プロローグ
目が覚めた1人の男が、頭に手を乗せていた。
頭に手を乗せていた男が、自分の回りの風景を見渡し始めた。
その男の視線に入って来た風景は、何処にでもある田園風景であった。
しかし上手くは言えないが、どうも自分の生きていた時代の田園風景とは違う違和感を、どことなくこの男は感じた。
(ここは、いったい何処なんだ?
たしか、秋場所で買い物をした帰り道の途中、名も知らぬ神社の前を通った所までは、覚えているのだが・・その後の記憶が出てこない。)
その男はしばらく考え事をしていたが、突然後ろから声をかけられた。
「あんた…何処から来なさったね?」
男が後ろを振り返ると、農民らしき男が立っていた。
この農民らしき人物が声を掛けてきたに違いないと、声を掛けられた男は思った。
「私は…千葉に住んで居ますが。」
男は自分の住んで居た場所を、言葉に出して答えたが。
「ち…ば?どこだそれ?少なくともこの国の者じゃねえだな。」
農民らしき男は、そんな場所は知らないと言いたげに、男に言葉を返した。
「あっ…尾張の殿様が此方に来なさるだ。
はよう、道を開けた方がいいべ。」
農民らしき男はそう言うなり、田んぼに戻って行き、農作業を再開していた。
(尾張の殿様?
いったい何処なんだ?
現代じゃないのか?)
男の頭の中は混乱をしていたが、あれこれ考えている最中に、尾張の殿様がすぐ近くまで来ていた。
(まぁ、あれこれ考えても仕方ない。
なるように生きるだけさ。
他人を信じて突き落とされるよりは、己だけを信じて生きていく。
それが俺の信念でもあるし。
現在の状況が分かるまでは、平凡な男を演じるのも悪くないか。
この場所は、俺の生きていた平成の世とは、少なくとも違いそうだな。)
改めて回りの風景を見渡した。
この男の名前は、真田敦と言う。
真田敦は、頭の中でそう考えていた。
その尾張の殿様と言われた人物は、小者を1人連れて領内の巡察をしていた。
「のう…サル。
今川は、いつ頃来るか読めるか?」
馬上にある織田信長は、木下藤吉郎に言葉をかけた。
「ははぁ…武田や北条に対する守備の備えや、内政の事を考えますれば、今年か来年の秋辺りが、濃厚かと思われます。」
サルこと、木下藤吉郎は間髪入れず即答をしていた。
「ふん…秋口辺りとサルは申すか。」
信長は顎髭に手をやりながら、今川の大軍に対する策を考えていた。
サルと会話を重ねる内に、いつの間にか農村の道に出ていた。
農作業に勤しむ農民も居れば、農作業に疲れ果てて、居眠りをしている農民も居た。
戦の為に軍団を率いていたならば、それを見た家臣はこう言っただろう。
「信長様…我々が命を賭けて戦っているのに、あの農民は居眠りをしているなぞ、けしからん事です。
見せしめの為にも、血祭りに上げましょうと。」
だが、信長であればこう答えたであろう。
「いや…止めておけ。
私の治める領内では、何時でも農民が疲れ果てたら、居眠りが出来るようにしたい。」
その2人の先に、怪しげな姿をした人を見つけ、馬を早々と進め、その人物に声を掛けていた。
「そちは一体何者で、どこから参った?」
「私の名は、真田敦と申します。
千葉から参りました。」
謎の男は、真田敦と名乗り、2人の反応を見る事にした。
「ちば…だと?
サル…そちは、ちばなる地名を、知っておるか?」
信長は馬上から、サルに質問を問いかける。
「信長様…たしか下総の国に、千葉城とか申す城があるとか。
もしかしたら、下総の国から参ったのではなかろうかと、思われます。」
サルは、記憶を辿りながら信長に質問の回答をする。
(信長様?…それにサルだと?
まさか…総見院こと、先右府織田信長公と、関白豊臣秀吉か?)
真田敦は、僅かな間に頭の中で様々な事を考えていた。
(もし2人が本物ならば、ここは戦国時代…タイムスリップしたとでも言うのか?)
まだ夢を見ていると思いながらも、二人の行動を見ていた。
「ふん…まぁよいわ。
その方…真田敦とか申したな?
何ゆえ、この尾張に参った?
しかるべき理由も無く…尾張まで来る筈もなかろう。
正直に申さねば…今すぐ首を落としてくれようぞ。」
そう言うなり、信長は馬上から刀を鞘から引き抜き、真田敦の首筋に刃を当てた。
「私は…何故此処にいるのかが、分かりません。
いきなり光に包まれたと思い、目が覚めたらこの場所に倒れていました。」
真田敦は、分かる範囲で正直に織田信長と、木下藤吉郎に言葉を出していた。
これで殺されても仕方がないと、半ば諦めも付いていた。
それはそうだろう。
もしもこの時代が本当に戦国時代ならば、他国の間者と疑われても仕方が無いのだ。
首筋に刃を当てられながらも、織田信長の目をしっかりとみていた
「なるほど……ではお主は、何を信じる?」
相変わらず、刀を首筋に当てながら、更に問いかける信長。
「目に見えない神も仏も、血を分けた親兄弟も信じません。
信じられるのは自分と、自分の持つ才能を、発揮させてくれる主君です。」
信長は、しばらく考えていたが、真田敦に当てていた刀を、腰の鞘にすっと戻していた。
「面白い奴よ。
目に見えぬ、神も仏も信じぬ…血を分けた親兄弟も信じぬか。
その方の、才能とは何だ?」
馬上から、殺気の消えた織田信長は、真田敦に3度目の質問をしていた。
「硝石の生産に…戦船の設計…それと槍の扱いぐらいです。」
それを聞いた織田信長は、眉を少し動かし、木下藤吉郎は、驚かんばかりにたまげていた。
「硝石の生産ですと?
戦船の設計は理解出来ますが、一体どうやって硝石を生産する?」
「確かに、この日の国では、硝石は採れぬ。
それがゆえに、明もしくは、南蛮船からの積み荷に頼るだけだ。
お主が本当に、硝石の生産が出来るなら、我が家臣に欲しいわ。」
この先の時代、硝石の需要は高まる一方だが、供給が全く足りなかった。
明は基本的には、交易を禁止しているし、南蛮船の入港も月に2隻ほど。
南蛮船の積み荷も、硝石ばかりではない。
だからこそ、硝石の生産と耳にしたからこそ、織田信長の興味をそそったのであろう。
意外と知られていないが、安土~桃山時代にかけての硝石の消費量は、南蛮船の積み荷の硝石だけでは、明らかに量が足りない。
そこで、土壌を使い人工的に硝石を作り出して、全国での硝石消費量を、賄っていたと思われている。
その事を学んでいた真田敦は、織田信長にぶつけてみたのだ。
種子島の効果をいち速く見抜いていた信長だからこそ、硝石の自主生産に興味を抱いたとも言えなくもない。
「それで、どれぐらいで生産可能になるのじゃ?」
信長の興味は、すでに先に動いていた。
「最低でも…半年から1年あまりは、必要かと思われます。
ただ尾張の国は田畑が多い事から、多少ならば硝石は今すぐに、取れるかと思われます。」
ある部分は口を濁しているが、あまりやりたくない仕事でもあるのだ。
配下を付けて貰えるならば、構わないと考えていた。
「………よかろう。
今日より、この織田信長に仕えるがよい。」
信長の決断は早い事は知られているが、真田敦に利用価値を見出だしたからこそ、強制的に仕官をさせたのかも知れなかった。