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真田公記  作者: 織田敦
13/33

織田信長の上洛戦

永禄11年(1568年)9月10日、織田信長率いる軍勢は、京の入り口に当たる瀬田の唐橋に到着した。

当然、京を不法占拠している三好三人衆も、織田信長の上洛を阻止するべく、瀬田の唐橋に布陣をしていた。

「尾張のうつけに、我々三好三人衆の力を見せつけようぞ。」

三好長逸が言葉を出すと。

「尾張という田舎者に、京の都はもったいないわ。」

三好政康が、言葉を返した。

「さっさと蹴散らして、今日は宴会を開こうぞ。」

岩成友通は、豪快な事を口にする。

その三好三人衆は、開戦前から織田信長率いる軍勢を舐めていた。



一方、織田信長の方と言うと。

「敦、5000の兵を率いて南側から瀬田川を渡り、三好三人衆の背後を突け。

勝家と長秀は、瀬田の大橋を渡り三好三人衆を蹴散らせ。」

信長の指示に、敦、勝家、長秀の三人は速やかに反応していた。

「裏道を通り、下流より瀬田川を渡るぞ。」

真田敦は手勢を率いて、本隊から離れる。

「三好三人衆ごとき、我々の敵ではないわ。」

柴田勝家は、豪快に言葉を出す。

「三好三人衆を京より蹴散らし、上洛を果たすぞ。」

丹羽長秀も、足軽達を鼓舞する。

織田信長と三好三人衆の戦いは、一進一退を繰り返していたが、徐々に兵力で勝る織田信長の方が、優勢になり始めていた。



一方、真田敦は瀬田川を川沿いに下っていた。

瀬田川の川幅の狭い場所を探す為である。

「真田様、瀬田川を渡るには、川幅が広すぎます。」

鎧武者が言葉を出すと、真田敦はある地点を見つけた。

「あの場所が、川幅がかなり狭い場所である。

ゆっくりで良いから瀬田川を渡り、三好三人衆を背後を突くぞ!」

真田敦の読み通り、川幅が狭い場所を見つけ、その場所から瀬田川を渡るのに困難はさほどでは無かった。

瀬田川を渡り終えた時にも、脱落者を1人も出すことはなく、そのまま京の市街地を道なりに回り込み、三好三人衆の背後にどうにか兵を伏せる事に成功をした。



一方、織田軍先鋒をつとめる柴田勝家と丹羽長秀の部隊は、瀬田の唐橋をもう少しで突破出来る場所まで進軍をしていた。

「くっ、京を放置して、和泉に退却しか無いのか?」

三好政康が弱気な発言をすると、三好長逸もその意見に賛成をする。

「畿内の兵をかき集め、再び京に進軍する機会を狙うか。」

「善は急げだ。

わしが殿をやるから二人は、和泉に退却して兵をかき集めておけ。」

岩成友通が殿を行うと言い出すと、三好政康と、三好長逸の二人は、手勢をまとめだした。

三好三人衆は、手持ちの兵力と織田軍との兵力差を感じ取り、損害の少ない内に退却命令を出した。

もちろん、それを見逃す信長ではなく、すぐさま追撃命令を下した。

柴田勝家と丹羽長秀の二人は、兵を鼓舞しながら対岸に陣を張る三好兵の気を伺いながら、戦局の動きを待った。

そして、三好三人衆が少しずつ退却を始めたのを確認した二人は、柴田勝家を先頭に突撃を始め、先頭を走り出した柴田勝家の獅子奮闘の働きにより瀬田の唐橋を守備していた三好兵を駆逐し始めた。



一方、瀬田の唐橋を守備していた岩成友通は瀬田の唐橋からの退却の機会を伺い、一度総攻撃を仕掛けて織田軍を瀬田の唐橋の中央辺りまで追い返し、そこから全軍退却をしなくてはならないと考えた。

「織田軍を一度瀬田の唐橋の中央辺りまで追い返してから、早々に和泉に引き上げる。

なんだか、後方がうるさいが、一体何が起こったのだ?」

殿をつとめる岩成友通は、織田軍の攻撃を何とか突破されるギリギリの地点で守っていたのだが、本陣の後方から思わぬ軍勢に襲われたのだ。

三好三人衆の内の二人が退却したのを見届けた真田敦が、伏兵として分散していた兵を再び1ヶ所に集結させ、全軍を岩成友通の本陣目掛けて突撃を開始したのだ。

「三好三人衆の1人である岩成友通を蹴散らし、柴田殿と丹羽殿の軍勢を援護するのだ!」

真田敦率いる5000の軍勢は、岩成友通の軍勢をあちらこちらで蹴散らして行き、その真田敦の動きに気付いた柴田勝家と丹羽長秀の二人は、瀬田の唐橋を突破する為に全軍に突撃命令を下した。

「前後からの挟み撃ちか!

