【103】彼女の恋愛は前途多難なようです
屋敷に帰って、皆と再会して。
夏だった季節は秋になって冬になった。
その間に、私はヒルダから無事にオースティン家の財産と屋敷を譲り受けた。
そして、この世界に連れてきたユヅルがこの世界のユヅルと融合して、二人から一人になり。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』の舞台であるトワイライト魔法学園に、馬の獣人・エリオットと鷹の獣人・フェザー、そしてヤヨイの体に入った元暗殺者のレニが春には入学予定だ。
来年には、アベルと猫の獣人・ディオ、それとメアが学園に入学する。
そして十五歳になったと同時に、アベルがこの屋敷を継ぐことが決定していた。
私はイクシスと結婚するので、オースティン家ではなくエルトーゴ家の一員となる。
他の一族……しかも竜族が一領地の主となると、無理ではないけれどあまりよろしくない。
そのため、アベルに権利を移し、早々に代役という形を取ることにした。
十五歳になったら義弟であるアベルにオースティン家を譲り渡す。
書面上そういう形にして、アベルが学園へ行って後は代理という形で領土を運営していく予定だ。
アベルが領地を治めても大丈夫だと判断したら、完全にアベルに任せようと考えている。
乙女ゲームの中でアベルは、かなり頭がよく。
学園では副生徒会長に就任していた。
物事を客観的に、論理的に見ることができて、采配なども得意。
口だけで何もできない残念な攻略対象であり、生徒会長のレビン王子をよいしょしつつ、全てをこなしていたのはアベルだ。
だから領地もうまく回していけるんじゃないかと思っている。
私の知るアベルも勉強はよくできたし、頭の回転も速い。
ただし、自分の事だけは客観的に見れなかったり、思い込むとそのまま相手に確認せずに一人で暴走するという欠点はあった。
アベルは基本的に思っていることを口にせず、内に抱え込んでどんどんネガティブに陥っていくタイプらしい。
不安な要素は確かにあるけれど。
それを補ってくれる屋敷の皆――兄弟がいるから、大丈夫だと思っている。
アベルの使い魔であるディオは、基本的にアベルが間違った行動をとっても注意しない。いつだって側に寄り添うだけだ。
けど、私がいない二年の間に、アベルに対して色々言ってくれる相手ができていた。
――鷹の獣人・フェザーだ。
フェザーは私がいない間、屋敷をしっかり支えようと頑張ってくれていた。
メアと交代で、ヒルダの中に入った暗殺者のレニを見張り。
その空き時間にはアベルと一緒に魔草から薬を作り出し、街へ売るルートを開拓してくれていた。
いずれは魔草ではなく、薬の方を売りたいのだと私が言っていたことを覚えていてくれたらしい。
アベルとメアは二人とも水属性の魔法を使う。
ゆえに、二人は一緒にいる時間が長かった。
気高い鷹の王族であるフェザーは、自分に自信があり、思った事をすぐに口に出して行動に移すタイプ。
それでいて、迷い無く猪突猛進なところがある。
けれど素直で柔軟なところがあり、自分が悪いと思ったら素直に謝ったり、人の意見を全面的に聞き入れることができる子だ。
アベルも一見プライドが高く、同じようなタイプに見えるけれど。
自信があるような態度は、自信の無さを隠すためのもの。
ぶれない芯があって、誇りを持ってるフェザーとは質が違う。
アベルは慎重すぎるほど慎重で、間違うことを自分に許さず恐れている。
それはおそらく、間違った選択をしたら母親にすぐ捨てられてしまうという環境で育ってきたからなんじゃないかと思う。
一度選択肢を間違うと、アベルはパニックに陥って、自分を守るために間違ったことを認めない傾向があった。
けれど、フェザーはそれを真っ向から指摘する。
アベルは動物好きということもあって、フェザーとは仲がそれなりによかった。
けれど、関わり方が変わったせいで、お互いに何度も衝突して。
時にはフェザーの考えなしな行動をアベルが止めることもあり、二人の間には喧嘩が絶えなかったらしい。
でもそれを乗り越えて、今は遠慮なく何でも言い合える親友のような間柄になっていた。
メイドのマリアの息子である少年は、クロードの元で執事見習いをしていて。
私の後、アベルに仕えることに依存はないようだ。
彼の妹であるソフィアとアベルは恋仲にある。
マリアとよく似た風貌の優しげなソフィアは、清楚可憐で儚げだ。
大病を患っていたソフィアは、彼がヒルダのハーレムに入ることで得たお金で手術を受け、一命を取り留めた。
その後の治療費もこちらで持っていて、ソフィアはとても私に恩を感じているみたいだった。
私に対して素直になれずにいたアベルに、何度も根気よく、それじゃいけないと諭してくれていたらしい。
三歳年上のソフィアに、アベルは頭が上がらない様子だ。
そうやって言ってくれるソフィアが側にいるおかげもあって、アベルの雰囲気は大分丸くなっていた。
