【104】とうとう結婚することになりました
竜の花嫁の設定が、若干R指定かもしれません。
最終話である次回は、夕方更新予定です。
白い詰襟に、胸から腕にかけた部分は薄く透ける素材。
チャイナ服に似たその服のスリットは大きく開いているけれど、とろみのある生地でできたスカートのようなものを履いているので問題はない。
後ろ側の裾は長く、編みこまれたレースはベールの代わりみたいだ。
髪を結われ、花々で飾られる。
胸には一点だけ、揺れる赤色。
竜の逆鱗のネックレスは、花びらみたいだった。
「メイコちゃん、本当よく似合っているわ!」
「ありがとうございますオリヴィアさ……お義母さん」
イクシスの母親であるオリヴィアさんにそう言えば、がばっと腕を開いて抱きしめられる。
「痛い痛い痛いですオリヴィアさん!」
背骨が軋む音が聞こえるんじゃないかと思うほどの力に、オリヴィアさんの腕を強く叩く。
しかし全く応えた様子はない。
元勇者でボディビルダーも顔負けの筋肉美を持つオリヴィアさんにとっては、子供が叩いているのと変わらないんだろう。
「イクシスが、あの子がとうとう花嫁を迎えるのね……! もう駄目じゃないかと諦めてたのに……」
オリヴィアさんは式が始まる前からすでにボロ泣きだ。
イクシスの兄弟のお嫁さんたちがオリヴィアさんを引き離して、泣きすぎですよと笑っていた。
そう、本日はとうとうイクシスとの結婚式の日だ。
竜族の白い婚礼衣装に身をつつんで、今私は支度を整えてもらったところだった。
身辺整理がついて、私の誕生日である本日、結婚式を行なうことになったのだ。
結婚式は屋敷で行なうことになったけれど、それが決まるまでには一悶着あった。
場所は竜族の里じゃなくちゃいけないとイクシスが言い出したのだ。
理由は花嫁が竜化する儀式だ。
竜族には男しか生まれない。
そのため、成人すると花嫁を捜して旅に出る。
人族の女だけが、竜の子を宿すことができ、逆鱗を与えることで竜族にすることができるらしい。
てっきり逆鱗を食べれば、すぐ竜になるものだと思っていたのだけどそれは違うようで。
逆鱗を食べて後に、つがいの竜から愛情をたっぷり注がれることで、花嫁は竜族へと羽化するようだ。
それでいて、竜の力をより安定して体に注ぐためには、竜の里が一番いいとのことだった。
時折結婚式をあげる前に竜化させられる花嫁もいるらしいけれど。
本来は、結婚式の直後に竜化の儀式を行なうらしい。
結婚式で花婿が花嫁に、逆鱗を口移しで与える。
その後は、専用の神殿に二人で籠もり。
花嫁が竜化するまで誰にも会わず、ここで過ごすのが掟だという。
屋敷から竜族の里に戻るのには、確実な方法として三日ほどかけて鳥族の国へ行き、そこで竜族の里と繋がるのを待たなくてはならない。
そんなことをしていたら、竜化に適切な時間を逃してしまうとのことだった。
「愛情を注ぐって具体的には何をするの?」
「それはその、あれだ。精を注ぐというか、子作りというか。その……察してくれ」
教えてくれた時の、イクシスの真っ赤な顔は忘れない。
竜の逆鱗を得たところで、花嫁以外が竜になることはできない。
それは竜の愛情を注がれなければ、花嫁が竜化できないからだ。
花嫁をちゃんと竜化させることができるかという点も、竜族の男の中では重要な要素らしかった。
竜族は子供が出来にくく、一番子供ができやすいのもこの最初の時。
大切な儀式なのだと、イクシスは説明してくれた。
イクシスの父であるニコルには子供が九人もいるが、竜族ではかなりの子沢山なのだと言う。
それでも、オリヴィアさんと出会ってからの時期を考えると、約百七十年に一人の割合なのだということだった。
それにしても、獣人といい、花寄り人といい、竜族といい。
とんでもなくR指定な設定ばかりだよね!?
