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真田公記  作者: 織田敦
14/33

堺に滞在中の出来事 

真田敦達が、堺に向かっていた頃、京にて留守番をしていた大内藍と鉢屋美海の2人はどうしていたかと言うと。

「暇ですわ。」

最初に口を開いたのは、大内藍である。

「暇と言われましても。」

その言葉に、反応したのは鉢屋美海である。

「そう言えば、貴女の先祖は尼子氏に仕えていたのよね。」

「そうなりますね。」

この会話からから、2人の昔話が始まったのである。

「大内氏と尼子氏は、ある意味好敵手でしたが、憎い毛利元就の策略は許せませぬ。」

昔を思い出したのか、大内藍は悔しさを出していた。

「私は、仕える前に滅んでしまいましたから。

そう言えば、藍姫はおいくつなのですか?

私は、12才ですが。」

鉢屋美海は、年上である大内藍に質問をした。

「あら、ずいぶん若いわね。

私はまだ16才よ。

必ずや、大内家再興を成し遂げる為に、どんな事もやるわ。

美海様も、鉢屋党の再興が目的なのでしょう?」

大内藍は、鉢屋美海に言葉を返すと、今度は自分が質問を返した。

「それもありますが、私は平和な世が訪れるのを期待しているだけですから。」

鉢屋美海の返答は、当たり障りのない回答である。

「本当に、甘いわね。

誰かが日の本を統一しない限り、平和な世が来るなんてあり得ないから。」

鉢屋美海の認識の甘さに、大内藍は厳しく反論をする。

「織田信長様なら、平和な世を創造してくれると思われますが。」

年上である大内藍の厳しい言葉使いに、ちょっとむっとしたが、やはり忍であるがゆえに、表情を変えずにまた言葉を返す。

「あら、織田様ではなく、真田様の間違いでは?」

「真田様が?

真田様は、織田信長様にお仕えしている身ではありませんか?」

大内藍の言葉に、鉢屋美海は首を傾げていた。

「織田信長様は、破壊の世を造り上げるお方であり、新しい世の創造は真田敦様になるわよ。」

「なぜ、そう言い切れます?」

鉢屋美海の頭の中は、徐々に混乱をしていく。

「2人の性格よ。

信長様は短気な性格で、同盟者にも同じだけの律儀などを求める。

敦様は穏やかな性格で、相手の立場や立ち振舞いを考え、相手の面目が立つように常に考えているからよ。」

美海は、藍姫の言葉を聞き納得をしていた。

「でも、信長様も新しい世の創造を考えていると私は思いますが。」

大内藍の言葉に、鉢屋美海は、何とか言葉を捻り出して会話を継続していく。

「信長様の考えている新しい世と、敦様の考えている新しい世が同じならね。」

「信長様の考え方を一番理解しているのは、敦様ではないでしょうか?

信長様に仕えてわずか10年足らずで、家老の地位にまで登り詰めていますゆえに。」

その言葉は、正論である。

いくら実力主義である織田家と言えども、足軽から家老にのしあがった真田敦の才能は、誰にも計り知れないからである。

「知略や武勇に優れる才能か、敵国の人物や他の人物達から好かれる人柄か、それとも様々な魅力を備えているのか。」

「藍姫様は、もしや、真田様を?」

鉢屋美海の、その言葉を聞いた藍姫は、返答を述べる。

「利用したいだけよ。

真田敦様の力を利用すれば、大内家再興の夢は現実になると思うからよ。」

「そちらでしたか。

私はまた、敦様に好意を持っているのかと、思っておりましたが。」

鉢屋美海は、手元の扇子を開き、その扇子で素早く顔を隠したが、扇子の裏に隠れた美海の顔は、にやけていた。

「まったく、馬鹿も休み休み言いなさい。

私は16才、28才で7人の子持ちのおじ様に、好意など持ちませぬ。」

藍姫はきっぱりと美海に言い放つと、逆に聞き返した。

「そう言う美海様は、どうなの?

かなり年上と言えど、なかなかの美男子でもあるし。」

「私は、年下好みですから。

年上には興味ありません。」

美海は、藍姫にきっぱりと返答を述べた。

「それもそうね。

でも、世の中は広いからもしかしたら、1人や2人は、物好きがいるかも知れないわね。」

「それはあり得ますね。

日の本にいなくとも、もしかしたら南蛮国にいるやも知れませんね。」

大内藍と鉢屋美海の2人は、笑いながら早めの夕食を食べ始めた。



それと同じ頃に堺に向かっていた真田敦は、思わずくしゃみを2回していた。

「京に残してきたあの2人が、余の悪い噂話をしているんだろう。

京に帰ったら、きつく説教してやるからな。」

真田敦に大内藍、鉢屋美海の3人の間には、なんとも微笑ましい関係が、なにかしら有ったのかも知れなかった。



同じ頃岐阜では、京に滞在していた時に真田敦がお犬御寮人に送った文が届いていた。

「お殿様らしい文ですね。

私や子供達と離れ離れになったからか、文にここまで気持ちを込めているのですから。」

「奥方様、お殿様はなんと書いておりますので?」

本多正信は、お犬御寮人に文の内容を聞いてみた。

「正信、お殿様は私達家族をとても愛していると、書かれていますわよ。」

お犬御寮人は、正信に文を手渡し、正信も文の内容を見て納得していた。

「ほっほほ、ここまで書かれますと読み手も恥ずかしいですな。」

「母上、父上から文が届いたのですか?」

嫡男の源一郎は、茜達の面倒を見ていたのだが、文が届いたと聞いて飛んできたのだ。

「源一郎、茜達はどちらにいますか?