あのような下朗共に、討たれてたまるか。」

岩成友通は、わずかな手勢を率いて裏道から和泉に向けて退却を始めた。

何とも非情な決断だが、自分の配下の兵をその場に置き去りにして逃げ出したのだ。

「岩成友通を逃がすな。

なんとしてでも、討ち取るのだ。」

柴田勝家は、槍を振るいながら敵兵を倒していく。

「お館様が見ておられる。

我々の勇猛果敢な姿を、見ていただくのだ。」

丹羽長秀も、足軽達を鼓舞しながら、突き進む。

柴田勝家と丹羽長秀は、真田敦の援護攻撃の助けもあり、ようやく瀬田の唐橋を渡りきり、岩成友通の残党を駆逐し始めた。

真田敦は、岩成友通の本陣までたどり着いたが本陣はもぬけの殻であり、敵大将である岩成友通は、既に京の都から脱出をしていたのだが、真田敦には分からなかった。

「どうやら、岩成友通に逃げられたみたいだな。」

本陣を後にして、下京の地点まで岩成友通を追い掛けてきた真田敦は、岩成友通が京の都から脱出をしたと判断を下した。

だが、無惨にも戦場に取り残された岩成友通の残党は、既に壊滅状態にあり織田信長の上洛はなったも同然であった。

京の都をほぼ制圧下に置いた織田信長は、戦闘に参加してなかった森可成と木下秀吉に、京の都から落ち延びた三好三人衆追撃を命じ、疲れの高い柴田勝家と丹羽長秀には1日の休養を命じ、翌日に第二陣として三好三人衆追撃を命じた。

信長自身は、足利義昭と共に本圀寺に入り、征夷大将軍就任の為の工作を始めた。



本圀寺に入った織田信長は、真田敦に上京と下京の地に高札を立てるように命じた。

内容を簡単に書けば、京に置いて狼藉や盗みを働いた者は、いかなる者であろうと処分を下すと言う物である。

のちの世にも伝わる、一銭斬りの高札であった。

真田敦自らも、数人の配下を従え高札を東西南北問わず、立て始めていた。

「この大通りに、何本か高札を立てて置こう。」

真田敦は、配下に命じて高札を立て始めた時に、1人の子供らしき男が近付いてきた。

「この高札は、なんですか?」

不意に言葉をかけられた真田敦は、刀に手を伸ばしたのだが、声のした方角に顔を向けると、声を掛けて来たのが子供であると分かると、一呼吸置いてからその子供に言葉を返した。

「これはな小僧。

我が織田軍が、この京で狼藉や盗みをしないと言う事を書いてあるんだ。」

「へ~え。

普通の軍勢なら、何日かは略奪や盗みなどを許すんだよね。

それだけ、規律が厳しいのかな?」

真田敦は、目の前の小僧を見るなり、変な感覚を覚えた。

「小僧は、両親はいるのか?」

「父上は、数年前に海で亡くなった。

母上も去年、流行り病で亡くなった。

今は、おいら1人さ。

でも、お金を貯めて商いを再開するんだ。」

真田敦は静かに、小僧の昔話を聞いていた。

若狭にある小浜の港から、蝦夷にある函館の港に向かう最中に船が浸水をしてしまい、そのまま沈没してしまったらしい。

その船の所有者が小僧の父上であり、その時に亡くなったと言う。

「小僧は、何か得意な事はあるのか?」

「おいらは小僧じゃなくて、南条小助って言う名前があるやい。

おいらは、腕っぷしなら誰にも負けないさ。」

「それは悪かった。

南条小助ね。

なかなか面白い名前だな。

しかし、腕っぷしなら誰にも負けないと言うのはどうかな?」

真田敦は、ニヤニヤしながら言葉を返した。

「なんだよその言い方。

それじゃあ、まるでおいらが井の中の蛙、見たいじゃんか。」

「ほお、井の中の蛙、大海を知らずを、口走るか。

なんなら、今行っている仕事が終わったら、小助の腕前を見てやろうか?

小助が勝ったら、船だろうがお金だろうがくれてやる。

ただし、小助が負けたら俺の配下になれ。

給金も払うし、広い家も持てる。

もしかしたら、嫁さんも貰える。

悪くない話だろ?」

「その話に乗った。

じゃあ、おじさんの仕事が終わるまで、おじさんに付いていく。」

「お、おじさん?