とてもいい方向に物事は流れていて。
――最初の頃を思うとやっぱり、ほんわかとしてしまう。
それに立場やら色々考えると、オースティン家を継ぐのにふさわしいのはやっぱりアベルしかいない。
獣人の子たちはこの国では奴隷身分で、学園を卒業すれば平民の身分が与えられるとは言え、領土を統治するとなると大変だ。
村の少年キーファやマリアの息子の少年は庶民で、補佐をするのには向いているけれど、その性格も含めて人の上に立つという役回りには向いてない。
ハーフエルフの兄弟であるピオやクオは、エルフの国で実験動物扱いを受けてきたためか精神年齢が幼く、それは無理だ。
それに対して、アベルの父親は捕まったとはいえ王族の末弟。
アベルの父親であるルーカスは、アベルを息子だと公式には認知してない。
けれど、麻薬騒動があったときに、王宮にはそれを知られてしまっている。
私達がどうしてルーカスに辿りつくことができたのか。
それを説明するときに、どうしても必要だったからだ。
血筋は確かで、貴族としての振る舞いも身についているアベルが、やっぱりオースティン家を継ぐにはふさわしかった。
まぁ……血筋だけで言えば、うちにはメアがいたりするのだけれど。
紛れもない王子様のメアは、幻獣に蓄えられた宿主の知識を使って、貴族……というか王族らしい立ち振る舞いが可能だ。
同時に統治も幻獣の力を積極的に使えば、問題なく行なえるとのことだった。
しかし、メアは王族の双子で忌み子。
存在しないことになっているメアに後を継がせるのは、どう考えても後の火種にしかならないので、最初から選択肢にすらない。
メアには最強の護衛として、オースティン家をこれからも影より支えていってもらおうと思っている。
それと幻獣付きであるメアは、知識が豊富で本来学園に通う必要はないのだけど、私は通わせようと思っている。
普通の若者らしい経験も、メアには必要じゃないかと思う。
なのでメアには来年、アベルやディオと一緒に、トワイライト魔法学園に入学してもらう予定だ。
学園にはメアの双子のレビン王子がいたりするのだけれど、メアの瞳の色を魔法で変えて、変装も色々施して。
蛇の幻獣であるサミュエルくんたちには学園にいる間おとなしくしてもらおうと思っている。
フェザーやエリオット、ディオにアベルもいるからどうにかなるだろう。
皆と一緒に学園生活というのは、この時期にしかできないことだ。
王族が何か言ってきたところでメアはオースティン家の子供だし、文句をつけさせはしない。
レビン王子だけが日の目を浴びて、彼がいるからと言ってうちのメアがコソコソする必要はないはずだ。
もしも何か問題が起こったら、その時はその時。
今度は私が全力でメアを守ろうと思っている。
メアみたいに強いわけじゃないけれど、オースティン家の当主として立ち向かうし、いざとなれば他の人たちの力を借りてでもどうにかするつもりだ。
私の不安と言ったら、ヤヨイの体に入ったレニなのだけれど。
ヤヨイは魔法の基本六属性を全て持っていて、その弊害で体の中で魔力が結晶化していずれ死ぬ運命にある。
それを解決するためには、花寄り人という特殊な体質になる必要があった。
しかし花寄り人は魔を持つものを、本人の意思とは関係なく甘い香りで誘惑し引き寄せる。
魔を持つ者とは、魔力を持つ者のことだ。
その香りを嗅いだら、男女関係無く花寄り人が欲しくなるのだという……わりと性的な意味で。
彼らの体液を得ることで、魔力は跳ね上がるため、花寄り人は昔から乱獲の対象だった。
どうしたらいいかなと困った私は、ヒルダに相談してみた。
花寄り人の母を持ち、六属性どころか七属性持ちのヒルダなら、何かいい案があるんじゃないかと思ったのだ。
花寄り人は遺伝性ではなく、突然人の中に現れるものらしい。
生まれた頃から体に花の痣があり、個人差はあるけれど十歳から十五歳くらいになると香りを振りまくようになると言う。
相談をするために説明をすれば、後天的に花寄り人にする方法があるという部分にヒルダは驚いていた。
同じく花寄り人である執事のクロードの香りを抑えているように、同じ事をヤヨイの体に施すことは可能だということだ。
正し、ヤヨイの場合は香りを抑えたとしても、花寄り人になる目的が違う。
体の中にある魔力と属性を、たった一人の心を許す人を見つけ共有しなければ、いずれ結晶化が進み亡くなってしまうのだ。
「簡単な話じゃないの。相手を見つけてしまえばいいのよ」
「いやでも、ヤヨイの体は女の子だけどレニの魂は男の子だよ? つまり相手は男になるわけですよ。それはちょっと抵抗あるんじゃないかな……と」
ヒルダの言葉にそう言えば、問題ないわと呟く。
やけに自信満々だったから、何か策があるのかと身を乗り出す。
「私ならジミーの体が例え女性だとしても愛せるもの。運命の相手なら性別なんて関係はないんじゃないかしら」
うん、ただの惚気でした。
聞いたのが間違いだったよ!
