【99】私の居場所
プロポーズの後、イクシスは疲れたから今日はもう眠ると異空間に引っ込んだ。
その後は久々に、お母さんやお父さん達に会って。
何故か泣き出した私に、お母さんは戸惑った顔をしていたけれど、優しく抱きしめてくれた。
お父さんとも話をして。後で帰ってきた林太郎や、もう一人の弟と一緒にくだらない話で笑ったりして。
久々の家族の団欒を楽しんだ。
「今日のメイコは記憶喪失になる前のメイコみたいね」
お母さんのその言葉に。
もしかしてヒルダと私が入れ替わってることに――気付いてるんじゃないかとそんな事を思う。
「そうだったら……どうする?」
「どっちも私の大切な娘には変わりないわ」
ふふっと柔らかく母さんは笑って。
そういう人だったなぁと、嬉しくなって。
ちょっぴり泣けてしまった。
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現在は夏で、世間ではもうすぐ夏休み。
今の私は会社を辞めて、家事手伝いの身分らしい。
高校を出てからしていた一人暮らしもやめて、今は家に戻ってきているとのことだ。
ヒルダときたら悠々自適な生活をしているなと思ったけれど、お稽古事を結構やっているようだった。
お花に茶道に、お琴にピアノにバイオリン。
どうやらヒルダは芸術方面に秀でているらしく、特にお花の方は才能があって。
いずれはそっちの道へと、誘われているようだった。
一方の大地は大学を卒業して後、大学院に進み。
そこを卒業したら父親の会社に入り、それから結婚しようという話になっているらしい。
朝倉メイコに戻ったはずなのに、まるで別人の代わりをしているかのような気持ちになる。
でもそれを悲しいだとか嫌だとかは、不思議と思わなかった。
ただ、もうここは私の居場所じゃないんだなと思うだけ。
楽しかった思い出のある場所に訪れて、あの時はこうだったなと懐かしむけれど。
帰ってきたという気分には――なれなかった。
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二・三日ほど家族とのんびりと過ごしていたら、メールが入って。
幼馴染のサキから、喫茶店に呼び出された。
いくつもの世界に同時に存在し、別の世界の自分の記憶を共有している精霊ゲンガー。
サキはそのゲンガーなんだと、オウガからは聞いていた
預言者とも呼ばれる存在で、人の未来を見ることができると言う。
喫茶店に行けばサキがすでにいて、そこにはオウガもいた。
「メイコ久しぶり! ようやく元の体に戻ってこれたんだね!」
私の姿を見つけた瞬間、サキは抱きついてきて喜びを全身で表現してきた。
ポニーテールに釣り目、勝気そうな子。
私の幼馴染は、三年前とそう変わらない見た目と態度で接してきた。
「メイコがちゃんと生きて戻ってこれる結末が見られて、本当によかった」
ほっとしたように呟くサキに促されて、オウガの隣に座る。
なんてことのないように紡がれた言葉に、本当にサキが精霊のゲンガーだったんだと、少しショックを受ける。
オウガから聞いてはいた。
でも、ずっと仲の良い幼馴染として付き合ってきたサキが、精霊なんていう不思議な存在だったなんてどこか信じられずにいたのだ。
「サキには最初から、私がこうなることが見えてたの?」
「……オウガから聞いてるとは思うけど、あたしはゲンガーだからね。未来の可能性が見えるんだ。本当はメイコにはばれたくなかったんだけどね」
尋ねれば、サキが少し悲しげに微笑む。
その質問は予想していたというように。
「未来いうのは不思議なもので、選ぶ選択肢によって色々変わる。でも時折抗えない運命的な死というものがあるんだ。世界のシステムによる、強制的な死とでもいうのかな。メイコの人生には、その運命の死が組み込まれていたんだ」
二十歳になったら、私は死ぬ予定だった。
そうサキは口にした。
「それが頑固な運命でね。色々それを避けるための未来を探したんだけど、普通の手段じゃ難しそうだった。だから別の世界の力を借りる方向で、可能性を探したんだ」