せっかく、父上から文が届いたのですから。」

母親であるお犬御寮人は、嫡男である源一郎に茜達の所在を聞く。

「お犬御寮人、某がお嬢様方をお呼び致しましょう。」

本多正信はそう言うなり、部屋を後にして茜達を呼びに向かった。



その間にお犬の方は、源一郎に大切な事を教えていた。

「源一郎、お殿様が留守の間は、貴方が真田家を守らねばなりませぬ。」

「母上、私はまだまだ学ばねばならぬ事があります。

内政の事や、軍事の事や、それらを大きくまとめれば、帝王学を学びたいです。」

幼い源一郎は、自分なりに考えていたのであろう。

いずれは真田敦の後を継ぎ、真田家当主になるのだ。

それが故に、母親であるお犬御寮人の言いたい事も理解しているのだろうが、一抹の不安も感じ始めていた。

父上が偉大すぎると、後継ぎには目には見えないプレッシャーが重くのし掛かるからだ。

先代が偉大すぎて、家臣達から見て次代の当主の才覚が少しでも劣ると見られたら、当主失格だと思われる可能性があるからだ。

まだ幼い源一郎がその事を、母上であるお犬御寮人に相談しようとした時に、正信に連れられてきた茜達が部屋に入って来た。

「母上、父上から文が来たそうですね。」

次女の詩穂が口を出すと、三女の涼も合わせて口を開く。

「父上は京にいるのでしたね。」

すると、四女の薫も姉に負けじと口を出す。

「父上はいつ、帰って来るの?」

茜達は、口々にお犬御寮人に質問をしていた。

「まぁまぁ姫様方、一度に言われましても答えられませぬぞ。」

本多正信は、柔らかい口調で茜達を説得していた。

それに答えるように、お犬御寮人が子供達に言葉を出した。

「源一郎や茜達、少しは落ち着きなさい。

父上は、今は堺に滞在中であり、大切なお仕事をなされておるのですから。」

お犬御寮人はそう言い、、源一郎達を静かにさせてから書状の続きを黙読し始めた。

「やはり、お殿様がおりませぬと、お姫様達も寂しいのでございましょう。」

本多正信は、笑顔で言葉を口にしていた。

「茜は、寂しくありませぬ。

兄上や妹達が寂しいのです。」

長女らしく、弱音を言わないのが茜らしいと言えば茜らしかった。

「茜は、気が強い反面、父上に甘えるのは子供の中では一番でしたからね。」

お犬御寮人はそう茜に答えると、ニコニコしながら書状を読み終えた。

「敦様は、いつ頃岐阜にお戻りになられますか?」

本多正信も、やはり心配性なのかも知れなかった。

「さぁ、書状では来年辺りとしか書かれておりませぬゆえに。」

お犬御寮人は、書状の最後に書かれていた部分を、本多正信に伝える。

夫の帰りを無事に願っていたのは、真田家の者であれば皆心配していた。

真田敦本人が望む望まないに関わらず、真田敦の存在自体が少なからず大きかったと言えよう。



数日後、真田敦達は、堺に到着した。

「ここが堺か。」

南条小助が口を開くと、大内勝雄も声を出す。

「京よりも、栄えているんじゃないかな?」

「堺は、自治の町でもあり、南蛮との交易もしている場所だからな。

回りを囲う塀も高く、防御能力も高い。

夜になると門は閉められ、人の出入りも出来ない。

人の集まる場所には、銭も集まる訳さ。」

真田敦は、小助と勝雄にの2人に、簡単に堺の町を説明をする。

「それで、堺に来た理由は?」

未だに、堺に来た理由が分からない小助である。

「納屋衆の1人である、千宗易に会うためと、ちょっと裏の仕事も兼ねてな。」

真田敦が口を開くと、直ぐ様に勝雄も声を出す。

「裏の仕事?

