視線で分かり合うような、そんな空気が流れていた。

 どうやら結婚式の少し前に意気投合したらしい。


 この二人、仲良くなれそうだとは前々から思っていたけれど、いきなり複合魔法なんて相当相性がいいんだろう。

 ゲーム内では友好度が百パーセント中八十パーセント……両想い状態でないと、複合魔法は使えなかった。

 何か化学反応的なものを見せている気がする。


「二人ともありがとう!」

「ふっ、これくらい造作もない……姉ちゃんが喜んでくれたならよかった」

「主、幸せになってくれ」

 礼を言えば、林太郎とフェザーがそれぞれそんな事を言って笑った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 色んな人たちからお祝いの言葉を受けていたら、ふいに裾を引かれた。

 振り向けばエリオットがいて、真っ黒で純粋な瞳が私を見上げてくる。


「メイコは、今幸せ?」

「うん、とっても幸せ」

 エリオットの問いに、少ししゃがんで視線を合わせて答えれば。


「そう。なら……僕も幸せ」

 出会った頃からは、想像もつかない優しい笑みをエリオットは見せた。


「イクシス」

「ん? なんだエリオット」

 呼ばれて、近くで他の竜族と話をしていたイクシスが振り返る。


「メイコを幸せにしないと、許さない」

 強く意思の宿る声で言われて、イクシスが眼を見張った。


「あぁ、約束する」

「ん」

 イクシスが請け負えば、満足そうに小さくエリオットは頷く。

 その表情は大人びていて。もう一人前の男の人だ。

 あぁ、こんなにもエリオットは成長したんだなと嬉しくなる。


「エリオット、ありがとう!」

 お礼を言って抱きつけば。

 エリオットはこれ以上ないというくらいに幸せそうに微笑んでくれた。



 その後もアベルや猫のディオや、ハーフエルフのピオやクオ、村の少年キーファが私を祝福してくれた。

 親友のサキもこの場に呼んでいたのだけれど、精霊の一種で色んな世界に同じ存在があるゲンガーは、異世界を超えてはいけないらしい。

 だからと、手紙だけが届いていた。


 ――それはいくつもの可能性の中から、メイコが選んで掴んだ未来だ。

 そこがメイコの居場所なら、大切なものを絶対に手放さないように。

 

 それだけが書いてあって。

 その言葉を胸に刻む。


 周りを見れば、この世界で知り合った人々。

 決して楽しいことばかりじゃなかったし、屋敷に来た頃は苦労もいっぱいした。

 でも今では、この人たちが――ここが私の居場所だと思える。

 皆に出会えてよかったと、心から思う。


 何よりも、私の側にイクシスがいる。

 それだけで幸せなことなんだと。

 それが私の幸せだと、わかっていた。


「イクシス」

「なんだ?」

 名前を呼べば、イクシスが返事をしてくれる。

 繋いだ手から温かさが伝わってくる。

 それだけで、こんなにも心が満たされる。


「大好き」

「……知ってる」

 溢れる思いを口にすれば、イクシスが甘く笑う。

 応えるような口付けが振ってきて、腕の中に閉じ込めるように、思いっきり抱きしめられる。


「メイコは、もう俺の妻なんだな」

 噛みしめるように、イクシスが言う。

 この日を心待ちにしてたと言うように。


「……早くメイコを竜にして、俺のものだって実感したい。もう、連れ去ってもいいか?」

 金色の瞳に灯るのは、私を強く求める色。

「うん。もう皆とは一通り話したし。私もイクシスと同じになりたい!」

 抱きしめ返せば、たまらなくなったようにイクシスがまた口付けてくる。


 こうして私はこの日――異世界で一番幸せな竜のお嫁さんになった。

ようやく最終回です!

エイプリルフール5話完結予定の話がここまでくるとは思いませんでした。

皆さんの感想や応援のおかげです。読んで頂き、本当にありがとうございました!

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★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 楽しく読ませていただいたのですが、私があほなのか、 「〜て後、」の使い方にすごく戸惑いました。 これ「のち」って読むんですよね。私は「あと」って読んじゃうんですよ。 そうなると「て」が…
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