義兄である大地の前では絶対に言わない癖に、私と二人っきりになると結構ヒルダは惚気てくる。
ごちそうさまですと言いたくなった。
とりあえずは延命のため、レニには花寄り人になってもらうことにした。
ヒルダに香りを抑えてもらいながら、レニに運命の相手を見つけてもらうしか現状打開策はなかった。
何にせよ、ヤヨイの体を花寄り人にしてもらわなくては話は始まらない。
ヤヨイと同じ体質を持つ、乙女ゲーム『黄昏の王冠』の主人公の養父の元を私は訪れた。
事情を説明すれば、彼はヤヨイの体を花より人にすると言ってくれた。
トワイライト魔法学園に、レニと一緒に兄のユヅルが教師として行くことになっているのだけれど。
主人公に対しても目を配り、その恋路や結晶化による発作の際には手を尽くすとユヅルが言えば、約束と引き換えに養父は快く条件を飲んでくれた。
ちなみにユヅルは私の側にべったりで、最初レニに着いて行く気は全くなかった。
けれど、中身はレニといえど、妹であるヤヨイの体。
だからどうか手助けしてやってくださいと説得したところ、それを飲んでくれたのだ。
「兄さん以外にこんなこと頼めないの! ヤヨイの体にも愛着はあるし、兄さんだけが頼りなんだよ? お願い、兄さん!」
頼りにしてる、兄呼び、上目遣い。
ヤヨイになってから得た妹スキルを全力で利用させてもらえば。
「兄だけ……か。ふふっ、可愛いメイコのお願いなら、兄は叶えるしかないね?」
一ヶ月に三日はユヅルの為に丸々時間を空ける事やその他諸々を条件に、ユヅルは私の願いを聞き入れてくれた。
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「なんだよそれ! そんなこと聞いてねぇぞ!?」
約束を取り付けたところで、レニに事情を説明したのだけれど。
思いっきりレニは戸惑っていた。
ヤヨイの体の事情についてはレニに説明していると、ニコルは言っていた。
それを分かった上で、レニはこの体に入ったとばかり思っていたのだけれど。
どうやら――ニコルにしてやられたらしい。
ニコルくんのことだ。
レニに伝えて、ヒルダの体を返すのを拒否されるのが面倒だったんだろう。
ヒルダとの取引を成功させるために、あえて黙っていたに違いない。
あとは面白そうだとかそんな理由だ。絶対にそうだ。
本当もう、ニコルくんはロクなことしないな!