なんとなく想像出来ますがね、人づてに聞いた場所だと、この辺りなんでしょうが。」

「ここじゃないですか?」

小助が、目的地であるお店の看板を見つける。

「魚屋、千宗易の店だな。

そこの者、真田敦が参ったが、主人の千宗易殿はご在宅であるか?」

店の前を掃除していた手代と思われる小僧に、真田敦は聞いてみたのだ。

手代の小僧は、番頭さんに聞いてみますと言い、店の奥にいた番頭に知らせた。

その事を聞いた番頭は、表の客に座るように手代に命じると、店の奥に消えていった。

主人の千宗易にお客様が来たことを、知らせに行ったのである。

その番頭が、早歩きで真田敦達の元に戻ってきた。

「真田様、主人であります宗易様がお会いになられるそうです。」

「そうか、では参ろうか。」

真田敦は、そう番頭さんに答える。

その番頭の案内で、真田敦、南条小助、大内勝雄の3人は店の奥に向かい、千宗易と会った。

「お初にお目にかかります。

魚屋の主である、千宗易と申します。」

「お初にお目にかかります。

織田家の真田敦と申します。

後ろの2人は、南条小助と大内勝雄と申します。」

千宗易と真田敦は、お互いに挨拶を済ませた。

小助と勝雄の2人は、慌てて頭を下げてから千宗易に挨拶をした。

「真田様はどの様な用件で、某の元に参られたのでしょうか?」

千宗易は、突然訪ねてきた真田敦達を、不思議に思ったからだ。

「実は、堺で一番の鉄砲職人に会って見たくてな。」

真田敦は、素直に千宗易の疑問に答える。

「なるほど、分かりました。

今日はもう遅いですが故に、明日の朝一番で案内致します。

真田様、よろしかったら今夜はここにお泊まりになれてはいかがでしょうか。」

千宗易がそう申すと、大内勝雄と南条小助が口を開く。

「敦様、ご好意に甘えても良いのでは。」

「そうです。

千宗易殿と言えば、茶人として高名なお方。

時間があれば、お茶を飲んでみたいものです。」

ある意味あつかましいとも言えるが、真田敦は素直に謝罪を申し出た。

「宗易殿、失礼な2人で申し訳無いです。」

「いやいや、若さゆえの言葉でしょう。

お茶の一服でも、差し上げましょう。」

千宗易は、気にしておりませぬと、笑顔で答える。



千宗易自身の案内により、屋敷の奥の離れにある茶室に1人ずつ招かれて、千宗易のお茶を飲む事になったのだ。

そして南条小助と大内勝雄の番が終わり、真田敦の番が回ってきた。

「これは入り口の高さから察するに、腰を曲げて戸を開く茶室か。」

その茶室の広さは、わずか2畳と言う狭さであり、わびさびの心を大切にする、千宗易の考え方である。

「真田様、そちらにお座りください。」

真田敦は、正座をして千宗易の入れる茶の手順を見ていた。

(美しい。

そして、素晴らしく無駄の無い動きである。

やはり後の世で、茶聖と呼ばれていても、謙遜の無い姿であるな。)

「真田様、どうぞ。」

真田敦の前に黒い茶碗が置かれ、真田敦は茶の作法に従いながら、茶碗を手に取りゆっくりと茶を味わいながら飲み干した。

「味わいの深い、美味しいお茶を頂き感激致しました。」

「真田様は、茶の湯を足しなんでおりますかな?」

「見よう見まねでございますが、まだまだ人様に差し上げられる物では御座いませぬ。」

「機会がありましたら、真田様の茶を頂きたい物ですな。」

「怖れいりまする。」

真田敦は、そう答えるだけで精一杯であった。

確かに真田敦は、小さい時から武道と茶の湯を学んでいた。

敦の祖父である真田宗幸が、茶道真田流の家元であるがゆえに、孫である真田敦もある程度は茶の湯に精通していたが、やはり千宗易に茶を出せるほど、茶の湯を極めたとは言えなかったのだ。



翌日、千宗易の案内で、長次郎の家に来ていた。

「長次郎、おるかな?」

千宗易の声に、家の中から返事か来る。

「その声は、千の旦那様ですな。

狭い場所ですが、お上がりくださいませ。」

その声は、この家の主らしい。

「長次郎、別のお客様も連れてきておるでな。」

「千の旦那様がお連れになられたお客様なら、構いませぬ。」

長次郎は、狭い家ですがと、前もって断りを入れた。

そして真田敦らは、千宗易と一緒に長次郎の家に上がった。

「お初にお目にかかります。

某、織田家の真田敦と申します。

こちらに控えるは、南条小助と大内勝雄です。」

真田敦は、頭を下げて挨拶をした。

「真田殿、初めまして。

それで、千の旦那様。

今日は何のご用で、こちらに参られたのでしょうか?」

長次郎の方も、真田敦に挨拶を済ませると、千の旦那様に、本日のご用を聞いた。

「実はな、真田様がお主の仕事を見てみたいと申されてな。

邪魔でなければ、見せて貰えぬかと思ってな。」

千宗易は、本日の御用件を長次郎に伝える。

少しの間が空いたが、長次郎は言葉を返した。

「分かりました。

普段からお世話なっている、千の旦那様からのお願いです。

今回だけ特別に、お見せ致しましょう。」

「長次郎殿、本当にありがとうございます。」

真田敦達は、長次郎に頭を下げていた。



長次郎の案内により、離れにある仕事場に移動をして、長次郎は黙々と鉄砲を造り始めた。

真田敦は、長次郎の仕事を拝見しながら、長次郎の腕前に唸るだけであった。

(長次郎本人を引き抜きたいが、さすがに堺からは連れ出せぬな。

長次郎の弟子辺りを引き抜いて、岐阜に送るが上策やも知れぬ。) 

そのような事を真田敦が考えていた時に、外から女性の声が聞こえだした。

「父上、一度お休みになられませぬか?

根を詰めると、倒れますよ。」

「姉上の言う通り、倒れてからでは遅いですよ。」

「梨那に和花か、済まぬが客人達にお茶を出してやってくれ。」

その声の主は、長次郎の娘達であるようだ。

(長次郎の娘達、もしかしたらこれは。)

真田敦は、1つの案を考え出したがまだ構想の中であった。

「千様に、他のお客様方もどうぞこちらに。」

和花と申す娘に言葉を掛けられ、千利休や真田敦、小助に勝雄達は別室に案内された。

「長次郎殿の、ご息女でしょうか?」

真田敦は、梨那に質問をしてみた。

「はい、私は長女の梨那で、隣にいるのが次女の和花でございます。」

「長次郎殿のご息女であれば、鉄砲を作る事もあるのですか?」

真田敦は、更に言葉を出す。

「そうですね。

妹の和花も、作れますよ。」

梨那は、色々と質問をしてくる人物に興味を抱いた。

(このお方、一体何者でしょうか?

鉄砲の事を聞くし、もしかしたらどこぞの大名の使者なのかしら?)

