【9】協力者と労いと
私の守護竜であるヒースに、何者なんだと言われて言葉に詰まる。
ヒルダじゃありえない所を色々見られてしまって、ただの記憶喪失ではないとヒースに気づかれてしまっていた。
こうなったら事情を全て話すしかない。
腹をくくって打ち明ければ、聞き終わったヒースはなるほどなと呟いた。
「……信じてくれるの?」
「世界は複数あって、そこから別の世界へ転生するのもおかしなことじゃない。少なくとも竜族ではそう信じられてる」
私の見た乙女ゲームは、きっとこの世界からの転生者が記憶を元に作ったのかもしれないとヒースはこぼした。
「まぁ、あんたのおかげであの日の謎が少し解けた」
ヒースは肩をすくめる。
あの日とは、ヒルダが何者かに突き飛ばされた日を指しているようだった。
「俺は呼ばれたらすぐに反応できるくらいの空間に、いつも待機させられていた。けれどあの日は、ヒルダに繋がる空間が遮断されていた。それがヒルダ自身の意思で行ったことなのか、何者かが空間に力を加えたのかはわからないけどな」
お陰で反応するのが遅れて、助け損ねたのだとヒースは口にした。
「それに本来ヒルダは突き落とされたくらいで、不覚を取るようなやつじゃない。簡単に人に心を許すような女じゃないし、それくらいなら魔法で風を起こして、体勢を整えるくらいやってみせる」
そこで言葉を切ったヒースが、私の鼻先に指を突きつけた。
「たぶん、突き落とされた瞬間ヒルダからあんたになった。だから魔法も使えずに、ヒルダは不覚をとって怪我をするはめになったんだ」
ずっとヒースには、それが不可解でしかたなかったようだ。
少しだけすっきりしたような顔をしていた。
「ただ、狙ったかのようなそのタイミングが気になるけどな。まぁそれはおいて置くとしてだ。あんたがヒルダでないなら、色々交渉の余地があるな」
ふっと力を抜いたように、ヒースは笑いかけてきた。
不機嫌で気だるげな顔しか見せてこなかった彼だけれど、笑うと人懐っこい雰囲気が漂っている。
「あんたは、五年のうちにアベルに殺されることを恐れてるんだろ? なら俺がその間は積極的に守ってやるよ。守り抜いた暁には、契約を解いて宝玉を返してくれ」
「それはとてもありがたいんだけど……宝玉のありかも契約の解除もやり方がさっぱりで」
ヒースの出してきた条件は、私にとって願ってもないものだった。
嫌々守られるよりも、協力者がいてくれた方が助かる。
しかし私は、宝玉も持ってなければ、魔法だって使い方がわからなかった。
「宝玉のありかなら、大体目星が付いてる。ヒルダの作った異空間の中だ。けどあんたはその異空間の出し方もわからなければ、契約魔法の解除もできないんだよな。ヒルダの体でも魔法の知識は素人か」
大きな溜息をヒースは付いた。
「期待に応えられなくて、ごめんなさい」
「別にいい。あんたが悪いわけじゃないしな。それなら五年の期間が終わっても、魔法を習得するまでは力を貸してやるよ」
謝ればヒースはそんな事を言ってきた。
「ありがとうヒース」
なんて親切な人……竜なんだろう。
そう思ってキラキラした瞳で見つめれば、ヒースは眉を寄せた。
「感謝の念を向けるのはやめろ。これは俺のためにやってることだ。あんたがヒルダじゃないとわかってはいるが、気色悪い」
ぞぞっとしたようにヒースは呟く。
本気で嫌がっているようだった。
「あと、俺の事はイクシスって呼んでくれ。実はヒースっていうのは、ヒルダが嫌がらせで俺に付けた名前なんだ」
「そうなの?」
まぁなとヒース……イクシスは溜息を付く。
「ヒースっていうのは、絵本に出てくる間抜けな竜の名前なんだと。俺の名前までわざわざ魔法で奪って、名乗れなくしてくれたんだ。今は解除されてるみたいだが、本当に性格の悪い女だった」
忌々しそうに、イクシスは呟いた。
「そうだ、ところであんた名前は何ていうんだ? 人前ではヒルダって呼ばせてもらうが、名前を知ってた方が何かとやりやすい」
「私はメイコ。よろしくね!」
尋ねられて自己紹介しながら手を差し出せば、イクシスはちょっと驚いた顔をする。
きっと私の見た目がヒルダだから、まだ違和感があるんだろう。
「わかったメイコ。これからはあんたが俺のご主人様だ」
ふっと微笑まれて、ご主人様と呼ばれて。
頼もしいパートナーができたと同時に、ご主人様という響きにむず痒くなった。
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事情を話し、イクシスと再契約して。
それ以来、私の側にはイクシスの姿があった。
さすがにそれだと、フェザーも私に攻撃をしかけてこない。
思いがけず、かなり頼もしい仲間ができてしまった。
少し未来に希望が出てきた!