そう思いながらも、あの時点でレニに拒否されていたら、困っていたのは私やイクシスだ。
それを思えば、ニコルを咎めることもできなさそうだった。
「はぁ……つまりは恋愛しろってことか。柄じゃないが、やるっきゃないな」
レニが絶望してしまわないか心配だったけれど、意外と前向きなようだ。
「レニくん、大丈夫なの?」
「やるしかねーだろ。まぁ恋愛なんて暗殺者じゃ無理だし、大人になるのも諦めてたが……憧れてはいたからな。女らしく振舞うってーのが難しそうだが、オレ好みの強い奴見つけてたぶらかしてみるわ」
尋ねればレニは、どこか照れくさそうにそんな事を言う。
受け入れるのが早すぎると、そんなことを思って一つの可能性に辿りつく。
「……レニくんって、男の人でも行ける人?」
「むしろ男しか無理だな。っていうか、オレ一応女だぞ?」
呟けば、レニがさらりとそんな事を言う。
「えっ、そうなの!? 全く女の子らしさが見当たらないよ!?」
「まぁ、親父に男として育てられたから、女らしい振る舞いなんて一切知らないけどな。獣人って見た目子供のままだし、元のオレって結構男前だったから、知ってるのメアしかいないんだ」
驚きのあまり叫んだ私に、いい辛そうにレニは口にする。
その反応がわかっていたから、女だという事を言いたくなかったらしい。
元のレニが獣人だったなんて初耳だ。
レニの父である暗殺者は、レニと同じく獣人だったらしい。
本人はそれを頑なに隠していて、娘であるレニが獣人なのは母親が獣人だったからということになっているようだ。
レニは女である事を隠しているというより、暗殺者集団が男ばかりで、その中で育ったため自然とこうなってしまったようだった。
「だからあのヒルダってやつの胸とか尻とか憧れてたんだけどな。大人になんてなれなかったしさ」
獣人は恋をしないと、大人姿になれない。
暗殺者な自分は、大人になることも不可能だとレニはずっと思っていたらしい。
異様に胸にこだわっていた理由はわかったし、気持ちもわかる。
だからと言って、そんな切なげな目でヤヨイの胸を揉まないで欲しい。
それでいて私を恨みがましく見て、その胸を見てまた溜息を付くのは失礼じゃないだろうか。
ちなみにレニは、珍しいヒョウの獣人だったようだ。
子供姿のままでもその俊敏性、腕力に跳躍力は、人間を遥かに上回る。
夜目も効き、暗殺者にはうってつけの体だったらしい。
レニの了承も得たところで、その体を花寄り人にしてもらい、ヒルダに香りを抑える誓約をかけてもらう。
ちなみにクロードに対してヒルダがつけていた距離制限は、レニにはない。
それでいて現在はクロードの距離制限も、ヒルダ以外に体を許せば死ぬという誓約も解除されていた。
元々ヒルダがクロードに、そういう誓約をつけていたのは。
クロードに自分を裏切らせないためというのと同時に、その誓約があるからクロードはヒルダ専用の花寄り人でなければいけないという状況をつくるためだった。
そうでなければ、あのエルフの国でクロードはエルフたちの慰み者になっていたのだ。
今はクロードを縛る必要もなく、エルフの国のような危険もない。
だからヒルダは、花寄り人の香りを抑える誓約だけをクロードに残していた。
レニの場合は、結晶化が始まる期間までにたった一人の相手を見つけられなければ、香りを抑える誓約は解除される。
属性や魔力を共有してくれる相手がいないなら、複数人に結晶化する魔力を送り込むことで生きるしかないからだ。
つまりは一人と結ばれるか、複数人と関係を持つか、死か。
時間制限付きのデンジャラスなゲームを、レニはこれからしなくちゃいけないということになる。
死亡フラグたっぷりだと思っていたヒルダよりも、難易度が高いような気さえしてくるところだ。
そして気になるのは、レニに残された時間。
『黄昏の王冠』の主人公の養父に聞けば、ヤヨイと同じ体質を持つ主人公の場合、学園を卒業するまでが、結晶化のリミットだとのことだった。
ヤヨイの体は現在十七歳。
本来学園に通っていれば春から三年生だ。
猶予は後一年か……きついな。
そう思っていたけれど、主人公の養父によればヤヨイの体の結晶化はそんなに進行してないらしい。
本来ならもっと進んでいるはずなのにと、養父の方は首を傾げていた。
理由はよくわからないけれど、三年ほど猶予はあるようだ。
「元のオレより強い奴いるといいけどな。でも魔法学校ってことは魔法使いばっかりなんだよな……もやしばっかりなイメージだ。とりあえず片っ端から試して、腕のいい奴に恋することにしよう。それがいいな」
レニの好きになる基準は、強いか弱いからしい。
試すという言葉が、喧嘩を売る、もしくは戦いを仕掛けるという意味合いに聞こえるんだけど……気のせいかな?
恋ってそんな感じでするものじゃないと思うよ!
まるで山に熊狩りに行くみたいな、そんなノリなんだけど!
「レニ、いきなり攻撃しかけちゃ駄目だからね?」
「駄目なのか?」
やっぱりわかってなかった。
そして攻撃仕掛ける気満々だったよこの子!
「つまり正々堂々か……闇討ち暗殺が基本なんだがな。けどまぁ、一応女であるあんたがそういうならそれがいいんだろうよ。正面から行くことにするわ」
レニはそう言って頷いてくれたけれど……一応ってなんだ一応って。
相変わらず一言多い子だ。
軽く請け負うレニに、本当にわかってるのかなと不安になった。