梨那が真田敦の事を考えていた時に、同じく真田敦も顎に手を当てていた。

(さてさて、どう切り出すかな。)

真田敦が悩んでいた時に、魚屋から手代が来た。

「ご主人様、今井様からお呼びがかかっております。」

「分かった。

真田殿、梨那殿、申し訳ないが、これにて失礼致します。」

千宗易は、そうそうに長次郎の家を後にした。

(機会到来だな。

宗易殿がいると、切り出せぬからな。)

「ところで、真田様の真の狙いは何でしょうか?」

「姉上、真田様の真の狙いですか?」

梨那の言葉に、いち速く反応したのは、妹の和花であった。

「梨那殿、人聞きが悪いですな。

まるで私が、極悪人見たいですな。」

真田敦が困り出すと、勝雄と小助の二人が言葉を繋ぐ。

「極悪人は言い過ぎかと。」

「意外と似合うかもね。」 

「お前ら、本当に言いたい放題だな。」

勝雄は、さすがに違うだろと言いたげであり、小助は、さもありなんの顔になっていた。

「一目、お姿を拝見した時から、真田様はただならぬご仁と見うけました。

何か、人には言えぬ事を抱いているのでは?」

その言葉の後には、この梨那と申す娘は、真田敦の心の中を覗き込もうとして来たのである。

(この娘、意外と恐ろしいな。

私の目的を見抜いているのか?

いや、そこまでは見抜いているとは思えぬ。

しかし、そこまで洞察力があるならば、後々織田家に必要になるな。

しかし、織田家と言うよりは、私個人が手元に置きたい位の才女やも知れぬな。)

そこまで考えが頭の中で巡ると、真田敦は言葉を梨那に返した。

「梨那殿、貴女を信用出来るお方と見て、お願いがございます。

某と共に岐阜に来て頂けませぬか?

梨那殿を、鉄砲職人頭として織田家に迎え入れたいのです。」

突然の真田敦の言葉にしばしの間、5人の間に沈黙が訪れた。

それは、そうだろう。

今日会ったばかりの人から、いきなり織田家で働いて欲しいと言われたら、誰でも同じ事になるからだ。

しかし、5人の中にあった沈黙を打ち破ったのは、和花であった。

「姉上、返答はどうしますか?」

「真田様は、面白きお方ですね。

初めてお会いしたばかりなのに、私などを必要だと言いますので。」

梨那は、少し困惑気味に言葉を出す。

「私の目に曇りがなければ、梨那殿は日の本一の職人になる事も出来るかと。

某の為に、いや織田家の為に、いやいや日の本の平和な世を作る為にも、是非ともお力添えをお願い致す。」

真田敦は、梨那と申す娘に深々と頭を下げていた。

「分かりました。

真田様のお気持ちを考え、微力ながらお力添えを致します。」

姉である梨那の決断に、妹の和花が直ぐに反応する。

「姉上、お父上に相談もしないでよろしいのですか?」

「和花、お父上には私からお伝え致します。

兄上達が家を継ぐ以上、私達はいずれはここを早かれ遅かれ出ていくのですからね。」

梨那からの返答に、和花が次の言葉を発する前に、部屋の後ろから突如、別の声がした。

「私に気兼ねする事なく、外で技術を磨いて来るのも良いだろう。」

声の主は、梨那と和花の父親である長次郎であった。

「真田殿、貴方が此方に来てから何となく分かっておりました。

まだまだ未熟者の2人ですが、真田様の元でお使い下され。」

長次郎は、真田敦に対して言葉を出す。

「ち、長次郎殿。

本当によろしいのですか?

可愛らしい2人の娘を、私にお預けいたしても?」

思わぬ申し出に、真田敦の混乱が始まった。

「天の配分でございましょう。

真田様には、普通のお方とは違う物を感じ取れまする。

職人の勘かも、知れませぬがな。」

長次郎は、そう言うなり笑いだした。

「父上、私もですか?

私まで岐阜に参れば、誰が父上の世話をするのですか?」

和花の言葉に、長次郎は反論をする。

「和花、わし独りでも身の回りの事ぐらい出来る。

岐阜に参り、新しい技術を学び、己の見聞を広げよ。

真田様、2人の事をよろしくお願いいたします。」

今度は、長次郎の方が真田敦に対して、頭を下げていた。

「長次郎殿、梨那殿と和花殿を、この真田敦が確かにお預かり致す。」

真田敦は、そう長次郎に申すだけであった。



夜が明けて、次の日の朝早く長次郎の家に出向いた真田敦、大内勝雄、南条小助の3人は、梨那と和花の2人と合流し京都に向けて歩き出した。



真田敦一行は堺を出て、早々と京都に入っていた。

「もう師走ですね。」

小助が、口そうにすると、勝雄が答える。

「早いな、正月まで何日だ?」

今度は、勝雄の言葉に、小助が答える。

「10日足らずですね。」

「姉上、せめて正月ぐらいは、堺の自宅で過ごしてからでも良かったのでは?」

「和花、たまには良いでしょう。」

「姉上は、変わってますからね。」

梨那和花姉妹の会話は、どこか呑気である。

(こいつら、もう正月気分か?)

真田敦は、半ば諦めていた。

せめて、信長様の耳に入らない事だけを祈っていた。

信長は、家臣達の怠慢を嫌うのである。



のちに、琵琶湖にある竹生島に遊びに出掛けた時に、安土城に残っていた女子達が外に遊びに出かけてしまい、信長が帰って来た時に誰も居なかった事に怒り、寺の住職が信長に取りなしをしても許さずに、有無を言わさず住職を切り捨て、女子達も切り捨てられたのである。

その史実を知っているだけに、真田敦は一瞬たりとも気を抜けなかった。

(まずは、信長様に報告だな。

堺から鉄砲職人も引き抜いたし、次に信長様が上洛した時に、2人を岐阜に連れて行くか。)

