彼女は
1この小説は友人のオリジナルキャラクターに独自の設定を付け加えて書いております。
2気分が悪くなった場合はすぐにブラウザバックを押し、速やかに病院へ行かれることをお勧めします。
黒い袋から破き出された食べ物と思わしき残骸を無心に貪り続けている。
汚い、不味い、臭い、という感情も自分のその無様な姿ももう何も気にならない。
なぜなら彼女は既に野良という存在に成り下がったのだから、いや、成り下がっていたというべきか。
彼女は漁り続けている。ただ明日を勝ち取るという一心で、いつか人間に復讐を果たすという一心で。
また私はいつからか夢を、自分自身の過去を追想している。
今まであんなに信じていた人間という生き物に捨てられたあの日から数日後、私はこの世でいう野良猫と成り果てていた。
日も当たらない、あんなに嫌いだった暗いところでただひっそりと静かに水音を立てながら残骸をむさぼっている。
血の半分は人間であるからか、ただの首輪付きから野良猫として生きる事に何もためらいは無く。まるで某神殿へ行きボタン一つで職業を変えたかのように順応していっていた。
ふかふかであったたかった主人の白いカーペットのように綺麗だった髪は泥と砂でまるで鼠の様な、いや、この頃から私の髪はこの色だったか。
身に着けているのは既に服と呼べるような代物ではなく、時代が数万年近く遡ったかのような布切れだけを纏っている。
遠くからスニーカーが地面を踏む音が聞こえる、人間だ、人間の足音が迫ってきている。
どこかに隠れなければ、隠れなければ殺される。
いくら憎む気持ちがあろうと、いくら妬む気持ちがあろうと、自分より強い者に牙を向ける者には、死しか待っていないのだ。
それは自分が飼われる身であった頃から既に分かりきっている。彼等にとってはただの小動物程度としか思ってないだろうが。私達にとっても、私にとってもそれは砂埃を上げながら迫ってくる壁と同じだ。
哀れにもその壁に逆らい、無残に殺されていった同胞達もいた。自分が無力である事を認めず。
しかし知っている者たちは、人間に服従されるのを選ぶものもいた。
それは同時に自分達のプライドを捨てるという意味でもあったが、この冷たくて苦い世界で家も無く今日のご飯にありつけるかも分からず、明日という存在しないモノを必死で取り合って生きている、しかし明日を取れても人々が作り出した物に蹂躙されるかもしれない、もしくは人がその手で制裁を加えるかもしれない。今日を生きる地獄、明日を取り合う地獄、それに比べればそんなプライドなど屁の河童である。
しかしもう一つ、その冷たい世界に足を踏み入れざるを得ない者達もいる、捨てられた者達だ。
彼等もまた、人間に飼われていた身であり、何らかの事情で捨てられた者達だ。
それは最初から野良で生きてきた者達よりも辛いであろう。何せ彼等は暖かい布団で寝て、おいしいご飯が食べられる、まるで望めば何でも出てくるような夢の世界で生きてきた者達なのだから。
それがひとたびその世界に突き落とされれば、誰も守ってくれやしない世界で、空から無慈悲に降る冷たい涙と、どこか絵本の中でしか見たことがないような外敵達、そしてじきにやってくる飢え、何十にも苦痛が襲い掛かってくる世界で、ただ片隅で震えているしか無いのだろう。
巨大な人型の影が、かつての私の体を蹴り上げる。
吹き飛ばされた衝撃と同時に激痛が走る。
夢の中なのに、痛みを感じるというのも変な話だが、そんな事を考えている余裕も無く、その影達が私の体を蹂躙していく。
それは背中、右足、首、腕、反抗する余儀もなく、その影達の巨大な足はその速度と衝撃を上げていく
もうそれは痛みを感じる暇もない、どうしてと問う暇もない、彼等にとっては単なる暇つぶしと言える理不尽な暴力である。
その足が振り下ろされる度に、私の体から赤い液体が舞い上がっていき、やがてその液体はアスファルトの地面をかすかに染めていった。
どれくらいの時が経ったのであろうか。その影達は私を存分に屠ったという事実に満足すると、けらけらと不快な笑い声を上げながら立ち去っていった。
もう立ち上がる気力も体力も無い。人を憎むという気持ちすら無い、なぜなら私はもう明日を勝ち取る事は出来ない敗北者なのだから。
いつか私のような運命を辿る者が何処かに数え切れない程いるだろう。それは野良に限った話ではない。生きている者達は、それと同時に死ぬという運命も抱えている。それは明日かもしれない、遠い未来かもしれない。たとえどのような死に方であっても死は死なのだ、その運命を決めたのは神か、それとも自分自身か。
雨が降ってきた、ぽつりぽつりと、地面を数適ぬらしたそれはその勢いと強さを増して行く。
鉛のように重い空から降ってきたそれは私の体についた泥と血を洗い上げていく、まるで神が敗北者へのせめてもの情けだと告げるかのように。
また巨大な影が私の視界に移る、それは徐々に明るくなっていき、その姿を現したと同時に驚きの声を上げた。
それは今の自分の姿なのだ、かつての私が今の自分に見下されている。それは複雑な気持ちであったがそれよりも疑問と驚きが勝っていた。
その私は黒の傘を手に持ち、軽蔑か同情かも分からない目で私を見ている。その沈黙がしばらく続いた後、生と死の境をまたごうとしていたかつての自分に何かを語ろうとしている
意識が遠いからか、その声は全く聞こえず、次第に私の視界を黒で塗りつぶしていった。
リビングの照明が私を照らしている。そして頭にやわらかい感触がある、それはソファー以上に優しくて暖かかった。
「ご主人…?」
「大丈夫か?かなりうなされていたけど」
「…」
「また、あの時の夢を見たのか」
表情を見て、彼は悟ってくれたようだ。
「…少し、違う」
「?」
「今の私に会ったんだ。」
口下手な自分を憎んだ、いつも私は自分の意思を伝えられずに、主人を困らせていた。
そんな自分が嫌だった。
「…そうか」
しばらくの沈黙の内に彼はその意味を悟り、私の体を優しく抱きしめていた。
涙があふれそうになる。
「辛かったんだな」
「…うん」
色々な感情を抑えた声でそう返事をすると、私の目から一粒の水が頬を伝った
次第にその涙と声は雨のように勢いを増し、そしてご主人の大切なスーツを濡らしてしまった。
「…ごめん、スーツ汚しちゃった」
自分でも情けないと思うほどの涙声だ。
「いいんだ、スーツなんてまた買えばいいさ」
ご主人の口がわずかに持ち上がった。
夢のことも気になるが、それよりもご主人の優しいぬくもりの方が大きく勝っていた。
ただ今は、ご主人に抱きしめられていたい、ただその気持ちでいっぱいだった。