そんな事を思っていた矢先、怖い顔をしたクロードに呼び出された。
「お嬢様、最近ヒースと仲がいいようですが、何かあったのですか?」
今までヒルダを敵視していたイクシスの態度ががらりと変わったことで、クロードは不審に思ったようだ。
「ちょっと和解しただけよ。今の私は記憶もなければ魔法も使えないし、敵も多いでしょ? 守ってもらう代わりに、五年後に契約を解除して宝玉を返すって約束したの。嫌々守ってもらうより、積極的に守ってもらったほうがいいしね」
「……そうですか」
説明したことによって、クロードは納得したようだったけれど、その顔は冴えない。
「お嬢様、あの……」
「なぁに?」
訴えるような眼差しを向けてきたから首を傾げれば、やっぱりなんでもないですとクロードは止めてしまった。
「何、言ってよ。気になるじゃない」
「いえ、忘れてください。こういう事を言うべきではないとわかっていますから……」
催促すれば、しゅんとしたようにクロードは俯いてしまう。
ハの字で人のよさそうな眉が、さらに垂れ下がる。
「言いなさい、クロード」
「……私がいるのに、どうしてヒースの方ばかりお側に置いて構うのですか」
ヒルダの特権で命令すれば、小さな小さな声でクロードは呟く。
まるで捨てられた子犬のような顔をしていた。
「しかもヒースをイクシスなんて呼んで。聞けばあの竜の本名らしいじゃないですか」
どうやらクロードは拗ねているらしい。
大人で年上なのにこんな顔をされて、可愛いと思えてしまう自分がいた。
星組の世話も色々頼んだせいで、最近私とクロードの関わる時間はめっきり減っていた。
……そっか、私クロードにしてみれば仕える上司みたいなものなのよね。
部下が頑張ったら労うのが、上司の務めみたいなものなのに怠っていた事に気づく。
前世の会社ではいい上司に恵まれていたからこそ、あの厳しい会社を私は続けてこれていた。
クロードは私の頼みを聞いて、やっかいな星組相手に奮闘してくれていた。一番頑張ってくれているのは、間違いなくクロードだ。
私の執事だしそれが仕事だからなんだろうけど、とても感謝している。
こういうのはちゃんと態度で示しておくべきだと思った。
「よし、クロード。明日はおやすみにして、一緒にお昼でも食べにいこうか。奢るわよ!」
――クロードを労おう。
そう思って口にすれば、私に鞭を手渡したクロードが驚いた顔になった。
本当は飲みにと言いたいところだけれど、私はまだ二十歳でそこまでお酒を飲んだ経験がない。
失態をしてしまう可能性も考えて、お昼に留めておく。
ラーメンとか食堂とか行って、仕事の愚痴でも話し合えば、きっとクロードだって日頃のストレスを発散してすっきりできるはずだ。
……そもそもこの世界って、ラーメンあるんだろうか。
食堂とか普通に思い浮かべたけど、仮にも貴族のヒルダが行っていいところなのかな。
まぁそこのところはどうにかなるだろう。
大切なのは、クロードを労う気持ちだ。
そしてクロード、立場を弁えずすいませんでしたと謝るのはまだ分かる。
当たり前のように鞭を手渡して、お仕置き待ちをするのはやめようか。
ヒルダさんの体って、鞭があると振るいたくなる衝動が疼くんだよね。
どんだけ鞭を振るいなれて、身体に染み付くほど愛用してたんだって話ですよ!
この生粋の女王様め!
「場所とかはよくわからないから、クロードに任せるわ。どうかしら?」
これ以上鞭持ってたら危険だと、クロードの手に鞭を返しながら、そう口にする。
「そ、それは……お嬢様が私とお出かけしてくださるということでいいのでしょうか」
しばらく固まっていたクロードが、何故かかぁっと顔を赤く染めて、俯いた。
「え? うん」
そんな反応がくると思ってなかったので、ちょっと戸惑いながらも頷く。
「嬉しいです。楽しみに……しています」
まるで花も恥らう乙女のようにはにかんで、クロードはそう呟いて。
その表情に、思わずこっちまで釣られて赤面してしまった。
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