そう、真田敦は考えた。



真田敦の一行は、京都で宿舎にしている寺に入り、岐阜の信長様に書状を書き記し、早々と岐阜に送った。

そして、年も暮れて、真田敦達は新しい新年を京の都で迎える事になった。



「新年明けましておめでとうございます。」

皆を代表して、大内勝雄が新年の挨拶を行った。

「うむ、去年は皆に世話になった。

今年もよろしく頼むぞ。」

左右に並んで座っている大内勝雄達に、真田敦も新年の挨拶を返した。

「真田様、今年はいかがなされますか?」

皆を代表して、南条小助が発言をした。

「うむ、今年はいつになく大変な年になるだろう。

皆にも、迷惑になるやも知れぬが、今後も力を貸して欲しい。」

真田敦は、自然と頭を下げていた。

主君と家臣の間とは、到底思えぬ光景でもあろう。

むしろ、素直な姿を出した方が真田敦らしいかも知れなかった。

「敦様は、相変わらずですわね。」

「織田家の家老とは思えぬ姿ですからね。」

大内藍と鉢屋美海の2人は、真田敦の姿に呆れていた。

「姉上、このような正月もまた楽しく良いものですね。」

「面白い方々と、一緒にいるのです。

楽しくない事がありますか。」

梨那と和花の姉妹は、真田家の家風にすっかり打ち解けていた。

(1569年か・・何か重大な出来事があったのだがな。)

真田敦は、長い間戦国時代に滞在していた為か、自分の頭の中から史実と言える歴史の記憶が無くなっていた。

そう、永禄12年(1569年)1月5日には、新年早々に事件が起きるのを・・本圀寺に滞在中の足利義昭が、三好三人衆に襲撃される事件をである。



1月5日、朝早くに鉢屋美海が慌てて真田敦の前に現れ、重大な事を報告してきた。

「大変でございます!

足利義昭公が滞在している本圀寺に、三好三人衆が攻め寄せて来ました!」

「な・・なんだと!

そんな馬鹿な・・いったいどこに軍勢を上陸させたと言うのだ?」

真田敦はそう言いながらも、歴史を思い出すのに必死であったが、なかなか思い出せずにいた。

(堺・・納屋衆が手を回したか!

利益の為なら、どことでも手を結ぶとでも言いたいのか!)

真田敦は、怒りを覚え身体を震わせながらも、南条小助と大内勝雄を早急に呼び出した。

南条小助と大内勝雄が、慌てて真田敦の前に姿を表した。

呼びに行かせた小姓から、2人は話を聞いていたのか、言葉を真田敦に述べていた。

「三好三人衆が攻めて来たのですね!」

南条小助は、直ぐに対応策を真田敦に聞く。

大内勝雄は、将軍の身の安全面を口にする。

「すぐさま、将軍救出に向かいましょう!」

真田敦は、南条小助と、大内勝雄の二人を呼び出している時に、小姓に命じて洛中と洛外に滞在させていた兵2000あまりを寺の境内に揃えさせ、いつでも出陣が出来る準備を整えさせた。

「小助は600の兵を率いて、東側より三好三人衆を攻撃せよ!

勝雄は、同じく兵600を率いて、西側より三好三人衆を攻せよ!

無理に突破口を開こうとせず、本圀寺に対する寄せ手を減らすのを最優先に。

私は、残りの兵を率いて南側から攻撃をする。」

真田敦からの指示が終わると、小助と勝雄の2人は、すぐさま兵を率いて本圀寺に向かった。

「美海はここに残り、藍姫と梨那和花姉妹を守るように!」

「お任せ下さい!」

鉢屋美海からの返事を聞いた真田敦は、残りの兵を率いて本圀寺の南側に向かった。



さて、早めに本圀寺の西側周辺に到着した、大内勝雄の方はと言うと。

「路地は狭いから、無理に進まずとよい。

確実に敵を仕留めて、行けばよい。

手傷を負ったものは後方に下げる為に、弓隊は味方の援護をするのだ!」

初陣のはずである大内勝雄は、まるで歴戦の智者のように的確な指示を後方から出す。



同じ頃に本圀寺東側に到着した、南条小助と言うと。

「三好三人衆ごとき、我々の敵ではない!

ただひたすら前に進み、敵を蹴散らして武功を立てよ!」

やはり初陣であるはずの南条小助は、自ら最前線に立ち、槍を振るいながら敵である足軽達を蹴散らしていく。

まるで歴戦の猛者のように、足軽達を鼓舞しながら戦線を押し上げていく。



真田敦はその様子を、両名からの使者から聞き及び、2人の用兵術に驚いていた。

「ふむ、本当に初陣とは思えぬ二人の働きぶりだが。

余も、2人に負ける訳にはいかぬ。

皆の者、目指すは三好三人衆の本陣である!

力を奮い三好三人衆を蹴散らすぞ!」

真田敦の鼓舞の影響か、真田配下の者達は槍を振り落とし、弓隊の援護攻撃を受けながら、三好三人衆の本陣に向かいつつあった。



一方、本圀寺に滞在中の足利義昭は、ただおろおろするだけであった。

「藤孝に光秀!

本当に援軍は、来るのか?