某には、真田敦と言う立派な名前がある。

おじさんでは無い。」

「真田敦?

どこかで聞いた事が、あるような無いような?」

「まぁ、良いか。

いずれ分かるだろうしな。」

自分の名前が京の都に浸透していないのを確認した真田敦は、どこか寂しげであった。



下京の地にある程度高札を立て終えた真田敦は、配下と合流する前に変な姉弟に絡まれる事になる。

「そこのおっさん、何か買っていかねえか?」

「おっさん?

まさか某の事ではあるまいな?」

「おっさんって言ったら、おっさんだろう?」

「某はまだ28才だ。

おっさんではなく、お兄さんだろうが!」

「立派なおっさんじゃん。」

「まったく失礼な。」

「弟が何か失礼な事を、申しましたか?」

路地の後ろから、その子の姉と思われる女性が現れた。

「某の事を、おっさん呼ばわりして来たからな。

あんたが姉ならば、もう少し教育をしておきなさい。」

真田敦はそう言うなり、その場から早々と立ち去ろうとしたが、なぜかその女性が気になった。

「申し訳ございません。

今日1日、商品が何も売れず困っておりまして。

弟も、悪気があって申した訳ではございません。

何卒お許しを。」

「真田のおじさん、許してやったら?

見た所、おいらとあまり変わらないしさ。」

「小助に言われたくない。

しかし、1日何も売れぬと言うのは可哀想だな。

仕方ない…そこの商品を全部買い取ろう。」

真田敦は、並べてあった野菜を全て買い取ると言った。

全て買ったら、野菜を夕飯の材料にでも使えば良いだろうと考えたのだが。

「全部となりましたら、永楽銭五枚になります。」

「永楽銭5枚?

なんで、野菜を全部買っただけで、永楽銭5枚も払うんだ?」

「真田のおじさんの言う通り、確かに高い。」

南条小助も相づちを打った。

「何をおっしゃっいます。

今は滅んだと言えど、大内家の血を引く私が作った野菜を安く売る道理はございません。」

「姉上、大内家は滅んでから10年以上経ちます。

今さら言ったところで、どうなる訳でも無いでしょう。」

真田敦は、その姉の口から出た大内家の名前を聞き、暫し思案に入った。

(大内家?

かつて西国で覇を唱えた、大内家の事を言ってるのか?)

「もしやそなた達は、西国で覇を唱えた大内家の生き残りか?」

「数代前に分家になりましたが、大内家の血を引く私達が大内家を再興するのです。

その為には、お金を貯めて、どこかの大大名に仕官して、いずれは大内家再興をしなくては。」

「姉上、お金も貯まらず、食事さえもままらなぬ状態で大内家再興も無いのでは?」

「真田のおじさん。

この2人を養ったら?

なんか見てたら、おいらよりも悲惨な生活してるし。」

「小助、さっき家臣にするかどうかを、話したばかりではなかったか?

某には、妻と7人の子供に、家臣もいる。

某の知行では、限界に近い。」

そんな4人のやり取りを、見ている謎の女がいたのだが、真田敦達はまったく気が付かなかった。



辺りが暗くなり始めた頃、怪しい忍の集団が屋根の上に分散して真田敦を見ていた。

(あれが真田敦か。

見た感じ冴えない男だが、仮の姿なのか?

それとも真の姿なのか?

まぁ、試して見るのも悪くはなさそうだな。)

回りの視界も悪くなり始めた頃を狙い、謎の女は真田敦に数枚の手裏剣を屋根の上から投げつけ始めた。

自分の背中に嫌な気配を感じた真田敦は、愛刀を素早く引き抜き、自分に投げられた手裏剣数枚を瞬く間に地面に叩き落とし、そのまま周りを見回して怪しい女が屋根の上にいたのを真田敦は見つけた。

「なんだ貴様?

怪しい奴め!

逃がさんぞ。」

真田敦は、屋根の上にいた女を見つけて、言葉を出していた。

怪しい女は、すぐにその場から逃げ出し、真田敦は怪しい女の後を追いかけ出した。

真田敦が走り出したのを見て、南条小助も慌て後を追いかけ始め、野菜売りの姉弟も慌てて真田敦達の後を追いかけだした。



「はぁはぁ、忍びだけあって逃げ足だけは早いな。」

真田敦は、いりくんだ裏路地まで追いかけ、ようやく謎の女を追い詰めた。

「某の命を狙うとは、武田か、上杉か、六角辺りの忍びか?」

真田敦は愛刀を引き抜いてから中段に構えて、怪しい女からの攻撃に備えたのだが、いきなり自分の四方八方から手裏剣を投げつけられ、迫り来る手裏剣を叩き落とすだけで手一杯の状態に追い込まれてしまったのだ。