そうしてサキが見つけた可能性が、オウガだった。
異空間に閉じこもったイクシスを捜して飛び回るオウガの前に、サキはこの世界の入り口を開いた。
つまりは、オウガとの出会いから仕組まれていたようだ。
「本来そういうことはゲンガーに許されてないんだ。ゲンガーは人の未来を見るだけで、ある程度の予言はいいけれど、手を加えてはいけないことになってる。自分が望む方向に持っていくために、予言をするのは何よりのタブーだ。それでもあたしは……メイコを助けたかった」
「サキ……」
今まで見せた事のない、幼馴染の辛そうな顔。
その表情でどれくらい私の事を思っていてくれたのかがわかった。
「あたしの予定では、メイコには死んでもらって、運命を一旦断ち切って。オウガに体を治してもらって、メイコの魂をそこに入れて。その先も……この世界で生きてくれれば文句なかった」
でもイレギュラーが生じたと、サキは口にする。
「でも、オウガを私が引き入れたことで、未来も変化して行ってしまったんだ。ヒルダとの入れ替わりの未来が、そこに追加された」
口惜しそうに、サキはそう言った。
オウガが助けに来ないで、私が死ぬか。
オウガに体を助けてもらって、私の魂は異世界に旅立つか。
二つに一つだったらしい。
「ゴメンねメイコ。あんたが異世界に行ってしまうことはわかってたのに、それを事前に止めることはできなかった。オウガに進言するのも、本来はアウトだったんだ」
「ううん。ありがとう、サキ。サキのお陰で私こうやって生きてるんだし」
今にも泣きそうな幼馴染の手を取ってそう言えば、ほっとしたように肩を撫で下ろす。
「やっぱりオレがこの世界に来たところから仕組まれてたわけか。自分でオレを招いておいて、お前はオレがメイコに近づく邪魔をしていたわけだな……?」
「あぁそのこと? 本当あんた心狭いわねー」
サキに対して、低い声を出してオウガが口にする。
二人の間にはピリピリとした空気が流れていた。
この二人は出会った当初から犬猿の仲というやつだった。
「あれにもちゃんと意味あったのよ? あんたの心が癒える前に、メイコに執着して恋心に気づいた場合。あんたがメイコを自分の異空間に閉じ込めて、一生出さない未来があった」
肩をすくめてサキがコーヒーを飲む。
カランと氷がグラスの中で音を立てた。
「……」
横にいるオウガに視線を向ける。
サキに何かを言い返そうとして、結局オウガはやめた。
サキは肘をテーブルにおいて手を組んで。
少し冷ややかな視線と、薄っすらとした笑みをオウガへ向ける。
「あんたの今まで見つけたつがいは、全員あんた以外を選んだ。どんなに頑張ったって、自分を好きにはなってもらえない。オウガ、あんた相当病んでたわよね。異世界に逃げるくらいなんだから」
意地悪なサキの口調。
普段のオウガだったら、何か言うところなのに黙っている。
不安になって顔を見れば。
その瞳に鋭く、冷ややかな光が宿っていて。
ただ無表情にサキを見返していた。
「メイコはあんたに気を許してたけど、この通り鈍感で。あんたを恋愛対象には全く見てなかった。どんなに好きだって言っても、伝わりはしなかったでしょう? そんなメイコが、自分以外の誰かを受け入れるなんて許せなくて。閉じ込めて、自分以外に会わせなければいいと思ったことがあるはずよ?」
何か異論はあるかしらとサキに尋ねられ、オウガは深い溜息を一つ吐いた。
「オレはやっぱりお前が嫌いだ」
「……奇遇ね。あたしもよ? というか、あたしが望む一番いい未来のために、あんたとの仲応援してあげたのに、どうして弟にメイコを取られてるの? 馬鹿なの?」
きっぱりと面と向かって宣言したオウガに、にっこりとサキは笑いかける。
その額に青筋が見えた。
どうやら未来を見通せるゲンガーであるサキは、私の恋愛事情も全て知っているらしい。
「あぁ? お前がいつオレを応援したって言うんだ。今妨害してたって認めたところだっただろうが。高校三年の時も、メイコに男紹介しやがって」