持ちこたえる事は出来るのか?」

将軍足利義昭は、びくびくしながら言葉を出す。

「上様、洛中洛外には、2000の兵があります。

更に、本圀寺内には、1000の兵があります。」

細川藤孝が答えると、明智光秀も返答をする。

「1日持ちこたえれば、近江の浅井家や近習の者達も駆けつけます。

明智鉄砲用兵、三好三人衆に見せ付けてやります。」

明智光秀はそう言うなり、足利義昭の前から立ち去り、手持ちの兵を率いて本圀寺の大手門と言うべき南門に向かった。



本圀寺に攻め寄せた三好三人衆の様子を、見てみると。

「不甲斐ない連中ね、本圀寺の境内にすら入れないの!」

三好政康が怒り始めると、三好長逸は冷静に答える。

「境内からの鉄砲での反撃が、かなり苦しいみたいだな。」

その2人に、岩成友通は、持論を持ち出す。

「正面から攻めても、侵入出来そうにも無いだろうな。

ここは、裏手からも攻めるべきではなかろうか。

四方を取り囲んでいるのだから、どこか一点を突破出来れば良いのだから。

わしが北側に移動して、攻撃を激しくしてみようぞ。」

岩成友通の自論に、三好政康と、三好長逸は賛成をする。

岩成友通が、手勢を率いて北側に軍勢を移動しようとした時に、三好三人衆の本陣の前辺りから騒がしい音が聞こえてきた。

「な・・何事だ!」

三好政康が騒がしい音の正体を、確認しようと声を出す。

「申し上げます、織田家の兵が此方に向かっております。」

本陣にたどり着いた鎧武者が、膝を地面に着いて報告を上げてきた。

「織田の軍勢だと?」

三好政康は言葉を返した。

「大方、洛中に滞在していた軍勢だろう。」

三好長逸は、冷静に判断をする。

「大した兵力でもあるまい。

兵力差で潰してしまえ!」

岩成友通は、強気に発言をするが、鎧武者の報告はまだ続きがあった。

「そ、それが、兵力は少ないのですが、兵を統率している大将が、織田家の真田なのです!」

「真田だと!」

三好政康は、罵声に近い声を出す。

「あいつのせいで、我々は京都から追い出されたのだ!」

三好長逸は、怒りに狂い出す。

「将軍を殺す前に、真田を血祭りにしてやる!」

岩成友通は、前年の恨みを晴らしてやると、手に持っていた槍を振り回す。

真田の名を聞いただけで、三好三人衆は頭に血が上り、冷静な判断が出来なくなっていた。

そして三好三人衆は、本圀寺に攻め寄せていた戦力を反転させて、真田敦に向けて軍勢を向けてしまったのだ。

そのせいか、本圀寺に対する攻め手が少なくなり、間接的には明智光秀の援護に回った事になったのである。



さて、将軍足利義昭救援である、総大将の真田敦の様子と言うと。

「敵が攻めてきたらこちらは引き、敵が引いたら攻め寄せよ!

敵が進む事も引くことも出来ぬ状態に、少しずつ流れを引き寄せるのだ!」

真田敦は、大内勝雄と南条小助に使者を出し、本圀寺に攻め寄せていた敵をある程度撃破したら、速やかに三好三人衆の本隊を東西より攻撃せよと指示を出す。

東西南北の内、3方向より挟撃の体勢を作り出し始めた。



「なんなの?

こちらが攻めたら引き、こちらが引いたら攻め寄せて来るじゃない!」

三好政康は、かなり苛立ち始める。

「我らは、真田の名に、踊らされたやも知れぬ。」

冷静な三好長逸は、先程の怒りを反省をする。

「確かに、だが真田本隊を潰せばあとは雑魚だけだ!」

あくまでも強気な発言は、岩成友通である。

「そうね。

将軍は後回しにして、真田本隊を壊滅しましょう!」

冷静な三好長逸は、岩成友通の意見に賛成をし、怒り心頭の三好政康も賛成をした。

三好三人衆は、手持ちの軍勢を退却させる事を止め、全軍を前方の真田本隊に向かわせたのである。



三好三人衆の行動を見た真田敦は、顎に手を当てていた。

「やはり、ちょっとした策略では引っ掛からぬか。

だが、それも策略の想定内よ!

鉄砲隊、後方に下がり発砲の用意を!」

真田敦の命で、約100人の鉄砲隊が準備を始めた。



同じ頃、大内勝雄と南条小助の元に使者が到着をした。

恐るべきは、真田敦の使者が両方の陣に到着した時には、本圀寺に攻め寄せていた三好三人衆の軍勢を、あらかた一掃していたのである。

両方の陣に到着した使者が申す事を、南条小助と、大内勝雄は冷静に聞く。

「委細承知、すぐさま三好三人衆の本隊に向けて、進軍せよ!」

南条小助は、使者の言葉に対応する。



同じく、大内勝雄も使者に対して、言葉を返した。

「うむ、兵をまとめてから三好三人衆の本隊に、攻撃を開始する!」

南条小助と、大内勝雄は兵をまとめて三好三人衆の本隊に向けて移動を開始する。



その様子を、嵐山から大きめの双眼鏡で覗いていた1人の少女がいた。

回りには、誰も居ないために、その少女の独り言であろうと思われるが。

「東側西側南側からの、3方向からの挟撃か。

策としては悪くないけど、ちょっと美的センスが感じられないわね。

それに、あの六文銭の旗印・・織田家の軍勢の筈なのに、なぜあの旗印があるの?

もしやとは思うけど、あの人が戦国時代にタイムスリップをして来たのなら、なんとなく納得出来るけどね。

早く会いたいわね。

六文銭の旗印の元にいる、真田の大将に。」

謎の少女は、なぜか顔が微笑んでいた。

おそらく、謎の少女にとって真田敦は、特別な存在なのかも知れなかった。



「申し上げます。

真田の別動隊が東西より攻め寄せて来ております!

北側以外は、包囲されました!」

鎧武者が、膝を付いて報告をした。

「東西の敵には、目をくれない!」

三好政康が言葉を出すと、三好長逸も声を出す。

「正面の真田の首を取るだけよ!」

さんざん虚仮にされた岩成友通は、あくまでも真田敦の首を狙うだけであった。

「東西からの兵力は、そんなに多くなかろう・・全軍真田の本隊目掛けて突撃せよ!」

三好三人衆の軍勢は、真田敦の首を求めて全軍突撃を命じたが、思いもよらぬ出来事が起きていた。



「明智鉄砲衆、一斉射撃だ!」

ダダーン! ダダーン!