真田敦は謎の女を追い詰めたつもりでいたが、自分の考え方とは逆に、複数の忍びにより真田敦の方が追い詰められたのだ。

軽い焦りを感じ始めた真田敦の背後から、南条小助達の声が聞こえだした。

「おじさん、無事か?」

「くたばるなら、代金払ってからにして下さいませ。」

「いや姉上、この状況を見て、言葉が違う気がしますけど。」

危機的状況の場所に、南条小助や野菜売りの姉弟も到着してしまったのだ。

争いと関係の無い小助や、野菜売りの姉弟を巻き込みたくない真田敦は強い口調で、小助や野菜売りの姉弟に言い放った。

「お前ら、ここは危ないから離れてろ。」

注意を促すも、小助は近くに置いてあった棒切れを手に持ち真田敦の助太刀に勝手に入り、野菜売りの姉は野菜の代金を払えの一点張りを叫ぶだけ。

その弟は、真田敦の配下を呼ぶために、大通りに向かった。

「まったく、小助はともかく、あの姉は言いたい放題だな。」

小さく呟いた真田敦に複数の手裏剣が再び襲い掛かるも、真田敦は冷静に愛刀を素早く捌いて手裏剣を次々と地面に叩き落とすが、たった一枚だけ落とし損ねた手裏剣が真田敦の顔面に襲いかかるも、南条小助が素早く棒切れを垂直に降り下ろし、真田敦に迫ってきた手裏剣を地面に叩き落とした。

「小助、お前なかなかやるじゃないか。」

「おじさんの動き、年のわりになかなか機敏じゃん。」

「年のわりには、本当に余計だ。

小助ならば、余の背中を預けられそうだな。」

「おじさんこそ、おいらの背中を託せそうだね。」

それを見ていた謎の女は、暫し思案に入った。

(この刀捌きに、冷静沈着な判断力。

まだ見ぬ才能も、持ち合わせていると見た。

このお方にこそ、私はお仕えしたい!)

謎の女忍者は、屋根の上から地面に飛び降りた。

それを見た配下と思われる忍び達も、地面に飛び降り始めた。

「お前達、忍び刀を鞘に納めな。」

謎の女が一言発すると、配下の者達は忍び刀を鞘に納めた。

「いったいなんだ?」

「おじさん、油断大敵だよ。」

「どうでもいいから、金払え。」

真田敦と小助は、用心に用心を重ね様子見をしており、野菜売りの姉は、野菜の代金の事しか相変わらず言わない。

「織田家家臣である、真田敦様と、お見受け致します。

私は、鉢屋衆を束ねる鉢屋美海と申します。

真田敦様を試すような事をしたご無礼は、謝り致します。」

「鉢屋衆?

かつて尼子氏に仕えていた鉢屋衆の事か?」

真田敦は、愛刀を鞘に納めてからいきなりの奇襲に備えて、鉢屋美海と名乗ったら女忍者に言葉を返した。

「はい、安芸の国人衆上がりの毛利元就に滅ぼされた、尼子氏でございます。」

「毛利元就、名前を聞くだけで気分が悪くなる。

我が大内家を滅ぼしたのも、憎い毛利元就である。」

野菜売りの姉も、たまらずに声を上げていた。

「大内家に鉢屋衆か。

どちらも、西国の毛利元就に関係するの。」

「真田敦様は、忍びを欲していると聞いております。

何とぞ、我々鉢屋衆をお召し抱え頂けませぬか?」

「思い出した!

真田敦は、桶狭間山の戦いで、今川治部大輔義元を討ち取った人物でしょう!

個々で知り合えたのも、なにかの天命と言えます。

ぜひとも我々姉弟を、召し抱えて頂きたい。」

南条小助は、鉢屋衆と野菜売りの姉弟達からいきなり真田敦に仕官したいと言われ、目が点になっていた上に、更には呆れ返ってしまった真田敦に言葉をかけた。

「おじさん、どうするの?」

「小僧の小助に、野菜売りの姉弟、更には鉢屋衆。

ここに正信がいたら、相談も出来ようが。

仕方ない、みんなまとめて家臣に召し抱えてやる。」

その場に本多正信がいたら、腰を抜かすほど驚いたであろう。

真田敦を主君として相応しいか、勝手に試して命を狙って来た者に、商人の子とは言えど素性の知れぬ小僧。

更には、嘘か真か知れぬ、大内家の生き残り姉弟。

正信からは、お人好しにもほどがありますぞと、間違いなく言われるのを覚悟していた。

「この鉢屋美海、この命が尽き果てるまでお仕え致します。」

「わらわは、あくまでも大内家再興の為に、そなたに仕えるだけじゃからな。」

「何だかんだ言って、おじさんは意外とお人好しなんだね。」

三人の反応はバラバラであったが、これも天命かと思っていた真田敦であった。

新しく配下に加えた3人に対して、仕事が終わった事を信長様に報告をしに行くと言い出した時に、真田敦の配下を呼びに行っていた野菜売りの弟が、真田敦の配下を引き連れて戻って来た。