この世界はどうなっているのかと問いただしたい気持ちでいっぱいになった。
しかし、その理由なら竜族の里での結婚式もしかたない。
屋敷の全員を招待することは難しそうだなと、少し残念に思っていたら、これが意外な形で解決した。
「そんなの竜族の里を、結婚式の日に屋敷の上に持ってこればいいだけの話じゃないの」
元の体に戻ったヒルダが屋敷に来ていた日にこの事を相談すれば、あっさりそんな事を言われた。
「里をこっちの意志で移動なんて、できるわけないじゃない」
竜族の里は天空を移動しており、特定の場所で特定の時間にしか空間を繋いで入ることができない。
これは竜族以外の侵入を拒むためらしい。
さすがヒルダ、私には考え付かない冗談を言う。
そんな事を思っていたら、ヒルダは私のグラスにお酒を注いだ。
今日は飲みましょうとヒルダが言って。
一口飲めばフルーツの甘い味と、芳醇な香りが鼻を抜けて行った。
「私ならできるのよ。そもそも竜の里は私の体だし」
「へっ!?」
ヒルダによれば、あの里の核になっているのは白竜だった頃のヒルダの体だという。
里が古い竜の体というのは聞いていたけれど、白竜の体だというのは知らなかった。
竜族は最初、地上にいたヒルダと始まりの竜の二体しかいなかった。
けれど家族が増えるにつれ、弱い子供の竜が他種族に狙われることもあり。
そのため天空に白竜と金の眼の竜、黒竜の三体の体を使って子供達に死後、天空に里を作るように言っていたらしい。
元白竜であるヒルダの魂が呼びかければ、里を呼ぶことくらいわけないとのことだった。
そして、本当にヒルダは竜の里を呼び寄せ、屋敷の上で固定してしまって。
お陰で本日、私とイクシスは屋敷で結婚式を行なう運びとなった。
……できれば、お母さんとお父さんにも来てほしかったな。
鏡に映る花嫁姿の自分を見て、そんなことを思う。
女の子が欲しかったお母さんは、昔から私の花嫁姿を見るのが夢だと言っていたのをここ最近はよく思い出す。
母さんに、この姿を見て欲しかった。
――それは叶わないことだ。
わかってはいる。
あっちには、私の代わりである朝倉メイコがいるし、何より母さん達は普通の人なので異世界とか言ったところで、きっと混乱させるだけだ。
異世界の存在だけでも頭が痛くなるだろうに、私はこれから竜のお嫁さんになる。
人じゃなくて竜になるのだ。
信じてもらえたとしても心配させるだけだとわかっていた。
だから、このままがいい。
ヒルダに朝倉メイコを続けてもらって、時々は帰る。
それができるだけで十分だ。
家族の中で事情を知っていて、屋敷の少年でもあった義理の兄の大地と、オウガの使い魔でもある弟の林太郎は、結婚式に参加してくれることになっていた。
もう一人の弟も、私の事情を林太郎から聞いて知っているのだけれど。
異世界の存在やファンタジーなことを疑いながらも、参加をしてくれると言ってくれていた。
あの林太郎を兄に持つ子なので、末っ子は色んなことを受け入れることができる大きな器を持った子だ。
「メイコ、入ってもいいかしら」
「うん」
ノックの音がして頷けば、ヒルダが部屋に入ってきた。
ふりかえって固まる。
「母さん……? それに父さんも?」
ふふんと胸を張るヒルダの後ろには、私の両親が立っていた。
何でここにと戸惑う。
ヒルダは朝倉メイコの姿ではなく、見慣れた金髪に整った美貌を持つハーフエルフの姿で。
義兄の大地だけでなく、オウガも一緒にそこにいた。
気を利かせたように、オリヴィアさんや竜族のお姉さんたちが部屋を退出していく。
「メイコ、綺麗な花嫁姿ね。母さんはメイコの花嫁姿が見れて幸せよ」
母さんが進み出て、涙声でそんなことを言う。
「なん……で?」
「娘の結婚式だもの。親である私たちが来るのは当たり前でしょう? オウガくんの弟さん……イクシスくんに招待状をもらったのよ」
ふふっと柔らかく微笑んで、母さんが抱きしめてくれる。
「異世界で竜の花嫁になるそうだね。正直未だに信じられないけれど、ここに立ってる以上現実だと受け止めるしかなさそうだ。おめでとう、メイコ」
義兄とよく似た困り顔で、父さんが私を祝福してくれる。
話を聞けば、イクシスは何度も私の異世界へ通っていたらしい。
兄である黒竜のオウガや、ヒルダ、私の義兄である大地に頭を下げて協力を頼んできたとのことだった。
『本当はメイコも両親に祝ってもらいたいと思ってるはずなんだ。俺はメイコに後悔してほしくないし、諦めてほしくない。ちゃんと認められて祝福されて、メイコには何の心残りもなく俺の花嫁になってほしいんだ。だから頼む。力を貸してくれ』
そんなことをイクシスは三人にお願いしていたらしい。
そのためには……ヒルダは、朝倉メイコではないことを母さんに言わなくてはならない。
本来なら渋るところだったけれど、受け入れたのだとヒルダは言った。
ヒルダは今年大地と結婚することになっていて。
式場選びに母さんも一緒になって見に行った。
「メイコの花嫁姿を見るのがね、母さんの一番の夢だったのよ!」
その時にそう言われて。
騙していることへの心苦しさと同時に、私の花嫁姿を母さんに見せてあげたいと思ったらしい。
イクシスが母さん達に許しを貰おうにも、二人は事情をあまりうまく飲み込んではくれなかった。
ヒルダが荒療治的に二人の前で朝倉メイコの変身を解いたり、二人を異世界へと招待したり。
二人の信頼が厚いオウガが、イクシスの事を説明したりして二人はなんとか私の事情を飲み込んでくれたようだ。
そこから先は、イクシスが二人に話をつけて。
二人は今日ここに、この異世界に私を祝福するために来てくれていた。
本当、イクシスには叶わない。
いつだって、私が隠してる本音をイクシスは見つけ出して。
こうやって――甘やかしてくれる。
「イクシスくんは誠実ないい人ね。メイコも彼のことが大好きみたいだし……きっと幸せにしてもらえるわ」
「かあさ……ん」
「あらあら、まだ泣くのには早いわよ?」
ハンカチで私の目元を拭ってくれる母さんの目にも、涙が滲んでいた。
「母さんね、メイコがあんなに幸せそうに笑ってるのを初めてみたのよ。イクシスくんの隣なら、メイコは素直になれるのね」
何のことだろうと思って首を傾げれば、母さんは微笑んで教えてくれる。
母さん達を異世界に連れてきたヒルダは、空間に隠れて私とイクシスが仲良くしている姿を母さんに見せていたらしい。
いったいどの場面を見られたんだろう。
元の体に戻ったヒルダは、その力を使って何度か屋敷を訪れていた。
イクシスと一緒に屋敷の屋根の上に上って、寄り添ったりしていたときだろうか。
それとも執務室でキスしてたときだろうか。
いやもしかしたら……!