本圀寺周辺の敵を蹴散らした明智光秀の軍勢が、三好三人衆が背を向けた方角である北側から、一斉射撃を開始したのだ。

「痛いよ、身体中が痛いよ!」

「右肩が上がらねえ!」

「命あっての物種だ!

ここから、逃げようぜ!」

三好三人衆の足軽達は、一斉射撃の的になったのだ。

至近距離からの一斉射撃を受けた三好三人衆の足軽達は、軽い混乱状態に陥りあちこちの路地に逃げ込み、そのまま逃走を始めたのだ。



北側と思われる方角から、明智鉄砲衆の一斉射撃の音を聴いた真田敦は、配下の鉄砲衆に命じる。

「明智鉄砲衆に負けるな!

真田鉄砲衆、一斉射撃だ!」

わずかな間を読み、真田敦も配下の鉄砲衆に一斉射撃を命じた。

ダダーン! ダダーン! ダダーン!

自分達の背後と言える北側から、明智鉄砲衆の一斉射撃を受けて混乱状態になっていた三好三人衆の軍勢は、今度は正面から真田敦の鉄砲衆から一斉射撃を受ける羽目になったのだ。



真田敦の一斉射撃は、まだ終わりを見せない。

「第2陣、一斉射撃!」

ダダーン! ダダーン! ダダーン!

「真田鉄砲衆の強さ、まだまだ見せ付けてやれ!」

真田敦が次の一斉射撃の準備を命じる前に、西側から三好三人衆の軍勢をた包囲していた勝雄の軍勢を、南側に待機している真田本隊に合流するように使者を出した。

四方を包囲された敵は死兵となり、思わぬ力を発揮する事もあるからだ。

逃げ道を開ければ、生き延びたい心が強くなり、自然と四散すると睨んでいた。



再び、嵐山に場所を変えてみると。

「ふーん。

壊滅目的ではなく、三好三人衆の撤退が目的見たいね。

私が三好三人衆なら、退却に見せ掛けて一部の兵力を真田本隊の背後に回し、最後まで真田の大将の首を狙うけど。

三好三人衆の馬鹿共では、到底考え付かぬか。

この戦も終わり見たいね。

この軍勢を率いている真田の大将に、会いに行きましょうか。」

謎の少女は嵐山を下り始め、京の町に向かい歩き出した。



「ここまで包囲されては、一時撤退もやむ得ぬか。

真田に、明智!

この恨み忘れぬぞ!」

三好政康が、悔しい事を口にすると、三好長逸も同意する。

「さっさと退却しましょう。

被害を少くする為にもね。」

岩成友通は、将軍の殺害の機会を失ったと判断を下した。 

「和泉まで引き上げて、兵を立て直すしかないか。」

三好三人衆は、和泉までの撤退を素早く取り決め、京の都からの退却を始めたが、明智の手勢や真田敦の追撃は激しく、多数の被害を出しながら和泉に退却していった。



下京の地まで軍勢を進めた真田敦は、南条小助と大内勝雄に三好三人衆の追撃を命じ、本隊は本圀寺に向かった。

もしも、三好三人衆の撤退が策略ならば、がら空きになった本圀寺に攻め寄せる危険性を感じたからだ。

だが、三好三人衆の撤退は本当であり、伏兵の心配はなかった。



そんな時、嵐山で戦況を見学していた謎の少女が真田本隊に到着し、真田敦に面会を申し出ようとしていた。

「その方、いったい何者だ?

ここを真田敦様の本陣と知って、近寄って来たのか?」

見張りの足軽は、槍を謎の少女に向けた。

「私の名は、夕夏と申します。

大将である真田様の、知人でございます。

取り次いで、頂けませぬか?」

夕夏と名乗った謎の少女は、丁寧に頭を下げていた。

「真田様の知人?

まぁ、取り次ぐ故にしばし待たれよ。」

見張りの足軽は上役に次第を報告し、夕夏と名乗った謎の少女を待たせていた。

「真田様、夕夏と名乗った少女が、お会いしたいと申しておりますが、いかが致しますか?」

報告を受けた小姓が、真田敦の前に表れて報告をした。

「夕夏?

はて、どなたかな?」

真田敦は、書院にて報告を聞いたのたが、全く思い付かなかった。

「この書院に通しなさい。」

真田敦はそう小姓に伝えると、書物に目を通し、念の為に書院の天井裏には美海を待機させていた。



書斎に案内された夕夏は、頭を下げて言葉を出した。

「真田様でございますか?

私は夕夏と申します。」

その声に反応をして、真田敦が声のした方に振り向く。

「夕夏殿と申されたか。

なぜ、某に会いに来たのか?

その前に、顔を上げなされ。」

夕夏と名乗った謎の少女は、ゆっくりと顔を上げたのだが、真田敦は腰を抜かすほどびっくりしたのだ。

それは、平成の世に残してきた妹の真田夕夏に、そっくりであるからだ。

「まさか、夕夏?

いや、そっくりだが。

いやいや、そんなはずはあり得ない!」

普段は、冷静沈着な真田敦が、取り乱した瞬間でもあったのだ。

「やはり、兄上でしたか。

正真正銘の夕夏です。

兄上は、年を取られても兄上ですね。」

夕夏と名乗る少女は、笑顔を浮かべる。

「そんな馬鹿な!

ここは、戦国時代である!