「真田様、ご無事でございまするか!」

「怪しい奴等は、こやつらでございまするか!」

気持ちが高ぶっていた配下の者達は、各々が口々に言葉を出すが、冷静沈着な真田敦の説明により徐々に冷静になり始めてきた。

そして、信長様に報告に向かうために、小助、野菜売りの姉弟、鉢屋衆を引き連れて、本圀寺に向かった。

鉢屋衆は、忍びであるが故に、早々に真田敦達の前から姿を消した。



真田敦は、本圀寺に向かっている最中に、ふと思い出した。

「そう言えば、まだそなた達の名前を聞いてなかったな。」

真田敦は、野菜売りの姉弟の2人に聞いた。

「私の名前は、大内藍。」

「某の名前は、大内勝雄。」

「勝ち気な姉の大内藍に、引っ張られてばかりの大内勝雄か。」

真田敦は、何があったのか笑いだした。

「おじさん、意外と失礼な人なんだね。」

南条小助は呆れ果てていたが、ようやく本圀寺に真田敦達が到着した。

「お主たちは、陣屋に戻っておくように。

私はこれから、まだまだ仕事が残っているのでな。」

真田敦は、南条小助と大内藍勝雄姉弟を陣屋に戻し、本圀寺に滞在している織田信長の前に向かい、その前に姿を表した。

「信長様、高札の設置を完了致しました。」

真田敦は、頭を下げて織田信長に報告をする。

「で、あるか。

足利義昭殿を将軍にして、色々とやらねばならぬからな。」

織田信長はそう答え、その顔は真っ直ぐに真田敦の顔を見ている。

「最初は、三好三人衆討伐でございまするか?」

真田敦は、素早く反応する。

「それもあるが、大津と草津、更に堺に代官を置こうと思う。」

だが、信長の返答は別の答えであった。

「大津、草津と堺に代官を置く。

どこもお金の集まる場所ですな。

いずれは、信長様の支配下に置く為の布石ですな。」

真田敦は、頭をフル回転させて、織田信長公の考え方に追い付く。

「そうだな。

商人だけに任せていては、いずれ天下布武にも不都合があるからな。」

信長からの言葉に、真田敦は、納得をしていた。

そして、また別の質問をする。

「では、他にも矢銭を出すように?」

「石山本願寺に、5000貫、奈良の寺に1000貫、堺には2万貫ほど要求してみるか。」

織田信長は、すらすらと返答をする。

「奈良にある寺や、石山本願寺は素直に出すかと思われますが、堺は拒否なされるのでは無いのでしょうか?」

真田敦は、納屋衆のドケチに不安を覚えた。

「拒否すれば、全てを灰にするまでの事よ。」

織田信長は、逆らえば実力行使も、やむ得ぬと言う。

「あまり堺の納屋衆に圧力を掛けすぎたら、背面服従になりかねないかと。」

「余が日の国を平定してしまえば、誰も逆らう事は出来ぬ。」

真田敦は、織田信長の言う事に納得は出来るのだが、やはり不安を消せない。

「それはそうですが。

しかし、石山本願寺は信用がおけないかと。」

「矢銭は素直に出すが、挙兵の機会を待つとでも言いたいのか?」

織田信長の機嫌は、だんだん悪くなる。

「用心に用心を重ねても、悪い事は無いかと思われますが。」

「本当に、敦は心配性だな。

まぁ、心の片隅にでも置いておこう。」

信長にこれ以上言うのはやばいと感じたのか、それ以降は進言を引っ込めた。



永禄11年10月18日、足利義昭は朝廷より正式に征夷大将軍に任命された。

併せて、参議、右中将にも任官している。

「織田殿、おかげで幕府再興の一歩を踏み出せた。