焦る私を見て、ヒルダがくすっと笑う。
「書庫でいちゃついている時に、ちょっとね?」
よりによって一番最悪なのを見られちゃってるよ……!
顔に熱が集まったのが分かった。
確かあれは結婚前に竜族について知っておこうと思って、屋敷の書庫を探していた時の事だ。
届かない本をぐらつく台に乗って取ろうとしたら、それをイクシスが見つけて声をかけてきた。
バランスを崩して、イクシスを押し倒した覚えがある。
何を捜してたのか言えば、イクシスが嬉しそうな顔になって。
イクシスは竜族の事や、竜の花嫁になる具体的な方法を教えてくれた。
なんやかんやでその体勢のまま、キスしたり、いちゃついていた気がする。
……えぇ認めましょう。盛大にいちゃついていましたとも!
「後、絢子はワタクシとの会話も聞いていたわよ? 覚えてるかしら……レニとかいう子の話をした後、がーるずとーくをしたでしょう?」
言われて思い出す。
確か会話の流れとしては、ヒルダが義兄である大地のことで惚気てきて。
あなたはイクシスの事をどう思ってるのと聞かれて……色々話してしまった気がする。
体や立場を入れ替えていたせいか、ヒルダとは出会って約一年というところなのに、ずっと昔からの知り合いのような感覚があった。
今では、幼馴染のサキ以上に何でも話してしまっている。
あの時、ヒルダにお酒を勧められて。
気分がよくなって、間違いなくふだん言えないようなことまで……私はベラベラと喋ったような気がする。
思い返せばあの日は酔いつぶれた後、母さんの膝で眠って、子供の時のように頭を撫でられた夢を見た。
てっきりいい夢を見たとばかり思っていたけれど。
あれは……どうやら、現実だったらしい。
「ヒルダ!」
「あれで絢子がイクシスとの結婚を認めてくれたんだから、それでいいじゃない」
恥ずかしくて咎めれば、ヒルダはむしろ感謝しなさいというような態度だった。
「ヒルダの方は……その、大丈夫なの?」
母さん達に、ヒルダは本物の朝倉メイコではないことを告白したのだ。
それが心配に尋ねれば、ヒルダは母さんの方を見て。
「絢子はワタクシの事を、もう娘だって言ってくれたのよ!」
そして心から嬉しそうに、少女の顔で微笑んだ。
初めて見るヒルダの表情に驚く。
いつも女王様然としてるヒルダなのに。
そんな顔もできたのかと思った。
ヒルダは絢子に嫌われる覚悟も、娘として扱われなくなる覚悟も決めていたらしい。
でもそうはならなかった。
それはそれは幸せそうで。
大地がその姿を、複雑そうな顔で見ていた。
ヒルダのそういう顔を引き出せるのが、自分じゃなくて母さんだということが複雑なのかもしれない。
「イクシスくんと幸せにね、メイコ。たまには家にも顔を見せるのよ? あなたの場所はちゃんとあるから」
母さんはそんな事を言って、微笑む。
ヒルダはこれから朝倉メイコであることをやめて、ヒルダとしてあちらの世界で過ごすことになったらしい。
本来の私は、外国に嫁に行った扱いにするとの事だった。
ヒルダは元のヒルダに戻って、二年後に大地と結婚するという事になったようだ。
世間的に兄妹である朝倉メイコと大地の結婚よりは、そっちの方がずっといい。
元の姿で過ごせるなら、ヒルダにとってもいいことだ。
しばらくは外国からの留学生でホームステイという形をとるとの事だった。
大地との結婚が延びたことが、ヒルダはちょっと不満みたいだけど、それでも元の自分の姿で大地と過ごせるのは嬉しいんだろう。
幸せそうな顔をヒルダもしていた。
両親とヒルダを連れて大地が部屋を出て行って。
静かになった室内には、私とオウガだけが残された。
★16/3/30 メイコの誕生日が5/5という設定を消しました(矛盾する点を見つけたため)