「確かに妨害はしたわよ? でも高校三年の時のアレは、あんたがメイコへの気持ちを自覚するようにしかけたコトだし、それ以降はできるだけ我慢してやってたわよ! 大体ね、このあたしがどうして可愛いメイコを他の男に渡すために動かなくちゃいけないわけ!?」
睨んでくるオウガに、サキが負けずと言い返す。
サキはどうにも昔から私が大好きで、後半は八つ当たり気味だった。
「大体電話の時あたしはあんたに、メイコの居場所のヒントあげたわよね? メイコの側にいなさいって遠まわしに言って、そう言えばあんたって弟いたっけって、全く関係ない話したわよね。どうしてそれに気づかないのよ!」
「メイコが予言を受けたことで手一杯で、そこまで耳に入るわけないだろ!」
二人の言いあいがエスカレートしていく。
落ち着いてよと声はかけたけれど、全く聞こえてないようだ。
「あんたが早くメイコの魂を回収していれば、そういう未来もあったのに。それなら、メイコは人の余生分くらいはこの世界に留まってくれてたのよ? これからは時々しか会えないじゃない!」
「全部お前の都合だろうが!」
「そうよ、何が悪いの? あたしの都合のお陰で弟とも再会できて、メイコにも出会えたんだからむしろ感謝しなさいよ!」
本当この二人は仲が悪い。
言い合いはまだ続きそうで、この光景もまた懐かしかった。
こういう時は、そっとしておくに限る。
言いたい放題させておけば、やがて疲れてやめるのが二人のいつものパターンだった。
相変わらずだなとそんなことを思いながら、まるで高校時代に戻ったような気分で、注文したナポリタンを食べた。
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家族や友達と過ごしたり、イクシスと一緒に私の世界でデートしたりしてその後の時間は過ごした。
レニはニコルの異空間から、毎日のように私の家に遊びにきた。
どうやら林太郎と物凄く仲良くなったらしい。
それを目撃したお母さんは、あの林太郎に友達が、彼女がと喜んで。
何故かその日はお赤飯だった。
ニコルが街を観光するから案内しろと私を攫ったり、途中ヒルダが大地と喧嘩してホテルから戻ってきて飲み明かすことになったりと色々あったけれど。
そうこうやっているうちに、あっという間に一週間が過ぎた。
明日には屋敷に帰る。
そう思うと、うずうずとした。
しばらくこの世界に来ることはできないのにその別れよりも、皆との再会に意識が行く。
メイコの部屋のベッドで寝転がる。
どうにも興奮して寝付けなかった。
この部屋は私のというよりは、もうヒルダのもので。
かつての部屋の面影は、そこにはない。
亡くなったお父さんと住んでいたアパートを出て。
母さんが再婚してから、高校の三年間はここに住んでいた。
卒業してからすぐに家を出て、一人暮らしをはじめた。
反対はされたけど押し切った。
場所はオウガのマンションのすぐ近く。
何かあったらオレがどうにかしますなんて、関係ないのにオウガも説得もしてくれたっけ。
持つべきものは、友達だなってその時本当に思った。
薄桃色の壁紙に、白いベッドは天蓋がついてる。
私が持って無かった化粧台。
化粧をするときは、家族共用の洗面所でやっていた。
アパートから引き上げた私の私物はどこに行ったんだろうと考えて、そう言えば向こうの世界へ持っていけるじゃないかと今更気付く。
ここが自分の部屋だという感覚が全くなくて、今の今まで思いつかなかった。
この様子だとマンガは捨てられてたりするのかな。
そう思ったら、むしろマンガは増えていた。
ファンタジーものがお気に入りのようだ。
「イクシス」
「呼んだか?」
近くの空間で待機しててもらっていたので、呼べばイクシスが現れる。
持って行きたいものがあるから異空間にしまわせて欲しいといえば、イクシスはオッケーしてくれた。
「おい、メイコ。その本の後ろに何か隠されてるみたいだぞ」
「本当だ」
お気に入りのマンガたちをしまいこもうとして、不自然に本が前に寄りすぎていることに気付く。
後ろの方に手を差し入れてみれば、隠されるように本が置かれていた。
まさか……えっちな本!?