お礼がしたいのじゃが、管領ではどうであろうか?」

将軍足利義昭の機嫌は良かったから、その事を口にしたのであろう。

「某には、勿体無き官職にございますれば。」

織田信長は、やんわりと拒否をする。

「そうであったな。

管領では不足であったな。

ならば、副将軍の地位であればどうであろうか?」

ならば、更に上の位を与えようと、将軍足利義昭は述べる。

「成り上がりの某には、勤まりませぬ故に。

それよりも、大津と草津、あと堺に、代官を置く事をお許し願いたく。」

織田信長にしてみれば、くだらない官職よりも、素直に欲しいものを将軍足利義昭に言葉を述べる。

「織田殿は、本当に欲の無いご仁であるの。

よかろう、征夷大将軍の名において代官を置く事を許可しようぞ。」

織田信長は、将軍足利義昭公から代官を置く許可を頂くと、本圀寺を後にして、本能寺に早々と向かっていた。



本能寺に戻った織田信長の前に、色々と報告が上がって来ていた。

「三好三人衆は阿波に落ち延び、足利義栄は病死。

和泉と摂津もほぼ支配下に治め、次はどこを狙うか。」

間者からの報告を受けて、織田信長の機嫌は良い。

「御館様、先ずは各地に代官を送り、矢銭の請求をなされてはいかがかと。」

前田利家は、直ぐ様意見を述べる。

「しかし、堺の商人達が巨額の矢銭を出しますか?」

その言葉に、反対意見を述べたのは、慎重な丹羽長秀である。

「代官を置くことは、足利将軍が認めた事でござろう。

堺以外は、素直に矢銭を出す事に従うだろうが、堺は自治の町であるがゆえに、力ずく出はなく、使者を送り説得させるが上策と思うが。」

真田敦は、正論を口にする。

色々と意見が飛び交うなか、一人の来訪者が来たと、小姓が大広間に姿を出した。

「来客とな、誰だ?」

織田信長は、要件だけを伝えよと顎を動かした。

「申し上げます。

大和の松永弾正久秀殿が、お館様にお目通りを願い出ております。」

伝えに来た小姓は、素早く答える。

本能寺にて今後の事に関する話し合いの最中に、突然の松永久秀の来訪。

織田信長と真田敦の2人はともかく、柴田勝家を始め多くの配下達は、動揺を隠せなかった。

「松永弾正久秀をここに通せ。

何を言いに来たかは知らぬが、来た者を門前払いには出来ぬからな。」

信長は、松永弾正久秀を案内するように小姓に命じた。

(松永弾正久秀か。

大名物の九十九髪茄子を献上して、降伏でもするつもりだろうがな。

とにかく油断大敵であるし、あの男の腹が良く読めぬ。)

真田敦は、記憶を辿りながら松永久秀とゆう男を思い出していた。

そうこうしている内に、小姓に案内された松永弾正久秀が姿を表した。

「お初にお目にかかります。

松永弾正久秀、織田尾張守様にご挨拶をと思い、本日こちらに参りました。」

「将軍殺しの老人が、余に挨拶とわな。

余は、先代将軍足利義輝公より、三好三人衆及び、そなたの討伐の命を受けている身であるぞ。

何か言い残す事があれば、この場で言ってみよ。」

織田信長は、目の前にいる松永弾正に冷たい言葉を浴びせる。

「織田信長様は、有能な人物を欲しておられると聞き及んでおりましたが、ゆえにご挨拶に伺いましたのに、とんだ見当違いでしたかの。」

松永弾正は、素知らぬ顔で織田信長に返答をする。

(松永弾正久秀は、茶人としても高名、築城の名人とも言われている。

松永弾正は、何を考えている?)