だいたい、夕夏がここに居るわけがない。」

真田敦は、未だに取り乱していた。

「兄上、私もこの戦国時代に、タイムスリップしたのですよ。

まぁ、私は戦国時代に来てから1週間ほどですが。」

真田夕夏が笑顔を浮かべていたら、真田敦はようやく冷静さを取り戻す。

「そなたが本当に妹の夕夏ならば、兄妹しか知らない事を述べてみよ。」

「やはり、疑い深い兄上のままですね。

そうですね。

私が幼い頃お祭りの縁日で、わたあめを購入した後で、はしゃいでいた私は道路に転んでしまい、手に持っていたわたあめを台無しにしてしまい、大泣きしていた私を見かねた兄上が、新しいわたあめを買ってくれましたね。」

その言葉を聞くと、真田敦の昔の記憶を思いだし始めた。

(お祭りの縁日で、わたあめだと?

戦国時代にはお祭りはあるが、わたあめなど存在しない。)

そこまで思い出すと、やはり実の妹である真田夕夏と判断を下した。

「本当に夕夏なのか?」

「はい、兄上!

正真正銘の夕夏です。

いまだに、信じられないでしょうが。」

夕夏と名乗る少女は、右の頬に指を当てる。

「しかし、なぜ私だけではなく夕夏までタイムスリップをしたのか?」

真田敦の疑問に、真田夕夏の方も素っ気なく答える。

「さぁ、私にも分かりませぬ。

ただ、戦国時代に来たのは何かしらの因縁があるのやも知れませぬ。」

「因縁?

織田信長様の天下布武の完成と、なにか関係でもあるのか?」

真田敦は、タイムスリップした理由が、未だに分からないでいたのである。

「さぁ、兄上の願い事と私の願い事が、戦国時代とリンクしたのでしょうか?」

「予の願い事は、天下布武の完成。」

「私の願い事は、戦国時代で兄上の軍師をやりたかった事ですかね。」

二人は、それぞれの夢を口に出す。

「そんな願い事で戦国時代とリンクしていたら、現代から何千何万人とタイムスリップするわ!」

真田敦は、妹の夕夏の夢に呆れ出した。

「願い事だけではなく、別の要素も関係しているのかも知れませぬね。」

真田夕夏は、自論を述べる。

「他人事みたいに。

平成の世に帰れる方法が分かれば、さっさと夕夏は平成の世に帰れよ。」

「帰れる方法が見つかればね。

見つかるまでは、兄上の軍師でもやりましょうかね。」

呑気に、夕夏は答える。

「はっ?

生兵法は怪我の元と、言うではないか!

馬鹿な事を申すな!」

呑気すぎる夕夏に、真田敦は遂に怒り出した。

「兄上の用兵術を、嵐山から見せて頂きました。

兄上の用兵術では、竹中半兵衛殿や黒田官兵衛殿、真田昌幸殿にすら勝てませぬ!」

「そんな事は、夕夏に言われなくとも分かっているわ!」

真田敦の脳裏には、竹中半兵衛の智謀の前に完敗した記憶がよぎっていた。

「その様子だと、竹中半兵衛殿に完敗した見たいですね。」

妹の夕夏は、歴女と言われた程の歴史大好き少女であり、平成の世に現存する兵法書をすべて目を通していた。

何でもお見通しと言いたげな夕夏の顔は、さもありなんと言いたげであった。

「やはり夕夏には、勝てぬな。

ならば、仕方あるまい。

平成の世に帰れる時まで、私の軍師をして貰うぞ。」

真田敦は、夕夏に根負けしたと手を上げた。

「それでこそ兄上ですね。」

「しかし、機会があれば竹中半兵衛殿に、兵法などを学ぶべきかもな。」

「生きた兵法ですね。

書物の兵法を覚えるだけでは、古の趙括になると言いたいのですね。」

得意気に、真田夕夏が言葉を出す。

「兵法書の丸暗記だけでは、秦の白起に大敗したのは当たり前だからだ。

夕夏が本当に、私の軍師になりたいなら、竹中半兵衛殿や黒田官兵衛殿、真田昌幸殿といった智謀の者に学ぶのだな。」

「その前に、兄上に兵法を教えなくてはいけませぬね。」

「はっ?

私が、兵法を学ぶだと?

私は、戦国の世に来て約10年間、兵法と経験を工夫して戦って来たのだ!」

真田敦の言葉に、真田夕夏は速やかに反論をする。

「今日の戦い方を見ていましたが、美しさがありません。」

「戦い方に美しさだと?

生きるか死ぬかに、美しさなど必要ない!」

「竹中半兵衛殿の戦術は、芸術と言っても過言ではありませぬ!

黒田官兵衛殿の戦術は、戦いに勝つ為の戦術しかありませぬ!

戦術には、いくつもの分かれ道があることを兄上は知るべきです!」

妹である夕夏からの、上から目線の態度に、再び真田敦は怒りを露にする。

「妹の癖に、兄に意見を言うのか!」

「ここは、戦国の世!

平成の世では、ありません!

兄上は、昔で言えば堅物です!」

「私が堅物だと!

そこまで言うなら、戦場に立ち色々と学ぶがよい!

私の考え方と、夕夏の考え方のどちらが正しいかは、歴史が証明するだろう。」

「分かりました。

私は、兄上の考え方を変える為にも、戦場に立ち生きた兵法を学びます!」

妹の夕夏は高校1年生なのだが、兄である真田敦とは、いつも議論をしていた。

他人から見たら喧嘩していると思われるだろうが、この兄妹には日常茶飯事でしかなかったのである。



因みに、天井裏に控えていた鉢屋美海は、2人の会話に呆れていた。


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