ヒルダならありえると、ドキドキしながら手に取れば。
それは――動物の写真集や、癒し系のマンガたちだった。
「意外……ヒルダこういうの好きなんだ?」
「柄じゃないから隠してたんだろうな。この本をメイコが持っていったら、ばれたことにヒルダが気付くんじゃないか?」
確かにイクシスの言う通りだ。
マンガは一度読んだモノばかりだ。
元の場所にそっと戻して、持っていかない事にした。
もう一つの私の宝物、ゲーム機の方もすぐ近くで見つけた。
そこには、使用された形跡。
もしかしてヒルダが乙女ゲームをと驚いて中に入っているソフトを見れば、林太郎が大好きな中二病アニメのゲームだった。
よく見ればDVDもケースで近くにあった。
しかもこれは、第一期と第二期をまとめたコンプリートボックスのようだ。
もしかすると、ヒルダにも若干中二病の気があるのかもしれない。
林太郎に毒されてしまっているのではないか……そんな恐ろしい予感に震えながらも、ゲーム機の方は持っていくことにする。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』をもう一度やってみようと思ったからだ。
屋敷にはオウガの持ってきたテレビもあるから、ゲームはできた。
今度はクローゼットを開けてみる。
私なら絶対に着ない少女趣味な服たちと、露出の多い小悪魔系の服たち。それとゴスロリ服。
胸がないことは重々承知なのか、代わりに背中や鎖骨を見せるような服が多く収納されていた。
なんて偏ったクローゼットの中身なんだと思う。
私の愛用していた、部屋着のジャージはないのかなと探して。
隠されるように奥に畳まれているモノを見つける。
開いてみれば……それは、林太郎が好きなアニメのキャラのコスプレ衣装だった。
サキュバスという淫魔キャラで、衣装が中々に際どいキャラだ。
胸部分ががら空きで、もはや水着に近い。
こんなの着たら痴女だ。
それを自分が着た所を想像逞しく考えてしまったところで、無言で元の場所に戻してクローゼットを閉じた。
後はいくつかアルバムをイクシスの異空間に詰める。
それだけで、持っていくものは全部だった。
「これだけでいいのか? ここにはしばらくこれないぞ?」
「大丈夫」
イクシスに尋ねられて、呟く。
見覚えのあるものがあっても、ここは私の部屋ではやっぱりなくて。
ちょっとした、寂しさを覚える。
でも同時に思うのは。
ヒルダも屋敷に行けば、こんな気持ちになるのかもしれないということ。
つまりはお互い様で。
だからこそ、ここから出て行けるのかもしれないと思う。
この部屋を見ても、私の居場所だとは思えない。
今の帰りたいと思うのは、やっぱり屋敷の方で。
――イクシスの隣だ。
薄情かもしれないと思うけれど、ヤヨイの体で暮らしていた時、私はニホンにいる家族の事をあまり思い出さなかった。
会いたいなと願うのは――あの世界で出会った皆で、何よりイクシスの事ばかり思い返していた。
あの世界で、私は居場所を見つけてしまったんだと思う。
こっちの家族は、私がいなくても大丈夫だ。
ヒルダが代わりをしてくれるし、大地もいる。
母さんを悲しませずにすめば、それでいい。
「やっぱり、寂しいか?」
「ちょっとね。でも、それより皆の所へ帰りたい気持ちが強いから」
心配そうに尋ねてくるイクシスに、大丈夫だよと笑う。
「それに、もう私にはイクシスがいるし。寂しくなんかないよ」
ヤヨイだった時に、ずっと望んでた存在がすぐ目の前にある。
触れられるし、私に感情を返してくれる。
これがどんなに幸せなことか。
異世界で死んだイクシスに出会った時に、私はそれを身を持って知っていた。
その思いを言葉にすればイクシスは驚いた顔をして、それから顔を綻ばせる。
「……あぁそうだな。メイコにはオレがいる」
嬉しそうにそう口にして。
イクシスは、私を強く抱きしめてくれた。
★7/12 メイコが一人暮らしをしていた設定を忘れていたので、訂正を加えましたすいません。