明智光秀は、畿内の内情に詳しいがゆえに、頭を回転させながら、松永弾正久秀の腹を見抜こうと必死であった。

織田信長は、松永弾正久秀が手に持っていた、少し小さい木箱に目を付けた。

「松永弾正、そちの手元にある木箱はなんである?」

「忘れておりました。

織田尾張守様に降伏の証と致しまして、大名物の九十九髪茄子を献上致します。」

「1000貫もする九十九髪茄子を、お館様に献上するだと!」

「お館様、降伏の印として頂いても問題はないかと。」

最初に前田利家は声を上げ、引き続き森可成も松永弾正久秀の降伏を本当だと見て言葉を出すと、他の家臣達も次々と信長に進言をしていた。

ちなみに、この時代の1000貫は、今の価値に換算してみると、約10億円になる。

そのような高価な茶器を政治の道具として使ったのは、松永弾正久秀が初めてと言われている。

「よかろう、そちの降伏を認めよう。

今日は下がるがよい。」

信長は松永弾正久秀に退室を命じ、織田信長の前から失礼をした松永弾正久秀は、そのまま本圀寺の足利義昭の元に挨拶に向かった。



「信長様、松永弾正久秀は有能な方ですが、どうしても信用が出来ませぬ。

もし、松永弾正久秀が謀叛を起こしたら、某が討伐に向かう事をお許し願いたく。」

どうしても松永弾正を信用出来ない真田敦は、叱られるのを覚悟の上で織田信長に苦言を口にする。

「敦、松永弾正久秀は機を見るに敏感な奴よ。

今は、降伏して置いた方が利があると思ったから降伏をしただけだ。

こちらが隙を見せれば、ただちに噛み付いてくる奴よ。

まぁ、松永弾正久秀が謀叛を起こしたら、討伐の大将には、そちに任せよう。」

真田敦の苦言に対して、織田信長は嫌な顔をせずに返答をする。

「はっ、童子切安綱の名刀に誓いましても、信長様の命を遂行致します。」

真田敦は、織田信長に頭を下げていた。

織田信長は、真田敦の頭の回転の速さに満足していた。

「やはり、敦らしいな。

本日は解散するゆえに、敦と光秀以外は各自身体を休めるように。」

信長は軍議を終わらせ、家臣達を近くの寺に戻らせた。

「光秀に敦、余が岐阜に戻るゆえに、そなた達に京の事を任せる。

光秀は畿内の内情に詳しいがゆえに、敦は光秀の手助けをするように。」

「はっ、真田敦。

いとやんごとなきお方と、将軍足利義昭公を全力でお守り致します。」

「真田殿、共に京の治安と朝廷をお守り致しましょうぞ。」

「明智殿、こちらこそお願いいたします。」

いとやんごとなきお方と言うのは、普通であれば帝と言う処を、最上位の言い方に変えた言い方である。



京の都にて、そのようなやり取りをしている頃、堺にて納屋衆の会合が開かれていた。

織田信長からの矢銭の要求を、どうするかとの話し合いである。

「2万貫やて、そんな無茶苦茶な話があるかい。」

納屋衆の一人が、とんでもないと言葉を出すと、別の納屋衆の1人が答える。

「今支払っても、何かに付けて矢銭の請求をして来るに決まっとるで。」

更に追従するように、別の納屋衆の一人も声を出す。

「堺はわてら商人の町や。

右から左にと、簡単に矢銭を出せるか。」

商人達は、織田信長からの矢銭の要求を拒否する方向で、話が進みつつあった。

「信長はんの要求を突っぱねたら、堺が火の海になるのとちゃいますか?」

「そうですな。

信長公の要求は、飲まざるを得ないかと思いますが。」

そう反論したのは、今井宗久と千宗易の2人である。

「わてが、信長はんへの使者として京に向かいますわ。

2万貫を用意しておいて、くれませんか。」

今井宗久は、織田信長の力を恐ろしく感じていたのだ。

前々から堺の納屋衆は三好三人衆と繋がりがあり、いざとなれば三好三人衆の力を借りて、堺の防衛を考えていた納屋衆であったのだが、その三好三人衆はいとも簡単に織田信長の力により京の都から叩き出され、本国である阿波にあっという間に追い返されたのを見て、納屋衆達の内心は弱腰になっていたのだ。

今井宗久はそれを見抜き、いち早く信長公に大名物の松島の茶壺などの、茶器類を献上して信長の懐に入り込もうと企んでいたのだ。

「三好三人衆が当てに出来ない以上、堺を火の海にしたくはないな。」

津田宗及の一言で、2万貫を織田信長に支払う事で、納屋衆は意見を統一した。

5日後、今井宗久は、2万貫の矢銭と松島の茶壺などの茶器類を持ち、京の本能寺に来ていた。

2日前には、石山本願寺より5000貫の矢銭が既に支払われていた。

その為、今井宗久に会うまでの織田信長の機嫌は悪かった。

納屋衆の対応の遅さにである。



「堺の納屋衆の今井宗久様が、お見えになられました。」

「さっそく通せ。」

小姓は、急ぎ足で今井宗久を迎えに行った。

「信長様、今井宗久が来たのであれば、2万貫を持ってきた筈でございまするが?」

真田敦は、一応は納屋衆の対応に満足をしていた。

「来るのが遅い。

堺の納屋衆は、余をなんだと思っておるのか。」

信長の機嫌は、ものすごく悪い。

「三好三人衆の力を、頼りにしていたのではないでしょうか?

2万貫を持ってきた以上、今回は大目に見ても良いかと思われますが。」

堺の納屋衆の背後には、三好三人衆がいたからではないかと、真田敦は言葉を返す。

「2万貫だけであれば、余は決して許さぬ。

2万貫以外に、何か持ってきたと思うか?」

頭の回転の早い信長の興味は、既に別の所にあった。

「おそらく、大名物の松島の茶壺や他の名物辺りを献上するかと。」

真田敦は、おぼろげながらも記憶を思いだし、何とか言葉を返した。

「なるほど、大名物や名物茶器を献上するか。」

もし真田敦の言う事が正しければ、今回は見逃してやると織田信長は考え出した。

2人のやり取りが終わった時に、今井宗久が姿を出した。

「お初にお目にかかります。

納屋衆の今井宗久にございます。」

「今井宗久か、余が織田尾張守信長である。

頭を上げるがよい。」

今井宗久は頭を上げ、信長の姿を見たが、側に控えていた人物に違和感を感じていた。

自分をみる真田敦の目に、冷酷と言うか冷たい目を感じたからだ。

「真田敦と申します。

以後、よろしくお願いいたします。」

敦は頭を下げるも、今井宗久に対する態度は、冷たい物であった。

今井宗久と言う死の商人に、こちらから寛容な態度を取ることは無いと、決めていたからだ。

今井宗久の方も、真田敦の態度を見て寛容な態度を取ることは今後も無いと瞬時に感じ取っていた。

「今井宗久よ。

余が要求をした銭2万貫は、持ってきたであろうな。」

「はっ、矢銭2万貫をお渡しいたします。」

今井宗久は、銭箱を開き中を改めて貰った。

「たしかに、2万貫あるようだがそれだけか?」

信長の目は、今井宗久の目に向けている。

「これは私個人からの、献上品でございますが。」

今井宗久はそう言うなり、茶器の入った箱を開き、松島の茶壺を最初に信長に献上をした。

「大名物の松島の茶壺か。

他の茶器類も、見事な物であるな。」

信長は、茶器類を献上されて、機嫌を良くした。

「これほどの茶器は、見たことはありません。」

真田敦も、これほどの茶器類を見た事はなく、茶器類を何度も見ていた。

「宗久、そちには堺の代官を命じる。

敦には、堺の代官補佐を命じるがゆえにお互い助け合い、余の天下布武完成に邁進するように。」

真田敦と今井宗久は、織田信長公に頭を下げていた。

その今井宗久は、織田信長の前から失礼してそのまま堺に帰り、真田敦は京に残り朝廷と将軍の警護に当たっていた。



それから数日後、真田敦は、織田信長にまた呼ばれていた。

「敦、余は岐阜に戻るが故に、3000ほど京に兵を残しておく。

当面は光秀に兵の指揮を任せておくから、そなたはこれより堺に向かうがよい。」

「堺でございますか?

今井宗久殿がおりますが故に、心配は無いかと思われますが?」

真田敦は、顔を横に倒していた。

「奴は、商人よ。

取り引きは、余の敵とも行うだろう。」

織田信長の言葉は、正論である。

「たしかにあり得ます。

では、監視役ですか?」

さすがの真田敦と言えども、今回ばかりは信長の真意が分からなかった。

「敦と言えど分からぬか。

堺より、数人ほど鉄砲職人を引き抜く事よ。」

「しかし、鉄砲職人を引く抜くと申しましても、厳重な管理をしているかと思われますが。」

ようやく信長の真意が分かったのだが、真田敦はまた困惑をしていた。

「それをやり遂げよ。

堺より鉄砲を買うだけでは、此方が銭を支払うだけよ。」

「信長様、念の為にお聞きいたします。

鉄砲職人は、今すぐに大量に必要でしょうか?

それとも、育成の時間を頂けるのでしょうか?」

仕事をする前に、確認をしなくてはならないと、真田敦は考えた。

普段の真田敦であれば、信長の真意を読み取る事は造作もないのだが、この時ばかりはなぜか頭の回転が鈍かったのである。

「なるほど。

たしかに、その2つの選択肢があったな。

余は、鉄砲職人が手元に大量にいれば良いだけだ。」

真田敦の質問に、織田信長はきちんとした回答を出す。

「分かりました。

あらゆる手を使ってでも、鉄砲職人を岐阜に送り込みます。」

真田敦は、素早く頭を下げていた。

失敗は許されないからである。

「そちならば、やり遂げるだろう。」

なぜか、信長の顔には笑顔があった。

真田敦であれば、必ずや成し遂げると信頼をしていたからであろうか。



その会話の翌日には、織田信長は手勢を率いて岐阜に帰り、同じ日には、真田敦は南条小助と大内勝雄の2人を引き連れ、堺に向かっていた。


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